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イランとイスラエルの冷たい和平

2024年4月20日   田中 宇


この記事は昨日の続きです。

4月19日のイスラエルからの攻撃に対し、イランは「とりあえず、すぐには」反撃しないことにした。ゆくゆく反撃する可能性を残しているが、イスラエルがあらためてイラン本土に対してすごい攻撃をしてこない限り、イランはイスラエルを攻撃しないだろう。イランは「今朝イスラエルが攻撃してきたが、全部迎撃した。勝った」と豪語している。
イスラエルは依然として、シリアでイランが展開している軍事施設を攻撃している。今後もするだろう。昨日はレーダー網を空爆した。
イランは、シリア内戦でアサドを支援する名目で、イスラエルに隣接するシリアとレバノンに、傘下のシーア派民兵団の施設を展開し、イスラエルに脅威を与えている。
Futures Reverse All Losses, Oil Slides After Iran Plays Down Israeli Attacks, Signals No Retaliation

イスラエルは今後も、これらの施設を空爆する。ヒズボラなどイラン傘下の民兵団もイスラエルを攻撃し続ける。代理戦争は続く。だが、イランとイスラエルとの直接交戦はこれで一段落した。
イランとイスラエルは、代理戦争の部分を残しつつ、直接交戦の部分について「冷たい和平」の関係を構築した。
イスラエルが再び一線を越えてイランを大きく攻撃したら、イランは4月14日のようなイスラエル本土への報復攻撃を行い、イスラエルは滅亡しうる中東大戦争に再び直面する。だが、イスラエルが一線を超える無茶をしない限り、イランはイスラエルの動きを黙認する。
イスラエルは、イランに対してある種の安全を確保した。イランも、イスラエルを無茶しにくい状況に追い込めた。
Israel Targets Syrian Air Defense Sites, Causing Significant Damage

今後、米国の中東覇権が低下すると、これまで米国が中東で持っていた強力な諜報網や迎撃力が失われていく。米国の諜報・軍事力に依存するイスラエルは、今より弱くなっていく。
その場合、イスラエルはイランとの対立(冷たい和平)関係の内容や一線を見直す・再調整する必要が出てくる。
イスラエルは、これからガザのラファに大攻撃を仕掛けてラファの国境検問所を開けさせてガザ市民をエジプトに追い出す作業に入りそうだが、それでイスラエルと米欧の関係が悪化するかもしれない。
イスラエルによるガザ抹消は、アラブやイランの側からイスラエルへの敵視をさらに強めるかもしれない。それらの場合もイスラエルは、イランとの関係性の再調整が必要になる。
Israel, Iran at a draw after Isfahan attack, ready to return to covert war

米国が圧倒的に強かったこれまでは、イスラエルはイランよりはるかに強く、対立関係の中に一線を設ける必要などなかった。イスラエルは好き放題に一方的に攻撃し、イランは一方的にやられたまま反撃できなかった(したら潰される)。
今後はそうでない。米国の中東覇権の衰退が加速し、イスラエルは、米国覇権がなくなってしまう前に、米国の力を私物化してガザやパレスチナを丸ごと抹消する動き(シオニズム完遂)の最終段階に入った。それが昨秋のガザ開戦だった。
"Eye For An Eye, A Tooth For A Tooth": Only Hamas Wants Bigger War As Iran, Israel Signal Strikes 'Done'

そして今回、イスラエルがガザ市民をエジプトに追い出す作業を開始して中東の混乱を強める前に、イスラエルはイラン大使館の空爆に始まる軍事報復合戦を誘発し、イスラエルとイランとの冷たい和平・一線の設定をした。
これまで一線がなかった状態から、今後の状況変化に応じて関係性や一線を引き直していけば良い状態に変更した。これは偶然の産物でなく、ネタニヤフ政権による意図的な策だろう。
ネタニヤフは、イランからの史上初のイスラエル本土への報復攻撃を予測しつつ、ダマスカスのイラン大使館を空爆したことになる。
イスラエルはいったん窮地に陥ったが、これも予測の範囲だ。やはりネタニヤフは、わざと負ける「ゴルダ・メイア方式」をやったのだろう(昨日の記事を参照)。
Markets Dump Then Rebound As Israel Retaliates To Iran In Oddly Toothless, Performative Response

わざと負ける作戦は、イスラエル国内の好戦派・強硬派に自国の限界を提示して抑止する策でもある。イスラエルには1960年代末以来「我が国は世界最強の米国を牛耳っているのだから、どんどん好戦的にやって敵を潰せばいいだけだ」と考える強硬派(入植者たち。米国からの移住組)が中枢に巣食っている。
今の米覇権衰退時、彼らを野放しにすると、イスラエルは米覇権低下とともに、やり過ぎを修正できず自滅する。だからゴルダ・メイア方式が必要になっている。

昨日の記事に書いたが、昨日のイスラエルからイランへの攻撃について、好戦派の閣僚ベン・グビールが「弱すぎる」とツイッター( X )でコメントした。これはネタニヤフが、イランからの報復攻撃を誘発しない程度の小規模な攻撃しかやらないことで事態を収拾して「冷たい和平」につなげる策を採ったことに対し、和平が大嫌いなグビールが不満を表明したものだ。
ネタニヤフは、事態の収拾や冷たい和平の構築の謀略をこっそりやろうとしたのに、グビールの不満表明により、謀略がバレてしまった(私ですら記事にした)。イランやロシアのメディアが事態の構図を描いており、バレたことが露呈している。
グビールは、イスラエルの野党などから「イスラエルの国家安全を阻害した。利敵行為だ」と非難されている。
Israeli minister under fire for ‘lame’ Iran tweet

