自立したい台湾、追いすがる中国

8月9日  田中 宇


 今年5月、台湾の軍隊は、中国の人民解放軍が攻撃してきたという想定で、軍事演習を始めたが、日程の途中で、予定より早く演習を切り上げた。その理由は、演習の舞台になった島に、絶滅しそうな種類の亀がおり、演習による環境破壊で亀が死ぬのを防ぐためだった。その何ヶ月か前に行われた演習では、大砲の射程距離が、当初の予定より短く設定された。その理由は、近隣の住民が、騒音被害を訴えたからであった。

 台湾は、中国と鋭い軍事対立を続けている。3年前に台湾で総統(大統領)選挙があったときには、独立傾向が強い李登輝氏の再選阻止を狙って、中国軍が台湾に向けてミサイルを発射する演習を行い、アメリカが空母を台湾近海に差し向けるという事態もあった。そんな状態なのに、台湾の軍隊は10年ほど前から、縮小を続けている。

 軍隊が縮小したのは、1980年代の後半に、民主化政策が動き出してからのことだ。それまでの台湾は、アジアで最も独裁的な体制を持つ国の一つだった。1949年、蒋介石総統が率いる国民党が、中国共産党との内戦に敗れ、大陸から台湾に逃げてきて以来、40年近くも戒厳令が敷かれ、政府は反対派を容赦なく投獄し、人権侵害を続けていた。

 冷戦時代の前半期には、中国の共産主義を封じ込めるため、アメリカは台湾に軍事・経済面で巨額の支援をした。台湾にとって最大の後ろ盾であったアメリカは、国民党政権が反対派を弾圧しても「共産主義者を取り締まる」という名目であることを理由に、容認していた。

 だが1960年代の後半から、台湾海峡の反対側では、モスクワを頂点とした社会主義世界の秩序を作ろうとするソ連と、ソ連の傘下ではなく独自の社会主義を進め出した毛沢東の中国とが、強く敵対するようになった。ソ連を最大の敵と見なしていたアメリカは、中国に接近して共闘を組むことで、ソ連に勝とうとする戦略に転換した。

 1972年にはニクソン大統領が中国を訪問し、79年には米中国交が正常化した裏側で、台湾は71年に国連を追放され、79年にアメリカと表向きの国交を断絶させられた。そして、追い詰められた台湾がその後取った政策が、思い切った民主化だった。

 80年代後半には、冷戦の終結が近いことが次第に明らかになっていたが、冷戦後の世界では「民主的」であることが大切だということを、台湾の統治者たちは、アメリカ政府の態度から感じたのだろう。その後の民主化によって、台湾は今、アジアで最も民主的な国の一つになっている。

●石油備蓄も激減

 軍事独裁国家だった台湾が民主化するということは、軍隊の地位が低下し、軍事予算が減るということを意味していた。民主化が始まったばかりの1987年には、軍事費は台湾の国家予算の半分を占めていたが、今では20%程度にまで落ちた。そして軍事演習より、環境保護や騒音などの問題が優先されるようになったのだった。

 かつて台湾では、沖合いにタンカーを何隻も停泊させておくかたちで、120日分の石油備蓄を持ち、中国軍による海上封鎖に備えていたが、タンカーの停泊は海を汚染する石油流出事故の危険があるとして反対運動が始まり、今では備蓄は18日分しかない。軍事力だけでなく、あらゆる面で国家安全保障が重視されなくなったのである。

 民主化というのは、国民の多くが望むことを政府がする、ということでもある。台湾の国民の多くは、現状の中国と統一された社会になることは嫌だ、と考えている。そのため台湾政府も、かつての「武力で北京政府を倒し、国民党が中国を再統一する」という国家目標を放棄し、台湾は中国とは別の国だ、というスタンスを、機会をとらえて表明するようになった。

 台湾が中国とは別の国になってしまえば、武力攻撃されるおそれも減るから、軍を小さくしてもかまわないのだが、問題は、台湾が独立に向かうことを、中国が認めないことである。中国は、台湾が中国とは別の国として独立を宣言したら、台湾に攻め込み、武力で統一すると威嚇し続けている。

 そうした問題があるのに、軍の縮小や安全保障体制の緩和を進めているということは、台湾政府は実は、中国が実際に攻めてくるとは考えていないのではないか、とも思える。

●「一つの中国」は未来の姿でしかない

 台湾の李登輝総統は7月10日、ドイツのラジオ局とのインタビューの中で、「今後は、中国と台湾が特殊な国家どうしの関係であることを中国が認めない限り、中国との交渉は行わない」という意味の発言をした。

