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米イラク攻撃の謎を解く

2002年9月9日   田中 宇

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 アメリカやヨーロッパでは、イラク攻撃の是非をめぐる論議や政治的駆け引きが続いているが、どうも分からないのは、なぜイラクのサダム・フセイン政権を転覆しなければならないのか、ということだ。

 表向きの理由は「イラクのサダム・フセイン政権は核兵器を開発中で、化学兵器もすでに持っている。フセインは石油が豊富な中東を支配し、アメリカと同盟国を危機に陥れようとしている。だから先制攻撃でフセイン政権を倒し、イラクに民主政権を作る必要がある」ということである。

 だが以前は、米政府高官は違う主張をしていた。2002年4月ごろまで「イラクは911のテロ攻撃を裏で支援していた。だからサダム政権を倒さねばならない」と言っていたのである。911のテロ事件の実行犯の主犯格とされるエジプト人モハマド・アッタが、犯行前にイラクの諜報員と東欧の国チェコのプラハで接触していた、とされていた。ところが、このプラハでの密会について調べたチェコ当局が「密会があったという確かな証拠がない」という結論を出すに至った。

 そのため、ホワイトハウスは「イラクが911を支援したから攻撃する」という主張を止め、その代わり「イラクは密かに核兵器を開発している」という理由を持ち出して、従前通りのイラク攻撃の必要性を主張し続けた。このように、一つの理由が崩壊したら別の理由を見つけてながら、結論として同じことを言い続けていることから考えると、イラク攻撃をやりたい本当の理由は、表向きアメリカ政府が発表していることとは別のところにある、と疑わざるを得ない。

 イラクが核兵器や化学兵器を持っているかもしれないのが問題だというのなら、湾岸戦争集結直後から1998年までアメリカが先導して続けていたイラクに対する査察団の派遣を再開すれば良いと思われるが、チェイニー副大統領は8月末に「フセインはうまく偽装し、武器を隠してしまうから、査察チームを派遣しても無駄だ。今すぐイラクを攻撃した方がいい」と述べている。

 その一方で、軍事情報収集用の人工衛星でイラク上空から高精度の写真を撮ったところ、核兵器開発施設と思われる建物を見つけた、とブッシュ大統領は最近述べている。だからフセイン政権を転覆させるだけの大攻撃が必要だという理論なのだろうが、そうではなくて、核開発の疑惑があるなら、イラクに外交圧力をかけて問題の施設を査察するか、もしくはイラク側が核施設の実態を隠すのなら、その施設を空爆して破壊する方が現実的だろう。

▼英米はすでにイラクを勝手に空爆できるのに

 米英軍は、1998年末から最近に至るまで、ほとんどマスコミに発表しないまま「必要」に応じてイラクを空爆してきた。空爆対象の多くは、アメリカがイラク国内に定めた「飛行禁止区域」の範囲内だとされている。アメリカは、飛行禁止区域でイラク軍の軍事行動を発見したら攻撃するとイラクに通知しており、飛行禁止区域内での米英軍による制裁的な攻撃は「国際社会」ではすでに認知されているものだ。イラク側は、米英軍が一方的に攻撃してきたり、飛行禁止区域外で空爆を行ったりしていると抗議しているが、聞き入れられていない。

(飛行禁止区域は、シーア派イスラム教徒が住んでいる北緯33度以南と、クルド人が住んでいる36度以北。いずれの人々も、イラクから独立しようとしており、イラク軍から徹底弾圧される可能性が大きい。このため国連の経済制裁などとは別に、アメリカが飛行禁止区域を設定した)

飛行禁止区域の地図

 米軍は9月5日、イラク空軍施設を攻撃し、久しぶりに空爆の事実を発表したが、これは飛行禁止区域内のことなので、米軍の発表が事実なら、すでに国際的に認知された範囲の攻撃だったということになる(イラク側は民間施設が攻撃されたと反論している)。

