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経済難にあえぐ台湾

2001年9月3日   田中 宇

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 昨年末、中国の上海周辺を旅したとき、紙製品を作っている工場を見学する機会があった。その工場はシンガポールと中国との合弁企業だったが、工場の一角にある従業員用の居住区に、日本のマンションのような、工場内の住宅にしてはやや豪華な5階建てぐらいの建物があった。それは台湾人の技術者や経営幹部たちのための住宅で、向かいにある中国人従業員用の単身寮より、ワンランク上の住居だった。

 案内してくれた工場幹部の人に、台湾人と中国人との給与格差を尋ねると、企業秘密なので教えられないという。台湾人の技術者は頼りになるので他企業からの引き抜きが激しく、給与などの情報が外部に流出するとヘッドハンターに狙われてしまうから、とのことだった。

 私はこの旅行で数カ所の工場を見学したが、他の工場にも台湾人の技術者や幹部がいた。中国には台湾系企業も多く、約5万社の台湾企業が大陸に進出している。台湾から中国大陸の工場に来てもらうため、台湾でもらっている給料の5割増しの給料を出したり、年間に合計2カ月分の長期休暇を出したところもあると聞いた。(「活気あふれる中国:台湾の存在感」参照)

 ところが、それからわずか10カ月後の今日、そんな大盤振る舞いは、すでに過去のことになってしまっている。当時は台湾の景気が良かったので、わざわざ大陸まで行って仕事を探す必要はなかったが、台湾では今春以降、未曾有の不況に陥ってしまった。あちこちで工場が閉鎖され、職を失った技術者や経営幹部らが、大陸の台湾企業を回って職探しをするようになった。

 台湾経済は1952年に統計を取り出して以来、一度もマイナス成長となったことがない。昨年は5%という高い成長率だった。だが今年の成長率はマイナス0・4%へと落ち込むと予測されている。

▼アメリカ経済の落ち込みが原因

 台湾経済は、タイや香港、韓国までやられた1997年のアジア通貨危機も、世界第4位の豊富な外貨準備と国民の高貯蓄率によって乗り越えている。そんな健全経営のはずの台湾が今年に入って急に落ち込んだのは、複数の理由がある。

 一つはアメリカを中心とする世界的なハイテク製品の需要減退である。台湾経済の高度成長を支えてきたのは、パソコンや携帯電話など、ハイテク製品のアメリカ向け輸出だった。ところがアメリカでは昨年後半からインターネットビジネスのバブルが崩壊するなど、米経済全体が不安定な状態になり、今年前半にはパソコンや家電などエレクトロニクス製品の需要が昨年前半より30%落ち込んだ。この影響で7月には、台湾から世界へのエレクトロニクス製品の輸出は、前年同月比43%減という大幅な落ち込みになった。

 需要が減った分、国際的なハイテク製品の価格競争が厳しくなっている。そのため台湾メーカーは、人件費が台湾の5−10分の1、地価や電力料金なども台湾より安く、免税措置も用意されている中国大陸へと生産拠点を移す動きを加速させ、台湾の工場を閉めるようになった。その結果、失業率は日本に近い水準の4・5%まで上がっている。

 コンピューター関連の製品は、インターネットの普及とともに全世界で需要が急増し、技術の改良が進んだが、この状況が始まってからすでに5年ほどの年月が過ぎ、すでに性能の向上は十分に進んだ感がある。最新の製品とそのひとつ前の製品で使いやすさにあまり差がなくなると、性能よりも価格が重視され、価格競争が激化する。繊維製品など、ハイテク以外の製品の多くはすでにそのような段階を終え、台湾の工場の設備を解体して大陸に運び、そこで再び操業するという移転がなされてきた。同じパターンがハイテクに及び始めているという面がある。

▼金融自由化の負の部分

 台湾が不況に陥ったもう一つの理由に、政治の問題がある。台湾では長く国民党の一党独裁体制が続いてきたが、昨年3月の総統(大統領)選挙で、野党だった民進党(民主進歩党)の陳水扁が勝ち、史上初の民主的な政権交代がなされた。

 だが、議会(立法院)はその後も国民党が過半数を握っており、陳水扁政権が提案する経済対策にことごとく反対した。国民党は「民進党の政策では経済が良くならない」と主張する一方、民進党は「国民党の妨害が経済をいっそう悪化させた」と批判している。

 そしてもう一つ、金融機関の不良債権と貸し渋りの問題がある。金融機関全体の不良債権は、今年3月末には融資全体の5・9%だったが、それが5月末には7・3%へと増えた。統計上に現れない分を入れると、不良債権の比率は15%だとの指摘もある。

 1945年に日本が放棄した後、台湾を接収した国民党は、ライバルの中国共産党と同様、党と政府、経済が一体となった存在だった。そのため1980年代後半に金融自由化が始まるまで、台湾の金融機関のほとんどは政府系だった。その後、世界的な政治経済の自由化の流れを受け、民間銀行の設立と政府系銀行の民営化が進んだが、今も大きな銀行には政府の資本が入っている。

 こうした歴史から、台湾の金融機関は、昨年まで一党独裁を続けてきた国民党を資金面から支えてきた部分がある。選挙が近づくと、国民党の候補に選挙資金を融資し、有権者を買収するための資金を作ってやる。その代わり、議員が当選した後は、国民党から特別の扱いを受け、政府の内部情報を早めにつかんで投資利益を出すことができた。

 だが、癒着の構造は昨年3月の大統領選挙で国民党が破れたことで完全に終わった。後を継いだ民進党の陳水扁政権は、政治家が金融機関を使って不正に資金作りをする汚職を次々と摘発し、台湾の検察は過去1年間で200人近い政治家を起訴した。

▼銀行を潰せない台湾政府

 また台湾の金融機関は、日本の同業者と同様、金融自由化とともに野放図な融資拡大に走った。台湾では今、125万軒の住宅が空き家になっているといわれるが、これは90年代に金融機関が不動産関連投資を急増させた結果である。

 経営危機に陥った金融機関は、融資の担保だった土地を売却して資金を回収しようとしたが、これは地価の下落を引き起こした。地価の下落で金持ちの資産が減り、株式投資に向かう資金も減って株価も下落、銀行は不動産を担保にした新規融資に慎重になって「貸し渋り」が起こり、健全なメーカーでも銀行から金を借りられなくなり、経済全体に悪影響を及ぼしている。

 政府が金融機関を救済して貸し渋りを放置すると、日本のように不景気が長引くばかりなので、台湾では「長い目で見ると、すでに機能していない金融機関がいくつか潰れた方が良い」という論調がある。だが台湾政府はここ数ヶ月、経営危機に陥った金融機関を国有化して救済する政策をとっている。金融機関の破綻は経済危機を深刻化させかねないし、12月に国会(立法院)議員選挙があるので、民進党はこれ以上経済運営に失敗することを避けたがっている。

 台湾の不況と表裏一体の現象として、台湾企業はますます中国大陸に生産拠点を移す傾向を強めている。不況の台湾とは対照的に、中国経済は高成長を維持している。台湾では、もはや台湾経済が中国経済に飲み込まれるのはやむを得ず、台中の経済を統一する方向で考えるしかないとの論調が目立つようになり、陳水扁総統は先日、大陸への投資規制を撤廃することを決めた。

 台湾ではこうした動きと合わせ、中国との統一を掲げる外省人系の政治勢力と、統一を好まない本省人系の政治勢力との対決姿勢も強まっている。この政治対立については次回に書きたい。

(続く)



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