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イラク石油利権をめぐる策動

2007年4月17日   田中 宇

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 イラクで今後の石油開発の制度を定めた新たな法律が検討されている。「石油ガス枠組法」(炭化水素法 hydrocarbons framework law)と呼ばれる新法案は、昨年夏からアメリカの助言に沿ってイラク政府内で検討され、今年1月の閣議で法案として決定され、その後は5月の決議を目標に、議会で審議が進んでいる。法案は、今後イラクで行われる新しい油田・ガス田の開発について、外国からの投資を受け入れるとともに、石油やガスの販売によって得た利益を、外資の石油会社、イラクの中央政府、地方政府(クルド自治政府など)が山分けすることを定めている。(関連記事

(新法の対象は今後開発する油田に限られる。既存の油田は、従来通りイラク国営石油会社が所有運営する)

 従来のイラクでは、油田は中央政府(国営石油会社)の所有運営するもので、外国企業や地方政府への利権分配はなかった。イラク中央政府のマリキ首相は、新法の制定を機に外国からの投資を呼び込むため、4月上旬には日本や韓国を訪問した。(関連記事

 イラクの油田は1972年に副大統領だったサダム・フセインが中心になって国有化し、それまで石油利権を握っていた欧米石油会社を追い出した。今回の新法は、その流れを逆流させるものだ。新法ができると、米英などの外国資本と、地方政府、特に親米・親イスラエルのクルド人政府に石油の利権が分配され、イラクの石油利権は「サダム以前」に戻される。世の中には、アメリカのイラク侵攻は石油利権獲得のために違いないと信じ込んでいる人々が意外と多く、そういった人々にとって、この石油新法は「やっぱりね」という感じの話になっている。

 だが、この石油新法をめぐる話を詳細に見ていくと、新法によってイラクの石油開発が進む可能性は低い。むしろ、新法は利権分配の方法について曖昧な点が多いので、逆にイラク国内のクルド人、シーア派などの間の石油利権をめぐる争奪戦を激化させ、イラクの政情の不安定化に貢献する恐れの方が大きい。石油ガス産業は、油井施設、長いパイプライン、精油所、積出港など、軍事攻撃に弱い施設を多く抱える産業で、操業には地域の長期的な政情安定が不可欠である。イラクの政情が今のように不安定である限り、イラクで新しい油田やガス田が開発される見通しは低い。外資企業は、予備的な調査以上のことをやりたがらないだろう。(関連記事

▼石油利権を潰すイラク3分割

 イラクの石油新法は昨夏、ブッシュ政権によって提案されたが、そこには最初から「イラク3分割」を加速させる意図が見え隠れしていた。3分割とは、イラクをクルド、スンニ、シーアの3地域に分割する案である。3地域のうちクルド(キルクーク)とシーア(バスラ)の地域には大油田地帯がある。スンニ派の地域からは石油が見つかっていないが、最近「スンニ派の地域からも石油が出ることが分かった」という情報が(おそらくスンニ派を説得する意図を持って)流された。(関連記事

 イラクの3大勢力がそれぞれ油田を持ち、それぞれが勝手に自活して、イラクという統一国家は消滅する、というのが3分割案で、これはイスラエルが以前から強力に推進し、ブッシュ政権はイスラエルからの圧力を受け、3分割を加速させる石油新法を出してきた。イラクの議員が新法の法案を見たのは、イラク政府の閣議決定の前後、法案がインターネット上に漏洩した時が初めてだった。(関連記事

 ここで重要なのは、イスラエルがイラクの3分割を望むのは、イラクを混乱させ、イスラエルと敵対できないような弱い状態に置くためだという点である。分割後の3つの小国家が安定して石油を産出することは、イスラエルは望んでいない。豊かな石油収入があれば、小国家でも武器を買ってイスラエルを攻撃できる。3分割案は、石油をエサに、イラクのスンニ・シーア・クルドを分裂させ、相互に内戦させ、石油を出せない貧しい状態を永続させることが目的である。

 イラクの3分割は、欧米の石油会社の利益にはならない。「ブッシュは石油利権獲得のためにイラクを3分割するのだ」という、あちこちで見かける分析は浅薄である。もしブッシュ政権が、イラクを3分割した上で分割後の3カ国からの石油産出の上前をはねて儲けたいのなら、先に3分割の話を進め、分割後の3カ国を安定させてから、石油新法を出す必要がある。しかし実際には、ブッシュ政権はイラクを3分割する場合の国境線の案すら出していない。3分割案は安定が目的ではなく、イラク内部の3派閥の相互の内戦化、不安定化が目的であると感じられる。

 アラブの敵対に包囲されているイスラエルは、当然ながら、アラブ産油国を内戦状態にして、石油の出せない貧しく弱い状況に置くことを望んでいる。その点で、欧米の石油会社の利益と対立している。911事件後、アメリカの親イスラエル系のマスコミに「911は、サウジアラビアの王家と親しいビンラディン一族出身のオサマ・ビンラディンがやったこと」「ブッシュはサウジ王家と縁を切れ」「テロの資金源になっているサウジの油田を没収せよ」という記事が頻出したのは、イスラエルの国家戦略から考えれば自然な動きだった。