 イラクの核施設が飛行禁止区域の外の、米英軍が勝手に攻撃しないことになっている地域にあったとして、それを米英軍機が勝手に空爆して破壊したとしても、大して問題にはならない国際的な土壌が、すでにできあがっている。だから、イラクが飛行禁止区域外で核開発を行っているとしても、米英軍機がそれを空爆することはできるはずだ。核疑惑を解決するにはフセイン政権の打倒が必要だ、ということにはならない。

 アメリカ国内では「冷戦時代、ソ連は何百発も核兵器を持っていたが、アメリカはソ連を倒そうとしなかった。イラクが何発か核兵器を開発したからといって、サダム政権を倒さねばならない理由が分からない」という世論が出ている。(関連記事

▼石油利権説は不十分

 アメリカがフセイン政権を転覆したいのは、イラクの石油利権を独り占めしたいからだ、という見方もある。確かに、イラクの石油埋蔵量は世界第2位で、世界中で発見されている全埋蔵量の11%を占める。

 だが、フセイン政権を転覆させてアメリカの傀儡政権ができると、中東に反米感情が広がり、国民感情を受け、これまで親米敵だった国の政府が、反米的な姿勢を強めてしまう。サウジアラビアやエジプトは、すでにそうなっている。サウジアラビアの石油埋蔵量は世界の24%で、イラクの2倍である。イラクを親米に変えたらサウジが反米になってしまうのでは、石油確保のための戦略とはいえない。

 フランスやロシア、中国などがアメリカのイラク攻撃に反対しているのは、これらの国がフセイン政権から石油を安く買っているからだということを考えると、アメリカがフセイン政権を潰したいのは「イラクの石油の利権をフランスやロシアなどに渡さず、独り占めするため」という読み方もできる。だが、それを実現するには、アメリカはフセイン政権を潰すより、フセインと外交的な裏取引をする方が簡単だ。

 ブッシュ家は歴史的に石油利権とのつながりが深く、サウジアラビア政府(王室)とも親しい関係にある。だが最近はブッシュ政権内でサウジに対する攻撃口調のコメントも増え、従来の石油最重視の流れが変わりつつある感じも受ける。

 そもそも、もはや石油利権はアメリカにとって以前ほど重要ではない、という論調もある。石油価格は2000年に大高騰したが、すでに重工業中心の状態から脱しているアメリカ経済には全く悪影響が出なかった。もはや1970年代の石油危機や1991年の湾岸戦争時とは違い、アメリカが石油を最重視しなければいけない経済構造ではない、という見方である。

 それらを踏まえると、石油利権の確保がイラク攻撃の真の中心的な理由だと考えるには無理がある。「石油」は理由の一つかもしれないが、その場合、ほかにもっと重要な理由があるはずだ。

▼均衡戦略から一強主義へ

 アメリカがフセイン政権を転覆したい理由が「大量破壊兵器」でも「石油」でもないとしたら、何が本当の理由なのだろうか。最近、それについて気になる報道をしたのが英ガーディアン紙である。

 9月3日付けの記事「サダムを使った将棋倒し作戦」(Playing skittles with Saddam)によると、ブッシュ政権上層部でフセイン政権の転覆を主張している人々は、イラクの政権転覆をきっかけとして、サウジアラビアやシリア、イランなど、他のアラブ諸国の政権も転覆させる将棋倒しのような状態を、意図的に狙っているという。この作戦は、これまでのアメリカの外交政策の基本をくつがえすものだ。

 これまでアメリカは冷戦時代を通じてソ連との力の拮抗状態の上に外交関係を築くとともに、イランとイラクのように、一つの地域内でライバルの関係にある国どうしを対立させ、アメリカのいうことを聞かない大国の出現を防ぐという「均衡戦略(バランス・オブ・パワー)」をとってきた。

 だが、イラクをめぐるアメリカの均衡戦略は、もはや限界にきている。そのため、ブッシュ政権の中の「新保守主義派」(ネオ・コンサバティブ、略称「ネオコン」)の人々は、アメリカはもう均衡戦略を捨て、言うことを聞かない国はぜんぶ潰す、という「アメリカ一強主義」(ユニラテラリズム)に転換し、その一発目としてイラクを潰すのが良いと考えている。

