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中東和平も仲裁する中国

2023年4月19日  田中 宇 

サウジとイランを和解させた中国が、サウジと協力してパレスチナ問題の中東和平を仲裁し始めた。パレスチナでは相変わらず、ガザのハマスとイスラエル軍が相互に砲撃し合ったり、エルサレムの神殿の丘(上がイスラム聖地、横の崖がユダヤ聖地)で礼拝に来たイスラム教徒にイスラエル側が暴行したりしている。これらの展開に対し、中国の秦剛外相が4月17日、イスラエルとパレスチナ自治政府(PA)の両方の外相らに電話して事態の沈静化を求め、中国が仲裁するから和解しないかと提案した。 (China Trying Its Hand At Israel-Palestine Peace) (China ready to facilitate Middle East peace: state media

秦剛とイスラエルのエリ・コーヘン外相との電話会談では、自制を求め、対話を提案した秦剛に対し、中国がサウジとイランを和解させたのでイランの気が大きくなって核武装が早まったとコーヘンが言い返した(本当はイランは核兵器開発などしていないが)。 秦剛はその後記者会見し、中国が中東和平の構築に建設的な役割を果たしたいと表明した。中東和平は2014年から頓挫している。 (China Brings Peace To Yemen, Syria And ... Palestine?

双方に自制や事態の沈静化と対話再開を求め、中東和平に建設的な役割を果たしたいと表明する・・・。これは米国がオスロ合意以来30年間ずっとやってきたことだ。しかし、中東和平は全く進んでいない。いまさら中国が言ったって変わるわけないだろ。そう思う人が多くて当然だ。 しかし、米国の政治は中東和平を進ませたくないイスラエル系にずっと牛耳られてきた。大統領府などが和平を進めたくても、米政界の各方面から妨害が入る。米国の中東和平努力は「ふりだけ」だった。 米イスラエルは、イランを敵視し、サウジとイランを対立させて、中東を平和から遠ざけてきた。 (Diplomacy for Peace, Dead in US, Blossoms Elsewhere) (‘No Unipolar World Anymore’: Iranian FM Spox Says US No Longer Superpower

対照的に中国は、先日のイランとサウジの和解仲裁の実績がある。これまで覇権国である米国は、和解したいサウジにイラン敵視を強要するばかりだった。しかし、中国が仲裁したら一発で問題が解決した。 サウジとイランはその後北京で外相会談してどんどん親密に。イランの大統領がサウジを訪問し、サウジ国王がイランを訪問する話が進んでいる。両国間の代理戦争だったイエメン戦争も、捕虜交換などで和解が実現しつつある。 (Iran invites Saudi Arabia's King Salman to Tehran after agreement) (サウジをイランと和解させ対米従属から解放した中国

中国が中東和平をやり出したことは、サウジとイランの和解と連動している。中国が仲裁したサウジとイランの和解は、単に2国間が和解する話でなく、サウジとイランが仲良くなり、中国やロシアの協力や後ろ盾を得ながら、これまで米国が破壊してきた中東各地の平和と安定を再構築していく動きだ。パレスチナやシリアの問題解決も、それに含まれている。 中東ではこれまでサウジが親米(傀儡)勢力を支援し、イランが反米勢力を支援する形で、米英イスラエルが植え付けた対立構造が維持されてきた。サウジとイランが和解すると、傘下の勢力どうしも和解して中東が安定していく。 (Saudi Arabia: When Being Neutral Isn’t Neutral Anymore) (Multipolarity is about a fair redistribution of power, which the West refuses to accept

パレスチナでは、ガザのハマス(イスラム主義)がイランに支援され、西岸のパレスチナ自治政府(もと社会主義のファタハ)がサウジに支援されてきた。 両者の対立は2006年に、反米のハマスが勝つと予測されていたのに米国が無理矢理パレスチナで選挙をさせ、選挙結果を認めないファタハの自治政府が西岸に居座り、ガザだけハマスのものになる分裂状態が意図的に作られて固定化した。 (ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」) (High-ranking Hamas delegation in historic visit to Saudi Arabia to mend ties

今回、中国が中東和平に協力すると発表したのとほぼ同時に、ハマスと自治政府(ファタハ)の代表がサウジのリヤドに招かれて会談した。 これまでの米覇権下でも、サウジなどが両者の和解を試みていたがうまくいかなかった。それが今回、中国の影響下で和解が進みそうな感じになっている。中国がうまいのでなく、米国が隠然と妨害してきた。 パレスチナ側が分裂を解消して再団結すると、中露サウジイランが全体としてイスラエルに早く和平を再開しようと加圧できる。 (Saudi Arabia hosts top Palestinian Fatah and Hamas officials) (Palestinian President Abbas visits Saudi Arabia to ‘strengthen’ relations

中東和平の推進で、パレスチナの内部分裂を解消するのは割とやりやすい部分だ。困難なのは、イスラエルを譲歩させて和平を実現する部分だ。米国の中東戦略の立案を牛耳っているイスラエル系の政治勢力は「親イスラエルのふりをしつつイスラエルを潰したい勢力」だ。 彼らはイスラエルでは入植者集団であり、2国式和平構想におけるパレスチナ国家の予定地であるヨルダン川西岸に違法入植地をどんどん作り、中東和平の進展を妨害してきた。入植者はリクードの多数派を形成してイスラエルの政界と政府を握り、入植地の拡大を続けている。 (世界を揺るがすイスラエル入植者) (イスラエルが対立構造から解放される日

