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表裏あるシリアとの和解

2025年5月18日   田中 宇

5月14日、サウジアラビアを訪問中のトランプ米大統領が、シリアのシャラア(暫定)大統領と会った。昨年末にシリアを政権転覆したシャラアは「アルカイダ(聖戦士団)」のシリア支部を作った(元)指導者で、米国からテロリストとみなされて1000万ドルの懸賞金がかかっていた。
トランプがシャラアと会ったのは予定外で、意外な行動とされた。しかもトランプはシャラアを「戦士という強い過去を持った、強靭で魅力のある奴だ」と絶賛した。トランプは、テロリストを称賛した。
Trump Meets With Syria's Al-Qaeda Leader-Turned President, Praises His 'Strong Past'

トランプは、シリアを乗っ取ったテロ戦士のシャラアに会って絶賛しただけでなく、米政府の対シリア制裁も解除した。トランプは、シャラアに会う前日、サウジに着いてすぐに行った演説で、MbSに頼まれてシリア制裁を解除することにしたと発表している。
米軍はシリアに千人ぐらい駐留しているが、それも撤退する方向だ。トランプは、シリアと国交を正常化したいとも言っている。
'Show us something special': Trump announces lifting Syria sanctions

トランプの突然の行動に、米国務省は混乱し、どうやってシリア制裁を解除していくか決めかねていると報じられている。
マスコミ権威筋は、トランプがテロリストに魅力を感じてしまい、気まぐれにとんでもない政策を決めてしまったと言っている。
US Treasury 'Surprised, Confused' By Trump's Sudden Lifting Of Syria Sanctions

実のところ、トランプがサウジでシャラアに会うことは事前に決まっており、報道もされていた。サウジの権力者MbS皇太子は、トランプ訪問時の5月14日に「米国プラスGCC(ペルシャ湾岸諸国)」のサミットを開き、そこにシリアのシャラアと、レバノンのアウン大統領と、パレスチナ(PA)のアッバス大統領(議長)も呼ぶと事前に報じられていた。
トランプは、米国+GCCのサミット終了後、カタールに移動する前の短い時間に、MbSがシャラアをトランプに紹介して懇談(立ち話し?)し、3人で写真撮影した。それが世界に流布された。これらは予定通りの行動だったと考えられる。
Trump to Meet Syrian President Ahmad Al-Sharaa in Riyadh Amid Talks on Sanctions Relief
Trump meeting in Saudi to include Mahmoud Abbas, Ahmed al-Sharaa - report

その2週間前の4月末、トランプと親しい米財界人ジョナサン・バス(Jonathan Bass)が、米国の代表としてシリアを訪問してシャラアと会っている。
この時シャラアはバスに、米国やイスラエルと関係改善してシリアの資源開発などに協力してほしいとか、ダマスカスにトランプ・タワーを建ててほしいと要請した。
この経緯からして、5月14日のトランプとシャラアの会合は(間抜けに拍車がかかるマスコミ権威筋を騙す)偶然をよそおい、入念に計画して予定されたものだ。
President al-Sharaa receives US delegation headed by businessman Jonathan Bass
Trump Tower Damascus? Syria seeks to charm US president for sanctions relief

トランプが突然シャラアを絶賛して制裁解除を決めたので、シャラアを警戒するイスラエルは懸念していると言われている。イスラエルは、米軍にシリア駐留をずっと続けてほしいのに、トランプがシリアと和解して撤兵するので困っているという。
トランプが中東歴訪でイスラエルに寄らず、アラブの3カ国だけ回ったので、外されたイスラエルは疎外感を持っているとか、トランプとイスラエルの良い関係は終わりつつあるとも言われている。
だがこれらも、おそらくイスラエルの演技だ。
Trump Mideast visit: Israel shifts from central player to distant observer
US rebuffed Israeli demands to keep more US troops in northeast Syria, sources say

