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米連銀はQEやめてない。それでもドル崩壊するのか?

2022年3月18日  田中 宇 

米連銀(FRB)が3月17日に発表した16日時点の資産総額は9兆0038億ドルで、1週間前(3月9日)より437億ドルも増えていた。史上初めて9兆ドルを超えた。連銀は、この1週間で437億ドルのQE(通貨を過剰造幣して債券などを買い支える策)をやったことになる。連銀は、3月9日でQEをやめたと伝えられてきたが、実は何も発表しなまま、いまだにQEをやめずに続けている。この1週間の増加分がQEでなく何らかの調整で、これからの3月後半に連銀資産が大幅縮小するかもしれなが、そうでない場合、米連銀はウソをつきながらQEを続けていることになる。その前の週(3月2日から9日まで)には連銀の資産が67億ドル増えている。連銀は、3月前半に504億ドルのQEをやったことになる。昨年末まで連銀は毎月1200億ドルのQEをやっていたが、月額になおすと3月前半もそれに近い額になる。(ただし、そのさらに前週の2月23日から3月2日には242億ドル減っており、この分も3月分とみなした場合、3月前半のQE総額は262億ドルに減る) (Factors Affecting Reserve Balances -- Thursday, March 17, 2022) (Factors Affecting Reserve Balances - H.4.1

米連銀は3月15-16日に政策会合を開いて0.25%の利上げを決めたが、QEについては何も表明していない。今年初めにに発表した予定通り、3月9日にQEをやめたことになっている。いま米連銀に関して最も重要なことは、利上げを初めたことでなく、QEをやめたとウソを言いつつ実はQEを続けていることの方である(インフレが9%なのに金利を2%近くまで引き上げても効果がない。そもそもインフレ原因は連銀に関係ない供給側の問題だ)。QEをやめたら金融崩壊が必至なので、やめられないのだろう。米国(や欧日)の株価は3月14日ごろから上昇傾向に転じたが、これはマスコミ喧伝の「ウクライナ戦争が終わりそうなので株が買われた」のでなく、QEの資金が注入されたからだろう。金相場は今週、1オンス2050ドル近くまで上昇したあと1900ドルまで急落したが、これもQEの資金で地金が信用売りされ、連銀がドルのライバルである地金の上昇を抑止したのだろう。 (金融大崩壊への道) (Why Gold Will Rise — The Financial System Has Changed

今のようなウソQEが今後も続く場合、ロシアがコモディティを欧米に売らない状態が長引いて欧米のインフレがひどくなっても、株や債券はあまり下落せず、金相場は上昇しにくい(連銀の利上げにより、金利は上昇傾向)。今回私は連銀のウソQEに気づく前、最近オルトメディアなどで語られている「欧米側と露中非米側が分裂し、コモディティを非米側に取られた欧米側がインフレと経済危機、金融やドルの崩壊を引き起こし、米覇権が自滅して多極化になる」という流れについて以下の文を書いていた。だが、その流れが現実になるには米連銀がQEをやめて金融とドルの崩壊を引き起こすことが必要だ。QEがずっと続くなら、いくらインフレになっても金融崩壊は起こらない。今後のインフレの激化を受けて米政界が連銀にさらに圧力をかけてウソQEをやめさせるなら金融崩壊の可能性が再燃するが、ロシアに負けぬようインフレを無視してQEを続けるのが良いという話に転換するなら、QEをやめる策自体が雲散霧消する。ドルや米覇権は意外とまだ延命するかもしれない。 (ロシアは中国と結束して延命し、米欧はQE終了で金融破綻

▼ウクライナ戦争でコモディティ利権が露中非米側に移るものの・・・

ウクライナに侵攻したロシアを制裁するため、欧米がロシアからの石油ガス穀物など資源の輸入を止めたことは、すでに昨年からひどくなっている欧米のインフレをますます悪化させ、コロナの都市閉鎖で打撃されていた欧米の実体経済をひどい不況に陥れる。ウクライナはいずれロシアの傀儡国になって落ち着きそうだが、それはロシアの勝ちであり、米国はそれを認めず、対米従属の欧日にも強要して延々とロシア敵視を続ける。欧米日は、ロシアからの資源輸入を再開できず、インフレと、エネルギー、製造業、食糧などの経済危機や不況がひどくなる。 (How Could US Sanctions on Russia Speed up De-Dollarisation and Help Rise of the Yuan?) (West’s global political and economic dominance ends – Putin

