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イスラエルのレバノン攻撃し放題
2024年9月29日
田中 宇
9月27日、イスラエル軍がレバノンのベイルート郊外を猛烈に空爆し、強力なシーア派民兵団ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララと10人以上の将軍たちを殺した。
イスラエルは1970年代から断続的にレバノンを侵攻し続けており、ヒズボラは1975年の創設以来、イスラエルとずっと戦争してきた。
レバノンは、宗派宗教ごとの多様な勢力が米仏などによる分断政策によって対立させられ、恒久的に政府が脆弱だ(イスラム教のスンニ派32% シーア派31% ドルーズ派5%、 キリスト教32%)。ヒズボラは国軍よりもずっと強い。
ヒズボラは軍部だけでなく議員団など政治部門も持ち、サウジに支えられたスンニ派をしのぎ、近年は国内最強の政治勢力になっている。ヒズボラは貧困救済の社会部門も持ち、シーア派の枠を超えて広範な支持を得ている。
イスラム世界の中でも、イスラエルのパレスチナ占領・虐待・殺害をきちんと非難してきた政府は少ない。みんな米英の傀儡だ。その中で、イスラエルと戦い続け、パレスチナを支持してきたヒズボラは、レバノンだけでなく、シリア、イラク、イラン、トルコ、パレスチナ、ヨルダン、エジプト、アラブ湾岸諸国など、イラン系の諸国と、パレスチナ支持のイスラム世界の人々の間で英雄視されてきた。
そんなヒズボラの、英雄的な最高指導者ナスララが、イスラエルの空爆であっけなく殺されてしまった。ナスララは2006年にもイスラエルに空爆されて死んだと言われたが、数日後に健在が確認され、不死身の指導者になっていた。
だが今回は、ナスララだけでなく、配下の将軍たちが根こそぎ(イスラエルの首相官邸によると18人、軍によると10人)殺された。イスラエルとの戦争を率いてきたヒズボラの軍事上層部の全体が吹き飛んだ感じだ。戦争遂行の能力が大幅に低下する。
(Hezbollah military leadership nearly wiped out)
イスラエルは通信傍受などによって、ヒズボラの幹部たちの所在をかなりつかんでいたことになる。イスラエルはレバノンの通信機器の流通網に入り込み、9月17-19日のポケベルや無線機の同時多発爆破も引き起こしている。イスラエルの諜報力の高さが示された。
(こっそりイスラエルを助けるアラブやトルコ)
ヒズボラは、同じシーア派のイランに支援されてきた。ナスララは若いころ、イスラム教を学ぶためイランに招聘留学していた。イランは宗教的、政治的(中東各地のシーア派勢力との連携による地域覇権拡大)、軍事安保的(仇敵イスラエルを弱める)戦略としてヒズボラを支援してきた。
ヒズボラはシリア内戦に参加し、イランに助けを求めたアサド政権のシリア政府軍を助け、米諜報界が作ったスンニ派イスラム教徒のテロ組織ISISアルカイダ(地元のムスリム同胞団も武装してISカイダ化)と戦って、おおむね勝利した。
ヒズボラは、米諜報界がサウジのMbS皇太子を困らせて傀儡化するためにシーア派の武装組織フーシ派を焚き付けて開始したイエメン内戦でも、フーシ派に軍事技術を伝授して助けた。フーシ派は親イランだ。
イラクのシーア派民兵団も、イランと親しく、ヒズボラと軍事連携してきた。
イランは、ヒズボラの下支えのおかげで中東で影響力を強めた。米諜報界は、シリアやイエメンの内戦、それからもっと前のイラク戦争でも、好戦的な過激策の(隠れ多極主義的に意図的な)失敗の結果、敵であるヒズボラとイランの力を伸長させてきた。
そんなヒズボラに対し、今回イスラエルは真っ向から本格戦争を挑み、ナスララを含むヒズボラ軍事上層部を抹殺した。ヒズボラの親分であるイランがイスラエルに反撃し、米国がイスラエルを守るためにイランを攻撃して、国家間の中東大戦争になりそうだと予測されている。
米国はヒズボラをテロ組織に指定しているので、バイデンの米政府はイスラエルがナスララを殺したことを称賛している。
(The War About Palestine Has Reached Its Next Stage)
私の予測では、今回の件から中東大戦争は起こらない。イランの最高指導者ハメネイは、ナスララの死を受けて緊急会議を開いた。そこでイスラエルへの反撃を公式決定するかと思いきや、そうでなかった。
イスラエルを非難して復讐を誓ったものの何も具体的に正式決定せず、ナスララの死をいたんで5日間の喪に服すことを決定しただけだった。
ハメネイはその後、自分がイスラエルの次の標的になることを恐れ、秘密で安全な場所に急いで移動した。
イスラエルのメディアは「ハメネイは復讐すると言いつつ、5日間の喪中だけ決めて安全な場所に急いで逃げ込んだ」と、馬鹿にする感じの見出しをつけている。
(Rushing to secure location, Khamenei vows to avenge Nasrallah, sets 5 days of mourning)
イランは、今後いずれイスラエルに報復するのか。イスラエル側が示唆するとおり、多分しない。7月末にイランに来ていたハマスの在外指導者イスマイル・ハニヤをイスラエルがピンポイントでミサイル攻撃して殺した時も、屈辱を味あわされたイランのハメネイは、緊急会議を開いて報復すると宣言した。だがその後、イランは何の報復もやっておらず、口だけになっている。
イランは4月、駐シリアのイラン大使館をイスラエルに空爆された。この時はイランがイスラエル国内の軍事基地を初めて大々的に攻撃する報復を挙行し、世界を驚かせた。この時イスラエルはイランに再報復し、イランが再々報復を思いとどまったので中東大戦争にならなかった。
(イランとイスラエルの冷たい和平)
イランとしては、イスラエルへの報復を繰り返すと、米軍が中東に再進出してくる藪蛇な結果になりかねない。イランと仲が良いシーア派が国民の大半を占めるイラクでは今、米軍がイラク侵攻以来の21年間の駐留を終えて撤退していこうとしている。