そもそも、シリア内戦に負けてトルコ国境沿いのイドリブに蟄居させられていたシャラアのアルカイダを支援して再決起させ、昨年末のわずか2週間でアサド政権を倒してシリアを乗っ取らせた黒幕はイスラエルだ。
あのような見事な政権転覆は、米国が持つ諜報を勝手に全部使えるイスラエルしかやれない。トルコでは無理だ。アルカイダ単独でやれるはずもない。
シリア新政権はイスラエルの傀儡

シャラアは、イスラエルの傀儡としてシリアの政権をとった。シャラアは政権に就いた後、新生シリアに対する制裁や敵視を解いてもらおうと、欧米やアラブ諸国に働きかけてきた。これもイスラエルが裏で口利きして助けていたはずだ。
サウジのMbSは、イスラエルに頼まれてシャラアと親しくし、トランプとの間をつないだ。フランスのマクロンも、イスラエルに頼まれてシャラアの訪仏を慎重に歓迎した。
Julani in a suit: How France turned a pariah into a partner

サウジなどアラブ諸国は昨年まで、シリアのアサド政権(やレバノンを支配していたヒズボラ)に対する制裁や敵視をゆっくり解除していく動きをしていた。米国がトランプになって米覇権が退潮し、中東が多極型の国際体制に転換したら、アサドやヒズボラが完全に許されるはずだった。
だが、これにイスラエルが待ったをかけた。イランの傘下にあるアサドやヒズボラが国際的に許されるとイスラエルに脅威だ。イスラエルはトランプ当選後、ヒズボラを激しく攻撃して潰し、シャラアを決起させてアサドを潰した。
イスラエルはトランプから同意と諜報支援を得たうえで、これらの動きをした。米傀儡であるアラブ諸国は、シリアの政権転覆を黙認し、新たに政権をとったシャラアを受け入れることにした。
イスラエルの拡大

イスラエルは表向き、シャラアは信用できないと言い続け、イスラエル軍がシリア南部を占領しているが、この占領もあらかじめシャラアに了承させたものだろう。
シリア南部は、イスラエルにも住んでいるドルーズ派の居住地域であり、イスラエルはシリア南部をドルーズ派の自治地域にして、イスラエルの影響下におきたい。
イスラエルがシリア東部(やイラク)のクルド人地域まで影響下に入れる説もあり、私は最近その記事を書いたが、実際の事態は(まだ)そこまで行っていない。
米国の中東覇権を継承するイスラエル

トルコのクルド人(PKK)は最近、武装放棄してエルドアン政権のトルコ人と仲良くする方向への転換を決めており、イスラエルがクルド人を傘下に入れてトルコを加圧させて中東の覇権を拡大する話とは逆の、均衡して仲良くする方向に事態が流れている。
これから中東は良くなる。日本にいるクルド人も、異境でのらくらしてないで、中東に帰って貢献した方がいい。
Historic Kurdish conference paves way for unity in Syria

トルコ政府は最近、シリア北部に電力と天然ガスを供給することを決めた。これは無償でない(トルコにそんな余裕はない)。
カタールやUAEがシャラア(背後のイスラエル)に頼まれ、シリア政府に資金を供給し始めるので、そのカネの一部でシリア政府がトルコから電力やガスを買い、アレッポなどに供給する。シリアの生活は少しずつ良くなる。トルコも儲かる。
Pipelineistan War: Syria Announces Major Natural Gas Deal With Turkey

トルコの天然ガスは、アゼルバイジャン(トルコ系民族)などからパイプラインで運ばれてくる。そのガスの一部は、タンカーに積み替えてイスラエルにも運ばれている。
今後シリアが安定し、トルコからシリアに伸びる既存の天然ガスパイプラインをイスラエルまでつなげば、アゼルバイジャンのガスを積み替えずにイスラエルまで運べる。
すでにアゼルバイジャンは、イスラエルにテコ入れされて台頭し、アルメニアからナゴルノカラバフを返してもらっている。これを見れば、トルコもイランもイスラエルに対抗する気などなくなる。
Trump urges Syrian President Sharaa to sign Abraham Accords with Israel during meeting in Riyadh
アルメニアを捨てアゼルバイジャンと組んだイスラエル

