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★反戦に動き出したマスコミ

2003年3月5日   田中 宇

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 最近、アメリカやイギリスのマスコミ報道の中に、米軍のイラク侵攻を止めさせようとする方向の暴露記事が目立つようになった。

 たとえば、イギリスの新聞オブザーバーは3月2日「アメリカのNSA(盗聴や傍受を専門とする政府機関)がニューヨークの国連安保理事会の各国代表の電話を盗聴し、アメリカのイラク侵攻に賛成する決議を国連安保理で採択させるための裏交渉に盗聴で得た情報を活用しようとしている」という暴露記事を載せた

 この記事には、NSAの担当者が関係各方面に出したメール文までついており、信憑性は高い。NSAからメールを受け取ったイギリスの諜報担当者がオブザーバーに情報をリークしたのだと思われる。

▼「アメリカはゴミ情報しか出さない」

 2月20日にはアメリカのCBSテレビが「アメリカ当局が国連査察団にわたした機密情報は、ゴミみたいな無価値な内容のものばかりだった」とする査察団関係者の証言を報じた

「イラクはたくさんの大量破壊兵器を隠し持っているはずだ」と主張するアメリカ政府は、イラクの大量破壊兵器を探しに行った国連査察団に対し、兵器の隠し場所などについて、偵察機などによって入手した機密情報を提供することになっていた。ところが、米当局が査察団にわたしたのは無価値な情報ばかりだった。査察団がアメリカから受け取った機密情報は、古すぎるものか、憶測にもとづいた状況証拠か、もしくは単に間違いだったりした。

 ホワイトハウスから「偵察衛星による調査で、イラクが原子炉を稼働させたことが分かった」という機密情報が入ったため、査察団がその場所に行ってみたが、そこには原子炉などなかったという。査察団関係者は「強大な大量破壊兵器をまだイラクが持っているという米政府の主張は、ほとんど信用できない」とCBSテレビに語っている。

▼ゆがめられていた亡命者の証言

 3月1日にはワシントンポストが「イラクからの亡命者フセイン・カメルは、1995年にすでに大量破壊兵器が破棄されていたと証言していたが、米政府はこれをわざと無視した」とする記事を出した。フセイン・カメル中将はフセイン大統領の親戚で、イラクの大量破壊兵器開発の最高責任者だったが、95年に一族の内紛を機にヨルダンに亡命した。

 亡命後カメルは、国連やアメリカの関係者に対し「自分はいろいろな大量破壊兵器を開発したが、湾岸戦争後に国連査察を受ける際、自分が指揮してそのすべてを廃棄した。いまだに兵器の設計図などは保管してあり、国連査察団が去ったら再び開発することは可能だ」と述べた。アメリカ政府は、カメル証言のうち、兵器をいろいろ開発したという点と、設計図などが残っているという点を強調する一方、カメルが廃棄を指揮したということは隠していた。

 カメルが亡命して証言した後、イラク政府は兵器の設計図などの資料を国連側に提出せざるを得なくなった。こうした成果を強調するあまり、アメリカ政府はその後カメル証言を歪曲して活用するようになり、現政権のチェイニー副大統領は昨年8月「査察を行っても何も兵器が出てこないが、カメルのような亡命者が証言すると、いろいろ出てくる(だから査察を続けても無駄で、早く軍事侵攻した方がいい)」と発言したりしている。

 だが、カメル証言の中の「大量破壊兵器をすべて廃棄した」という点を無視して歪曲している以上、ブッシュ政権がカメル証言をベースに侵攻を正当化しようとするのはおかしい、というのがワシントンポストの記事から読みとれる主張だ。カメル自身が「査察団はイラクの武装解除に向けて非常に効果的な活動をしている」と証言している一方、カメルを含むイラク人亡命者の証言には信憑性に欠ける部分がある、という指摘も記事中にある。

 カメルは亡命から半年後にイラクに戻り、殺された。アメリカはカメルを使うだけ使った後、やっかい払いしたような格好で、亡命後アメリカ側から期待していたような待遇を受けられずに失望したカメルは、帰ってきたら恩赦を与えるというフセイン大統領の甘言を信じ、バグダッドに戻ってしまった。この例をみると、フセイン大統領自身が「亡命したら許してやる」というブッシュの甘言を信じるはずがないということが分かる。

