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ピエロにされていたヌーランドが辞任

2024年3月8日  田中 宇 

ウクライナ戦争の構図を作った張本人と目されているビクトリア・ヌーランド国務次官(国務副長官代行)が辞任を決めた。
ウクライナ戦争の源流は、2014年に米国が黒幕となってウクライナの政権を中立から米傀儡露敵視に転覆したマイダン革命に始まる(もっと前から米国がウクライナを傀儡化する策動があったが)。
ヌーランドは、マイダン革命時にオバマ政権の米国務次官補としてウクライナにいて政権転覆を扇動した。ウクライナ人の運動参加者たちにクッキーを配る姿がメディアに撮影され、米国の草の根右派などから「クッキーモンスター」と揶揄された。彼女がEUの反対を押し切ってウクライナの政権を転覆する様子も、電話盗聴によって露呈した。
Victoria Nuland Leaving Post While Ukraine On The Ropes, US Policy In Shambles

ヌーランドが進めた政権転覆は、ウクライナを戦場にしてロシアを泥沼の戦争に陥れて潰すことが目的で、その目的は8年後の2022年春のウクライナ開戦で達成された(8年もかかった理由は、その間に、対露和解を模索したトランプ政権がはさまっていたから)。
ヌーランドは、ウクライナを政権転覆して対露戦争に引きずり込んだ張本人・首謀者のように言われているが、それは違う。彼女は国務次官補であり、首謀者たちはもっと上層にいる。ヌーランド自身もロシアの壊滅を熱望していただろうが、彼女の言動は、上司である首謀者たちの承認を得ていたか、命令されていた。過激で実行力があるヌーランドは、首謀者たちにとって使いやすい駒でもあった。
Ukraine - Cookie Monster Retires

ヌーランドの夫は、ネオコンの主な提唱者の一人であるロバート・ケーガンで、2人ともユダヤ人だ。ネオコンは、敵性諸国に専制国家のレッテルを貼って政権転覆や軍事侵攻によって潰していく過激な好戦策をブッシュ政権などで立案実行した、ユダヤ人(シオニスト)主導の戦略家のネットワークだ。
ネオコンはイラク侵攻以来、失敗するとわかっていて過激で稚拙な好戦策をやり続け、米国の覇権を自滅させ、世界が多極化・非米化する流れを作ってきた。共和党がトランプ化したのでネオコンは民主党に移った。私はネオコンが「隠れ多極主義者」であると考えている。ヌーランドは、言動的にも系譜的にもネオコンに属している。
米諜報界を乗っ取って覇権を自滅させて世界を多極化

ヌーランドらの画策が実り、マイダン革命から8年後にプーチンの露軍がウクライナに侵攻し、泥沼の戦闘に巻き込まれて惨敗していくかに見えた。だが「露軍の惨敗」は、米国側マスコミの報道や専門家たちの発言の中だけにある妄想・大誤報だった。
実のところ露軍は、緒戦から現在までウクライナの制空権を握り続け、露系住民が多いドンバスを占領して住民をウクライナ側の殺戮から保護している。
プーチンの偽悪戦略に乗せられた人類

露軍は初期にいったんキエフ周辺まで進軍したがその後退却しており、マスコミはこれを敗退と喧伝したが、実のところ退却はウクライナ政府が対露和解にいったん応じたからだった。露軍退却後、ウクライナは米国に加圧されて対露和解を反故にした。
(その直後にウクライナ当局が、露軍撤退後のブチャで市民虐殺の現場を捏造して露軍に濡れ衣を着せた。欧米との対立が長引くほど自国が優勢になるロシアは、濡れ衣や誤報に反証しなかった)。
露軍は、すでにキエフ周辺のウクライナ軍の設備の多くを破壊したので、キエフ周辺に再進軍せず今に至っている。これは最近わかった経緯だ。
Ukraine conflict, fallout of NATO expansion, relations with US: Key takeaways from Putin’s interview with Tucker Carlson

ウクライナ戦争は、開戦から1年3か月後の2023年5月末にウクライナのクラマトルクス(バフムト)を、激戦の末に露軍(主にワグネル)が陥落した時に、実質的にロシアの勝利・ウクライナの敗北で終わった。ウクライナ軍は戦死者多数で疲弊して戦えなくなっていた。
翌月、米国に加圧されてウクライナ軍が「大反攻」を試みたが、3日で圧倒的に敗退した。それ以降、ウクライナ軍はほとんど戦えない状態が続いている。
だが米諜報界は、マスコミ権威筋に「ウクライナはまだ戦える。挽回できる」「露軍は疲弊して潰れかけている」など、事実と正反対のニセ情報を食わせ続け、米国側マスコミは「間もなくウクライナが挽回してロシアを潰す」と喧伝し続けた。
決着ついたが終わらないウクライナ戦争

