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台湾と中国:政治で勝ち、経済で負ける

2001年12月17日   田中 宇

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 台湾の国民党の党首をしている連戦という人は、ピエロのような顔をしている。泣いているのか笑っているのか、よく分からない顔だ。彼には党首としてのカリスマ性が欠けているとの批判もある。だが今の国民党には、彼のような人物こそ党首として必要なのではないかと感じる。

 台湾の国民党は1912年に設立され、現存する政党の中でアジアで最も古い。しかも彼らは去年まで70年以上、常に政権の座にあった。1928年から49年までは中国大陸で政権の座にあり、共産党との内戦に敗れたその後は、台湾で政権をとっていた。党イコール国家という、独裁体制の権力だった。しかも国民党は政党としては世界一の金持ちで、資産は26億ドルと概算されている。

 そんな強大さを持っていた国民党は、過去10年間の政治民主化によって、今や単なる野党になってしまった。連戦は、昨年3月の大統領(総統)選挙に負け、さらに今年は先日12月1日に行われた議会(立法院)選挙でも国民党を敗北させ、第一党の座を民主進歩党(民進党)に取られた。

 連戦は敗北の責任を感じ、周囲に辞意を漏らしたが、強く慰留されて続投することにした。国民党には、台北市長の馬英九というハンサムな若手のホープもいるのだが、彼などが党首として出てくるには、国民党が落ちるところまで落ちて、その後の可能性が見えてくるまで待つ必要があると党内で考えられているのかもしれない。

・参考:馬英九男前写真館

 連戦のような人物が党首だったからこそ、台湾の民主化はスムーズに進み「民主化後、かつての独裁制党が野党になる」というケースが人類史上初めて台湾で実現することができた、ともいえる。連戦を国民党の党首に据えたのは、前任者の李登輝・前総統だったが、台湾を民主化して大陸との統一を防ごうとした李登輝の意図を感じさせる人選でもある。連戦のように比較的潔い人ではなく、手段を選ばず権力にしがみつく人物が国民党の指導者だったら、冷戦直後のルーマニアのような流血の惨事が台湾でも起きたかもしれない。

●台湾政治のこれまでの流れについては、以下の記事を参照。

▼台湾の経済難を政治利用する中国

 昨年3月の総統選挙で民進党の陳水扁が勝ち、彼が昨年5月に総統に就任したころから、台湾では未曾有の経済不況が始まった。総統の座は奪われたものの、議会のほぼ過半数を維持していた国民党は、不況の原因は陳水扁と民進党の政策の稚拙さにあると攻撃し、陳水扁が議会を通そうとした経済対策を否決した。

 台湾の不況は、輸出の半分を占めるハイテク産業(パソコン部品など)が、日米など世界経済の景気低迷で不調になったのが原因で、台湾企業の多くは、国際的な値下げ競争に勝つため、台湾から中国大陸に生産拠点を移した。このため台湾経済が空洞化し、失業が増えた。台湾の人々は、政治的には自分たちの国をなきものにしようとしている中国(中共)に、経済面では頼らざるを得なくなっている。(「経済難にあえぐ台湾」参照)

 それまでも台湾では対中関係が緩和するたびに、企業や人々の投資先が大陸に移り、そのあおりで台湾の株価や地価が下がり、株や土地を融資の担保にしていた銀行の不良債権が増える傾向が続いてきたが、それがさらに悪化した。これは「対中投資バブル」ともいうべき現象で、中国はこの台湾の苦境を利用して、台湾を併合できる環境を作ろうとしている。

 こうした中、中国と台湾の統一を目標に掲げる国民党や親民党は「民進党政府は中国側と経済交流についてもっと交渉すべきだ」と主張し、民進党が統一に向けて中国と交渉を始めないことが不況の原因だとして、民進党を批判し続けた。中国政府は、国民党や親民党に対して宥和的な態度をとる一方、民進党に対しては陳水扁総統を無視する態度をとり、選挙で民進党が負けるように仕向けた。

▼国民党を待ち受ける厳しい運命

 昨年の総統選挙では、大企業の経営者の中にも民進党への支持を表明する人が多かったが、そのような財界人は選挙後、中国で運営している工場に税務査察が入り、脱税を指摘されて多額の追徴課税をされたりした(資本主義への移行期にある中国では税制が不明瞭で、当局のさじ加減で企業の「脱税」を指摘できる状態にある)。今年の議会選挙では、財界人で民進党への支持を表明する人は大幅に減ることになった。

 このように中国と国民党などが呉越同舟で「団結」したにもかかわらず、国民党が負けたのは、有権者が不況の原因は「民進党が無能だから」だとは考えず「国民党が民進党の経済対策を妨害したから」だと考えたことが一因だった。

