他の記事を読む

イスラム過激派を強化したブッシュの戦略

2005年12月28日   田中 宇

 記事の無料メール配信

 イスラエルの政界で「右派外し」や「総中道化」の動きが続いている。

 イスラエルでは1995年にラビン首相が暗殺されて中東和平合意が崩壊し始めて以来、それまで強かった中道左派(労働党)に代わり、右派(リクード)が台頭した。イスラエルでは、左派はアラブ側との和解を目指し、右派はアラブ側の追い出しや弱体化を目指している。2001年の911後、ブッシュ政権がアラブ・イスラム世界との「テロ戦争」や「中東民主化」を始めたことにより、アメリカとイスラエルが一心同体となってアラブ側と戦う体制ができあがり、イスラエル政界における右派の優位は不動のものになったかに見えた。

 だがそれから3年後、イラク占領が泥沼化した上、アメリカがイラクの「大量破壊兵器」などに関してウソをついて戦争を始めたことが明らかになったため、中東全域で反米感情が強まり、イスラム過激派への支持が増えた。この新展開を受け、アメリカとイスラエルとの反アラブ同盟は、イスラエルの側から崩壊した。イスラエルのシャロン政権は、ガザの占領地からの撤退を決め、与党リクード内の右派からの反対を押し切って今夏、撤退を実現した。

 シャロンがガザ撤退を決めたのは、アラブ側がどんどん過激化してイスラエルへの敵対を強めている一方で、イラクから撤退していくアメリカは、中東の問題を仲裁できる信頼力と意欲を低下させているからだ。イスラエルは、早くパレスチナ人などアラブ側と何らかの和解協定を結ばない限り、過激化したアラブと長期の消耗戦を強いられて衰退する懸念が大きくなっている。

 ガザ撤退は実行してみると、イスラエル国民にかなり支持されていることが分かり、撤退に反対したリクード右派勢力への支持は急速に減退した。政治力の維持拡大を目指すシャロン首相は、この政局の勢いを活用し、11月にリクードを脱党し、新政党「カディマ」を作った。イスラエルの政界は従来、リクードは右派、労働党は左派という二大政党体制だったが、シャロンは「アラブ・パレスチナ側との交渉を進めた方が良い」と考える左右両派の勢力を総結集することを目指し、二大政党制を破壊し、新たな中道政党を作った。

 新政局を受け、イスラエルでは来年3月に前倒し総選挙が行われることになった。この選挙でカディマが与党の座を維持できたら、その後のシャロン政権は、西岸とゴラン高原という、ガザ以外の占領地域にある入植地も撤退させ、パレスチナ側との国境線(隔離壁)を確定し、パレスチナ新国家の建設を認める方向に動くだろう。シャロンは「カディマの目標は、パレスチナとイスラエルの間の恒久的な国境線を確定することだ」と明言している。(関連記事

▼シャロン離脱後のリクードも右派外し

 シャロンとその支持者が去った後のリクードでは、12月20日に新党首選挙が行われ、ガザ撤退に反対していたネタニヤフ(元首相)が党首となった。ネタニヤフは、右派政党としてのリクードの方向性を明示し、党の建て直しをはかるだろうと予測されていた。(関連記事

 ところが党首になったネタニヤフは、予想とは逆に、党内の最右派の勢力を切り捨て、中道色を強めようと動き出した。党首になったネタニヤフが最初にやろうとしたことの一つは、リクード内でガザ撤退に最も強く反対していた宗教系右派の指導者モシェ・フェイグリンを党内から排除することだった。(関連記事

 フェイグリンは「イスラエルが占領地を獲得した1967年の六日戦争の勝利は、神の意志なのだから、占領地から撤退してはならない」「聖書に書いてあるとおり、神はイスラエルに与えた領土は、ナイル川(エジプト)からユーフラテス川(イラク)までの大イスラエルである」と主張し、90年代にオスロ合意に反対する運動を先導して有名になった。入植運動にたずさわるイスラエル人の多くが、彼の思想に賛成している。

