|
ウクライナ戦争体制の恒久化
2023年6月19日
田中 宇
米国は、ウクライナに安全保障を与えることで、ウクライナ戦争の構図を恒久化し、対露経済制裁をずっと続けようとしている。
米国は、7月にリトアニアで開かれるNATOの会議で、ウクライナの加盟を決めようとしている。ウクライナ加盟はNATO内で、ポーランドやバルト三国は賛成しているが、西欧諸国が反対している。
NATOは重要事項に関して全会一致が原則で、反対国があるので米国はウクライナ加盟を決められない。米国は、西欧の賛成を得るべく、部分的加盟とか、今でなく期限を決めた将来の加盟にするとか考えているが、それでも賛成が得られそうもない。
(Will upcoming NATO summit launch forever war in Europe?)
西欧が反対している理由は、ウクライナを加盟させると、NATO規約5条に沿って欧州がウクライナを助けるためにロシアとの戦争を強要されうるからだ。ロシアと戦争したら欧州は1945年みたいな焼け野原になり、核戦争にもなりかねない。
ポーランドやバルト三国はロシアと国境を接し、すでに大きな脅威を感じているので、むしろ西欧や米国を対露戦争に巻き込んだ方が自国に有利と考えてウクライナのNATO加盟に賛成している。
(Allies Pressure Biden to Hasten NATO Membership for Ukraine)
もともと米国は、負けているウクライナに戦場で大規模な反攻をやらせ、ロシアに対してある程度の失地回復を実現した上で、西欧諸国に対して「ウクライナは勝っているのだからNATO加盟させても5条は発動されず、西欧とロシアが戦争になることはない」となだめつつ、ウクライナのNATO加盟を実現しようとしていた。
この線に沿って、米国は昨秋からウクライナへの兵器支援を増強し、ウクライナに早く反攻しろとせっついてきた。だがウクライナ軍はすでにとても疲弊しており、米国の新兵器をもらっても使いこなす熟達した兵力が激減している。
('Major disinformation': Belarusian president on Ukrainian counteroffensive)
ウクライナは、米国から「反攻しないなら見放すぞ」と脅され、嫌々ながら6月5日に反攻を開始した。だが案の定、前進した部隊は3日間でロシア軍に破壊され、反攻は3日後に事実上の失敗として終了した(米国側の当局やマスコミ権威筋が失敗を無視したままなので非公式の敗北になっている)。
(On The Failure Of The Ukrainian Counterattack)
(決着ついたが終わらないウクライナ戦争)
米国がウクライナの反攻を成功させ、西欧を安心させてNATO加盟を実現するシナリオは破綻した。ロシアは高解像度の新しい軍事衛星を使った精密誘導システムを導入して攻撃しているので、開戦時よりも攻撃能力が増した。ウクライナが勝つことはもうない。
(Russia's newest satellites to change course of Ukrainian conflict)
となれば、西欧はもうウクライナのNATO加盟に賛成しない。これは西欧の国家存続の根幹に関わる問題なので、米国にごまかされてウクライナの加盟に賛成することはない。ウクライナは今後もNATO加盟できない。
(‘Peace is unlikely in the near future’)
代わりに米国は、米国が直接ウクライナと安全保障の協定を結ぶことを検討している。これは「イスラエル方式」と呼ばれ、米国がイスラエルと結んでいる10年ごと更新の安保協定をお手本に、ウクライナに兵器弾薬と資金を供給し続ける体制だ。