 イラク国内で、自国の3分割を望んでいるのは、北部のクルド人である。以前の記事に書いたように、クルド人は、キルクークの油田を自分たちのものにして、イラクから分離独立し、石油収入を使ってイラク・トルコ・シリア・イランにまたがる大クルド国家を作ろうとしている。これは、100年前からのクルド人の悲願である。イスラエルは、イラク、シリア、イランという、イスラエルを敵視する国々を不安定化できるので、この悲願達成を1990年代から支援している。クルド人の軍隊「ペシュメガ」を訓練したのは、米軍と、イスラエルの軍事諜報機関(モサド)である。

▼イラク戦争の背後にいる3つの勢力

 ブッシュ政権内でイラク侵攻を強く推進した「ネオコン」は、親イスラエルといわれる人々である。そう考えると、イラク侵攻とその後の占領はイスラエルの戦略そのものであるようにも思える。だがその一方で、実際にイラク占領や、アメリカの中東政策全体を詳細に見ると、どうもイスラエルにとって不利な結果となる政策が多いことに気づく。それは以前から私が何回も書いてきたことである。チェイニー副大統領とネオコンの一部は「イスラエルのため」といって、イスラエルとアメリカを自滅に追い込むような戦略を延々とやっている。私は彼らを「隠れ多極主義者」と呼んでいる。(関連記事その1その2その3

 これらを総合して考えると、ブッシュ政権のイラク戦争や中東全体の戦略には、少なくとも3つの方向性(3つの勢力)が絡み合い、談合したり対立したりして、その結果として実際の出来事が起きている。1つめの勢力は「イスラエル」で、2つめの勢力が「隠れ多極主義」(チェイニー副大統領ら)、そして3つめの勢力は「アメリカ愛国者」である。

 1と2はすでに説明した。3は「アメリカの世界覇権を守る。イラク占領を成功させる。成功できないなら早く撤退した方が良い」といった考え方で、まっとうなアメリカ人なら誰でも望むことである。上院議員のジョセフ・バイデン(民主党)やチャック・ヘーゲル(共和党)、元軍人のウィリアム・オドム、評論家のパトリック・ブキャナンなどの主張が、この「アメリカ愛国主義」に立っている。だが、ブッシュ政権は、1の「アメリカよりイスラエルを愛する」とか、2の「愛国主義より資本主義」といった、アメリカをないがしろにする戦略を採っている。(アメリカの連邦政府は、昔からその傾向があった)

 愛国主義を重視する政治家は、必ずしも反イスラエルや反資本家ではなく、折り合えるところは折り合っている。たとえばバイデン上院議員は、イラク3分割案を以前から推進している。イスラエルの望み通りにイラクを3分割することで、米軍がイラクから早期に撤退でき、米軍の力の浪費を防げるなら、イスラエルと折り合ってイラクを3分割するのが良いという考え方である。(関連記事

 昨年末にブッシュ政権のイラク撤退計画をまとめた「ベーカー委員会」(イラク問題研究会)も、イスラエルの希望に配慮しつつ、早期のイラク撤退を実現しようとした点で、1と3の妥協点を探ろうとした。(関連記事

 しかし、イスラエルは中東に米軍が駐留し続け、アラブ諸国やイランににらみを効かせてほしいので、米軍が早期にイラクから撤退することは望んでいない。その点で、愛国者とイスラエルは対立している。

 その一方で、隠れ多極主義者は、米軍がなるべく長くイラクに駐留し、軍事力を自滅的に消耗することを望んでいるので、イスラエルと多極主義者は長期のイラク駐留という点では一致している。ブッシュ大統領自身、自分の任期中にイラクから撤退して敗北を認めることはやりたくないので、アメリカは次期政権までイラクから撤退しないかもしれない。

▼復活するイラク・ナショナリズム

 石油新法は5月までにイラク議会で可決成立するかもしれないが、イラクでは最近、それを阻止しようとする動きが次第に強くなっている。アメリカがイラク政府に、石油新法の制定を強く勧めるようになったのは昨年末のことだが、これと同時期に、シーア派の最大勢力を率いるサドル師が、イラクのシーア派で最も権威ある宗教指導者であるシステニ師と会い、石油新法の制定を阻止するため、米軍の撤退を求める運動やゲリラ活動を、シーア派だけでなくスンニ派も巻き込んで展開したいとサドルが表明し、システニがそれを了承した。(関連記事その1その2

 その後、ブッシュ政権はイラク駐留米軍の数を2万人増やし、2月にバグダッドからゲリラを掃討する作戦を展開したが、その作戦中、サドルは配下の軍勢に、米軍と戦わずに隠れているよう指示し、自らも姿をくらましていた。(関連記事