 フェイグリンは、与党リクードを乗っ取ることを目指し、入植者たちにリクードへの入党を勧め、1999年からの6年間に1万人を入党させた(総党員数は20万人)。活動家たちの流入によって与党は右傾化を強め、行政や軍隊の日々の行動にも反映された。欧米が入植住宅地の縮小やパレスチナ人弾圧の軽減をイスラエルに求め、イスラエル政府はそれを了承しても、住宅省や軍隊の中に入り込んだ活動家たちは正反対の動きをする、という状態になった。シャロン政権がガザから入植地を撤去することを決めたのに対し、フェイグリンは右派軍人に「撤去活動の命令に背け」と呼びかける運動を展開していた。(関連記事

 しかしフェイグリンは今や、スケープゴート的に、リクード内部ですら排除される状況にある。リクード内のガザ撤退反対派の代表格だったウジ・ランダウも、フェイグリンをリクードから排除するネタニヤフの意向を支持する表明をした。(関連記事

▼右派が勝てなくなったイスラエル政界

 イスラエルの軍と入植者が撤退した後のガザは、なかなか平和にならず、むしろイスラエルが撤退したのをいいことに、アラブの過激派はエジプトからガザにロケット砲を持ち込み、イスラエルを砲撃し始めた。以前のネタニヤフなら「シャロンのガザ撤退は、イスラエルを平和にするどころか、危険にさらしている」と批判しそうなところだ。(関連記事

 また、リクードが極右を切り捨てて中道派政党になってしまうと、シャロンの与党カディマとの違いがなくなり、政党として自殺行為だという見方もある。ネタニヤフ自身、党首になる直前には、そのような主旨の発言をしていた。(関連記事

 にもかかわらず、ネタニヤフは極右を切ってリクードを中道化しようとしている。それは、アラブ側でイスラム過激派が力をつけ、もはやイスラエルにとって「アラブ側と戦い続け、拡大し続ける」という右派の方針が実現不可能になったからだと思われる。今ではイスラエルの世論も、右派のやり方は危険すぎると考えている。リクードの指導者の中には「来年3月の選挙は、右派の方針を掲げる勢力は勝てない。中道派(centrist)しか勝てないだろう」という見方がある。(関連記事

 ネタニヤフは1996年に首相になった選挙の際、急速に拡大していたフェイグリンの右派勢力を味方につけるため、オスロ合意に反対する姿勢をとった。フェイグリンは「ネタニヤフは、あのとき私のおかけで首相になれたのに、今や私を抹殺しようとしている」と批判している。政治の風向きに敏感なオポチュニストであるネタニヤフにとって、フェイグリンはもはや「用済み」なのだろう。(関連記事

▼エジプトの選挙で反イスラエル派の伸張

 フェイグリンら右派がイスラエルで用済みにされるのは、おそらく、中東諸国におけるイスラム過激派がここ半年ほどの間に、意外な早さで伸張していることと関係している。

 たとえばエジプトでは、11月から12月にかけて行われた議会選挙の結果「イスラム同胞団」を支持する候補者が、議会の約20%の議席を占めるに至った。エジプト政府は、イスラム同胞団の政党活動を禁止しているが、同胞団の活動家たちは無所属として立候補し、同胞団は候補者を立てた選挙区の6割で当選を勝ち取っている。(関連記事

 投票日には、政府系の治安組織(準警察官)が、同胞団の支持者が多い選挙区の投票所の入り口に陣取って投票を妨害するなど、政府ムバラク政権は何とかして同胞団系の候補者の当選を阻止しようと手を打った。それらの制限を受けながらも同胞団が20%の議席を獲得したということは、今後もし同胞団が合法化され、すべての選挙区に候補者を立て、投票妨害も行われなくなった場合、エジプト議会の議席の半分前後が同胞団によっておさえられる可能性がある。ムバラク政権は、今回の選挙では議席の7割を取ったものの、前途は急に暗くなっている。