 カメル証言をめぐる新事実は、最初にニューズウィークが書いたもので、その後ワシントンポストのほか、イギリスのガーディアン紙にも記事が出た。

▼フセイン大統領のイメージアップに貢献したCBSテレビ

 2月26日、アメリカCBSテレビがサダム・フセイン大統領に対するインタビューを放映した。フセイン大統領が物静かな態度で「国連の査察にはすべて従っている。戦争をやりたいのはイラクではなく、ブッシュ政権の方だ」などと語る姿が、全米のリビングルームに映し出された。アメリカのテレビによるフセイン本人へのインタビューは13年ぶりだ。これもアメリカのマスコミが「反戦」に動き出していることの表れと思える。

 アメリカでは湾岸戦争以来、フセインのことを悪魔のように呼ぶ報道が続いてきた。ところが、テレビに映ったフセインは穏和な感じで、この放映の前日には国連が求めたミサイル廃棄に従う姿勢を表明した。対するブッシュ政権側は、イラクが破棄を決めたミサイルは氷山の一角でしかなく、まだ膨大な兵器を隠している、だからフセインは嘘つきだし、査察などやっても時間の無駄だ、と反論した。(関連記事

 米国民の多くは今、米当局がテロの恐怖を過剰に煽り続けているためパニック状態が続き、正常な政治判断ができない。それでもフセイン対ブッシュ政権の一幕のやり取りをみれば「今月中に侵攻しなくても、あと数カ月ぐらい査察を続けた方がいいのではないか」という世論が出てきても不思議はない。

▼ウォルフォウィッツは「シオニスト」

 911事件以来、ブッシュ政権内部でイラク侵攻を声高に主張し続け、政権を戦争の方向に引っ張り続けてきた政権内の「新保守主義」(ネオコン)の人々を非難する論調も、このところアメリカのマスコミで目につくようになっている。

 ネオコン批判は、これまでも英米のマスコミ上で散見されたが、英オブザーバー紙が2月23日に掲載した「戦争に向けてブッシュを操る2人の男」(Two men driving Bush into war)という記事は、従来の多くの記事よりさらに踏み込んで書いており、必読である。

 この記事によると、ブッシュを操っているのは、テキサス州知事時代からの政策顧問であるカール・ローブと、レーガン政権時代から国防総省に入って中東政策を取り仕切ってきたポール・ウォルフォウィッツであるという。

 ローブはキリスト教原理主義の思想を持つ一方、ウォルフォウィッツはイスラエルの拡大を目指す「シオニスト」(ユダヤ人国家主義者)である。ブッシュ政権はキリスト教原理主義とシオニスト、それから父の代からのブッシュ家の家業であるテキサス州の石油産業界とが三位一体となって結合したものだ、とこの記事は分析している。

 こうした分析自体は、新しいものではない。ネット上でアメリカのフリーアナリストなどが書いている文章をよく読む人にとっては、すでに周知の事実といってよい。だが、英米のマスコミにウォルフォウィッツを「シオニストである」とはっきり指摘したうえで批判した記事が出ることは、私には驚きだった。(関連記事

 シオニストであるということが強すぎると、アメリカの利益よりイスラエルの利益を重視しかねないことになる。ウォルフォウィッツは、イスラエルのために米軍をイラクに侵攻させる気で、米軍の兵士がイスラエルのために死ぬことになりかねない。

 なぜ米軍のイラク侵攻がイスラエルの国益になるのかは、過去の記事「イラク攻撃・イスラエルの大逆転」「中東問題『最終解決』の深奥」などに書いた。

▼報道の背後に中道派とタカ派の戦い

 シオニストの中でも過激な人々は、自分たちを批判する人に対し、根拠なく「反ユダヤ主義だ」というレッテルを貼り、狡猾に徹底攻撃する。ユダヤ人の中にもシオニズムに反対する人は多く、反ユダヤ主義とシオニズム批判は別物であるのだが、そんなことはおかまいなしで、攻撃のヒステリックさによって批判者を沈黙させる。そのため、マスコミはシオニスト批判を行うのに躊躇する傾向がある。

