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サウジがウラン濃縮のイランごっこ
2023年10月6日
田中 宇
サウジアラビアが、間もなく実現しそうなイスラエルとの国交正常化に踏み切る条件の一つとして、自前でウラン濃縮して核燃料を作って新設の原子力発電所で使うことを、仲裁役の米国に対して出している。
米国はトランプ政権時代から、イスラエルが強く希望するサウジとの和解の仲裁を引き受けてきた。
(Saudi Arabia could convert civilian nuclear to military, Israeli expert warns)
サウジはアラブやイスラム世界の盟主であり、世界の覇権体制が多極化(米覇権衰退)する中で、これまで米国だけが後ろ盾だったイスラエルは、米覇権衰退の前にサウジと和解・国交正常化したがっている。
イスラエルはスパイ能力の高さを活かして米政界を牛耳り、世界最強の国際政治力を持ってきた。だが、多極化で米覇権衰退が進むと、イスラエルも弱体化してしまう。イスラエルは、これまで米国の傀儡だったサウジとの和解仲裁を、米国が強いうちにやらせてきた。
(Second Israeli minister to visit Saudi Arabia within days)
トランプの仲裁で和解の道筋が作られた。まずUAEとイスラエルが2020年に露払い的に国交正常化した。だが、サウジは慎重だった。パレスチナ問題や中東戦争など、イスラエルはアラブ諸国やイスラム世界から毛嫌い・敵視されている。
サウジ内外にはイスラエルとの和解に反対する声が多く、MbS皇太子が権力を握るサウジ王政は、反対者たちを説得するために、仲裁役の米国がいくつかのおいしい話を交換条件として出す必要があると言ってきた。
(Saudi nukes: A desire for energy, weapons, or just leverage?)
主な条件は3つで、それらは、米国がサウジの安全を保障する協定を結ぶこと、米国がサウジに迎撃ミサイルなど新兵器を供給すること、サウジが原発を建設することを米国が認めることだった。そして、原発建設の条件の中に、サウジで最近発見されたウラン鉱脈を採掘して自前の核燃料を作る濃縮作業を米国が認めてほしい、というのが入ってきた。
(Why does Saudi Arabia want to acquire the nuclear fuel cycle?)
(サウジは、イスラエルと和解するための条件として、東エルサレムを首都とするパレスチナ国家の成立も出しているが、これは大きく扱われていない。それは現実策として、パレスチナ国家になるヨルダン川西岸に多くのユダヤ人入植地を抱えたままの最低限の国家成立になり、サウジと米イスラエルはそれで合意しているからだ。これが喧伝されると、アラブやイスラム世界、米欧左翼などから猛反対が出て和解策が潰れる。潰されたくないので、サウジも米イスラエルも黙っている)
(Israel normalisation: Saudi Arabia wants 'Palestinian state with East Jerusalem as capital')
(解体していく中東の敵対関係)
サウジのウラン濃縮は、米イスラエルの当局者や中東専門家たちを困らせている。イランのウラン濃縮と同じ行為だからだ。
イランは、ずっと前から実験用や核燃料用、医療用にウラン濃縮を手がけている。イランのウラン濃縮は核兵器開発用でないが、米国(とイスラエル)は、2003年にイラクを潰した後にイランも潰すため、イランがウラン濃縮して核兵器を開発していると無根拠な濡れ衣を掛け、イランが核兵器を完成する前に先制攻撃して潰さねばならないと大騒ぎした。
その後、米国が潰した後のイラクの占領が泥沼化し、先制攻撃して潰す策(強制民主化、単独覇権主義)への批判が強まり、米国はイランへの侵攻を棚上げした。だが、イランを脅威とみなすイスラエルやその手先の米専門家群やマスコミは、イランが核兵器開発しているとウソ・濡れ衣を言い続けている。
(Top nuclear experts urge Biden to not allow Saudi uranium enrichment in mega-deal)
イランに関するIAEAの報告書は毎回、イランが核兵器開発している根拠がないと読み取れる内容になっていたが、米欧日などのマスコミは報告書を意図的に誤読して「イランの核兵器開発」を喧伝し続けた。
2009年からのオバマ政権は、イランに濡れ衣をかけたまま、ウラン濃縮を低濃度に抑えて核兵器開発をやめたら米国や国連が制裁を解くという核協定(JCPOA)を結んだ。その次のトランプはイスラエルの依頼を受けて2018年にJCPOAから離脱し、米イスラエルとイランは再び一触即発の対立状態に戻った。
(What’s behind the sudden US good will towards Iran?)