 イスラエルにとって、南隣のエジプトは非常に重要な国である。ムバラク政権は親米で、イスラエルとも国交を結んでいる。シャロンのガザ撤退に際しても、エジプトはイスラエル側が撤退した後のガザに顧問団を派遣したり、ガザのパレスチナ人警察を訓練したりして、シャロンに協力している。今後、ムバラク政権が倒れてイスラム同胞団の政権ができたら、イスラエルにとっては壊滅的な結果をもたらしかねない。

 イスラム同胞団の幹部は選挙後、エジプトがイスラエルと国交を持ち続けるかどうか、国民投票を行うべきだと主張した。同胞団は昔からイスラエルを敵視しており、エジプトの有権者の中に同胞団の支持者が増えていることは、イスラエルを嫌う有権者が増えていることを意味する。同胞団が大きな政治勢力となり、実際に国民投票が行われれば、エジプトはイスラエルと断交することになりかねない。(関連記事

▼パレスチナではハマスが台頭

 イスラエルのお膝元にあるパレスチナでは、イスラム同胞団と親しい関係にあるイスラム過激派勢力「ハマス」が勢力を急増させている。12月22日に発表された世論調査によると、パレスチナ人のうちハマスに投票しようと思っている人は40%以上であるのに対し、与党のファタハ(PLO主流派)に投票するつもりの人は20%しかいない。イスラエル側の別の概算では、ハマスはすでにパレスチナ人の60−70%に支持されている。(関連記事その1その2

 1990年代から政党としての活動をしているハマスは、以前は支持者のほとんどがガザに限定され、西岸には支持者が少なかった。ところが12月中旬に行われた地方議会選挙では、西岸の主要都市であるナブルスで、ハマスは投票総数の73%の得票を得ている。パレスチナ人は、イスラエルの言いなりになるばかりで状況を改善できず、しかも腐敗しているファタハから離反し、ハマスに鞍替えしている。(関連記事

 パレスチナでは来年1月に国政議会選挙が予定されているが、このままでは与党のファタハが負けてしまう。そのため、ファタハを率いるマフムード・アッバス議長(パレスチナ自治政府のトップ)は、選挙を延期することを考えている。(関連記事

 この選挙はもともと今年7月に行われる予定だったが、ファタハが勝てそうもないので、すでに一度延期されていた。このままでは再び延期してもファタハは勝てず、アッバスの人気も下がり続けているので、アッバスは辞任を考えているとイスラエル側は分析している。(関連記事その1その2

 アッパスが負けてハマスが政権をとる事態を避けたいイスラエル側は、アッバスに選挙を延期できる口実を作ってやった。イスラエル政府は最近「1月の選挙では、東エルサレムでの投票を許可しない」と発表した。エルサレムの東半分は、国連の取り決めではパレスチナ国家の首都になる予定の地域だが、イスラエルは東エルサレムをパレスチナ人に割譲することを拒否している。東エルサレムでの投票禁止は、この流れに沿った決定だが、イスラエルは同時に、アッバスが「東エルサレムで投票が許可されないので、投票を延期せざるを得ない」と、イスラエルに責任を押しつけて投票を延期できる口実を作ってやったことになる。(関連記事

 その一方で、イスラエル政府(軍)内からは「ハマスは、今はイスラエル国家の存在を否定しているが、今後政権をとったら、パレスチナ人の代表としてイスラエル側と交渉しなければならなくなるので、イスラエル国家の存在を認めるだろう。責任ある立場についたら、ゲリラやテロの活動も止めざるを得ない。ハマスは政権をとることで穏健化する可能性が大きい」とする分析が発表されている。イスラエル政府は従来、ハマスを「テロ組織」と非難してきたが、ハマスが政権をとったらシャロンはハマスと交渉せざるを得ず、そのための理論武装が始まっている。(関連記事

