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サウジ主催ウクライナ和平会合の真意
2023年8月7日
田中 宇
サウジアラビアがジェッダで8月5-6日に、米中など約40か国を集めて「ウクライナ和平会合」を開いた。「和平会合」と銘打っているが、ウクライナとロシアとの間の和平や停戦を推進するものではない。ロシアが招待されておらず、片方の当事国がいないので和平も停戦もできない。
(Ukraine seeks global support for peace blueprint in Saudi talks)
(Bringing in BRICS)
会合の基盤は、ウクライナのゼレンスキー大統領が提唱してきた「10項目の和平提案」だ。この提案には、住民がロシア系でウクライナに弾圧され続けてきたのでロシアが併合したドンバスやクリミアなどの失地をウクライナが奪還することが盛り込まれているが、奪還は実現不可能だ。
ロシアは2014年以降、ウクライナがドンバスやクリミアの露系住民(ロシア人)への弾圧を強めたので、軍事行動によって両地域をウクライナから切り離し、住民投票の民意に沿って両地域をロシアに併合した。両地域の併合はロシアの邦人保護策であり、国家として正当な行為だ。非米諸国の多くがロシアの立場を認めている。
(What is Zelenskiy's 10-point peace plan?)
極悪なのはロシアでなく、ウクライナを政権転覆して露敵視の政権にして露系住民の弾圧を強めさせた米国(米英)だ。米傀儡のゼレンスキーの「和平提案」は、和平とは名ばかりで、実際はロシアと永久に戦い続けようとする米英の露敵視策の一つだ。
戦争は6月のウクライナ軍の「反攻」が失敗した後、米欧がどんなにウクライナに軍事支援してもロシアに勝てないことが確定している。この戦争は、軍事的にも倫理的にも、ウクライナと米国側の敗北が確定している(NATOが直接ロシアと戦争すると核戦争になるのでやれない)。米国側の多くの人が、マスコミに洗脳されて「ロシアが悪い」「ウクライナが勝つまで応援せねば」と間違った善悪観を持たされている。
米政府は、人々に間違った善悪観と戦況認識を持たせ、敗北が確定したウクライナをロシアと戦わせ続けている。今回のサウジの「和平会合」は、この米国の戦争戦略を支持ないし黙認してくれる諸国を集めて「今後もずっとロシアと戦うぞ !!!」と勝どきをあげる決起集会みたいなものだ。この手の「和平(のふりした戦争継続)会合」は6月にコペンハーゲンでも開かれた。今回はその延長だ。
(Saudi Arabia and Russia clash over Ukraine and oil)
(ロシアでなく欧州を潰してる)
日欧G7など米国側の先進諸国は米傀儡だから、積極的に洗脳されたがり、この手のインチキ会合に喜んで出席する。前回の会合が、米傀儡であるEUのコペンハーゲンで開かれたのも自然だ。
だが、今回の主催者はサウジだ。しかも中国も参加している。サウジは昨秋中国と戦略関係になって以来、米国と疎遠になり、非米側に入っている。中国は、前回コペハゲ会合に誘われても誰も行かなかったのに、今回は直前に外交官の参加を決めた。
中国やサウジは、ウクライナ開戦後、表向き中立な姿勢をとりながら、非米側が米国の金融覇権体制から離脱して独自の金資源本位制に移行するロシア主導の動きに同調し、実質的にロシア支持の姿勢をとってきた。
(China to attend talks on Ukraine in Saudi Arabia that exclude Russia)
米国の世界戦略は好戦的でヒステリックになるばかりだ。中国もサウジも近年、米国からしだいに強く敵視制裁されるようになり、このまま米国中心の経済体制の中にいたら、いずれロシアのように米国から経済制裁されて潰される。
ならばその前に、ロシアと一緒に非米的な経済体制を創設して米国側経済への依存を弱めておき、いずれ米国から制裁されても潰されず、むしろ制裁する米国側の方が不利になる新態勢を作った方が良い。中国やサウジにとって非米化は合理的な安全保障策だ。
