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世界経済を中国の傘下に付け替える
2023年9月19日
田中 宇
習近平の中国(中共)は、ロシアやサウジ、イランなど(や米中枢の隠れ多極派)の協力を得つつ、これまで米欧日など先進諸国の傘下についていた世界経済を、中国の傘下に付け替える戦略(世界経済の非米化)を成功裏に進めている。
中国がこの策を成功できたのは、米中枢が誘発してロシアが乗ったウクライナ戦争のおかげだ。あの戦争によって世界経済は、ロシアや親露諸国を強烈に経済制裁する米国側(先進諸国)と、中立と言いつつ親露に寄っていき米国側から経済制裁されかねなくなった非米側とに、決定的に分裂した。
米国側に入っているのは、米EUなどNATO諸国、日韓、豪NZのみだ(一般に先進諸国といわれる24カ国と、経済的に新興諸国に分類されるが対米従属なので露敵視せざるを得ない韓国)。それ以外の世界の153か国が非米側だ。
今のところ、94兆ドルの世界経済のうち、54兆ドル(57%)が米国側、40兆ドル(43%)が非米側だ。中長期的に、先進諸国の成長は頭打ちな一方、新興諸国と途上諸国で構成される非米側は成長を続けるので、いずれ比率が逆転する。
人口では、米国側が人類の2割、非米側が8割だ。非米側は人口増加も大きい。ウクライナ開戦で世界が二分された後、非米側は経済だけでなく政治安保的にも対米自立しており、これまで非米側を政治経済的に不安定にする策略を採ってきた米国による破壊策やピンはね策を受けなくなっている。
非米側は経済成長し、人口が多く市場規模が大きいだけに巨大な経済を持つようになる。非米側が世界経済の7割ぐらいを占め、世界の中心になる。
非米側は1950年代に非同盟諸国運動を開始したころから対米自立したかったが、当時の非米側は経済発展するための資金も技術もなく、米国の傘下から出られなかった。1970年代以降、サウジアラビアなどアラブ産油国は石油収入で大量資金を蓄えたが、安保面で米国の傘下に入れられたままで、非米側の資金源になれなかった。
だが、今回は中国がいる。中国は、1980年代から米国のテコ入れ(改革開放=製造業の下請け化策)で経済成長して巨額資金と製造技術を得た。2008年のリーマン危機で米経済覇権の崩壊が見えた後、中共は対米自立へと方向転換して習近平が出てきた。
習近平は当初、一帯一路策や中露結束など中国独自の非米的な地域覇権策を拡大しつつも、米国との対立を避ける策をとっていた。だが、ウクライナ開戦で米国側がロシアを猛烈に敵視した後、ロシアに接近し、中露がBRICSなど他の非米的な諸国を引っ張って結束を強化し、米国側に対抗できる非米側を急速に形成していった。
この際、中国が他の非米諸国に供給できる資金と技術を持っていることが、非米側陣営の形成に大いに役立った。新興諸国や途上諸国は従来、経済成長に必要な資金や技術を米国側から得ていたので米国の傘下から出られなかったが、ウクライナ開戦後は米国でなく中国から資金や技術を得られるので、米国との関係を切れるようになった。
中国の資金や技術があるので、対米従属せざるを得なかった新興諸国や途上諸国は対米自立し「非米側」になれた。米国は従属諸国を支配ピンはねする傾向が強かったが、中国はそれが少ないので、多くの国が中国主導の非米側に入ってきた。
先進諸国以外では中国のほか、サウジUAEなどアラブ産油諸国も石油収入で豊富な資金を持っていた。習近平はサウジに急接近し、アラブ産油国を非米側に取り込み、非米側全体にとっての資金供給源を増やした。
米国側のプロパガンダ機関と化したマスコミを軽信する人々は「中国の技術など大したものでない」と思っているかもしれないが、それは間違いだ。中国はすでに米国側の技術のほとんどを習得し、他の非米諸国に技術供与できる状態だ。
米国側は半導体技術を中国に出さなくなったが、中国は自前の半導体を開発する体制を整えている。自動車は、まだ中国より日独の方が高性能だが、これも5-10年以内に追いつく。
先日は、中国の主導のもとに134の新興・途上諸国が集まり、米国など先進諸国のやり方に集団で注文をつける「G77+中国」の会合がキューバで開かれ、米国側に対して多くの注文をつけた。
G77は途上諸国の発展のため、国連傘下のUNCTADとともに1964年に結成され、当初は中国主導でなかったが、冷戦後の1994年から中国がG77に資金を出して主導し始めて「G77+中国」へと発展した。
当時の中国は、トウ小平路線下の親米的な江沢民の時代で、途上諸国を率いて米国覇権に楯突く方向性をむしろ嫌っていた。だが、1980年代からのトウ小平路線はよく見ると「中国が十分な力量をつけるまでは、米覇権に楯突いてはならない(力量をつけてから盾突け)」という方針だ。