米軍をウクライナに派兵すると米露核戦争の世界大戦になってしまうので派兵せず、兵器弾薬資金を供給する協定を結んで安保体制にする。
実はこれも妄想的だ。イスラエル軍は敵であるアラブやイランの軍勢より強いので、兵器弾薬資金の供給だけで良いが、ウクライナ軍は敵である露軍よりかなり弱いので兵器弾薬資金を送っても安全が保障されない。今までさんざん兵器弾薬資金を送ってきたが負けている。
(As Blinken Floats "Israel Status" Plan For Ukraine, US Drifts Into Next Forever War)
そういう裏はあるものの、これまで協定を結ばずにウクライナ軍事支援してきたものを、協定の形にすることには、米国側とロシア(非米側)の対立を恒久化する意味がある。
10年ごとに更新する協定が結ばれると、米国が欧日を引き連れて今後10年以上ウクライナを支援し、ロシアと戦い続ける体制が確定する。ウクライナ戦争と対露経済制裁の体制が恒久化される。
(‘Sanctions hysteria’ may back EU into corner, warns Hungarian Foreign Minister)
この米露対立の体制がある限り、世界が米国側と非米側に決定的に分裂し続け、非米側は既存の米国覇権体制の外側に多極型の新たな世界システムを作っていく。非米側は、世界の資源類と人口(潜在的な消費者群)の大半を握っている。世界の経済成長の中心が米国側から非米側に移る。
(Asian Central Banks To Adopt Iran's SWIFT Alternative As De-Dollarization Accelerates)
ウクライナ戦争の長期化は、この転換(覇権の多極化と、米覇権の終焉もしくは大縮小)を引き起こすために画策されている。この転換によって米国は中露にとって脅威でなくなり、中露は安泰になる。だから最近プーチンと習近平が非米側の体制づくりなど多極化を熱心に進めている。
この転換によって、これまで米英に阻止されてきた非米側の経済発展が軌道に乗る。世界の(金融バブル膨張でない)実体経済が、均衡ある発展を始める。米上層部の資本家(国連を作ったロックフェラーなど隠れ多極派)が2度の大戦以来やりたかったことが実現する。
だから米上層部はウクライナ戦争の構図をできるだけ長期化し、非米側に多極化を進めてもらいたい。
戦争構造が長期化するほど欧州経済が自滅するが、米国はそれを無視している。成熟して成長しない欧州なんてどうでも良い。資本家が望むのは、多極化による非米側の貧困諸国の経済発展だ。
ウクライナのNATO加盟や「イスラエル方式」の安保協定によって米国が今回の戦争構造を恒久化したがる背景には、多極主義的な利害設定がある。
(Milley Predicts Long, 'Very Violent' Ukrainian Counteroffensive)
米ウクライナが10年の安保協定を結び、戦争構造が恒久化すると、たとえ来年の米大統領選でドナルド・トランプが勝って返り咲いても、公約どおりウクライナ戦争をやめるのが難しくなる。
世界的に、ウクライナ戦争がもうすぐ終わると考える希望的観測が多いが、米ウクライナ安保協定は希望的観測を打ち砕く。ウクライナ戦争の構図がずっと続き、非米側が米国側から隔離されたまま世界の体制を多極化していく。
(トランプは、イラン核合意を破壊したように、ウクライナ戦争の構図を勝手に破壊して対露和解をやれるはず、ともいえるが)
(Ron Paul: The Democrats Versus Trump - A Bad Horror Movie?)