この流れの中で、ビクトリア・ヌーランドは2023年7月に、バイデン政権の政治担当国務次官(under secretary ...)から国務副長官(代行。acting deputy secretary)に昇格している。ヌーランドは、ウクライナを立て直してロシアを潰す策の具現化に邁進することになった。
だが、ヌーランドが国務副長官に昇格した時点で、すでにウクライナはロシアに勝てない状況だった。過激なヌーランドは、ウクライナ軍に無理をさせて露軍と戦えと発破をかけたが、無理をさせるほどウクライナ軍は疲弊し、米傀儡として軍に無理を強いるゼレンスキーと、実際に軍を動かす将軍たちとの齟齬・対立が激しくなった。
ウクライナ戦争体制の恒久化

ヌーランドは、ウクライナを頑張らせればクリミアをロシアから奪還でき、その延長でプーチン政権を崩壊せられると主張し続けた。上司であるブリンケン国務長官は、クリミアの奪還をウクライナに奨励するのは現実的でないとヌーランドの主張を否定したが、ヌーランドは無視して好戦的な案を放出し続けた。
ヌーランドは、ウクライナに対露和平を許すと、自信をつけたロシアがNATO諸国を攻撃して核戦争になるから和平はダメなんだと主張した。彼女はバイデンよりも大きな権力を持っているという説まで出た。
Nuland outlines US goals in Ukraine

だが、ヌーランドがどう動こうが、ウクライナの敗北は覆らなかった。敗北が確定してから半年が過ぎてもウクライナは有効な反攻ができず、今年に入って欧州諸国が米国の好戦策に同調しない傾向を強めた。ロシアの優勢とウクライナの敗北が否定できなくなり、ヌーランドは欧州や米共和党から失敗者のレッテルを貼られるようになった。この先に、今回の辞任がある。
ヌーランドは、本当にバイデンよりも大きな権力を持っていたのか。そんなことはない(バイデンの脳内が、まっとうな判断をできない状況になっている可能性は高いが)。ヌーランドの上司たちは、彼女の過激な好戦発言(不規則発言)をわざと止めずに放出させ続けることで、欧州などの同盟諸国をビビらせる策をとった。
実際は、ヌーランドの発言が具現化することはなく、過激な不規則発言の乱発によって、欧州や非米側での米国の信用が失墜するだけの結果になっている。
11th July: The date set by Victoria Nuland for WWIII

ヌーランド自身が、過激な不規則発言によって米覇権を自滅させる意図を持っていたのなら隠れ多極主義者であるが、実際はそうでなく、他意のない本気の発言だったのでないか。
自分ではウクライナを動かしてプーチンを潰して米国を勝たせる主役のつもりだったのだろうが、実際は正反対の、米国とウクライナを自滅させてプーチンを勝たせる米上層部の隠れ多極主義者に騙されて動かされ、最後は権威を失って笑いものになるピエロ役にされている。
実際の主役は、正体不明な米上層部の隠れ多極派と、彼らによって勝たせてもらえているプーチン、それからこの戦いに参加していないが漁夫の利で巨大な覇権を得ている習近平である。
Screw The Facts - Europe Commits Itself To Further Escalation

うまい戦略判断には良質な諜報が必要だ。ヌーランドは国務副長官なのにそれを得ていなかった。
国務副長官になった後、彼女はアフリカ出張を命じられ、クーデターで親米政権が倒されて親露な軍事政権に転換したニジェールの事態に対応した。
だが、ヌーランドと会った南アフリカの高官は、彼女がニジェールの新事態に対する十分な情報も対策も持ち合わせておらず、自暴自棄になっていることに気づいた。
Victoria Nuland Appeared "Desperate" During Africa Tour As US-Backed Leaders Overthrown

行動力があるヌーランドは、十分な情報も持たず、危険をおかしてニジェールを直接訪問して軍事政権のトップと会って翻意させようとしたが失敗した。親露なニジェール軍事政権が、ロシアと付き合うなとうるさく言いにきた露敵視のヌーランドを拘束せずに返してくれたので、失敗は大事にならなかった。
ヌーランドは米上層部を牛耳っていない。それと正反対の、牛耳っているつもりが、実は上層部に騙されて使われて失敗を演じさせられるピエロだった。
Nuland In Niger, Warns Coup Leaders Against Forging Ties With Russia's Wagner