▼イラクでもイスラム主義が圧勝

 アメリカの占領下にあるイラクでは、12月15日に議会選挙が行われたが、選挙結果は、イスラム主義勢力の圧勝だった。隣国イランの政府の調べによると、新生イラク議会の275議席のうち、過半数の140議席はシーア派のイスラム主義勢力がとった。60議席をクルド人が、40議席をスンニ派がとったが、シーア派とクルド人はいずれもイランと親しい勢力である。(関連記事

 選挙の結果、新生イラクは、アメリカとイスラエルの仇敵である親イランの色彩が強い国になることが、ほぼ確実になった。イラクで来年早々に樹立される新政権は、アメリカやその他の外国軍に早期撤退を求めそうだという予測が、米軍からも出されている。(関連記事

 イスラエルの北側にあるシリアとレバノンでも、イラン系の過激派勢力「ヒズボラ」が力を増し、イスラエルに対する攻撃を再び強めている。シリアは、レバノンのハリリ元首相を暗殺したという容疑(おそらく濡れ衣)でアメリカやフランスから圧力をかけられ、経済制裁を受けそうになっている。(関連記事

 その分、シリアは、産油国で資金的余裕があるイランに頼る傾向が強まり、同時にシリア国内では、自国がイラクのように政権転覆されて無茶苦茶にされることへの怒りから、反米意識が強まっている。以前のシリアは政治改革など親米の方向に少しずつ進んでいたのに、米政府が、シリアにハリリ暗殺の濡れ衣を着せて政権転覆すると圧力をかけたため、反米・親イランに変質しつつある。

 エジプトとシリア、パレスチナの間にあるヨルダンは、親米・親イスラエルの方向性を保っているが、ヨルダンの人口の大半はパレスチナ人なので、エジプトとパレスチナでイスラム過激派が強くなれば、ヨルダンでもメッカ出身の「よそ者」の傀儡王室を倒し、パレスチナ人のハマス系の政府を作ろうとする動きが起きると予想される(ヨルダン王室が倒れた場合、パレスチナとヨルダンが統合して「大パレスチナ」になる可能性が増す)。

 こうしてみると、イラン、イラク、シリア、パレスチナ、ヨルダン、エジプトという、イスラエルの北と南につらなる中東諸国の多くで、反米・反イスラエルの主張を掲げるイスラム過激派の力が強くなっていることが分かる。イスラエル右派が「神様がイスラエルに与えた土地だ」と主張する「ナイルからユーフラテスまで」の全地域が、すでにイスラエルを敵視する人々の領土、もしくはその予備軍となっている。

▼やってはならなかった「本気の中東民主化」

 中東諸国にイスラム過激派が存在すること自体は、イスラエルもこれまで望んできたことであり、イスラエルはむしろ過激派を挑発するような言動をとってきた。

 イスラエルや、米政府内のタカ派の扇動によって、中東諸国の内部で過激派が台頭し、中東の世論は過激派を支持する傾向を強める。しかしその一方で、中東諸国の多くの政府は、アメリカに敵視されたくない、できれば親米国として認められ、欧米の投資家と仲良くして経済成長の恩恵にあずかりたい、と考えている。

 このように政府と世論が離反した状態が続くと、政府は国民に支持されない弱い存在になり、アメリカの軍事力や経済援助に頼らざるを得ず、アメリカとイスラエルの傀儡となる。政府が傀儡である限り国民の中には反政府感情が残り、政府の弱さが維持され、アメリカやイスラエルの言いなりになる状態が続く。エジプトやヨルダンは1970年代以来、この状態である。シリアや最近までのイランも、ある程度の改革を実行して欧米との関係を正常化したいと考えており、半分このパターンにはまっていた。

 米政府は、中東諸国の政府が民主化や自由選挙をやりたがらないことを批判し続けてきたが、中東諸国に本当に民主化をやらせようとは考えていなかった。本気で選挙をしたら、アメリカの傀儡政権が負け、代わりに反米政府が結成される可能性が高いからだった。「民主化」は、中東諸国に圧力をかけるための「かけ声」にすぎなかった。