イスラエルに牛耳られた米国が中東の覇権を握る限り、イスラエルは無敵だ。だが、この状態は米覇権喪失によって間もなく終わる。イスラエルは唯一絶対の後ろ盾を失う。中東和平に参加して譲歩が必要になるが、米イスラエルを牛耳る入植者は譲歩を拒否している。 昨年、反リクード勢力が連立して政権をとったが、結局何もやれなかった。昨年末の選挙で首相に返り咲いたリクードのネタニヤフの方が、入植者を引っ張りつつごまかして和平をやれるかもしれない。 (Saudi-Israeli normalization drifts further away as Riyadh courts Iran

入植地のほとんど(パレスチナ側の交通の要衝を占領している土地以外)をイスラエル側に残しつつ、同じ面積の代替地(主に砂漠だが)をパレスチナ国家に譲渡するやり方であれば、リクード内の入植者の大半の賛成を得られるかもしれない。 パレスチナ国家はエルサレムが首都でないとダメだが、これもユダヤ人にとって大事なエルサレム旧市街でなく、今のエルサレム市域の端の方(アブディスなど)をパレスチナの首都にする。 (トランプのエルサレム首都宣言の意図

これらは米国のトランプ前大統領が提案した「なんちゃって和平案」でもある(もともとはイスラエルのオルメルト政権の提案)。なんちゃってだが、これぐらいしか実現可能な2国式の和平策はない。 米国はトランプを(不正に)落選させてしまい、その次の現バイデン政権は中東和平をやる気がないので、今の米国はオルメルト・トランプ案を推進する人がいない(少なくとも再来年まで)。 米国はやれないが、中国ならやれるかもしれない。米国側から中国側に寝返ったサウジの権力を握るMbS皇太子は、2017年にトランプに誘われてオルメルト・トランプ案を推進し、その実現によってイスラエルと和解しようとしていた。 (イランを共通の敵としてアラブとイスラエルを和解させる

当時のサウジ王政には「なんちゃって案でなく、もっときちんとした2国式でないとダメだ」と主張する勢力が大きかったようで、トランプの再選不能によって中東和平は頓挫した。だが、実現可能な中東和平はオルメルト案しかない。 トランプでなく中国がMbSと組んで、オルメルト案に基づく2国式の中東和平を進めることは可能だ。あとはイスラエルが、国内(入植者)の反対を乗り越えて和平を実現できるかどうかになる。 (トランプから離れたサウジ

▼先にシリアが解決する

中東では今、パレスチナ問題より先に、シリアの問題が解決しそうだ。これまで米傀儡としてシリアのアサド大統領を敵視してきたサウジが、敵視をやめて5月のアラブ連盟サミットにアサドを招待して再加盟させてやる話が進んでいる。 シリアの戦争は、米国が勝手にアサド政権のシリアを敵視して、米諜報界が育て、サウジがカネを支援してきたアルカイダ・ISISに兵器を支援してアサド政権を武力で倒そうとした代理戦争だった。 (D.C. Think Tanks Seething With Anger As Saudis Welcome Syrian Foreign Minister

米国では諜報界が勝手に動いてシリアを戦争にした。当時のオバマ大統領は戦争の泥沼化を嫌ったが、「アサドは極悪」というレッテルが固定化されており、米諜報界や軍産複合体を統制できなかった。 オバマは、代わりにロシアに頼んでアサドのシリア政府軍を露空軍が助ける構図を作ってもらい、ロシアが空軍で、イランが地上軍でアサドを助けて勝たせていった。 (シリアをロシアに任せる米国

シリアにはいまだに200人ほどの米軍が駐留している。サウジなどアラブ諸国がアサド政権と仲直りする動きが完了すると、アラブとイランとロシアが連名で米国にシリア撤兵を求めることになる。 シリアと同時に、イラクに駐留する2千人ほどの米軍にも、同様の撤兵要請が行われるだろう。中東での米軍駐留は大幅に減る。 シリアとイラクに米軍が駐留してきた理由の一つは、米政界を牛耳っていたイスラエルがそれを望んでいたからだ。 シリアもイラクも米軍の駐留数は少なく、米国が中東を支配しているという政治的な象徴の意味が大きかった。それらが撤兵すると、米国の中東覇権が終わった感じが強まる。 (US softens rhetoric on Arab outreach to Syria’s Assad

▼フランスの「覇権の落ち穂拾い」

米国側で中東覇権を持っているのは米国(米英)だけでない。19世紀から英国のライバルを演じさせてもらっていたフランスも、なにがしかの中東覇権を持っている。フランスは、米国が撤退した後も中東の覇権を維持したい。だからマクロンが北京に行き、新たに中東で覇権を持つ中国(中露)に対し「協力するので、見返りに以前からのフランスの中東覇権も認めてほしい」と頼んだ。 (欧州を多極型世界の極の一つにする

北京でのサウジとイランの外相会談は、フランスのマクロン大統領の訪中と重なっており、北京で久々の仏イラン外相会談も行われた。フランスは中国に頼み、米国が棄てたイラン核合意(JCPOA)の枠組みを主導させてもらおうとしている。 マクロンは外交得点を稼ぐため、中国と一緒にパレスチナの中東和平もやりたいはずだ。 (In China, Macron eyes bigger role for France on Iran and Middle East

フランスと対照的に、英国は最近あまり覇権運営の分野で出てこない。英国は戦後、米国を黒幕的に操ることで覇権を維持してきた。最近は米国が自滅的に覇権放棄しているので、英国は米国と無理心中させられている。 AUKUSやTPP加盟など、英国独自の中露敵視策も試みられているが、中国は英国を米国以上に嫌っており、英国は凋落が激しくなっている。 (Why is Beijing trying to join an anti-China trade bloc and can it succeed?



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