中東安定のためにイスラエルがイランを空爆
2025年6月13日
田中 宇
6月13日、イスラエルがイランを空爆し始めた。原子力と軍事の施設のほか、イランの軍幹部や原子力・軍事の専門家の居宅などを空爆したようだ。
イスラエルは、これから空爆を何日も続けると言っている。軍事関係の人材や施設を爆殺・破壊する空爆を繰り返し、イランの軍事力を削ぐ作戦だろう。
イランは核兵器開発しておらず、米欧イスラエルに濡れ衣をかけられているだけだ。イランの核施設は医療用アイソトープ製造など民生用だ。だから核施設でなく原子力施設。イスラエルの空爆の主な標的はイランの軍事資産であり、原子力施設への空爆は象徴だけの濡れ衣劇の一環だ。
(歪曲続くイラン核問題)
イスラエルは昨年11-12月に、レバノンをピンポイント空爆し続け、強い力を持っていたイラン傘下のシーア派民兵団ヒズボラの幹部の大半を殺し、兵器庫の多くを破壊した。ヒズボラは壊滅し、レバノンは反イスラエルから中立(親米)な国に転換した。今回のイスラエルのイラン攻撃は、あのヒズボラ攻撃と同じ趣旨と思われる。
(イランと和解するトランプ)
イスラエルは、昨年ヒズボラを壊滅させたが、今回イランを壊滅させるところまではやらないだろう。トランプの米国は、イランと核合意を結んで和解しようとしている。
イスラエルは、トランプとイランの和解を邪魔するために空爆したのでない。イランがこれから米国から許され、制裁を解かれて強い国に戻っていく前に、イスラエルがイランの軍事資産を空爆で破壊して弱体化させ、イランが強くなってもイスラエルに立ち向かってこないようにする。それが今回の空爆の趣旨だ。
(Trump Will Allow Iran To Enrich Uranium In 'Acceptable' Nuke Deal Proposal)
イランは数日内にイスラエルを報復攻撃しそうだ。イランとイスラエルが相互に報復攻撃を繰り返し、中東が大戦争になっていく・・・。そのようなシナリオが語られがちだが、それは多分違う。
イランとイスラエルは昨年から何度も相互に報復攻撃し合ってきたが、毎回、相互の攻撃は、大戦争とか潰し合いとは逆方向の、尻すぼみになっている。
(イランとイスラエルの冷たい和平)
イスラエルは、トランプの再選が事実上内定した2023年夏以来、米国の諜報力を自由に借用して中東での覇権と軍事力を急速に強めた。イスラエルは、そのちからを使ってパレスチナ抹消のガザ戦争や、イランとその傘下勢力(レバノンのヒズボラ、シリアのアサド)の破壊へと動き出した。
(シリア新政権はイスラエルの傀儡)
イスラエルはイランを何度も空爆したが、イランはある程度やられるがままになっている。イスラエルの台頭は多極化(米覇権解体)の一環であり、ロシアも中国も米国もサウジも、それを認めている。イランだけが拒否・抵抗してもうまくいかない。
だからイランは昨年来、イスラエルに攻撃されても、最低限の国家の尊厳・面子を維持するための反撃をするだけで、イスラエルの横暴をかなり黙認している。
(ヒズボラやイランの負け)
昨年末、イランの傘下にいたシリアのアサド政権が、イスラエル傀儡のアルカイダ系勢力HTSによって政権転覆されたが、イランはイスラエルに復讐するどころか、イスラエル傀儡のHTS(シャラア)のシリア新政権にヘラヘラ接近している。イランは、イスラエルの中東覇権拡大を黙認している。
その延長で考えると、イランは今回も、おざなりの反撃しかしないと予測される(すごい反撃だと誇張して報道されるかもしれないが)。
(Iran struggling for relevance in post-Assad Syria)
イランが本気でイスラエルに対抗するなら、傘下のヒズボラやアサドが潰される前にテコ入れし、中東大戦争になったはずだ(そしてイランの政体は潰れていた)。イランは、その道を選ばず、イスラエルの覇権が拡大し、その代わり米欧の覇権が低下する新しい中東体制の中で生きていくことにした。
(The Taliban Is Back In The International Spotlight)
イランがイスラエルの中東覇権拡大を認めて「いい子」にしていると、トランプがイラン制裁を解除してくれる。イランは国際社会での自由行動を認められ、多極化した世界の中で再台頭していける。イスラエルとの関係も、冷たい和平で安定していく。
最近、アフガニスタンのタリバン政権が中露印との親密度を増しているが、その動きにはイランも入っている。これはイランの台頭を象徴している。
イランは、イスラエル、トルコ、サウジと並ぶ、中東の地域覇権国の一つになりつつある。その前段階として、イスラエルがイランを空爆してイスラエルにとって「強すぎない」ように弱め、トランプがイラン制裁を解除していく。
(Another one bites the dust: Iran hawks disappearing from admin)
トランプはイラン空爆に反対したが、ネタニヤフが反対を押し切って勝手に空爆を挙行した。米イスラエルの関係は悪化した、などと言われがちだが、これらも間違いだ。
トランプは多極派なので中東を支配しようとせず、イスラエルの中東覇権拡大を純粋に(米国のためでなくイスラエルのために)支援している。
もう中東は米国(や英仏)のものでなく、イスラエルやサウジやトルコ(やイラン)のものだ。イスラエルは、勝手にやって良い。トランプは多極派(覇権放棄屋)なので、そう考えている。
(The Vance Doctrine)
米軍は、今後もシリアに駐留し続ける。それはトランプが中東覇権に固執している証拠じゃないか、と言う人がいそうだ。しかし、それも違う。
トランプは(イスラエル傀儡の)シリアのHTSシャラア政権に頼まれたので、米軍をシリアに置き続ける(兵力数は半減して千人に)。トランプ自身はシリアから撤兵したいが、ほかでもないイスラエルの希望なので、駐留し続ける。何年かしてシリアが安定したら撤兵を許される。トランプは、多極派であるがゆえに、中東の覇権国の一つになったイスラエルの希望をかなえてやる。
(Saudi Arabia Urges Iran to Reach Nuclear Deal With US or Risk Israeli Attack)
イスラエルは、自国流の中東安定化のために、イランを空爆し、ガザで何十万人も虐殺・餓死させ、アサドとヒズボラを潰した。
イスラエルがやる気なら、イランやサウジやトルコの政権も転覆できるが、そこまではやらないことにした(今のところ)。サウジの独裁皇太子MbSなどは、アサドみたいに転覆されたくないので、口でパレスチナ支持を言うだけで、イスラエルのガザ虐殺を黙認している。
(Huckabee slams French push for Palestinian state: ‘Carve it out of the French Riviera’)
敵性勢力を好き放題に転覆・虐殺すれば、事態は「安定化」する。そんなの間違ってるぞ、と欧米日の「市民」たち(うっかり何とか)は言う。確かに(リベラル英覇権の従来価値観からすると)人権無視で「間違って」いる。しかし、それが今後の世界だ。
「市民」たちは、船でガザに行こうとしてイスラエルに阻止されて強制送還されて「むくれる」(英諜報傘下の)グレタ・トゥーンベリのように、むくれることしかできない。
人為説のインチキも認めないまま、温暖化問題を静かに離れ、虐殺犯イスラエルけしからんと叫び、うまくいかなくてむくれている。
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