 そんな状況を変えたのは、911後に「中東民主化」の戦略を掲げたブッシュ政権だった。従来の歴代政権がポーズだけ行っていた民主化(実は傀儡化)を、ブッシュは本気の民主化に変えてしまった。アメリカの圧力によって中東各地で本気の選挙が行われた結果、イスラム過激派が選挙で権力を持ち始めている。イラクを民主化するといって軍事侵攻し、その結果反米のイスラム主義者たちを選挙で圧勝させる結果になっているのが、最大の例である。

 今年11-12月に行われたエジプトの議会選挙も、ブッシュ政権が民主主義を実行せよとムバラクに強い圧力をかけた結果、実施されたものだ。アメリカは、英米型の自由市場の経済政策を実施すべきだと主張する非宗教系の民主派をテコ入れしたが、彼らは選挙でほとんど議席をとれず、完敗した。

▼失敗と分かっても中東民主化をやめないブッシュ

 現状がイスラエルにとって非常に危険なのは、中東で本気の民主主義をやり続けると、反米・反イスラエルのイスラム過激派の政権ばかりになるということが、誰の目にも明らかになっているにもかかわらず、いまだにブッシュ政権は「中東民主化」の方針を全く変えようとしていないからだ。

 イスラエル政府は、12月初めに米政府と行った戦略対話の会議などの場で、シリアのアサド政権を潰さない方が良いと表明したり、エジプトのムバラク政権に民主化せよと圧力をかけ続けるとイスラム同胞団の力を拡大させるばかりなのでやめた方がよいと要請したりしている。(関連記事

 イスラエル側では、ブッシュの中東民主化戦略は、イスラム過激派を増長させるばかりで、イスラエルの安全を脅かしているという懸念が高まっている。(関連記事

 ところが、この懸念に対してブッシュ大統領が放った答えは「中東で民主主義を拡大していくほど、イスラエルの将来は安泰になる。イスラエル支持者は、中東民主化に協力した方が良い」という発言だった。アメリカは、イスラエルの要請を拒否し、中東に民主主義を広め、イスラム過激派を強化している。(関連記事

 なぜブッシュ政権は、反米・反イスラエルの勢力を強化するような中東民主化を、いつまでも続けるのだろうか。以前の記事に書いたように、ブッシュ大統領自身は「神様は、中東を民主化するために私を大統領にした」と神がかり的に信じ込んでいると指摘されており、中東民主化は危険だと側近やイスラエルに言われても無視し、頑固な態度をとっているとも考えられる。

 しかし、神がかりになっていないブッシュ以外のホワイトハウスの高官たちは、ブッシュにうまく提言し、方針を微妙に変えることができるはずだ。たとえば2002年には、ブッシュはパウエル国務長官の助言を聞き入れ、それまで国連と関係なくイラクに侵攻しようと思っていた方針を変え、イラク問題を国連に持ち込んでいる。ブッシュ自身は国際情勢に無知なので、側近がブッシュにうまく言えば「中東民主化」をイスラエルの脅威にならないものに変質させることは難しくないはずだ。

▼真の目的はイスラエルの弱体化?

 ところが実際には、そのようなことは行われておらず、イスラエルは脅威にさらされている。このことから推測できるのは、おそらく今のブッシュ政権の中枢には、イスラエルを弱体化させたいとひそかに思っている勢力がいるのではないかということである。

 米政界ではAIPACなどイスラエル系の圧力団体が強く、連邦議会の議員たちは、イスラエルに楯突くような言動をすることがほとんどできない。ここ20年間ほど、アメリカではイスラエルに楯突く態度をとった人は大統領になれない状態だ。次の大統領を狙っていると思われるヒラリー・クリントンなどは、何度もイスラエルに行き、露骨な親イスラエルの態度を取り始めている。まさに、米政界はイスラエルに牛耳られている。(関連記事

