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激動続く台湾:中華民国の終わり

2000年5月8日   田中 宇

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 中国大陸のインターネット世界で最近「中国で最も美女が多い町はどこか」 という人気投票が行われ、台北市が第1位に輝いた。その理由は「国民党が内戦に敗れた際、党幹部が台湾に連れていった妻や妾の中に、美女が多かったから」というものだった。

 大陸の中国人は、ほとんど誰も台湾に行ったことがないのだから、この投票結果は一種のブラックユーモアか、「台湾は中国の一部である」という当局のプロパガンダの一環のようにも思われるが、歴史背景を雄弁に物語っていることは間違いない。(2位は上海、3位は雲南省・貴川省の少数民族、4位は大連、5位は成都・重慶、6位は香港、7位は南京)

▼国民党は「都市」、共産党は「農村」

 国民党が1949年に共産党との国共内戦に敗れて台湾に逃げ込んだとき、一緒に連れていった「素晴らしいもの」は、他にもある。誰でも知っているものは「故宮博物館」であろう。

 台北の故宮博物館に展示されている文物は、共産党の手に落ちる直前の南京から軍艦で台湾に運びこまれた。北京の故宮博物館が所蔵しているものより歴史的な価値が高く、そのため北京ではなく台北の博物館の方が「世界4大博物館」の一つに数えられている、と聞いたことがある。

 同じ趣旨で「台北の中華料理レストランは、中国で最も多様でおいしい」という定説も聞いた。これまた「国民党幹部は大陸各地にいたころ、一流コックを屋敷で雇っていたが、台湾に逃げてくるときに、コックを一緒に連れてきたから」というのが理由だそうだ。

 国民党と共産党との歴史的対立では、国民党が中国の「都市」を代表する勢力で、共産党は「農村」を代表する勢力だったと考えることができる。国民党は台湾に逃げてくるとき、中国の「都市」が保有していた文化をそっくり台湾に持ち込んだ。だから台湾の国民党政府はずっと「共産党ではなく国民党こそが、中華文明の正統な後継者である」と主張してきた。

(反面、毛沢東の革命は「農村が都市を包囲する」という戦略をとり、その仕上げとして中華人民共和国の建国後に文化大革命を起こし、都市の文化人を農村に「下放」して農民によって「再教育」させた、と読み解くことができる)

 「漢字」も対照的な象徴の一つだ。中国大陸で使われている漢字は、共産党政権が農民の識字率を高めるために簡略化した「簡体字」であるのと対照的に、台湾では今も伝統を重んじて、複雑な「繁体字」を使っている。

▼崩れつつある「中華民国」の前提

 このように台湾では、いずれ全中国を再び支配したいという国民党の戦略が、社会や国家の基本的な部分に、抜きがたく存在している。たとえば中華民国の国旗は、赤い布の上に国民党の紋章(青地に白い太陽)を貼りつけたかたちになっており、国民党が一党独裁で政治を行うことが、国旗の前提となっている。

 ところが今や、この前提は崩れてしまった。3月の総統選挙で国民党が敗れ、5月20日からは民進党の陳水扁が総統となる。国民党は、中国全土を再び支配するどころか、台湾の野党になってしまった。もはや、野党になる国民党の紋章を、そのまま台湾の国旗として使い続けるのはおかしなことになる。

 台湾の人々の過半数が現状の中国と併合されることを望んでいないことは、選挙や世論調査で明らかになっている。そのため今後、台湾の国旗や国名を変えるとしたら、それは「中華」より「台湾」を強く意識したものとなるだろう。たとえば与党になる民進党の旗は、真ん中にサツマイモのような形をした台湾本島をあしらい、地の色は「自然が美しい島・台湾」を象徴する緑色である。

 このような「台湾独立」を象徴するような変更は、大陸の共産党政権の強硬な姿勢を考えると、危険なことだ。間もなく総統に就任する陳水扁は、中国を刺激するなというアメリカ政府の要請を受け、当面は国旗や国名を変えない方針を打ち出している。

▼李登輝の「イタチの最後っ屁」発言

 一方「中国国民党」の党名の変更については4月下旬、李登輝総統が「国民党という党名は外来政権を表す名前だし、腐敗した組織というイメージを持たれているので、もう変えた方が良い」という趣旨の発言した。これは総統の任期切れが一ヶ月後に迫った李登輝の「イタチの最後っ屁」的な爆弾発言であり、党内で激しい議論になった。

 李登輝総統は3月の総統選挙で国民党が負けた責任を取らされ、選挙直後に国民党主席を辞任したが、この時から国民党内部には「李登輝は台湾独立という、党是に反する個人的な願望を達成するため、わざと国民党を敗北に導いた」と声高に主張する「外省人」勢力の発言力が増す一方、李登輝の側近だった「本省人」(台湾人)勢力は沈黙しがちになっている。