 それを乗り越えてオブザーバーがウォルフォウィッツらの「正体」を暴く記事を載せたのは、ジャーナリズムとしての正義感というよりも、ブッシュ政権の暴走を止めようとする勢力が、英米の政界や財界など、いわゆる支配層の中に存在しており、その後押しを受けてこうした記事が出たのではないか、と思われる。

 私は以前から、911後のブッシュ政権は、イラクや北朝鮮、フィリピンなどで戦争を起こしたい「タカ派」と、それを防いで安定した世界を維持したい「中道派」とが激しい権力争いを続けているのが最大の特徴だと分析してきた。

米イラク攻撃の謎を解く

激化するアメリカ権力中枢の戦い

 このうち「タカ派」は、オブザーバーの記事にある「キリスト教原理主義」と「シオニスト」が合体したもので、その思想が「新保守主義」(ネオコン)である。中道派は、新保守主義が出てくる前からアメリカの世界政策を主導してきた勢力で、キッシンジャーらOBと現職の外交官や政治家、ロックフェラーなど財界、外交評議会など政策立案を行う学界が三位一体となった、アメリカの外交政策の「元老院」的な存在である。タカ派から見れば、中道派は「守旧派」であるが、中道派から見ればタカ派は「危険分子」か、下手をすると「イスラエルのスパイ」ということになる。

 ネオコンの人々は1980年代のレーガン政権以来、情報操作を行って自分たちの勢力拡大を図ることに力を入れており、ネオコンの支持者はアメリカのマスコミの中に幅広く存在している。アメリカのマスコミ関係者にはユダヤ系の人々が多く、その中にはシオニストも多い。

 そうした勢力は、米軍が侵攻しさえすればイラクに民主主義が達成されるかのような解説記事を書き、独仏やロシアなどが侵攻に反対しても結束は弱いなどといった観測記事を書いて世論を動かすことで、タカ派を支援している。

 米国民の多くは、度重なるテロ警報による思考停止に加え、マスコミにおけるネオコン勢力による意図的な報道の雨を受け、すっかり好戦的な考えに染まっている。最近、中道派系の記事が出てきたとはいうものの、あふれるタカ派系の記事に比べれば弱く、まだアメリカの世論を転換するには遠い状態だ。

▼望みどおりに起きた911事件

 オブザーバーの記事には、もう一つ驚くべき示唆が載っていた。911事件とウォルフォウィッツの関係である。

 ウォルフォウィッツらタカ派の人々は、冷戦後のアメリカが進むべきタカ派的な方向性を主張するシンクタンクとして「アメリカの新世紀のためのプロジェクト」(Project for the New American Century、略称PNAC)を設立した。

 そこでは「アメリカの単独世界支配を守るため、世界に覇権を拡大しそうな国々(当初は日本やドイツが想定されていた)を先制攻撃できる体制を作るべきだ」などという主張がなされていたが、今から2年前の内部文書では「アメリカの世界支配力を確固たるものにするためには、かつての真珠湾攻撃のような、新事態を誘発する大惨事が必要ではないか」という主張がなされている。(真珠湾攻撃はアメリカの世界支配史から見ると、日本を戦争に誘発して太平洋支配を確立できるきっかけとなった事件である)

「かつての真珠湾攻撃のような、新事態を誘発する大惨事」という言葉で、私がすぐに思い出したのは911事件だった。あのとき、その日のうちにブッシュ政権は「真珠湾攻撃」を引き合いに出し、事件を「新事態」として意味づけしようとした。その後のアメリカは「テロ戦争」の名のもとに世界支配力を強めている。

 911事件は、巨大な事件なのに真相が迷宮入りになってしまっている奇怪な事件である。犯人像も不透明なままで、ビンラディンとのつながりもはっきりしない。捜査当局が頑張って調べても不透明なまま、というのではなく、捜査当局がほとんど調べていない、もしくは調べたことを何も発表していないことが原因だ。

 911事件は、当日の防空体制が不自然に貧弱だったことなど、米当局が何らかの関与をした結果、大惨事になったのではないか、という指摘もかなりある。これを「陰謀説」として片づけるにはもはや無理がある。

