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不況・インフレ・非ドル化の中でバブル維持

2024年8月28日  田中 宇 

米連銀(FRB)のパウエル議長が、米国の雇用減退で不況がひどくなってきたので9月に利下げしそうだとジャクソンホールで示唆した。米当局が雇用統計を大幅に下方修正し、米国の失業増加が露呈したので、利下げの示唆となった。
Powell Vows To Cut Rates With Stocks, Home Prices, Rents And Food At All Time Highs
US Jobs Revised Down By 818,000 In Election Year Shocker, Second Worst Revision In US History

パウエルは同時に、2021年に米国(と世界)のインフレ激化が始まった時に、インフレは一時的な現象に過ぎないと言って軽視したことを誤算だったと認めた。
新型コロナ対策による経済混乱で始まった米国と世界のインフレは、3年後の現在までずっと続いている。おそらく今後も続く。
米国は、不況とインフレが併存するスタグフレーションになっている。実のところ、これは今に始まったことでない。米国は、コロナで都市閉鎖した3年前からスタグフレーションだが、ずっとそれを隠してきた。
The "Good Ship Transitory" Sank, And Now The Captain Is Joking About It...
The Powell Of The Powerless

米経済は前から(コロナ以降)不況なのだが、当局とマスコミが雇用統計など経済指標の出し方や評価の仕方を歪曲し続け、経済は悪くないと言い続けてきた。
良い統計を出した後、翌月に目立たないように前月分を下方修正するとか。前年同月比が悪くても前月比の数字が良ければそれを喧伝するとか。その手の歪曲をやってきた。
US Living Standards In Grave Danger
ニセ現実だらけになった世界

実体経済は不況だが、株や債券の相場は連銀簿外裏資金の注入などでバブル膨張が維持され、史上最高値を更新し続けている。市民の大半を占める貧乏人は失業とインフレで苦しんでいるが、米国(米欧)を支配するエスタブ・金持ちたちは、金融投資で儲け続けている。
貧乏人を苦しめる不況は無視され、金持ちを富ませる株や債券の最高値更新が裏金バブル膨張によって続く。そのための経済歪曲だった。
貧富格差が拡大している。文句を言う人々は、全体主義化した欧米リベラル当局から極右のレッテルを貼られて弾圧される。
金融システムの詐欺激化

連銀など米当局は今回、実体経済の悪さを隠蔽してきたこれまでの策をやめて、雇用統計を大幅に下方修正して実態に近づけ、それを受けて連銀パウエルが利下げの必要性を言い出した。
米経済が最近悪化したのでなく、前からやってきた米経済の悪化隠蔽策を今回やめた。米当局と連銀はおそらく、利下げをするために隠蔽をやめた。なぜ利下げが必要になったのか。2つの可能性が考えられる。
"I Feel That A Recession Is Going To Hit The US" - Dallas, Richmond, & Philly Fed Surveys Slump

一つは、大統領選挙前なので、民主党政権が連銀に利下げさせ、実体経済を改善して有権者を喜ばせようと思ったのでないか。米連銀内で、実体経済の悪化を指摘する声が急に増えている。
もう一つは、株や債券のバブル崩壊的な暴落が懸念されるので、利下げによって資金を緩和して暴落を先送りしたのでないか。8月始めの米日株価の一時的な暴落以来、米金融市場が不安定になっていると、いろんな金融筋が指摘している。
'Dubious About A Soft Landing': JPMorgan Chase CEO Jamie Dimon Warns Of Possibility Of Stagflation

私の見立てでは、後者の可能性の方が大きい。前者であるとしたら、それはハリスの民主党を有利にする策であり、トランプが猛反対する。トランプはパウエルに対し、選挙前に民主党を利する利下げをしないでくれたら、自分が当選した後も、2026年の任期満了まで連銀議長を続投させてやると約束したと言われている。
パウエルが9月に利下げするとしたら、その目的は実体経済の改善でなく、金融バブルの回避だろう。そうでなければトランプに復讐されてしまう。
トランプは、自分の政権になったら、任期末までバブル膨張を維持して株高を演出し続け、経済政策の成功を自慢したい。金融崩壊回避の利下げなら、トランプも賛成する。
日米協調で円キャリー取引を潰した理由