 そんな中の駄目押し的な党名変更発言で、外省人勢力は「ついに李登輝が自分の党を《外来政権》と呼び、台湾独立主義者の本性をあらわした」と主張し、李登輝の党籍剥奪を求めた。外省人は1947年に「全中国を再び支配する日まで、台湾を拠点として借りる」という理屈で大陸からやってきた国民党を担う人々だったが、その後、民主化の過程で李登輝ら本省人に権力を取られ、挙げ句の果てに党ごと政権の座を追われてしまった。

 今後これに党名変更が加わると、もはや国民党は「中国を統一する」という孫文以来の党是を放棄することになり、外省人は党を支配する大義を失い、無権力のマイノリティとして窮してしまう。

 とはいえ、国民党が今後も台湾の政界で生き残ろうとすれば、党名の変更に象徴される大改革を行い、過去の悪いイメージを払拭する必要がある。国民党は台湾に逃げてきた直後から、反政府的な人々を容赦なく投獄・処刑し続けた反民主的な歴史がある上、暴力団の親分を国会議員として当選させるなど腐敗したイメージも持たれているからだ。

▼故宮博物館を北京に戻す日は近い?

 党内議論で、李登輝の党籍剥奪を声高に要求した人の中に、故宮博物館長の秦孝儀がいた。これは象徴的なことに思える。もし党名を変えたら、国民党が中国を再統一することを前提として50年前に大陸から台湾に運びこんだ故宮博物館の所蔵品は、そっくり北京政府に返還しなければならなくなるからである。

 一方、本省人の議員である黄振塊は、議論の際、台湾語で自説を展開しはじめた。するとすかさず外省人議員が「分からないぞ」「国語を話せ」と野次った。台湾の「国語」(公用語)は北京語であり、外省人の老人には、北京語しか聞き取れない人が多い。だが、台湾の人口の大半は、台湾語を母語とする河洛(ビン南)系台湾人であり、総統選挙の集会でも庶民の歓心を得ようと、国民党は台湾語でぎこちない議事進行をしていた。

 野次を受けた黄振塊は、むっとした表情をした後、激しい口調で「あなたがた(外省人)は永年台湾に住んでいるのに、台湾語を話す努力を全くせず、台湾語を聞いたら《分からないぞ》と叫んできた。国民党が選挙で票を集められなかったのは(李登輝のせいではなく)まさにあなたがたのそんな態度が原因じゃないですか」という趣旨の発言を展開したという。

 そんな激しい議論の最中に、下を向いたり、天井を仰いだりして、議論に参加したくない風情の人がいた。連戦である。彼は5月20日まで李登輝総統の副官であり、李登輝が党主席を辞任した後は党主席代行をしており、今後李登輝が政界を去った後には国民党の「本省人派」を担うと思われる人物なのだが、温厚な性格であるためか、不甲斐ない態度に終始していた。

▼遺骨が台湾海峡を渡る意味

 とはいえ連戦もまた、今後に備え、彼らしい手を打っていた。4月下旬の記者会見で「5月20日に副総統の任期が終わった後、私人として中国・西安を訪問し、西安にある祖母の墓を台湾に移し、祖父と一緒に葬り直したい」と発言したのである。

 連戦の祖父は「台湾通史」という名著を書いた有名な歴史学者だが、父は日本占領下の台湾を逃れて大陸に渡り、国民党を支持する活動した。連戦は、父が大陸の西安で働いていた1936年に西安で生まれ、祖母も西安で亡くなった。

 連戦が祖母の墓を台湾に移転する行為は、政治的な意味を持っている。台湾では国民党の独裁的総統だった蒋介石が、故郷である大陸の浙江省に埋めてくれという遺言を残し、今も遺体は、台北市から1時間ほど車で行った、浙江省に景色が似ていると言われている山の中に建てられた別荘に「お通夜」の状態で棺桶内に安置されている。

 この史実は台湾人から「台湾に骨を埋めたくない人物に率いられていた国民党には、台湾を統治する権利はない」という非難の的にされ、国民党の今後のイメージアップにもマイナス要因である。そのため連戦は、自分の祖母を大陸から台湾へと移葬し、蒋介石とは逆方向に動かすことで、国民党の台湾同化を人々に印象づけようとしたのだった。

 それにしても、李登輝という政治家の行為には、鬼気迫るものがある。権力の頂点に登りつめながら、国民党の圧政が復活しないよう、中国による武力支配にも向かわぬよう、民主化を逆戻りできないようにするために、自らが政治的に「自爆」することで、国民党政権を潰してしまったのである。

 その心理は、中国の個人主義的な政治伝統の中にいる外省人政治家や大陸の共産党には、理解しにくいものだろう。せっかく権力を手にしたのに、台湾の人々のためとはいえ、どうしてそれを自ら壊すことができるのか。これはまさに、戦争中の日本にあった「特攻隊」の自爆攻撃の精神だ、やっぱり李登輝は半分日本人だったんだ、と「中国人」たち(外省人と共産党)は思っていますよ・・・。と、台北のある知日派が選挙の直後、感慨を込めて語っていたことを思い出した。



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