テロをわざと防がなかった大統領

テロの進行を防がなかった米軍

 PNACには、チェイニー副大統領や、ラムズフェルド国防長官も名を連ねている。911事件の発生にPNACがかかわっていた、と言ってしまうのは根拠がなく危いが、911事件後のアメリカの展開は、PNACが望んでいたとおりになっている。911事件の前には危険思想として扱われていた「先制攻撃」の政策は、すでにブッシュ政権の外交政策の中心に座っている。

▼「悪事」を隠すためのイラク侵攻

 オブザーバーの記事は、PNACが2年前に作った内部文書について、詳しく書いていない。この記事が、アメリカの中道派の筋が書かせたものなら、この内部文書が架空のものである、という疑いもありえる。

 しかし半面、もしオブザーバーの記事が真実を突いていて、しかも今後1−2カ月のうちにブッシュ政権がイラク侵攻できなかったら、ウォルフォウィッツらが仕掛けた巨大な「悪事」が次々と暴露されていき、911事件の真相も公表されていくかもしれない。テキサス石油利権とブッシュ政権との関係が注目されながら迷宮入りしてしまったエンロン事件も、再びスキャンダルとして吹き出してくるだろう。ブッシュ政権は弾劾されて退陣に追い込まれるかもしれない。

 ブッシュがそれを防げる方法はただ一つ。イラクに侵攻することである。アメリカでは伝統的に開戦すると大統領への人気が高まるため、イラクに侵攻して中道派からの妨害をすべて封じ込め、米国民をテロの恐怖という「麻薬中毒」状態に置き、反政府の言動をする者はテロリストだというレッテルを貼り、あらゆる政府批判を事実上禁じてしまえばいいのである。

 イラクで戦争をして勝っても、何カ月かすれば、また米国民の不満が湧き起こるかもしれない。そのときのために、今のうちから北朝鮮を挑発しておき、次にブッシュ政権の人気が落ちてきたら、こんどは北朝鮮に先制攻撃を加えれば良い。韓国のソウルが攻撃されて何百万人かが死んでも、盧武鉉政権の韓国はもう親米国ではないので、アメリカにとっては知ったことではない、ということになる。

 私は、こういう事態は冗談ではないと思う。起きてはならない事態だが、世界で何百万人単位の反戦デモ行進が何回も起きても、ブッシュを引き留めることはできないのかもしれない。しかし、まだブッシュがイラク侵攻できると決まったわけではない。

▼シラクは拒否権を発動する

 フランスが国連安保理でイラク侵攻に対して拒否権を発動するかどうか、アナリストの分析が分かれている。アメリカとの関係を重視して、フランスは最後には拒否権発動ではなく棄権に回るという見方もある。

 私には、フランスのシラク大統領は、拒否権を発動すると思われる。シラクは、仏大統領として40年ぶりにアルジェリアを訪問し、歓迎のためにイスラム教徒のアルジェリア人が100万人も集まり、アメリカに対して毅然とした態度を示したシラクを賞賛し、英雄として扱った。40年前に仏軍との血みどろの戦争で独立して以来、アルジェリア人はフランス人を嫌っていたはずだ。

 それなのに、アルジェ市内はフランス国旗やシラクのポスターであふれた。シラクが最後にはアメリカの膝元に屈するつもりなら、この時期にアルジェリアに行くはずがない。シラクのアルジェ訪問は、アメリカがごり押しするなら拒否権を発動するぞ、という決意表明であるに違いない。(関連記事

 日本でも、中道派の意を受けたと思われるマスコミの動きがあった。3月2日の夜にNHKが放送したイラクについての特集番組(NHKスペシャル「アメリカとイラク」)には、ウォルフォウィッツの名前が登場し、PNACの名前も批判的なトーンで紹介された。

 日本は対米従属の国だし、今の時点で日本国民を反米に向けて暴走させかねない番組作りは、米中枢で今後タカ派が勝利した場合、日本人自身にとってマイナスになるという考えもありえる。そのためか、番組の中では米タカ派に対する明確な批判は発せられなかったが、反タカ派的な意図は十分にくみ取れる内容だった。

まだ事態は動いている。開戦すると決まったわけではない。



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