冷戦後、中国がG77を主導し始め、今の中国主導の非米型世界秩序のための準備を始めたのは、中国の長期戦略として自然なものだった。
中国はその後、アフリカの政治統合や安定、経済発展のために全てのアフリカ諸国が加盟する「アフリカ連合」を2000年の創設時から支援し続けている。世界を非米化する中国の戦略は、習近平が始めたものでなく、少なくとも30年前からのものだ。(もっと前の1955年のバンドン会議など非同盟運動までさかのぼることもできる)
(Xi Jinping Is Done With the Established World Order)
中国(中露)はウクライナ開戦後、1年半をかけて非米側の結束を強化し、BRICSの拡大を実現した。米経済覇権の衰退傾向が確定したリーマン危機後、先進諸国(米国側)と新興諸国(非米側)を協調させる機関として作られたG20サミットに、習近平は新興諸国の代表者として毎年必ず出席していたが、先日印度で開かれた今年のサミットで初めて欠席した。
(多極化と米覇権低下を示した印G20サミット)
この欠席は、その前のBRICS拡大によって非米側の結束が確立し、米国側が今後もずっと中露敵視や非米側との分断体制を続けることもブリンケンの宣言などで確実なので、米国側と非米側が協調するためのG20が不必要になったことを意味する。
(中露と米国の対立を長期化する)
中国が世界を非米化するにあたり、ロシアは大事な仲間だ。ロシアは、経済規模が中国の10分の1(日本の3分の1)しかない。ロシアの重要さは、経済でなく軍事安保にある。中露の世界運営は、中国が経済を担当し、ロシアが軍事安保を担当する役割分担をしている。
中国は、世界の運営をなるべく穏便・スマートにやりたいので軍事力を使いたくない。中共の上層には親米派もいるので、習近平はできるだけ米国側と対立したくない。米国側が攻撃的なことをやるので仕方なく対処する形にしたい。
ロシアは、中国がやりたくない軍事行動や、米国側への敵対扇動を、中国に代わってやってくれている。
(世界の運営を米国でなく中露に任せる)
今年2月、中国の気球が米国の上空に飛来して「中国軍のスパイ気球だ」と騒がれた。中国国内用の監視気球が統制不能になってたまたま米上空に飛来しただけだと私は考えたが、米日マスコミは「中国による攻撃か?」と(そうでないだろうと知っていたのに)喧伝した。
結局、事件から7か月たった先日、米軍人最高位のミレイ統合参謀本部議長が、あの気球はスパイ行為をしていなかったと表明した。当初からスパイ気球の可能性は低かったが、それを「スパイ用かもしれないぞ」と騒ぐことで、米諜報界やマスコミは中国の脅威を誇張する策をとった。
そして、人々が事件を忘れたころに、誇張を静かに訂正する。その間に新たな脅威論が喧伝されている。
実のところ米国側にとって、中国は軍事面で脅威でない。台湾問題は、中国の内政(内戦)問題であり、本来は米国側に関係ない。
(The bizarre secret behind China's spy balloon)
(中国から迷い込んだ気球で茶番劇)
話を戻す。ロシアは、中国がやりたくない軍事行動や、米国側への敵対扇動を、中国に代わってやってくれている。
たとえば、北朝鮮の取り込みがその一つだ。今回の金正恩の訪露によって、ロシアは、国連や米国の北朝鮮制裁を(北には自衛権があるという理由で)無視して、北朝鮮に対する軍事技術の支援や資源類の共同開発を手がけ、北からの兵器購入も拡大することになった。北朝鮮は未開発の地下資源が多い。
(The Reported Russian-North Korean Military Deal Is All About Geostrategic Balancing)
(Talks between Putin and Kim: What has emerged so far)
北朝鮮が経済から国家崩壊せぬよう、ずっと支援してきたのは中国だ。ロシアが北朝鮮との関係を強化したのはウクライナ開戦後だ。ロシアは、米国側から非難されるので中国がやれなかった大胆な北朝鮮との関係強化を進め、中国に代わって北朝鮮を安定させている。
中露は、うまく役割分担して北朝鮮を支援し、極東の安定を維持している(米国側の北朝鮮敵視は極東を不安定にしている)。
(ロシアと北朝鮮の接近)
ロシアは、中東アフリカでも、米国に国を壊されたリビアの立て直しや、米国に内戦を起こされて潰されかけたシリアの救援、米仏にテロ戦争を起こされて苦渋していたサヘル諸国の非米化の支援などを手がけている。
ロシアは、米国による破壊策を押しのけて中東アフリカを安定化している。破壊策をやる米国と直接対峙したくない中国は、ロシアが安保面から安定化している中東アフリカで経済活動を拡大し、経済面から中東アフリカを安定化している。