米国の外交政策を決める現場には、ピエロやピエロ使いがたくさんいる。ネオコンの中にも、ピエロとピエロ使いが混じっている。ニセの諜報をつかませると、大間違いな戦略を立案実行してしまう。自分はピエロ使いだと思っていたら、実は他のピエロ使いからニセ諜報をつかまされてピエロにされていた、とか。
顕著なピエロは、911を起こされ、ウクライナ侵攻をやってしまった子ブッシュ大統領だ。彼は二世であること以外の取り柄がなく、チェイニー副大統領の言いなりだった。チェイニーはピエロ使いだったが、彼の娘で下院議員になったリズ・チェイニーは、トランプを敵視しすぎて馬鹿にされるだけのピエロになった。

トランプも諜報界からピエロにされかけたが、彼は学習能力が高く、すぐピエロ使いに成長した。隠れ多極主義を目指したトランプは、イランを敵視するふりをして台頭させたが、その際にイラン敵視を生業とするネオコンのジョン・ボルトンを安保担当補佐官に据え、イランとの縁切りを加速して、それまで米国とも付き合いたいと考えていたイランを中露の側に追いやり、世界の非米化と多極化に拍車をかけた。
ピエロにされたボルトンは怒り、辞任後に強烈なトランプ敵視になった。だが、敵視されるほど強くなるのがトランプだ。
中東大戦争を演じるボルトン
好戦策のふりした覇権放棄戦略

今年の米大統領選では、トランプに最後までしつこく対抗したニッキー・ヘイリーが、自ら進んでピエロなトランプの敵を演じ続け、共和党内の反トランプ勢力を自分の周りに結集させて民主党への鞍替えを防ぐことで、トランプを優勢にしている。
トランプ支持者たちはヘイリーが大嫌いだが、その態度は間違いだ。ヘイリーは実のところトランプを熱烈に支持しており、自分が共和党内でトランプの敵として立候補してしつこく戦うことで、トランプを優勢にした。ヘイリーは立派だ。これでトランプが、トルシ・ギャバードでなくヘイリーを副大統領候補にしたらすごい。就任後に国務長官にするとか。
Haley: Nominating Trump Means "Suicide For Our Country"

民主党では、ヒラリー・クリントンが何度もピエロにされている。オバマは、選挙戦で打ち負かした彼女が嫌いだったのに国務長官にした。そうすることで、軍産やネオコンがよってたかってオバマの覇権蘇生策を潰すためにアラブの春を起こしてシリアやリビアが失敗国家にさせられていく時、失策をクリントンのせいにした。
クリントンは、トランプを批判するほどトランプ支持者の結束を強めてしまうピエロ役もやらされた。学力は高いが、じあたまが悪くて人間味を出せない。政治に向いていない。
バイデンもピエロだが、むしろ「生きるしかばね」とか「死んだ猫がはねている」状態だ。米財界では、マイクロソフトのビルゲイツが大リセットを過激にやって自滅させるピエロにされている。ジョージソロスも同様だ。
Gabbard to headline fundraiser at Trump’s Mar-a-Lago resort

ウクライナは勝てない。ピエロで事態をごまかせる状況ではなくなった。だからヌーランドは辞めさせられた。今後どうなるのか。
米上層部は、欧州を道連れにするロシア敵視を続けたい。プーチンも同じ気持ちだ。だが、ウクライナの敗北確定はどんどん顕在化する。ウクライナをあきらめ、エストニアやモルドバを引っ張り込んで欧露戦争を拡大してNATOとロシアの戦争にするのか??。この件はもう少し考える。
Rubio says ‘there’s no way’ Russia takes all of Ukraine

今回の記事は、ロシアのスプートニクから、ヌーランド辞任をコメントしてほしいと頼まれて考えたことから発展した。私はヌーランドはピエロだと思っていたので、もともと辞任を大した話だと思っていなかった。
だが、この件を日本語で検索してみると、ヌーランドが米国の露敵視の張本人だ、みたいな話が並んでいる。オルトメディアも浅薄だ。違うよ、ピエロだよ。と思い、そうか、ピエロ性について分析すれば自分の解説文になるな、と思いついた。
スプートニク1
スプートニク2



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