(トランプがイラン核協定を離脱する意味)
だが、そのころには世界の多極化が始まり、イランは中露など非米的な諸国との経済関係を強化して米欧から制裁された分を穴埋めした。イランは強気になり、ウラン濃縮を核兵器利用できる高濃度まで引き上げたりした。
高濃度にしても核兵器開発するわけでなく、IAEAに通告して監視を受けながら濃縮実験をしただけだが、米イスラエルの専門家やマスコミは「いよいよイランが核兵器を持つ」と騒いだ。
イランは、米イスラエルの出方を探るため、濃縮度を上げて一触即発の事態を作る茶番劇をやっている。
(Iran ‘serious’ about restoring nuclear deal)
イランは、米欧から経済制裁されるほど中露など非米側と結束し、今や上海機構にもBRICSにも加盟し、多極化した世界の極の一つになっている。
イランに核兵器開発の濡れ衣をかける策は、もともと米(イスラエル)覇権体制を強化するためだったが、今やイランは制裁されるほど非米側で台頭し、世界の多極化が加速され、米覇権が崩れる皮肉でお笑い草の(笑)な状態になっている。
イランに濡れ衣を着せるのが任務だった中東専門家やマスコミも、実は傀儡の詐欺師であることが露呈し、下らない存在になっている。いまだに多くの人がマスコミや専門家を軽信しており、人々も(笑)だが。
(Netanyahu and MBS Suggest Progress is Being Made on US-Brokered Normalization Deal)
そんな構図の中に今回、豪快に高笑いしながらMbSのサウジが入ってくる。サウジは、ウラン濃縮の容認を、イスラエルとの和解に必要不可欠な条件に指定している。イスラエルは、是が非でもサウジと和解したいので、サウジがウラン濃縮しても良いと言っている。
米国には、サウジにウラン濃縮させたら核兵器を開発しかねないので拒否すべきだと言っている専門家たちがいるが、米国に拒否されてウラン濃縮できないなら、サウジはイスラエルと和解しない。それではイスラエルが困る。米国はイスラエルの言いなりだから、サウジのウラン濃縮は認められる。
(Democrats warn Biden on Saudi-Israel deal)
ウラン濃縮を初めたら、いずれサウジは濃縮度を核兵器用の高さまで引き上げる実験をやる。以前からサウジを敵視してきたネオコンら米言論界の過激派たちが「サウジが核兵器を開発してるぞ」と大騒ぎする。
イランに対しては、米政府と過激派が一心同体でイランに濡れ衣をかけて敵視制裁した(オバマは米覇権維持のためイラン敵視を解こうとしてネオコン過激派に妨害された)。
だが、サウジに対してはそうでない。米政府は、産油諸国の盟主であるサウジを決して敵視しない。今回は、米国を支配するイスラエルも、サウジと和解したいので米国のサウジ敵視を許さない。サウジを敵視するネオコン過激派は無視される。
(Normalization for Proliferation? The Saudi Nuclear Strategy and the Price of Peace with Israel)
同じウランの高濃縮をやっても、イランは制裁されたが、サウジは制裁されない。それどころか、サウジはイスラエルと和解することで、交換条件として米国から安保協定の締結や新兵器の譲渡まで受け、米国から大事にされる存在であり続ける。
サウジがウラン濃縮の「イランごっこ」を演じていくと、ウラン濃縮を核兵器開発と直結させて敵視制裁してきた米国のイラン政策に問題があったことが露呈する。
(As Netanyahu bends on Saudi nuclear bid, Israeli experts sound alarm)
サウジだけでなくUAEなど、親米的な他のアラブ産油国も原発建設と抱き合わせてウラン濃縮をやり出し、米イスラエルはそれらを非難できず容認する。
これまでの、ウラン濃縮を理由にしたイラン敵視が間違っていたことが確定していく。サウジのウラン濃縮は、濡れ衣だらけの米国の中東戦略がお笑い草であることを、世界に気づかせる。
大量破壊兵器の濡れ衣をかけられて潰されて殺されたイラクのサダム・フセインが、天国で悔しがっている。イラクは潰されたが、イランは米国に勝った。
(Saudi Arabia says it plans tougher IAEA checks on its nuclear activities)
(米覇権衰退で総和解があり得る中東)
サウジがウラン濃縮の茶番劇を開始したのは、サウジが苦戦していたイエメン戦争を解決してくれるイランへの「恩返し」であると考えられる。イエメンでサウジと戦っていたのはシーア派イスラム教徒のフーシ派であり、彼らはイランから隠然と支援されてきた。
今年3月、中国の仲裁でイランとサウジが和解した後、イランはフーシ派にはたらきかけてサウジとの停戦を実現した。イランはサウジに恩を売った。それに対するサウジからの返礼が、今回のウラン濃縮というわけだ。
(Saudi Arabia inches closer to nuclear power with wider IAEA access)
(サウジをイランと和解させ対米従属から解放した中国)
イランは、すでに経済的に中露など非米側との連携によって、米欧からの敵視制裁を乗り越えている。だが、政治的にはまだ核兵器開発の濡れ衣をかけられたままだ。サウジは、イランにかけられた政治的な濡れ衣を解いていく。
イランもサウジも、多極化が進む今の世界で優勢を増しており、核兵器が必要な状況でない。ウラン濃縮は、他の政治目的を持った茶番劇だ。MbSは「イランが核兵器を持ったら、我が国も持つ」と発言したが、これも目くらましだ。
(We Will Get Nuclear Weapon If Iran Does, Saudi Crown Prince Tells Fox)
(Is a Houthi-Saudi truce in Yemen imminent?)