米経済はインフレと不況を併発しており、利下げするとインフレ対策がおろそかになると批判される。連銀は、利下げしても0.25%を1回だけでないか。
金融崩壊を防ぐためには0.5%下げるショック療法とか、QT(連銀が市場から資金を吸い上げること)をやめてQE(資金注入)に戻すことも同時にやるとかも考えつくが、それらは政治的に反対されて具現化できないだろう。
Worst Kept Secrets

米連銀は、コロナ開始後、コロナ対策を口実に、金融つり上げ策であるQEを1年間急拡大し、ゼロ金利も続けた。
だがその後、QE(過剰造幣)とゼロ金利のやり過ぎでインフレになったので対策しろと米議会から非難されるようになり、2022年から利上げとQTを開始した。
利上げは今年初めまで、QT(連銀資産の縮小)は今も続けている。連銀の資産総額はQE終了時の9兆ドルから、現在の7兆ドルへと減った。
インフレに負ける米連銀
放置される米国のインフレ

連銀は、インフレ対策として利上げとQTを続けてきたが、実のところ利上げやQTは、米国と世界の今のインフレに対する有効な対策でない。それは、やる前から分かっていた。
利上げやQTが有効なのは、通貨の過剰発行がインフレの原因である場合だ。今のインフレは流通網の詰まりによるものであり、通貨と関係ない。連銀は、短期金利をゼロから5%超まで引き上げたが、インフレは高水準で続いている。
米国やカナダでは、交通労働者のストライキが連続的に計画されている。来年からは、大統領が誰になるかに関わらず、米政府が中国敵視策として、中国からの輸入品に高関税をかける。これまでのインフレに加え、新要素に起因するインフレが今後の米国でひどくなる。
Industry Groups Urge Trudeau 'Take Action' As Inflation-Reigniting Canadian Rail-Strike Looms

インフレは連銀や金利と無関係なのに、今後も政治的に連銀のせいにされ、連続的な利下げやQE再開は許されない。米政界は、連銀に濡れ衣をかけて利上げやQTをやらせ、米金融システムを自滅させる隠れ多極主義的な策をやっている。
連銀や米金融界は、これに対抗する代替策として、連銀が簿外で造幣する裏資金や、米国債を大量発行した資金を金融システムに注入して、株や債券のバブル・最高値を維持している。
ドルの覇権は、利上げやQTの自滅策と、その対抗策としての裏資金の注入とのバランスによって維持されている。この延命バランスが崩れると、金融崩壊や覇権失墜が起きる。
De-Dollarization & Multipolarity Plans Top Agenda For October BRICS Summit: Report

中国やロシアは、自分たちの諸通貨を使ったBRICSの非ドル決済システムを構築して使い始め、ドルが崩壊していくのをゆっくり待っている。
BRICSなど非米側は、ドルを使わなくなっていく。代わりに非米側は金地金を買い増している。米国外でのドルの保有量が減り、人民元など非米側の諸通貨や、金相場が高騰していくかと思いきや、今のところそうなっていない。金相場は少しずつしか上がらない。
非米側が手放したドル建て資産を上回る規模で、米国内で裏資金などによる資産の吸い上げが行われ、信用取引を使った金相場の抑止も続いているからだ。ドルは、自家消費的な裏の仕掛けによって延命している。
今後の世界経済

裏の仕掛けによる米金融の延命は、昨日に書いたウクライナ戦争の永続化の構図と並んで、非米側が非ドルな自前の世界システムの構築に時間をかけられる状況を作っている。
ドルや米覇権は、すでにゾンビ化しているが、米国側は自分たちのゾンビ化に全く気づいていない。世界の多極化や非米化は、人々が知らないうちに裏で進んでいく。
ウクライナ戦争の永続
Today’s economy is like that of the late 1920s



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