 圧倒的な軍事力を持つアメリカは、もはやわざわざ西欧やロシア、中国などの反論につきあって小さくなっている必要はない、軍事力と諜報力を思う存分活用し、アメリカだけの力で世界を「矯正」していけるはずだ、というのがネオコンの人々の考えである。

 これは言い方を変えれば、第一次大戦以降、世界が続けてきた「外交」というもの自体を否定することである。世界の問題は、表の軍事力と裏の諜報力で解決するので、高度な手練手管を持った「外交官」はもう必要ない、という主張でもある。

 ブッシュ政権のネオコン勢力の思想的な中核は、国防総省の「国防政策委員会」(Defence Policy Board)の委員長をつとめるリチャード・パール(Richard Perle)、国防副長官であるポール・ウォルフォウィッツ(Paul Wolfowitz)、国防総省の政策担当次官であるダグラス・フェイス(Douglas Feith)らで、その上司であるラムズフェルド国防長官、そしてチェイニー副大統領に至る系統が「一強主義」を推進している。

 アメリカの共和党では、もともと外交政策の主流は均衡戦略だったが、1980年代のレーガン政権のとき「冷戦後」を見据えた戦略として新保守主義が注目され、ネオコン勢力が政権内に入ってきた。だがその後、ブッシュの父親の政権では、伝統的な均衡戦略の派閥が盛り返し、均衡戦略を推進するベーカー元国務長官らがブッシュ政権の外交を取り仕切った。

 父親の政権では隅に追いやられていた新保守主義の人々は、息子のブッシュ政権の選挙戦が始まるときに息を吹き返した。ブッシュは、自政権の外交顧問としてコンドリーサ・ライス女史を国家安全保障問題担当の大統領補佐官に据えたが、彼女が集めたのがネオコンの人々だった。父親の政権で力を持っていた均衡戦略派は、息子の政権ではパウエル国務長官らが登用されただけだった。

 ブッシュ政権が新保守主義の考えに基づき、国際世論を無視してイラク攻撃を行う方向に向けて動き出した今年7−8月、ベーカー元国務長官らブッシュの父親の側近だった均衡戦略派はこぞって反対し、アメリカの中枢が分裂していることが表面化した。

▼アメリカの中東での均衡戦略の歴史

 アメリカは中東では、1950−60年代にトルコとイランに軍事支援を行って北からのソ連の脅威に対抗させた。その後、トルコとイランよりさらに南にあるイラクとシリアでアラブ民族主義の革命が起き、両国が社会主義化すると、ソ連に対する防波堤だったはずのトルコとイランは、逆にソ連とイラク・シリアに挟まれてしまうことになった。そのためアメリカはイラク・シリアのさらに南にあるイスラエルとヨルダンに対する支援を強化した。

 1978年にイランでイスラム革命が起こり、イランが親米から反米に転じた。同時期にイラクではサダム・フセイン政権が誕生し、その前後からイラクはソ連と仲違いし、アメリカの軍事援助を受け始め、やがてイラン・イラク戦争が起きた。これは長年アメリカが支援してきたイランの軍事力を、イラクとの消耗戦で使い果たさせるという均衡戦略に基づくものだった。

 イラン・イラク戦争が終わり、アメリカの軍事援助で軍事大国になりかけたイラクをたたくために、今度は湾岸戦争が引き起こされた。「ペルシャ湾岸の全体を支配する大国を出現させない」というのがアメリカの考えだった。

 湾岸戦争のきっかけとなったイラクのクウェート侵攻は、クウェートを自国の一部だとするサダム・フセインの主張を、いったんアメリカが黙認するふりをしたから起きたことだった。アメリカは、イラクの侵攻を誘発した上で猛反撃し、イラクの軍事力を破壊した。こうした流れを見ると、第二次大戦後の中東情勢の多くは、アメリカの均衡戦略の産物だといえる。

