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イランと和解するトランプ
2025年4月12日
田中 宇
トランプ米大統領が、イランと核問題で協定を結んで和解する方向に動いている。4月12日に、イランと親しい中東の国オマーンで、トランプの特使であるスティーブ・ウィトコフと、イランのアラグチ外相が交渉を開始した。
ウィトコフはネタニヤフと親しいユダヤ人の不動産王(トランプの同業者)で、トランプとイスラエルのパイプ役だ。つまり、今回の米イラン交渉にはイスラエルも深く関与している。米イランの和解は、イスラエルとイランの和解、中東の安定につながる。
(Russia Praises US-Iran Nuclear Talks Scheduled For Oman)
ウィトコフは、イランとの交渉を担当する一方で、ロシアとの米露対話も担当している。オマーンでの米イラン交渉の前に、イスタンブールで米露対話が行われ、ウィトコフが米代表だった。
トランプは、イランが核施設を止め、ミサイル開発も制限する代わりに、ロシアがイランに医療用アイソトープを供給し、露中がイランの石油ガスパイプラインの建設などイランの繁栄に必要なインフラも整備するという非米側がイランを支える協定案(ディール)を作り、露イランと交渉していると推測される。
(White House Demands Iran Give Up Entire Nuclear Program, Including Civilian Enrichment)
イスタンブールでの米露対話はウクライナ停戦が主題だったと発表されているが、目くらましだろう。ウクライナは、米国の仲裁で開始されたロシアとのエネルギー施設攻撃禁止の部分停戦協定を大っぴらに破り続け、停戦案は破綻しているが、それはロシアの希望でもある。
(Russia & US Reveal Details Of Latest Talks In Istanbul )
トランプがイランと交渉開始する直前の3月中旬には、中国がイランとロシアの外務次官らを北京に招待し、3か国間の結束強化について話し合った。中露イランは、トランプの軍事威嚇に対抗して合同軍事演習もしている。
(China, Russia, Iran To Hold Nuclear Talks In Beijing After Tehran Snubbed Trump Offer)
ロシアはイランと、軍事安保からエネルギー、交通、科学技術までの広範囲な20年間の戦略協定を締結することを決めている。今後のイランは、中露の下支えで発展していく。
イスラエルが不満を持たずにイランと和解していけるよう、米国だけでなく中露もイスラエルに協力(パレスチナ抹消を黙認)する。トランプと中露が中東を安定させていく道筋が敷かれている。
(Russian Duma Ratifies 20-Year Defense, Energy Pact With Iran)
トランプは、サウジなどアラブとイスラエルの和解も「アブラハム合意」でとりもっている。イランとサウジは目立たないようにしつつ、すでに仲良しだ。
トランプがイランを空爆するぞと言ったら、サウジとUAE、カタール、クウェートの政府が、米国に対し、自国の領空や領土を経由・使用してイランを攻撃することを禁じた。サウジなどGCCは、イランとの関係を大事にしている。
(Gulf States Refuse To Let US Use Bases, Airspace For Iran Attack)
イランは昔から、ウラン濃縮など核(原子力)開発を続けているが、軍事用(核兵器開発)でなく、医療用アイソトープの製造など民生用だ。イランが核兵器開発していないことは、IAEAも、トランプ政権(ギャバード諜報長官)も認めている。
(US Intelligence Says Iran Is ‘Not Building a Nuclear Weapon’)
だが、米欧イスラエルは昔から、イランが核兵器開発しているので経済制裁や関連施設の空爆をすると脅し続けた。中東の大国で大産油国の一つであるイランを脅威とみなし、濡れ衣をかけて潰そうとしてきた。
イランは、中露など非米側の諸国との関係を強化し、制裁を乗り越える経済関係を構築した(それでもイラン経済は破綻状態が続いたが)。米国側が制裁するほど、イランは非米側を頼って中露と結束し、BRICSや上海協力機構にも参加した。
(歪曲続くイラン核問題)
(非米同盟がイランを救う?)
米側のイラン敵視は、非米側を結束させて世界を多極化・非米化する「隠れ多極主義」的な効果があった。2009-17年の米オバマ政権は、前任のブッシュ政権時代に米覇権戦略内に埋め込まれた隠れ多極主義を排除して米覇権を建て直そうとした。
その一環でオバマは、イランがIAEAの査察や監視を受けて核(原子力)開発が民生用だけであることを証明するのと交換に、米欧がイラン制裁を解除して貿易関係を復活していく協定(JCPOA)を2015年に締結した。イランは米国側に招き入れられた。
(イラン核協定で多極化)
だが、2017年に就任したトランプ(覇権放棄屋・隠れ多極主義者)はJCPOAを離脱し、イラン敵視を再開した。その一方でトランプは、中露印など非米側の諸国がイランと関係を強化することを認め、非米側がイランを擁立して結束を強めることを黙認・放置した。
(戦争するふりを続けるトランプとイラン)
今年、大統領に返り咲いたトランプは、隠れ多極主義的な世界戦略をさらに進めた。トランプは、イラン傘下のイエメンがイスラエルを攻撃するのに対抗し、イエメン沖に空母を配備して空爆し、黒幕のイランも攻撃するぞと威嚇した。
トランプは好戦的な目くらましの裏でイランに呼びかけ、オマーンでの交渉を実現した。トランプは、2か月で交渉がまとまらない場合イスラエルにイランを空爆させると、目くらましの威嚇を発し続けている。
(Trump Letter To Iran Gave 2-Month Deadline For Fresh Nuclear Deal)
トランプの中東戦略は、中東のすべての対立を解消するのが目標だ。露骨な戦争を、外交的な対立や、経済的なライバル関係に低下させていく。それは平和主義というより、米国が中東など世界中の面倒を見させられる覇権体制からの「解放策」である(トランプは高関税も解放策だと宣言した)。
これまで、米国(覇権運営担当の諜報界)にとりついて世界支配をやらせて自国の利益にしてきた諸国の筆頭は、英国とイスラエルだ。
トランプは、英国(とその傘下のEU)にウクライナ戦争を任せ、米国自身はロシアと和解してウクライナ戦争から離脱し、英国が米国を牛耳れないだけでなく敗北必至のウクライナ戦争で自滅していくように誘導した。英国は退治されつつある。
(英欧だけに露敵視させる策略)
イスラエルに対してトランプは、イスラエルがパレスチナやヒズボラやシリアといった適性勢力を無力化・追放して自国の領土と影響圏を好き放題に拡大し、そのうえでサウジやイランと和解・敵対解消して、安定化された中東でイスラエルが地域覇権国になれるようにした。
その見返りにトランプはイスラエルに、米諜報界にとりついて米国に中東支配させてイスラエルを安泰にする従来の策をやめるよう求めた。この協約(ディール)に基づき、イスラエルはガザ戦争でパレスチナ抹消を開始し、ヒズボラを精密攻撃で潰し、傀儡にしたHTSにシリアを政権転覆させた。
こうしたトランプの中東戦略の一つが、今回の米イランの核問題の交渉だと考えられる。
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