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「負けるが勝ち」の台湾国民党

2000年2月24日   田中 宇

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 昨年8月、台湾に行ったとき、日本から輸入する映像作品の著作権処理などのビジネスをやっている日本人、川上東さんに、いろいろ案内していただいたのだが、その中にケーブルテレビ局があった。そこはアダルトビデオ専門の局だったのだが、台湾のケーブルテレビ網の歴史を感じることができた。

( 川上さんは「謝小姐の台湾日記」というサイトを編集している。台湾の現役新聞記者による、興味深い記事が載っている)

 台湾のケーブルテレビは、今から10年ほど前に民主化が始まったのと同時期に、反政府の人々などによって敷設され始めた。「民主進歩党」など野党の人々は、政治活動を自由化されつつあったものの、自分たちの主張を広めるメディアが少なかった。そこで、支持者に協力してもらい、電柱などを伝う形で、勝手にケーブルテレビ用のケーブルを張り巡らせ、地下放送を始めた。

 当時の法律では違法だったので、当局が強制撤去にかかったが、撤去されるとすぐにケーブルを張り直してネットワークが維持拡大され、そのうちに政府も合法化せざるを得なくなった。今では台湾全土の世帯の8割が、放送を見られるようになった。内容も多様化し、アダルト放送局もいくつか作られたというわけだった。

(アダルトビデオ番組の7割は日本製、2割以上が香港や欧米のもので、台湾国内の作品は5%もないとのことだった。日本はアニメだけでなく、アダルト分野でも「アジアのハリウッド」なのだった)

 私はこの取材をしたとき「台湾のケーブルテレビは、言論の自由の獲得を目指した市民たちが、当局の弾圧に負けず、張り巡らせたネットワークだ」という通説に、なるほどと思ったのだったが、最近、少し違う意味合いがあったのではないか、と思うようになった。

 台湾で50年近く与党の座にあった国民党は、3月18日に行われる総統(大統領)選挙で、民進党など他の候補に破れる可能性が出ているのだが、国民党の上層部は「選挙に負けても良い」と思っているふしがあるからだ。

▼民主化を逆戻りさせないためのケーブルテレビ

 台湾の民主化は、国民党政府の独裁者だった蒋経国(蒋介石の息子)自身が、米中の接近とともに自国が国際的に孤立するのを避けるために始めた。民主化は、1980年代から20年近くかけて進められた。

(「台湾の民主化は、反政府活動家と民衆の努力の結果」というのが通説だが、1970年代までの容赦ない弾圧が、1980年代に入って容認に変わった裏には、国民党の意図があったはずだ)

 そして、20年間の民主化の仕上げが、国民党自身が「野党」になる、ということだ。それによって国民党は、中国世界の4000年の歴史上初めて、選挙による政権交代を成し遂げた勢力となる。

 長期独裁政権だった国民党は強力な組織であり、配下の軍隊や公安警察などはかつて、選挙で負けたらクーデターを起こせるぐらいの力を持っていた。だが、それは今や不可能だ。台湾には報道の自由を謳歌しているメディアが無数にあり、権力に対する人々の監視力が上がっており、勝手なことはできなくなっている。

 そしてケーブルテレビが、その象徴だといえる。権力内部からの民主化反対の声をかわすため、ケーブルの敷設も「やむなく許可した」形式にしつつ、逆戻りできないように布石を打ちながら民主化を進めたのではないか。

▼中国を危うくさせる台湾の民主化

 台湾にとって民主化が大切なのは、それが国の存亡にかかっているからだ。冷戦時代には、中国(共産党政権)に対する防衛線として、アメリカが台湾を支援してくれたが、アメリカでは冷戦後、中国と仲良くした方が利益が大きいとの考えが出てきて、台湾への対応も変わってきた。人口2000万人の台湾より13億人の中国の方が市場としての価値は大きいし、政治的にも大国だからである。

 「大国」が売り物である中国に対して、台湾の売り物は、かつての「反共」から、今は「民主」へと変わった。民主的な国を理想と考える「国際社会」の価値観で計ると、台湾は優等生であるが、民主的な国政選挙を経験していない中国は、今のところ、そうではない。

 3月の総統選挙で「政権交代」があれば、立派な民主主義国として、国際社会も無視できなくなる。事実、アメリカ議会の下院では、これまで目立たないように続けてきた台湾に対する軍事支援を、正式な支援に衣替えするための「台湾保安強化法」が可決されている。上院と大統領は、この法案に反対しており、廃案になる可能性もあるが、これは明らかに、民主化を進める台湾への、アメリカからの声援である。

 アメリカの台中問題への対応は、1998年夏のクリントン大統領訪問の際に、大きく中国支持に傾いた後、徐々に台湾寄りへと変化してきている。

 こうした動きに中国政府は苛立ちを表明しているが、それは外交的な危機というだけではない。台湾が完全な民主化を成し遂げ、国際的に国家として認知されたら、中国の国内問題としても、危険な状態になる。

 多様な地域と民族から成り立っている中国は、もともと統一を維持することが難しい国である。だから、台湾が国際的な認知を得てしまうと、中国で北京から遠い地域の指導者の中から、自分たちも独立し、北京政府とは別の国として国際的な認知を受けたいと思うようになるだろう。その傾向が強まると、中国の統一性が弱くなり、国力も弱まってしまう。

 かといって、中国政府が今よりも速く民主主義を導入すると、これまた国家を分裂させる方向の選挙結果が地方から出てきかねない。中国の分裂は国内の紛争を増やし、人々を幸せにしない可能性が高いので、中国政府としては、これを止めたいと考えるのは当然だ。だから、台湾が国際認知を得ないよう、さまざまな手を打ってきたが、必ずしも効果を挙げていない。

▼日本で自民党が負けたときと似ている

 台湾総統選挙の主な候補は、国民党から出馬する連戦(現在は副総統)、民進党の幹部で元台北市長の陳水扁、国民党から離党して立候補した宋楚瑜の3人。このうち、連は「現状維持派」、陳は「台湾独立派」、宋は支持者に「外省人」が多いことから「中国寄り」とみられている。(「外省人」については「台湾人のアイデンティティ」を参照)

(最近では、各候補とも不利なレッテルを張られないよう、連は「腐敗している」と批判されがちな国民党の改革を約束し、陳は「中国との対話」を強調、宋は中国が台湾に認めさせたい「一国二制度」を容認しないと明言している)

 2月上旬の支持率調査では、陳が28%、連が26%、宋が25%、決めていない人が21%で、接戦が予測されている。(11月の調査では、宋が36%でダントツのトップだったが、国民党による宋への攻撃が功を奏し、支持率が下がった)

 総統選挙で国民党の候補が破れそうな理由の一つは、人々が「50年も続いた国民党政権をやめさせ、他の誰かに一度政府をやらせたら、良い結果になるかもしれない」と感じているからだ。日本でも1993年の解散総選挙で、自民党政権が敗北し、野党による連立政権ができたのと、似たような理由である。

 だから国民党は、いったん負けても何年かしたら、また政権を奪回する可能性がある。国民党にとって今回の選挙は、自分の党のことだけを考えれば勝った方が良いのだろうが、台湾全体のことを考えれば「負けるが勝ち」ではないか、と思われる。



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