 だが湾岸戦争によってアメリカは、その後のイラクをどうするかという問題を抱えることになった。アメリカがサダム・フセイン大統領を殺すまでやってしまうと、その後のイラクは混乱し、北方のイランがイラクのかなりの部分を支配するという事態が起こりかねない(イラクの人口の6割は、イランと同じシーア派イスラム教徒)。これでは、イランの脅威を再び増やしてしまう。

 そのため、フセイン政権を倒さず、その代わりイラクが再び大国にならぬよう「イラクは敗戦時に禁じられた大量破壊兵器をまだ持っている」という嫌疑をかけ、経済制裁を行って封じ込めるという手がとられた。イラクは大量の石油を輸出できるので、放置するとまたお金をためて再軍備しかねない、と考えられた。

 ところがこれに対してイラクは、石油を使って外交戦を展開する挙に出た。イラクは1997年ごろから、ロシアやフランス、中国といった、国連安保理の常任理事国でしかもアメリカの言いなりにならない国々に対して石油を売る代わりに、これらの国々が対イラク経済制裁に反対するよう仕向けた。

 その上でイラクは1998年初め「国連代表団として大量破壊兵器の査察にくるアメリカ人は、本来の業務を超えてイラクをスパイしている」と主張し、査察団の入国を拒否した。外交対立の後、98年末にアメリカなどは査察団の派遣を打ち切り、その代わりに米英軍がイラク空爆を開始し、その後も発表しないまま空爆を続けた。

 だが、その間にもイラクとロシア、フランス、中国、アラブ諸国などとの貿易関係はますます強化された。2000年夏にはバクダッド国際空港が約10年ぶりに再開され、経済制裁は有名無実化した。アメリカのイラクに対する外交戦略は破綻し、軍事戦略でも国連決議に基づく空爆では勝てないことが明らかとなった。

 2001年にブッシュ政権が誕生し、従来型の均衡戦略を破棄し、一強主義に基づくフセイン政権つぶしの計画が出てきたとき、もはや伝統的な均衡戦略を支持する人々の反論は弱いものになっていた。

▼ネオコンは親イスラエル

 ここまでの話で、アメリカがイラクに対して行ってきた「均衡戦略」が破綻したために「一強主義」が出てきたことを説明したが、まだ読者の疑問を解くにはほど遠いような気がする。たとえば、イラクを封じ込めたり壊滅させたりせずに放置すると、アメリカにとってどんなマイナスがあるのか、という疑問が残っている。

 その答えは、中東のアラブの人々がアメリカに対抗できる強い指導者を求めており、アメリカが封じ込めておかないと、フセイン大統領はヨルダンやサウジアラビア、シリア、パレスチナなどの人々の支持を集め、これらの国々が親イラクになってアラブが団結して反米、反イスラエルの度合いを強め、特にイスラエルが危機にさらされるからではないか、と思われる。

 しかし、この説明は「イスラエルが危機にさらされることが、アメリカにとってそれほど大変なことなのか」という、次の疑問を生んでしまう。それに対して私が今持っている答えは「アメリカの新保守主義の人々は、イスラエルと非常に強いつながりを持った人々なので、アメリカの国益だけでなく、イスラエルの国益も守れる戦略を採っているから」というものだ。

 新保守主義派とイスラエルとの関係は、前出のガーディアンの記事の中でも論旨の中心を占めているのだが、私の今回の記事は、その部分の説明を後回しにした。いきなり「アメリカはイスラエルのためにイラク攻撃をするのだ」と書くと、予備知識のない人々には「反ユダヤ主義」「ユダヤの陰謀」などへの連想が強くなり、理論的に考えてもらえなくなる。

 しかし、イスラエルの中東戦略を見た上で、アメリカのイラク攻撃について考えると、最近起きていることの筋書きが非常に明確になることもまた事実である。次回の記事は、そのことを分析したい。

【「イラク攻撃・イスラエルの大逆転」に続く】



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