 このような状況を変えたいとひそかに思っている勢力は、米政界の中に多いはずである。彼らは、機会があれば、イスラエルから名指しされないようにしつつ、イスラエルを衰退させたいと思っているはずだ。

 すでに述べたように「中東民主化」は、あまり強く推し進めなければ、アメリカとイスラエルにとって傀儡を増やせてプラスになる。だからブッシュが2002年に中東民主化の戦略を打ち出したとき、イスラエルも米政界も、ブッシュの戦略を礼賛した。

 しかしその後、中東民主化がイスラム過激派を助長する結果になってくると「ブッシュは頑固な信仰に基づいて中東民主化をやっており、側近の忠告も聞かない」という話がまことしやかにマスコミにリークされ、イスラエルの要請は無視されている。これは、巧妙なイスラエル潰しの戦法であるとも思える。

 以前の記事で述べたように、イスラエルと米英政界の主流派との関係は、良いように見えて、実は100年の暗闘状態にある。ブッシュの頑固な中東民主化によってイスラム過激派が強化されているのも、その暗闘の一つであると思われる。

 イスラエルには、アメリカしか後ろ盾がない。ブッシュ政権が、ひそかにイスラエルを弱体化させようとしている勢力によって隠然と動かされていることは、イスラエルの指導者たちにとって、非常に恐ろしいことである。シャロンがアラブとの和解を求めてリクードを去り、その後のリクードもシャロンの後を追って中道派に転向している背景には、おそらく、アメリカが隠然とイスラエル潰しに動いていることがある。

 アメリカに頼れない以上、イスラエルに残されている選択肢は、占領地から撤退し、アラブを含む国際社会から非難されない「いい子」に変身して、何とか国家的な存続を許される状態にするしかない。もはやイスラエルには、アラブ側を敵視することが許されなくなっている。

 イスラエル右派は、アメリカの軍事産業やキリスト教原理主義勢力と組み、過去30年間、アメリカ政界を揺さぶり続け、アメリカの世界戦略を動かしてきた。イスラエル右派が衰退したら、その後のアメリカは外交方針を転換させていく可能性が大きい。つまりイスラエルの動向は、日本を含む世界の人々にとって、非常に重要である。そう考えて、私はイスラエルのことを何度も記事にしてきた。

▼「ホロコースト」との関係

 アメリカの中枢で、ひそかにイスラエルを衰退させたいと思っている勢力は、中国やロシアを強化した「多極主義者」と同じものだ。彼らは、最近イランのアハマディネジャド大統領が、反イスラエル的な発言を繰り返していることに対しても、ひそかにほくそ笑んでいるに違いない。

 アハマディネジャドは、ホロコーストに関しても「作り話(myth)である」「それを信じない者が欧州で牢屋に入れられるのはおかしい」「ホロコーストは欧米人が起こしたことなのに、その再来を防ぐためのユダヤ人国家が中東に作られ、パレスチナ人が苦しんでいる。イスラエルは、欧米のどこかに移転すべきである」といった発言を繰り返している。(関連記事

 前回の記事も踏まえつつ、(1)ホロコーストの喧伝が、イスラエル右派をイスラエルとアメリカの政界で勢力を拡大することを可能にした重要な原動力の一つだったこと、(2)米政界に、イスラエルを弱体化させたい勢力がいそうなこと、(3)アハマディネジャドがパレスチナ問題と絡めてホロコーストの事実性を疑う発言をしたことにより、イスラム世界にリビジョニストを支持する動きが始まりそうなこと、(4)欧米がイランを経済制裁しても、中国やロシアがイランを助けるので制裁の効果が薄いこと、などを考えると、多極主義者とイスラエルの戦いが、ホロコーストの事実性をめぐる戦いにも及んでいる感じがする。

 すでに記事が非常に長くなってしまったので、このあたりの詳しい話は、改めて書くことにする。



●関連記事



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