 国民党には今後、さらに厳しい運命が待ち受けている。国民党が持つ巨額の資産を解体することを民進党政権が狙っているからだ。国民党は、1980年代までの党イコール国家だった独裁時代、党の傘下に有力な金融機関や公益企業を持ち、そこから吸い上げた資金が今に続く党の資産になっている。

 民進党政権は、この資金の吸い上げが違法だった可能性が高いとして、今後、議会の決議を経て、国民党に特別な査察を入れ、犯罪が立証されれば党資産を没収することを目論んでいると思われる。国民党が金を持っている限り、選挙資金には困らないわけで、民進党がそれを没収したいと考えるのは、政治的に見れば当然だろう。

 これと似た問題として、マスコミをめぐる陣取り合戦がある。台湾のマスコミの多くは、これまで国民党寄りの人々が経営権を握っていた(「台湾の政治を揺さぶるマスコミ」参照)。だが、民進党が完全に政権をとったとなると、話が違ってくる。いつまでも国民党の肩を持っていては、マスコミ各社の存続が危うくなるだろう。陳水扁や李登輝は、自陣営の勝算が高かった選挙期間中から「台湾のマスコミは公平な報道をしていない」と発言していた。今後、台湾のマスコミの色合いも変わっていくに違いない。

▼WTO加盟後の戦い

 国民党は選挙敗北後、党内から「民進党政権の経済政策に協力すべきだ」という声が出ている。これには連戦は反対しているものの、昨年まで51年間も台湾の政権をとっていた国民党には経済政策の専門家も多くおり、彼らが政府に協力すれば不況を緩和できるかもしれない。

 だが、台湾経済の前途には新たな難問が次々と現れている。一つは11月に中国と台湾が自由貿易を促進するWTOへの加盟を認められたことに関係している。WTOに加盟した国は海外からの輸入に対する制限を減らさねばならないが、台湾の場合に最も大きな脅威となるのは、中国大陸から台湾製よりはるかに安い農産物や軽工業品が流入することである。たとえばインスタントラーメンについては、中国最大の「鼎益」というメーカーが台湾市場に参入し、台湾最大の「統一企業」と激しい販売競争が起きると予測されている。(関連英文記事

 とはいえ、台湾側も独自の対策を用意している。WTOは2国間の貿易交渉をベースにしており、2国間で決着がつかない問題をWTOの裁判所に持ち込む仕組みになっている。ところが、もし中国が台湾をWTOに提訴したら、中国は台湾を「別の国」として認めたことになり「台湾は中国の一部だ」という、これまでの立場と矛盾することになる。このため、台湾が中国との貿易交渉で強硬姿勢をとっても、WTOに提訴されることはまずない、台湾の当局者は考えている。

 さらに言うなら、先に紹介したラーメン戦争での中国側企業は、実は純粋な中国企業ではなく、企業オーナーは台湾人兄弟である。中国大陸に多く存在する「中国化」した台湾企業の一つであり、見方によっては台湾企業どうしの戦いである。

 もう一つ中国が仕掛けている経済攻撃は、東南アジア諸国(ASEAN)と中国との自由貿易圏構想に関するものだ。東南アジア諸国もアメリカへの輸出で経済を発展させてきたため、アメリカの不況を受けて新たな市場の開拓を迫られている。今夏には日本市場への参入を目標に、日本に対して自由貿易圏を作ろうと持ちかけたが、日本も国内企業の売り上げが減って困っており、断られた。そのためASEANは中国に持ちかけ、今後10年間に自由貿易圏を設立することにしたが、これが実現すると、台湾はのけ者にされる可能性がある。

 とはいえ、中国との統一に反対する民進党系の新聞である「タイペイタイムス」は「台湾はこれまでも国際社会からのけ者にされてきたが、のけ者にされた人々は団結して努力するので、台湾は経済発展に成功した。のけ者にされることより怖いのは、経済が空洞化することだ。ASEANや中国からのけ者にされても、世界にはもっと多くの国々がある。産業基盤が中国に移って空洞化することの方を防ぐべきだ」と主張している。 (関連英文記事 Taiwan must avoid being gutted

【注】台湾の中国語ではアメリカなどの大統領を「総統」と呼んでおり「総統」と呼ばれている職位の日本語訳は「大統領」である。中華民国の政体は三権分立ではなく五権分立(五院制)なので、その上に立つ指導者は「大統領」とは異なる「総統」だという考えもあるが、すでに台湾の五権分立制は有名無実化している。近い将来にアメリカ型の三権分立制に移行する計画で、すでに実態は他の多くの国の大統領と大差ない。日本のマスコミが台湾の大統領を「総統」と呼ぶのは、北京から記者を追放されたくないため、台湾を一般の主権国家とは別扱いするための方便と考えられる。本来は「大統領」という呼称を使うべきと思うが「総統」が定着してしまっているので、混乱を避けるために私も「総統」と呼ぶ。



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