野党党首のヤイル・ラピドは少し前に「(ガザ虐殺やイランとの報復合戦をやる)ネタニヤフは、イスラエルの安全を阻害する国家の脅威だ」と非難したが、実のところ、最大の脅威はネタニヤフ自身でなく、彼を取り巻くグビールら好戦派・入植者たちだ。彼らは「親イスラエルのふりをした反イスラエル」でもある。
ネタニヤフは、好戦派の言いなりになっているとイスラエルを自滅させる。諜報界のOBたち(ヘルツェリア組)からの非公式な懸念表明も強まっていた。それでネタニヤフは、好戦策のふりをしてダマスカスのイラン大使館を空爆し、イランからの史上初の本格反撃を誘発して、冷たい和平の構築につなげるゴルダ・メイア方式をやったのだろう。
Netanyahu a threat for Israel, opposition leader says

ネタニヤフは、イランとの新たな関係の構築により、北方(レバノン、シリア)からの脅威を減退させた。その上で今後、しばらく止めていたガザ抹消・ラファからの150万人追い出しを再開するのでないか。
ガザ抹消は、極悪な人道犯罪だ。しかし、イスラエル敵視のイランですら、ガザ抹消に関しては、イスラエルを口で非難するだけで、それを理由にイスラエルを軍事攻撃したいと考えていない。4月14日の史上初のイランからイスラエルへの軍事攻撃は、イスラエルがイランの大使館を破壊したことへの報復であり、ガザ侵攻への報復でない。
Israel’s next step still a mystery - media

イランは報復攻撃後に「イスラエルはいろいろ極悪なこともやっている(だから報復されて当然だ)」と表明した。この「いろいろ」の中にガザ侵攻も入っていると、イランは世界に思わせたいのだろう。
しかしこの表明は「ガザ市民を守るためにイランが立ち上がった」と思い(込み)たい世界のムスリムたちを失望させないために示唆したものでしかない。イランはガザを理由にイスラエルを攻撃したのではない。

イランやアラブ諸国は、ガザでムスリム(アラブ人)の同胞たちが殺されていることに怒っている。だが同時に、パレスチナ問題は、イスラエルの準国内問題でもある。イランやアラブや欧米は、イスラエルに「パレスチナ人を殺害・弾圧するのをやめて、パレスチナ人の面倒を見てやり、パレスチナの建国を支援しろ。われわれも支援するから」と言っているだけだ。
イスラエルは、そんなの嫌だ、全員追い出す、抹消する、と言って殺害弾圧を続けている。イスラエルを改悛させることはできない。パレスチナ国家は永遠に実現しない。イスラエルに殺害・餓死させられるパレスチナ人が増えるだけだ。
イスラエルは極悪だ。しかし、それを指摘しても、何も変わらない。
消されていくガザ

そう言っている間に、パレスチナ人を追放して行かせる先の一つであるヨルダンで、王政が転覆されてハマスの政権になっていきそうな流れが始まっている。
イスラエルは、ガザと西岸から追い出すパレスチナ人(というかアラブ人)のために、エジプトとヨルダンを、米傀儡国からハマスの国に転換することを誘発する。パレスチナ人を率いるハマス(ムスリム同胞団パレスチナ支部)は、イスラエルから追い出される見返りに、エジプトとヨルダンを得る。ハマスは今後もずっと表向きイスラエルを敵視し続けるが、実際は満足してエジプトとヨルダンを統治する。
4月14日にイランが発射した無人機やミサイルは、ヨルダンの上空を通ってイスラエルに向かった。ヨルダン軍は、飛来物に対して迎撃を試み、一部を撃ち落とした。イスラエルは事後に、ご褒美としてヨルダンに1年間の水利権を与えることにした。
Is the Gaza war destabilizing Jordan?
Israel to Extend Water Agreement With Jordan 'For Helping Shoot Down Iranian Drones'

ヨルダンや他のアラブ諸国の民衆たちは、イスラエルを攻撃したイランに喝采すると同時に、イスラエルの傀儡となってイランのミサイルなどを迎撃しようとしたヨルダン王政を裏切り者として嫌悪するようになった。
今回の戦闘より前から、ヨルダンでは、ガザでがんばるハマスへの熱狂支持と、イスラエルの傀儡を続けるヨルダン国王への嫌悪感を強める人が多かった。ヨルダン国民の大半は、この70年間に西岸から移ってきたパレスチナ人であり、ハマスはすでにヨルダンの最大政党だ。
イスラエルがパレスチナ人を弾圧虐殺するほど、ヨルダンでは「ガザ支援」という名の「王政批判」が強まり、王政が転覆される事態に近づく。ヨルダン国王は最近、イスラエルに対して「これ以上やると朕がやばくなる」と警告する発言を繰り返している。
Last Weekend, Iran Changed Everything

ヨルダン王政はもともと1930年代に、英国が、強国になりそうなイスラエルの建国対象地域を半減させるために、サウド家にメッカを追い出されたハーシム家の兄弟の一人にヨルダン川東岸を与えて建国させたことに始まっている。
王政は、最初から最後まで英国(英米)の傀儡だ。正統性はない。米英の中東覇権の喪失とともに、ヨルダンが王政からハマスの政権に転換するのは、民主主義(笑)からみて自然なことだ。
すでに述べたように、イスラエルは、パレスチナ人を追い出す代わりにヨルダンとエジプトをパレスチナ人(ハマス)の国にする穴埋め策を考えており、ヨルダン王政が消えることを隠然と誘発している。
ヨルダンは予定通り、王政が転覆されてハマス(ムスリム同胞団)の国になる方向に進み出している。
King Abdullah Warns Israel He Won't Let Jordan Become "The Theater Of A Regional War"
From the ‘Battle of Dignity’ to the shield of shame: How Jordan has fallen



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