中国は、ロシアがリスクをとってくれている見返りとして、ロシアから石油ガスなど資源類をどんどん買っているし、国際社会での議論でロシアを擁護している。中国とロシアは二人三脚で、米国が不安定化した世界を再安定化している。
非米諸国は、こうした動きを見ているので中露を支持している。米国側では、こうした状況が無視ないし歪曲報道され続けている。
(アフリカの非米化とロシア)
米国側の多くの人々が中露に関する歪曲報道を軽信しているが、上層部まで全員が騙されているわけではない。欧州では、仏マクロン大統領やEUのボレル外相が、欧州は米国と対立しても中国との協調を維持すべきだと言い続けている。世論としても、欧州人の7割が、欧州は米中対立に関与せず米中両方と仲良くすべきだと考えている。
(Macron Is Not Wrong About China, The U.S. Should Worry)
だが現実としては、欧州が対米自立することは不可能だ。欧州はウクライナでロシアと間接戦争を続けている。欧州は、米国にウクライナ支援や欧州防衛を続けてもらわないと、ロシアに対する敗北が確定し、政治崩壊してしまう。
ウクライナ戦争は米国が誘発したものだが、欧州はその戦争にとらわれている。米国は、ロシアと中国の両方を敵視することを欧州に求めている。ロシアは敵視するが中国とは協調したい欧州の態度は米国に強く拒否される。米国人の半分を占める共和党支持者は、すでにウクライナ支援を嫌がっている。
欧州は、ロシアに負けるわけにいかないので、米国の言いなりになるしかない。先日訪米したドイツ外相は、米国でのインタビューの中で、習近平を独裁者と呼んで敵視した。米国から気に入られ、米国が欧州を守る既存体制を維持してもらうためには、欧州本来の考え方を無視して、習近平を罵って中国敵視の姿勢を見せねばならない。
米国は同盟諸国を脱獄不能な監獄に入れている。先進国は豊かだが不自由で哀れだ。そのうち豊かですらなくなる。途上諸国の方が自由で将来展望もある。米国側より非米側の方が幸せだ。
(German FM Baerbock Calls Xi A "Dictator" In Live Fox Interview)
欧州は、ロシアから石油を買わない経済制裁を表向き続けつつ、印度がロシアから買った石油の多くを転売してもらい、石油不足を穴埋めしている。間接的な購入は制裁違反じゃないから良いんだと欧州は言い訳している。
(Germany hugely increases imports of Russian oil)
欧州はロシアからの穀物輸入も止めてしまった。穀物不足を補うため、ウクライナがアフリカ向けに輸出したはずの穀物を横取りして欧州に売らせている。ウクライナを出港した穀物船は、アフリカ向けという建前でロシアの攻撃を免れる「黒海穀物協定」が露ウクライナ間で結ばれていた。
しかし、その穀物はロシアの敵である欧州に横取りされ、アフリカに行ってない。そのためロシアは黒海穀物協定を延長せずに期限切れにした。
米国側のマスコミは「ロシアが協定を潰してアフリカの人々を飢えさせている」と喧伝した。ウソつけ。アフリカを飢えさせたのは横取りした欧州だ。ロシアは自国産の穀物をアフリカに輸出し、7月の露アフリカサミットで感謝されている。
(Russian grain diplomacy: Winning hearts, minds, and markets)
話を中国に戻す。先進諸国と韓国は、米同盟国として中国敵視を強要され、中国との貿易も縮小しろと米国から言われている。だが、米国側の多くは中国が最大の貿易相手だ。米国の要求を受け入れていたら自国の経済が破綻してしまう。
豪州は先日、3年間の中国敵視策を緩和して対話を再開した。豪首相が今年中に訪中する。中国は、豪州からの石炭や大麦の輸入を再開している。
先日のG20サミットでは、豪州の参加者が「米国は会議での議論の内容を中露敵視の方向に歪曲して共同声明に書き入れようとしている」と米国を批判した。豪州では「米国は、AUKUSで豪州に経済破綻につながる中国敵視をやらせた挙げ句、バカ高い原子力潜水艦を豪州に買わせてボロ儲けしている。対米従属や中国敵視はやめるべきだ」という批判も出ている。
(Australia and China open their first high-level dialogue in 3 years in a sign of a slight thaw)
豪州も欧州も日本も、中国と貿易しないと食っていけない。敵視策の米国側に対し、中国は安全性問題などいろんな「別の理由」をつけて製品の輸入を止め、隠然とした経済制裁策をとってくる。経済大国である中国は、経済を使って他国に影響を与えられる。中国はすでに覇権国である。
(Is the G20 Obsolete in an Increasingly Multipolar World?)