(Russia is making its biggest geopolitical shift for 300 years. Here’s how it’s playing out)
米中心の経済体制は金融バブルが肥大化しており、いずれ金融破綻する運命にある(だから米国は、非米側への好戦的な支配とピンハネを強めている)。これから発展するのは米国側の先進諸国でなく、非米側のBRICSや途上諸国だ。非米側が米国側を見限って結束し、自前の経済システムを持つのは当然だ。
中国やサウジはそのように考え、ロシアに協力してきた。中国は、昨秋サウジに急接近して戦略関係を構築し、すでに親中国なイランと、新たに親中国を強めたサウジとの和解を仲裁した。サウジもイランも大産油国であり、中国の動きは、石油など資源類の利権が重要になるロシア提唱の金資源本位制の経済戦略に沿っている。
中国は最近、インドネシアなど他の資源大国にも接近している。ロシアは資源大陸であるアフリカに接近している。ロシアとサウジはOPEC+で仲が良い。中露サウジが結束し、非米側の金資源本位制の経済システムを構築している感じが強い。
(BRICS has a China problem, and it is a bit concerning)
それなのに今回、和平とは名ばかりの、米ウクライナ主導のロシア敵視会合をサウジが主催し、中国も参加した。中国やサウジは、ロシアを裏切ることにしたのか??。歪曲報道だらけの米国側マスコミを軽信している人々は「中国やサウジは、自立した経済体制など作れないと悟り、ロシアを見限ったんだ」とか「ロシアはいずれ潰れる」と言いそうだ。
私から見ると、これらの見方は間違いだ。非米側とくに中国は、既存の米経済覇権体制の中に居続けたら、米国から敵視制裁ピンはねされる度合いが強まるばかりだ。だから中共はトウ小平主義の親米的な集団指導体制を捨てて、非米反米的な習近平の独裁体制に移行したのだ。中国は、ロシアやサウジと組んで非米側の経済体制を作っていくしかない。再転換は不可能だ。
それにロシアは潰れる方向にない。露経済は、米国側から強烈に制裁してもプラスの成長を続けている。米国に経済制裁されても成長するロシアの例は、他の非米諸国が露主導の資源本位制を採用することにつながっている。最近為替がルーブル安だが、これは露政府がルーブル建ての石油ガス資源類の輸出価格を増大させて、見かけ上の露政府の収入を増やすための意図的な策だ。
(Why did the Russian ruble fall again?)
(Wall Street Reaped Ruble Fortune on Clients Fleeing From Russia)
中国やサウジがロシアを見捨てたのでなければ、なぜサウジが米国側の露敵視会合を主催して中国がそこに参加したのか。私の勘ぐりは以下のようなものだ。
「中露サウジなど非米側は、自分たちの資源本位制の経済システムの構築に時間がかかる。その間、非米側の結束を維持するため、ウクライナ戦争の構図が継続され、米国側と非米側との決定的な経済分断が維持されている方が良い。ウクライナはすでに負けているので、放置すると、ウクライナ支援や露敵視をやめて中露と和解した方が良いという意見が欧米で強まってしまう。それを防ぐため、中国やサウジはあたかもロシアを見限ったかのような演技を開始した・・・」
(Here’s why building a new world order to break Western hegemony won’t be an easy task)
(米覇権ゾンビの裏で非米側が新世界を構築)
非米側は、ウクライナ戦争の構図がしばらく続いた方が良いので、サウジが米国側の露敵視会議を主催し、中国も参加した。露政府は仏頂面をしているが、おそらく事前に中国サウジと話し合い、露敵視会議のサウジ開催を了承している。
すでに何度も書いているように、プーチン自身、ウクライナ戦争に勝ったのに勝ってないふりをしており、中国サウジと一緒に戦争構造長期化の演技をしている。ルーブル安も、前述のように経済的に露政府に好都合だが、政治的にも米国側マスコミに「ルーブルはどんどん下落している。ロシアはもうダメだ」と歪曲報道させられるので、露の「弱いふり」戦略になる。