 台湾政府はこれまで「中国と台湾は一つの国であり、台湾は中国の一部である」という「一つの中国」の認識を受け入れていた。これは1949年に国民党が台湾に逃げ込んで以来、中国と台湾双方が共有し、アメリカや日本など関係国も支持してきた概念だった。

 李登輝発言は、この認識を拒否するものであった。いや、正確には「拒否」ではなく「読み替え」だった。台湾政府は、李登輝発言の約2週間後に、補足説明をした。「台湾政府は、一つの中国という認識を持ち続けているが、それは現在の中国と台湾が一つの国であるということではなく、中国と台湾がいずれは一つの国になる、という未来形での認識だ。現在の中国と台湾は、どう考えても一つの国と呼ぶことはできない」という内容であった。

 中国政府は、李登輝発言を強く非難し、台湾の対岸の福建省に軍を結集させる動きをとった。また、中国沖を通行中の台湾の貨物船を拿捕したり、中性子爆弾を作れるのだと発表したりして、台湾を威嚇した。

●試合を放棄した台湾と、とうせんぼする中国

 「一つの中国」の概念が最初に打ち出されたのは、中国とアメリカが国交を結んだ1970年年代のことだった。当時は、中国も台湾も、自分こそが中国の唯一の正当な政府であり、いずれ自分たちが中国と台湾の両方を統治するようになる、と言っていた。

 当時からすでに、現実の台湾と中国とは、違う国家システムのもとにあり「一つの中国」は虚構だった。だが当時は「現実の方が矛盾しているのであり、いずれその矛盾は統一によって解消される」と台中双方が考えていた。もちろん、台湾では国民党が勝つことによる統一、中国では共産党が勝つことによる統一が想定されており、「一つの中国」の解釈は正反対だった。

 米中国交正常化の際、中国政府は、アメリカが台湾を中国から切り離して保護することを不可能にするため、「一つの中国」の是認をアメリカに求めた。

 台中双方に目を配る必要があったアメリカに配慮して、誰が誰を打ち負かして一つの中国を実現するかには触れず、「台湾は中国の一部であり、アメリカ政府は、台湾問題が(台湾と中国の)中国人どうしの間で平和に解決されることを望む」という文言が、1972年のニクソン訪中の際、共同声明に盛り込まれた。

 その後約30年、状況が最も変わった点は、台湾政府が中国を再統一する意思を捨てたことだった。1991年には、台湾政府は北京政府の存在を容認し、それ以来、中国には2つの政府があるとの立場を取っている。

 また李登輝は昨年11月、英米の新聞と行った記者会見で「台湾はすでに独立した主権国家として存在している」と述べている。7月10日の「国家どうしの関係だと認められなければ、中国と交渉しない」という李登輝発言は、そこからさらに一歩「台湾独立」に向かって進んだものだといえる。

 一方、中国は当初からの立場を変えていない。試合を放棄した台湾が、試合会場から立ち去ろうとしているところに、放棄を許さない中国が、とおせんぼをしているような状態になっている。

●李登輝発言の背景に4つの要因

 李登輝総統が、この時期にこんな発言をした背景には、4つの要因があると筆者はみる。

 1つめは、昨年は密接だった米中関係が、このところ急速に悪化し、アメリカの政界で、中国や台湾に対する政策の見直し機運があることだ。

 アメリカの政界には親中国派と親台湾派があって、親中派は「今、中国を引き寄せておかないと、中国の政界で左派反米派の勢力が増し、親米の立場を取っている右派の江沢民政権が失脚するかもしれない。そうしたら元も子もない」と主張し、中国が希望するWTO加盟を実現し、台湾に対して中国との交渉を進めるよう働きかけるべきだ、と考えている。

 一方、親台派は「台湾が中国よりも民主化を進め、政治的にも経済的にも有望な国になっているのに、民主主義の守護者を自認するアメリカが、1970年代に決めた台湾に対する立場を変えないというのはおかしい」として、「一つの中国」を是認する政策を変えるべきだと主張している。

 クリントン大統領としては、昨年6月に中国を訪問した際、「一つの中国」に対する支持を明白に表明しており、この立場を変えるわけにはいかない。そのためアメリカのオルブライト国務長官は、李登輝発言を批判する方向の発言を行った。

 とはいえ、アメリカでは来年、大統領選挙があり、すでに事実上の選挙戦は始まっている。選挙の結果次第で、台湾に対する政策も変わる可能性もある。李登輝発言はそのあたりを狙ったものと考えられる。

 2つめの要因は今年10月、中国政府で台湾との交渉の最高責任者をしている汪道涵氏(海峡両岸関係協会会長)が台湾を訪れ、台中交渉が予定されていること。交渉を前に、アメリカが台湾に対して「中国との政治統一について話し合いを進めよ」と要求する可能性がある。