シャラアは、ゴラン高原を返さなくても良いとイスラエルに言っている。トランプはシャラアに、イスラエルと仲良くしてアブラハム協定を結んでもらえと言っている。
トランプが1期目の2020年に提案したアブラハム協定(合意)は、イスラエルと、アラブやその他の中東諸国を和解させる協定案だ。
アブラハム協定は、多極型になる今後の中東の国際関係の基盤になる。その中心は、イスラエルがサウジやUAEに諜報など軍事技能を供給して米国退潮による損失を穴埋めし、その見返りにサウジUAEがイスラエルに石油ガスを供給するという補完関係に基づく和解体制だ。
イスラエルとサウジUAEの協定のまわりに、他のアラブ諸国や、イスラエルに対抗するのをやめたイランやトルコが入ってくる。それが今後の中東の多極型覇権体制(アブラハム協定体制)になる。
これを推進するトランプは賢い。それを理解せず中傷するマスコミ権威筋(と、いまだに新聞を信じる軽信者たち)こそ馬鹿だ。
Trump's photo with Syrian President al-Sharaa symbolizes new world order - analysis

トランプは、イランがウラン濃縮の度数を下げるだけでイランを許して和解しようとしている。イスラエルは、イランに甘いトランプを非難している。
だが、このイスラエルの怒りもたぶん演技だ。トランプの米国と和解する見返りに、イランは、イスラエル敵視をやめて和解していくアブラハム協定の体制に入っていく。
US presents Iran with first written proposal for nuclear deal since talks began
イランと和解するトランプ

トランプが今回、シャラアを称賛したことで、米国はアルカイダISなどのイスラム主義の武装組織(テロリスト)への敵視をやめた。
もともとアルカイダは、米(イスラエル)諜報界が支援鼓舞し、敵に仕立てるために作った。米イスラエルが、アルカイダやその発展形であるISISを強化し、それと戦い続けるふりをして中東を支配するのが従来のやり方(911以来のテロ戦争)だった。
トランプは、自作自演なテロ戦争の構造を終わりにした。そして米覇権は中東(など世界各地)から出ていく。トランプとシャラアの記念撮影は、その象徴である。
Syria's Sharaa open to Golan Heights deal, limiting Iranian presence

トランプは、アルカイダとの対立を崩した。しかしイスラエルは、まだハマスを敵視してガザ市民を虐殺・餓死させている。これは、ガザから大半の市民が(エジプトなど他国もしくは天国に)出ていくまで続く。
米イスラエルは当初、ソマリアから分離独立したいソマリランドにガザ(や西岸?)市民(パレスチナ人)を(強制)移住させ、移住を受け入れるソマリランドに国家承認と経済支援を与える(サウジUAEなどが金を出す)策を考えた。だが、ソマリランドがこの案を受け入れなかったようで、話が立ち消えている。
Witkoff Told Mediators That the US Won't Force Israel To End Gaza Slaughter
進むイスラエルのガザ虐殺

替わりに最近出てきたのがリビアだ。リビアは、イスラエル諜報界が誘発した「アラブの春」で2011年にカダフィ政権が潰れて以来ずっと内戦だったが、最近国内諸派が和解する動きになっている。
ここでイスラエルがまた動き、ガザ市民を何十万人か受け入れたら、米欧が再統合したリビアを国家承認して(サウジUAEが)経済支援するという話になっている。
ソマリランドが断った話を、リビアが受け入れるのか。ハマスは、ガザ市民が移住してガザが空っぽになるパレスチナ抹消を容認するのか。
わからない。今後の動きを見ていく。
進むイスラエルのガザ虐殺
Libya and Trump administration discussed sharing billions of dollars in frozen funds, sources say



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