ウクライナ戦争が早めに終わって敵対構造が崩れると、欧州が経済成長に必要な安価な石油ガスを再びロシアから送ってもらうために対露和解してしまい、ロシアや中国が米国覇権と仲直りし、非米側が独自の世界システムを作る動きが鈍り、世界が米覇権体制下に戻ってしまう。
それが嫌なので、米国(隠れ多極派)はウクライナの戦争構造を長期化し、非米側が多極型世界の準備を完了して米国側がドル崩壊し、多極化が完遂されるまで続けたい。実際の戦闘が下火になっても、戦争構造が続いてマスコミが好戦的に喧伝し続ければ目的が達せられる。
(Lack of Russian gas can bring German industry to standstill)
蛇足だが、先日発表されたロシアゲートのダーラム報告書を見ると、来年の選挙はトランプが勝ちそうだと感じられる。あの報告書は基本的に「ロシアゲートは無根拠な濡れ衣であり、そもそも捜査をすべきでなかった」という内容で、ロシアゲートでのトランプの潔白を確定した。
だがあの報告書は同時に、本来民主党側を有罪にすべきDNC(民主党本部)のメール問題(2016年選挙期間中にDNCつまりヒラリー・クリントン陣営が、公的なサーバーに保管すべき機密文書を私的なサーバーで違法に保管した挙げ句、何者かにハックされて盗まれた事件)を不問に付している。
(Russiagate Prober Durham Neglected DNC Hack Claim, Despite Evidence It Too Was A Democrat Sham)
これはつまり、トランプと民主党(DNC)が「(トランプは、大統領に返り咲いても)民主党側をメール問題で訴追しない。その代わり、いま執政している民主党側は、ダーラム報告書を早々に発表し、ロシアゲートでのトランプの潔白を認める」という秘密合意をしたと推測できる。
民主党が来年の選挙でも不正をやってトランプの返り咲きを防げるなら、こんな秘密合意を結ぶ必要がなく、ダーラム報告書も永久に未発表のままでよかった。
来年に向けた選挙活動が始まった先日のタイミングでダーラム報告書が発表されてトランプの潔白が確定したのは、民主党の不正を乗り越えてトランプが勝ちそうだからだと推測できる。蛇足(先日書き忘れたこと)はここまで。
(トランプの返り咲き)
民主党政権の米国はウクライナ戦争の構図を長期化しようとしている。それを尻目に非米側の世界運営の執行機関であるBRICSは、8月の会合で、ドルに替わる世界の基軸通貨になりうる「BRICS共通通貨」を発足させようとしている。
(New BRICS Currency Can Challenge Dollar Hegemony of US-led G7 'Economic Gang')
露サウジなど産油諸国の多くは非米側で、石油ガスの輸出代金としてドルでなくBRICS共通通貨で受け取るようにしたい。これはペトロダラー体制の終わり、ドルの覇権(基軸性)の終わりになる。
新通貨ができても、すぐにドルが崩壊して金融危機になるわけではない。ドルの金融バブルは意外とうまく膨張が運営されていて、米国側の株価が史上最高値に戻っている。すぐにドル崩壊しそうな状況ではない。
(The Coming Shock To The Global Monetary System)
しかし、この膨大なバブルはいずれ破綻する。中露など非米側は、その前に時間をかけてBRICS共通通貨の創設や、国連安保理を来たるべき多極型世界に適した形に転換する改革などの準備を進める。その時間を作るために、ウクライナ戦争の構図が長期化されている。
(The Shanghai International Gold Exchange And Its Role In De-Dollarization)
(Yuan emerging as global reserve currency - Russian official)
先週ロシアのサンクトペテルブルグで開かれた経済フォーラムでは「ロシアは米国を潰したいのでなく、米国がロシアを潰そうとするのをやめさせたい。世界が多極化すれば、米覇権体制(米国側)は世界の極の一つへと縮小する。米覇権体制の上位に多極型の世界体制が作られる。BRICSや国連が多極型の世界を運営する。ロシア(EAEU)は、米国側と対等な関係にある世界の極の一つになり、米国がロシアを潰すことはできなくなる」といった趣旨のことが話された。
(Russia's New Roadmap For Multipolar World)
ロシアも中国も、米国を敵視していない。米国が中露を敵視し続けるので、中露は世界を非米化・多極化する道を歩んでいる。この動きは米国によって長期化されている。
世界が多極型になると、中国は極の一つだが、日本は極の一つである米国の傘下にいる国になり、日本は中国より明らかに格が下の国になる。日本の権威筋はこれを理解せず、早く対米自立すれば良いのに何もやらず、考えてもいない。
(China's BRI Has Fundamentally Transformed Global Geopolitics)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ
|