 台湾の人々の多くは、台湾と中国が別々の存在である現状をずっと続けたいと思っているので、台中間の交渉が進まない方が良いと考える人が多い。アメリカから交渉せよと言われるのは迷惑であるため、先手を打って李登輝発言が出てきたのではないか、と考えられる。

●来年3月の総統選挙も視野に

 3つ目は、台湾との外交関係を維持してくれる国が次第に減っていることだ。

 台湾はここ数年、世界の中小諸国に対して、資金援助などを出すから台湾と国交を結んでほしい、と要請してきた。だが、多くの場合、相手の国に対して、中国政府から強い脅しがかかり、台湾の要請は断られて終わる。現在、世界で中国と国交を持っている国が160あるのに対し、台湾は28カ国としか国交を結んでいない。しかも台湾派の多くは小国だ。

 李登輝発言の直前には、パプアニューギニアが、いったんは台湾と外交を結ぶことに了解したものの、その直後にパプア政界内部で中国を支持する勢力からの攻撃があって政権が交代し、台湾との関係はわずか16日で終わるというドタバタ劇があった。

 この動きをみて李登輝総統は、外交関係を広げることによって国連での議席復活などを果たすという作戦は難しいと判断し、これまで曖昧にしてきた「一つの中国」に対する発言を明確化する戦略に切り替えた、という可能性がある。

 4つ目の要因は、来年3月に李登輝総統の任期が切れ、総統選挙が行われること。総統選挙に向けて現在、3人の候補が出馬表明をしている。李登輝総統が後継者として選んだのは、副総統をしている連戦氏なのだが、この人は人望が薄いのが欠点といわれている。

 国民党からはもう一人、宋楚瑜氏という前台湾省長だった人が立候補を表明しており、こっちの方が有権者の人気は高い。だが宋氏は、中国との交渉を進めるべきだと考える中国寄りの人なので、李登輝氏は宋氏を勝たせたくない。そこで、この時期にわざと中国を刺激する発言を行い、中国は怖いというイメージを国民に改めて思い出させ、宋氏への支持を削ぎ、現状維持をうたう連氏の強化を狙った可能性が大きい。

 発言後の世論調査では、支持率は連氏が30%、宋氏が28%で、連氏が宋氏を上回ってしまった。発言の効果はあったのだ。

●中国の事情

 一方、李登輝発言に対する中国側の激怒した対応の背景にも、中国政界の事情がある。すでに少し書いたが、中国政府中枢部には、江沢民主席・朱鎔基首相のコンビを中心とする親米右派勢力と、李鵬(全人代常務委員長)氏らが中心になっているとされる左派勢力がある。

 中国では昨年、アメリカとの関係が良く、経済改革も進めた方がプラスになるとみる世論を背景に、右派の勢力が増した。だが、昨年後半から、経済改革が人々に強いる、失業や福祉削減などの痛みが大きくなり、改革に対する批判が全国から噴出し、左派勢力が力を盛り返してきた。

 右派は、もう一段の経済改革に向けた突破口となるWTO(世界貿易機関)への加入に希望を託し、朱鎔基氏が今年4月に訪米してクリントン大統領と直談判したが断られ、さらに痛手を負った。中国外務省は「売国奴省」などと批判されるに至った。そして5月には、NATOがベオグラード中国大使館を爆撃して中国の人々の反米意識が噴き出し、左派がいっそう力をつけた。

 そんな中での李登輝発言に対しては、右派も強硬な姿勢を表明しない限り、左派からの攻撃にあう可能性が大きかった。今後、中国経済が好転する見込みは薄いので、その分、右派改革派に対する批判も続き、台湾に対する強硬的な態度も弱まらないと予測できる。

 とはいえ、中国が本気で台湾を併合しようと思えば、武力攻撃は得策ではない。武力侵攻すれば、アメリカを始めとする世界は一気に反中国に傾くし、中国が無理やり占領したら、台湾の繁栄は失われてしまう。それでは、中国と台湾が一緒になる意味がない。

 中国が台湾と一緒になりたければ、台湾の人々をその気にさせるしかない。それには、中国自身が、台湾の人々が一緒になりたくなるような、魅力ある社会を持つようになるしかない。そして、中国の人々には、そうした社会を作る力があると、筆者は思っている。

 まず、台湾の首脳の発言に対して武力の威嚇を行うことをやめて、台湾を自分と対等な存在として認める、つまり李登輝氏が言うように「国と国との関係」であることを認めるのが早道だと思う。李登輝氏は「中国の人々も、良く考えれば、私の発言が妥当なものであることに気づくだろう」と言っている。

 


 

参考にした記事のうち、ネット上で見られるもの

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