BRICS新通貨登場でどうなるか
2023年7月2日
田中 宇
中露印ブラジル南アで構成するBRICSが8月に開く年次定例サミットで、米ドルに替わる非米側の基軸通貨としてBRICS共通通貨の創設を決めそうだ。
新通貨は、非米側の諸国間の貿易決済に使うためのもので、ドルを潰すことが主目的でない。米国が非米側を理不尽に経済制裁してドル利用を禁止しまくるので、非米側はドル以外の基軸通貨が必要になった。悪いのは米国であり、ライバル登場は自業自得だ。
非米側がドル潰しを目的にしていなくても、米国にとって非米側の基軸通貨創設はドル潰しや覇権乗っ取りに見える。米国は、新通貨を潰そうとする金融戦争を起こしそうだ。何がどうなりそうか、考えておく必要がある。
(Brics Summit 2023: Is the Gold-Backed Digital Currency Coming?)
(The Biggest Monetary Shock In 52 Years)
まず、BRICS共通通貨はうまく機能して使い物になるのかどうか。「新興で未経験のBRICSが基軸通貨を作っても失敗する」という見方が米国側にある。私が見るところ、この見方は間違いだ。
新通貨の創設にはIMFが事務局として深く関与している。IMFは戦後の基軸通貨としてのドルを守るために作られた国連の「ブレトンウッズ機関」で、国際通貨体制の運用経験が豊富だ。IMFの肝いりなのだから成功する可能性が高い。
ドル崩壊の始まりだった2008年のリーマン危機後、IMFは崩壊するドルの代わりにSDRを世界の基軸通貨にすることを模索し、中国など非米側も賛成したが、覇権維持にこだわる米国は拒否・無視してきた。
SDR(特別引き出し権)は、ドルの金本位制が崩れた1971年のニクソンショック(金ドル交換停止)の2年前、ドルに代わる基軸通貨を意識してIMFが用意した備蓄システム(通貨)で、世界の主要な諸通貨の加重平均した値になっている。
米国はニクソンショック後もドルの基軸性に固執し、他の諸通貨(マルク円ポンドなど)が協調介入などでドルを支えて延命させるG7の体制が形成され、さらには債券金融システムが米金融バブルを無限に膨張させたため、SDRは出番がくるのを米国に阻止され続けた。
SDRの源流には、1944年のブレトンウッズ会議で「ドルでなく、金本位制の国際新通貨(バンコール)を作って基軸通貨にしよう」と提案したケインズ案がある。
(US prompting world to turn away from dollar – IMF official)
米国側の「金融専門家」(実はドル傀儡の歪曲情報プロパガンダ屋)たちは「机上の数値でしかないSDRが、実際の通貨として機能するわけない。現実の基軸通貨はドルしかない」と言ってきたが、IMFは、SDRが実用になると考えて提案してきた。世界最高の経済学者(笑。実は英諜報員)であるケインズがもともとの提案者なのだから、機能しないはずがない。
BRICS通貨は、そのSDRをたたき台にして作られる。BRICS通貨は、米国側を除いた非米側の諸通貨だけで構成されるSDRである。米プロパガンダ屋たちは今後も「BRICS通貨なんて機能しない。ドルしかない」と喧伝するだろう。しかし現実はそうでない。ケインズ以来のIMFの長い経験に基づき、SDRもBRICS通貨もうまく機能する。
( Macron's Bid to Join BRICS Summit Signals Rift Within G7)
IMFがBRICSと組み始めたのは最近でない。2008年のリーマン危機でドルが崩壊の過程に入った後、世界経済の最高意思決定機関が米国中心のG7から、非米側も入れたG20に移った時、IMFがかしずく先も米国から中国など非米側に移った。
その後も、ドルはすぐに崩壊していかず、米欧日の中央銀行によるQE(造幣による債券買い支え)によって延命した。G20は、米国側と非米側の内部対立がひどくなり機能不全に陥った。しかし、ドルが延命しているだけでいずれ崩壊する現実は変わらず、IMFはドル崩壊後の通貨システムを準備するため、中国やBRICSなど非米側に協力してきた。
昨春のウクライナ開戦で米国側と非米側の経済分断が決定的になり、非米側がドルに替わる国際決済通貨を必要とする度合いが強まり、IMFが用意してきたSDRのシステムがBRICS共通通貨として具現化することになった。こうした経緯を見ると、BRICS新通貨はうまく機能する可能性が高い。
(中国を世界経済の主導役に擁立したIMF)
(G20は世界政府になる)
新通貨がうまく機能すると、それはドルと米覇権にとって脅威になる。米国側のマスコミや権威筋はおそらく、新通貨の創設後、最初は無視・軽視するだろう。