(Iraqi PM Says End Date for US-Led Anti-ISIS Coalition Will Be Announced Soon)
イランとしては、イスラエルからの攻撃に報復せず、静かにしていれば、イラクから米軍と米国の覇権が撤退し、その後のイラクがイランの影響下(地域覇権下)に転がり込んでくる。
イラクの次はシリアからの米軍撤退になる。シリアのアサド政権も、内戦の助っ人になってくれたイランの傘下にいる。シリアは、米軍が撤退したら正式な内戦終結となり、イランとロシアに防衛支援されつつ再建していく。
イランとしては、イスラエルとの戦争を回避した方が、中東の安定と、米撤退後の中東での影響力の拡大傾向を維持できる。
(Iran's Supreme Leader Transferred To Secure Location As Region Braces For What's Next)
イランがナスララ殺害の報復でイスラエルと戦争しないと、レバノンやその他のヒズボラ支持者たちが、イランに見捨てられたと失望し、イラン支持をやめるだろうか。そうでもないだろう。イラン以外の中東勢力、サウジ主導のアラブとか、エルドアンのトルコとかは、いずれもイランよりさらに口だけで、米国やイスラエルと本気で向き合わず、自分たちの利益を優先している。
虐げられた中東のイスラム教徒たちにとって、イランがもっともましな勢力であることは今後も変わらない。イスラエルと戦争しなくても、イランの信用は落ちない。
(Tehran Checking Nasrallah's Status After Massive Israeli Strike Targeting Hezbollah HQ)
アラブ諸国(アラブ連盟)は以前、米国を真似てヒズボラをテロ組織に指定していたが、7月にテロ指定を解除し、ヒズボラと和解協調していくことにした。米欧はいまだにヒズボラを敵視しているが、中東ではヒズボラ敵視が消えている。
(Arab League Suddenly Revokes Hezbollah's Terrorist Designation)
イスラエルは今後、レバノン南部に地上軍侵攻しそうだ。イスラム主義者たちのオルトメディアと思われるクレイドルなどは、イスラエルがレバノンに地上軍侵攻して、かつてのように泥沼の占領に陥って失敗する、ざまあみろ、といった感じの予測記事を出している。
(Israel's new quagmire: a ground invasion of Lebanon)
この予測は当たるのか??。かなり怪しい。イスラエルは、レバノンでの停戦を提案されても拒否して戦争を進めている。
クレイドルは、昨秋からのイスラエル軍のガザ侵攻に対しても、失敗してイスラエルは窮地に陥る、ざまあみろ的な記事を出して大外れしている。ヒズボラは意外と強いんだぞぉ的な記事を出したり。
分析と、思想信条に基づくあるべきだ論・願望は、わけて書いた方が良い。分析のふりをして政治信条を盛り込むのは、左翼リベラルの全体主義に取り込まれているマスコミと同じ劣悪・悪質だ。
(Imad-4: Hezbollah’s ‘dig’ at Israeli propaganda)
中東情勢の分析が難しいのは確かで、私も昔から大外れを頻発している。私も劣悪ではある。だが、それと政治信条と分析の混同は別の話だ。(揶揄・誹謗者がいちばん楽ちんだよね)
今回もまた、私は外れた。私は「イスラエルがレバノンを攻撃するのは、パレスチナ抹消という本筋を米欧に非難制裁されないようにするための目くらましだ」と分析してきた。どうやらそれは間違いの部分がある。イスラエルは目くらましでなく、本気でヒズボラを潰している。
(目くらましでヒズボラと戦争するイスラエル)
私が以前から指摘してきた「パレスチナを攻撃すると米欧から非難されるが、ヒズボラやイランを攻撃すると米欧から称賛される」という部分は有効だ。だが、ヒズボラとの戦争はこの目くらまし機能だけでない。
イスラエルは、自国の安全確保のため、レバノン南部からヒズボラを排除しようとしている。イスラエルは、レバノン南部から住民を北方に強制避難させて、ガザのような無人の緩衝地帯、もしくはユダヤ入植地に変えるつもりでないか。
イスラエル政府内の右派が、レバノンは国家でないから占領して入植しようと提案し始めている。
(Israeli Diaspora Minister Says Lebanon Isn’t a State, Advocates Taking South)
ネタニヤフは、ナスララ殺害と同じ日に国連総会で演説し、イスラエルは7つの戦争を同時に戦っていると豪語した。戦争の数が、5つから7つに増えた。
世界中の「平和を愛する人々」を傲然と馬鹿にする、余裕綽々な態度だ。演説開始とともに無数の国々の代表たちが抗議の離席をしたが、そんなの関係ねえ、という感じだ。
(Netanyahu: Israel Is Fighting a War on Seven Fronts)
イスラエルは最終的に、イラン、シリア、レバノン政府と和解せねばならない。だがその前に、それらの国々がイスラエルを攻撃してこないよう、相手の武力を潰したり、緩衝地帯を作っておかねばならない。今回のヒズボラとの戦争はそういう意味なのだろう。
イスラエルが急いで戦争を拡大するのは、トランプから、ずっと全面支援してやるから、戦争するなら俺が大統領になる前に始めておいてくれ(さもないと俺のせいにされる)と言われているからかもしれない。
(Israeli-Lebanese Tensions Soar as Hezbollah Leader Nasrallah Killed in IDF Bombing)
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