(Saudi meeting ‘an attempt to create anti-Russian coalition’ - Moscow)
(Russian Ruble Jitters and a Potential ‘Free Fall’)
6月末のコペハゲの露敵視会議には、サウジや、BRICSの中のインドブラジル南アもも参加している。サウジは前回参加からの流れで今回の会議を自国で開いた。6月には、すでにウクライナの最後の決戦地だったバフムトを露軍(というかワグネル)が陥落・解放し、戦闘が露の勝ちで事実上終結していた。
6月にはすでに、ウクライナ戦争構造を長期化させる何らかの演技が必要だと、非米側(と米ネオコン=隠れ多極派)が考え始めていた可能性が高い。6月末のコペハゲ会議から、非米側の分裂演技が始まっていたのかもしれない。
その前の5月には、サウジが盟主をしているアラブ連盟のサミットがゼレンスキーを招待した。これも、今につながる「サウジ裏切り演技」の開始点だった。
(ウクライナ戦争体制の恒久化)
('Nuances exist' among BRICS members regarding group's potential expansion - Kremlin)
サウジが露敵視会議を主催したこと以外にも、最近、非米側が内部分裂している感じを演出するためと思われるニュースがあちこちから出ている。7月末には、ロシアに入国しようとした中国人旅行者が「露当局によって不当に入国拒否された」として中国がロシアに食ってかかった、という報道が出た。中露は本来、この手の話を非公開にしておける。わざわざ報道が流れたのは、中露が不和を演出したいからだろう。
BRICSでは、参加国拡大に積極的な中国と、消極的なインドやブラジルとの意見対立が表面化している。これも、BRICSは会議の内容を全く非公式にしているのだから、意図的に情報漏えいさせない限り表面化しない。
中東ではサウジだけでなくトルコも、ロシアとウクライナを仲裁する役目を演じている。サウジとトルコは組んで捕虜交換や黒海穀物協定のまとめ役をやってきた。トルコもサウジも、表向き米国側にいるが、実体はすでに非米側だ。
(Saudi Arabia and Turkey are emerging as the new peace brokers of the Russia-Ukraine war)
(How the Brics nations risk becoming satellites of China)
米国側の金融市場は、崩壊しそうでしない延命状態が長引いている。10年もの米国債の金利が4%を超えて大きく上昇するとドルの崩壊感が強まるが、米連銀の利上げなどによって4%を超えて上がると、数日後に4%に戻ることが繰り返されている。ドル崩壊とともに1オンス2000ドルを超えて大きく上がるだろう金相場も、ずっと2000ドル以下に閉じ込められている。
これらのドル延命の状態も、非米側が自分たちの新システムの準備に時間をかけられるので好都合だ。BRICSが金本位制を意識しているのに、金相場は上がらない。不可解と思えるが、非米側がドル延命を望んでいることを考えると不可解でなくなる。
(ドル崩壊しそうでしないのはなぜ?)
BRICSが8月末のサミットで共通通貨の新設を発表したら、米国と非米側との金融戦争になるのでないかと以前書いたが、そうなると非米側の経済体制は準備が整う前に攻撃される。中国の米国債放出などの反撃によってドル崩壊も早まる。
その展開は、非米側にとって望ましくない。だからBRICSは新通貨の創設を急がず、ドル延命もしばらく続くのでないか。
先日露政府が、年内にデジタルルーブルを発足させるべく法整備を発表した。BRICS新通貨の前に、BRICS各国がデジタル通貨を新設し、非米諸国間の貿易でBRICS各国のデジタル通貨が使えるようにするのかもしれない。デジタル通貨が実用化できれば、SWIFT代替の銀行間送金システムが確立していなくても、非米側は米国と無関係に貿易決済できる。まずはそっちだ。先は長い。
(BRICS新通貨登場でどうなるか)
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