だが、裏では脅威と感じるだろうから、米国側(米金融界のヘッジファンドなど)は早晩、金融のちからを使って新通貨を潰そうとする。通貨の創設直後でなく、何か月か経ってから金融戦争になるかもしれない。
(Fragmentation of World Economy Now Irreversible - Russia’s Representative at IMF)
BRICSの中で、ロシアは米国側が徹底的に経済制裁したが、まだピンピンしている。露経済は、他の非米諸国への資源類の輸出によってむしろ好転している。実質賃金が増え、失業が減っている。ロシアが経済崩壊しそうだという米国側マスコミの喧伝は全くのウソだ。
米国側は、金融を使ってロシアを潰せない。中国も、潰そうとすると米国側への反動が大きいので攻撃しにくい。米国側が金融攻撃するとしたら、皮切りは中露でなく、ブラジルやインド、南アフリカといった、まだ米国側(自由市場)にも足を突っ込んだままの中間的な諸国に対してでないか。
(Russia’s unemployment drops to all-time low)
どのように始まるにせよ、米国側がBRICS通貨を攻撃すると、それは米中の金融分野での「果たし合い」へと発展していく。
米国の金融覇権の源泉は、ドルの基軸性と、無限にバブル膨張できる債券金融システムの資金力だ。これらの金融力が残っている限り、米国は弱体化しても中国など非米側を金融攻撃して脅威を与え続ける。非米側を主導する中国は、米金融システムを完全に破壊しておく必要がある。
非米側を主導する中国としては、米国から売られた金融戦争の果たし合いの喧嘩を積極的に買い、逆に米国の金融バブルを不可逆的に劇的に崩壊させ、米国の「金融兵器」を完全に潰そうとする。
(Regional banks trying to unload commercial real estate loans as new crisis looms)
米覇権を潰せるなら、習近平は、中国が持っている米国債を売り放って長期金利を高騰させて潰すなど、中国が一時的に大損してもかまわずにやりかねない。政治的に勝てば、経済的な損失は回復できる。習近平は、自国の金融バブルも潰している。
米国側の金融バブルが二度と膨張できないように債券金融システムを潰せば、ドルの基軸性も消える。BRICS通貨の創設に始まる話は、米国の金融バブルとドル基軸の崩壊に行き着く。
この米中金融戦争で、中長期的に、米国が勝つ見込みは少ない。米国の金融システムは、米連銀の資金注入(QTによってQEを減らす代わりに銀行救済資金の注入増加)によって何とか延命しているだけで、すでにとても脆弱だからだ。
(Fed Emergency Bank Bailout Facility Usage Hits New Record High; Retail Money-Market Fund Inflows Continue)
米国側とドルの金融バブルが崩壊し、覇権が米国側から非米側に移ると、その後は非米側の金融がバブルになって肥大化していくのでないか??。そう懸念する人もいるだろう。だが、それはない。
非米側がいま構築している金融システムは、金地金や石油ガスなど資源類の価格と固定相場で連動する「金資源本位制」を目指している。この制度は、旧来の金本位制を拡張し、金地金だけでなく石油ガスや希土類など他の資源類の価格も固定し、BRICS共通通貨の価値を資源類の価値で縛るのでバブル化しない。
(ドルを否定し、金・資源本位制になるロシア)
(資源戦争で中国が米国を倒す)
これまでの米国側の資源類(コモディティ)の価格は、現物の実際の取引を伴わない信用取引が米金融界によって巨額に行われ、それで相場が大きく変動させられてきた。米金融界は、信用取引によって資源類の価格決定を支配し、そのパワーで、現物の資源類を産出する非米諸国を経済面から支配してきた。
この資源への支配が、米金融覇権の一つの側面だった。冷戦後の米金融覇権は、債券金融システム(米英)が実体経済(非米側や日独)を支配して劣位に置くことで成り立っていた。
非米側がウクライナ開戦以来構築している金資源本位制は、こうした米金融界の資源支配を無効にしていく。非米側での信用取引は今後も存在するが、現物の取引と結びつき、現物取引を円滑化・補完するものだけが許される。
(世界は意外に早く多極型になる)
非米側では、資源類の取引のほとんどを国家の機関や国有系の企業が担っている。金資源本位制の主導役は国家になる。BRICS共通通貨を保有・利用するのも、当初は国家機関や国有企業に限定される可能性がある。
今後の非米側による世界経済の支配は、世界経済の「再国家主義化」「再国有化」である。これまでの米覇権下では、民間の投資家や企業が国家を無視して大きな力を持っていたが、そのような時代は終わる。