 米軍は、サドル派を掃討できないまま、ゲリラ以外の一般市民の住宅を捜索して住民を手荒く扱ったりして市民の反米意識をいっそう強めてしまった。米軍の作戦が一段落したのを見計らって、サドルは、イラク人どうしの殺し合いをやめて米軍を追い出す抵抗運動を開始するよう呼びかけ、スンニ派にも声をかけた。(関連記事

 その結果、4月9日のフセイン政権消滅4周年の記念日に、イラク南部を中心に数十万人単位の大規模な反米デモが起きた。デモはサドルのシーア派モスクを出発点にしたが、先頭を歩いていたのはスンニ派の聖職者たちだった。そして、無数の参加者が掲げていたのはイラク国旗だった。その一方で、シーア派のデモでよく掲げられるシーア派の聖人の絵は掲げられなかった。人々は、シーアやスンニの利益ではなく、イラクの統一を維持したいと表明し、明確に石油新法や3分割に反対していた。サドルが画策した、イラク・ナショナリズムの鮮やかな復活だった。(関連記事

 サドル派は、イラク政府の閣僚として6人、議会の議員として32人を出しているが、彼らは4月16日、全員が石油新法に抗議して閣僚と議員を辞任した。サドルは、石油利権を外国資本に渡すとともにイラクを分裂させる石油新法への反対意見が、シーア派・スンニ派の両方のイラク国民の中に強いことを利用して、スンニ派とシーア派の両方を、米軍を撤退させる運動(ゲリラ活動)に結集させようとしている。(関連記事

 この運動はまだ途上であるが、すでにクルド人以外のスンニ派・シーア派のイラク人の中で、アメリカの占領に好意を持っている人は全くいない状態である。米軍は、イラク人の軍隊や警察隊を訓練して、米軍と一緒にゲリラ掃討の任務に当たらせようとしているが、軍や警察に採用されたイラク人の中には、サドル派などのゲリラの支持者が多くおり、米軍の作戦予定は、事前にゲリラ側に漏れてしまうことが多い。(関連記事その1その2

 これは、ベトナム戦争で米軍が負けた構図と同じものであり、イラク戦争はベトナム戦争と同様に負ける可能性が増大している。米軍がイラクで勝つことは、もはや不可能であると、何人ものアメリカの専門家が予測している。スンニ・シーアの諸派をうまく結束させることができれば、サドル派を中心とするイラク人は、米軍を全崩壊的な撤退に追い込むことが可能な状況になってきている。(関連記事

▼イラク人を反米で結束させる石油新法

 こうして見ると、石油新法は、イラク人を反米の方向に結束させていることが分かる。そもそも、今はイラクの反米運動の中心になっているサドル師は、もともとは大して人気のない父親の七光りだけが頼りの乱暴な二世の聖職者だった。サドルを、シーア派随一の英雄に仕立てたのは、ブッシュ政権が執拗にサドルを敵視し、微罪を理由に攻撃し続けた結果だった。(関連記事

 イラク以外の中東でも、ブッシュ政権はあちこちで「敵を強化する」行いを繰り返している。パレスチナでは、2005年末に親米派(イスラエルとファタハ)の反対を押し切って選挙を実施させ、反米反イスラエルの強硬派である「ハマス」をパレスチナの与党に押し上げた。(関連記事

 イランに対しても、ブッシュ政権はことさらにイランを敵視する言動を繰り返し、アメリカとの関係改善を目指すイラン国内のリベラル派を弱体化させ、反米強硬派のアハマディネジャドの人気を高めてしまった。レバノンでは昨夏、チェイニーがイスラエルに負け戦を仕掛けさせ、反米反イスラエルの「ヒズボラ」を強化してしまった。今やイランを中心に、ハマス、ヒズボラ、そしてイラクのサドル派が反米過激派として共同戦線を張り、中東では彼らを支持するスンニ派・シーア派の対立を超越した反米反イスラエルの世論が強まっている。(関連記事その1その2

 これらの動きの共通した根本は、ブッシュ政権が反米派に対する攻撃をやりすぎることによって、逆に反米派に対する地元民の支持を強化しているということである。私は、これはチェイニーら「隠れ多極主義者」による故意の失策、戦略的自滅策であると考えている。そう考えると、イスラエルにとってイラク3分割の実現のはずだったイラクの石油新法は、イスラエル支持者のふりをした隠れ多極主義者によって乗っ取られて「やりすぎ」作戦の一つにされてしまい、意図的にイラクを反米反イスラエルの方向に結束させる道具として使われているのではないかと思えてくる。

 他の勢力が進めている作戦に協力する一味のふりをして作戦を乗っ取り、自分たちがやりたい他の目的のために使う、という「背乗り」は、秘密作戦をする諜報機関や特殊部隊の業界ではよく行われている。軍の秘密作戦の専門家であるチェイニーやネオコンは、この手の戦略には慣れているはずである。



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