中国は先日、台湾の対岸にある福建省に進出した台湾企業が中国の株式市場に上場しやすいようにする策を始めた。台湾人が中国に住みやすいようにする策もやる。
これらは、来年1月の台湾の大統領(総統)選挙で、中国敵視の民進党を不利にして、親中国的な国民党を有利にするための策略だ。中国は、経済政策を政治的に使っている。
(Visualizing The Military Imbalance In The Taiwan Strait)
中国は最近、日本に対しても独特なやり方で経済制裁を仕掛けた。それは、福島原発から海への排水の問題だ。
8月下旬以来、福島第一原発から海に放出されている排水は、中国の原発群から毎年放出されている排水と同様のやり方で、放射性物質を国際基準を下回る濃度まで薄める処理を施してある。
福島第一は津波で損傷したが、そこからの排水は処理によって、平常運転している世界の他の原発からの排水と同じ水準になっている。福島排水問題は誇張や間違った推論に満ちているという分析が、日本の「敵」であるロシアのメディアにも出ている。
(‘Nuclear’ Fukushima water is toxic, but not the way you think)
中国政府は福島原発からの排水を強く非難したが、それは日本国内での誇張や間違った推論を積極的に援用している。中国がなぜそんなことをしたかというと、それは世界に原発を売り込んでいる中国にとって、日本の原発がライバルだからだ。
中共は、自国の原発をうまく世界に売り込むため、ライバルである日本の原発がいかにダメかということを強調(誇張)する策として、福島排水問題で日本を猛烈に非難した。
複数の原発建設を計画しているトルコでは、日本やフランス、中国、ロシア、韓国が受注競争を展開していたが、日本とフランスは脱落し、次の契約は中国が最有望になっている。今後世界が非米化するほど、世界への原発輸出競争は、中露が優勢になり、日仏韓は不利になる。
(Turkey, China near agreement on nuclear power plant)
中国は、世界経済を米国の傘下から自国の傘下に付け替えている。それは成功する可能性が日に日に強まっている。
日本や韓国は、早く対米従属をやめて中国と組んだ方が長期的な発展につながる。安保的にも、好戦的で悪い戦争ばかりやっている米国より、安定を好む現実派の中国と組んだ方が良い(日米のマスコミ権威筋はこの分野でウソばかり書いている)。
だが、米国は日韓など同盟諸国を対米従属の監獄に閉じ込め、脱獄して非米側に転換することを許さない。安保条約やG7やNATOの監獄性は今後さらに強まる。
欧州や日韓が非米側に転向できないと、非米側の資金と技術の供給源は中国だけになり、世界に対する中国の覇権が強まる。同盟諸国を監獄に閉じ込めて非米化を許さないのは、米上層の隠れ多極主義者たちによる中国強化策である。
(米国の多極側に引っ張り上げられた中共の70年)
欧米日の反原発派も、阻止妨害できるのは欧米日の原発だけで、中露の原発に対しては無意味に文句を言うだけで止められない。「気候危機」もインチキで、温暖化対策は米国側だけを経済自滅させる。非米側は対策をやると言いいつつやらない。
米国側の市民運動は、隠れ多極派や中露の(うっかり)傀儡になっている。軽信しやすい左翼リベラルを動かしているのは米諜報界の隠れ多極派だと考えられる。
(Do Not Declare a “Climate Emergency”)
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