サウジのウラン濃縮の目的は、もう一つある。それは、イスラエルの核兵器をあぶり出すことだ。イランは核兵器開発してないのに、してると濡れ衣をかけられた。対象的にイスラエルは、核兵器を開発して持っているのに、米国中心の世界からほとんど問題にされていない。
イスラエルは米上層部を牛耳っているので核保有しても黙認される。イランは米イスラエルから敵視されているので核保有の濡れ衣をかけられる。
(Five ways that Saudi-Israeli normalisation is already here)
サウジがイスラエルと和解してウラン濃縮を開始すると、米国側のマスコミ権威筋は「イランだけでなくサウジも核兵器を開発し始めた」と非難し始める。これに対して非米側から、イスラエルが核兵器を持っているのに黙認されているのはおかしいと反発が出てくる。
イランはIAEAの厳しい査察を受けており、今後はサウジも本格的な査察を受ける。だがイスラエルは査察を拒否し、核拡散防止条約(NPT)にも入っていない。
アラブやイスラム世界では、イスラエルが仲良くしたいならIAEAの査察を受けねばならない、という声が強まっている。先日はカタールなどがIAEAに対し、イスラエルの核施設の査察を提案した。
(Arab Gulf State Demands Israel's Shadowy Nuclear Weapons Program Be Subject To IAEA Safeguards)
覇権国だった米国を牛耳っていた従来のイスラエルは、世界から黙認されていたが、米覇権が消失する今後は、IAEAの査察を受けろと言われ続ける。イスラエルは、イランを非難することもできなくなる。イランが優勢に、イスラエルが劣勢になる。サウジのウラン濃縮は、それらの傾向を加速する。
イスラエルはどんどん劣勢になるだけに、早くサウジと和解したい。イスラエルは、サウジと和解したら、サウジの仲裁でイランとの関係改善もしたいはずだ。それらの動きをする際に頼りになるのは、イランの敵である米国でなく、イランを大事にしてきた中国やロシアだ。
(Iran may be last stop for Saudi-Israel normalization)
(対米離反と対露接近を加速するイスラエル)
サウジは今回、イスラエルと和解する見返りに米国との安保協定の締結も求めているが、米覇権の低下と多極化が進んでいる時に、米国との安保協定がサウジに必要なのだろうか。たぶん必要ない。サウジはBRICSへの加盟が決まり、多極型世界における大国とみなされている。
おそらくMbSは、米国との安保協定など不要だと知りながら要求している。そうすることによってサウジは多極化が見えていないふりをして、G7諸国と同様に米同盟国であるかのような演技をしている。これも笑える。
(Israel on cusp of region-reshaping peace with Saudi Arabia, Netanyahu says)
(新しい世界体制の立ち上がり)
米国は不可逆に覇権喪失しており、サウジだけでなく世界的に、米国との安保条約はすでに無価値だ。
MbSやプーチンや習近平やエルドアンやモディやルラといった非米側の為政者たちは最近、外交的な動きを自由闊達に、諧謔味あふれる作法で展開している。日欧など米国側の為政者が、米国に支配され、自滅的でくだらない動きをやらされているのと対照的だ。世界はもっと非米化した方が良い。
(Saudi crown prince says normalization deal with Israel gets ‘closer’ every day)
サウジはこれから原発を作る。その原発も、米国でなく中国やロシアに発注される。イランの原発建設も中露両方に発注されており、サウジも多分そうなる。米国側には、ろくな原発製造国がなくなった。フランスも日本も落ち目だ。
日本では、福島からの排水を非難する人も多いが、中露なども同じ条件で原発から排水している。日本人自身が日本を落ち目にしていく。(こう書くと、とってつけたように、中露の排水もダメですと書いたメールが来る。私にダメだと言っても無意味です。メール要りません)
(US-Saudi nuclear cooperation makes sense because of China, not just Israel)
イスラエルにとって最大の問題は、あらゆる現実的な対応に反対して阻止する「親イスラエルのふりをした反イスラエル(隠れ多極派)」な国内の入植者たちだ。この話を書き出すと、またぞろ長くなるので今回は書かない。
(Netanyahu's Hardline Allies Threaten To Implode Israeli Govt Over Concessions To Palestinians)
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