米国の民間金融勢力が、信用取引やデリバティブなどを駆使して資源類の相場を乱高下させて世界を支配していた体制は、非米側の国家勢力(とくに中共)によって潰される。米覇権を支えてきた民間至上主義や市場原理主義は、ネオコン的な「やりすぎ」によって自滅させられていく。
ロンドンNYシカゴなど米国側のコモディティ市場の相場は今後も存続するが、それは現物に裏打ちされない金融界の妄想的な存在になり、影響力が低下していく。基軸通貨がドルからBRICS通貨に移ることは、石油の貿易決済をどの通貨でやるかという「ペトロダラー」の話よりもっと深い、上記のような意味がある。
(Gold's Steady Migration From West To East)
「自由市場の価格変動は需給を反映した良いもの。固定相場は硬直した悪いもので、かつての社会主義の計画経済のようにいずれ破綻する」という見方がある。非米側が構築している金資源本位制は資源類の固定相場制だから、この見方に基づくと脆弱だという話になる。
実際は、固定相場だから破綻するのでなく、価格の見直しなどを柔軟にできる体制にあれば成功するし、そうでなければ破綻するという話だ。石油ガスは昔から長期契約が多く、それらは固定相場になっている。
それに、米国側のこれまでの自由市場の価格変動は需給の反映でなく、金融界による資源支配・非米側支配の動きを反映したものでしかなかった。ニクソンショック前は、いろんなものが固定相場だった。ずっと前から、そもそもの経済論が歪曲されている。経済学は本質的に詐欺である。
(The Coming Shock To The Global Monetary System)
従来の米国覇権下では、資源類の価格だけでなく、諸国間の通貨の為替も変動相場で、金融界によって揺さぶられ続けてきた。今後非米側とBRICS通貨が世界の中心になると、資源類の価格だけでなく、諸通貨間の為替も固定相場になるのでないか。
為替を変動相場制にしておくと、米国側の金融界の残党が、為替を揺さぶって非米側の新体制を破壊しようとするだろう。BRICS通貨ができた後、既存の非米諸国の通貨がどうなるのか全く発表されていない。
未確定なことが多いが、世界はニクソンショック前、いやむしろ「バンコール」まで戻ってやり直していく。英MI6(ケインズ)でなく中共やプーチンらが主催する、真に多極型・逆地政学のバンコールがBRICS通貨だ。
(The Reset: When Will Globalists Attempt To Introduce Their Digital Currency System?)
非米側が構築しているこれからの世界体制は、国家、とくに中国やBRICSなど諸大国の力がすごく強くなる。これまで世界経済を牛耳ってきた米国側の金融界や民間の(小物)投資家たちは、諸大国によって大幅に制限されて無力化される。
それを実行するための道具として、新設するBRICS通貨は「中銀デジタル通貨(CBDC)」になる。物理的な紙幣を発行しないCBDCは、発行体である政府(中央銀行)が、通貨を使うすべての人の動きを監視できる。
米金融界の勢力がBRICS通貨を入手して非米側のどこかで何かを売り浴びせて金融危機を起こそうとしても、その過程で非米側の当局に発見され、何らかの罪をでっち上げられて取り締まられ、資金を没収されて潰される。
(Watch: IMF Managing Director Says "We Are Working Hard On A Global CBDC")
非米側が中心になった世界では、ヘッジファンドとかオフショア市場とか、当局から見えないところで蓄財する勢力が根こそぎ潰される。習近平を批判する言論人だけでなく、こっそり蓄財しようとするお金持ちもすぐ見つかって取り締まられる。
CBDCと中共などによる世界支配で、言論の自由は消失するが、同時にバブルを膨張させて儲ける金融界も消失する。国家を超越しようとする資本家も消される。2020年に中共を批判した後にしばらく行方不明にされたアリババ創業者のジャック・マーがそのはしりだった。
(This Period Of De-Globalization Is Temporary: 'Global Money' Is Coming)
BRICS通貨や金資源本位制など、非米側が構築している「米国後」の世界体制は、まだ実体がほとんどわかっていない。私の今回の記事も、とりとめがない。金資源本位制の本質をつかむことが大事だが、それも十分にできていない。書ききれなかったこともある。今後もこのテーマについて書いていく。
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