中国やインド、イラン、サウジアラビアなど、資源大国や今後の消費大国(人口大国)を含む多くの非米諸国はロシアの側につく。非米諸国はロシアの敵でも味方でもない「中立」を標榜するが、米国はロシア敵視に参加しない国々を敵とみなすので、非米諸国は「ロシア側」に押しやられる。非米諸国の中には、今後の世界経済の発展に必要な資源と消費市場(発展の余地が大きい新興の人口大国)のほとんどが入っており、それらはすべてロシア側とみなされて米欧と疎遠になっていく。世界はロシア側と欧米側に分裂していき、資源や市場など発展する要素を持つのはロシア側になる。欧米側はインフレ、物不足、貧困、金融崩壊、社会内紛など経済政治の崩壊がひどくなる。米国は覇権を失い、ドルは基軸通貨でなくなり、代わりに多極型の覇権体制になっていく・・・。 (China Warns Of Retaliation Amid US "Smears" Over Russian Assistance, Says "Not A Party" To This War) (Fiat Currencies Are Going To "Fail Spectacularly": Lawrence Lepard

ウクライナ戦争の勃発後、このような世界体制の大転換、多極化を予測する指摘が、主にオルトメディアから次々と出てきている。中でも、元米連銀・現クレディスイスのアナリストであるゾルタン・ポズサーが開戦直後に表明した「世界は米欧側がインフレと金利高でドルが基軸通貨としての地位を失い、代わりに露中など非米諸国が持つコモディティに裏打ちされた人民元や金地金など複数の基軸通貨が併用されるブレトンウッズ3の体制になっていく」という予測がよく言及されている。ブレトンウッズの1は、1944年のブレトンウッズ会議から1972年のニクソンショック(金ドル交換停止)までのドルの金本位制。2は、それからウクライナ戦争開始までの、米国債を頂点とする(金融界の)内側の通貨(inside money)の時代(債券金融システム)。これからの3は、金地金などコモディティ(金融界の外側の通貨、outside money)に裏打ちされた時代になる、とポズサーは予測している。 (Credit Suisse Strategist Says We're Witnessing Birth of a New World Monetary Order) (Credit Suisse: Ensuing New Financial Order Will Benefit Bitcoin

私から見ると、ポズサーの予測は重要な説明が欠けている。それはQEの終わりについてだ。ブレトンウッズ2(債券金融システム)の体制が先日終了した理由は、プーチンがウクライナに侵攻したから終わったのでなく、リーマン危機後に債券金融システムを延命させていた中銀群のQE策が3月9日に終わったからだ。ブレトンウッズ2は2008年のリーマン危機によって終わっており、それから最近までの14年間は、QEによってあたかも債券金融システムが蘇生しているかのような見せかけが、金融界やマスコミの歪曲説明にも助けられて作られてきた。 (That Is Perhaps The End Of Western Liberal Global Capitalism As We Knew It) (QEをやめさせる

昨年からのインフレ激化で、米政界から米連銀に対し、インフレ対策として利上げ(ゼロ金利政策の放棄)だけでなくQEの終了やQT(連銀保有の債券を手放す資産圧縮)をやれと圧力が強まった。連銀は昨秋、今年3月まででQEをやめると発表した。QEをやめたら金融崩壊する。3月のQE終了に合わせ、プーチンが露軍をウクライナに侵攻させ、米欧に対露制裁をやらせて、世界がコモディティを持つ露中日米側と、コモディティを持たずQEが膨張させた金融バブルだけ保持している米欧側に分裂する事態を誘発した。あとはQEの終了によって米欧側のバブルが崩壊して米覇権やドルが自滅するのを待つだけになったが、ここにきて米連銀がQEをやめておらず、こっそりウソQEを続けていることがわかってきた。さてどうなるか、という感じだ。 (Freeze on Russian Reserves Domino That May Topple Dollar’s World Reserve Status, German Media Warns

米欧は今後コモディティ不足やインフレがひどくなるので株や債券の下落傾向は続きそうだが、QEが続いている限り、金融崩壊の大暴落にはならない。実体経済はどんどん悪化するが、金融バブルは延命する。バブルが延命している限り、世界の通貨体制はブレトンウッズ2の債券金融システムのままで、3の非米多極型のコモディティ本位制に移行していかない。 (Dollar collapse could be the most significant result of the Russia-Ukraine war as gold rises

ドル崩壊しそうでしない展開は、今回が初めてでない。リーマン危機の時も、これでドルと米国の覇権が終わったとされ、多極型のG20サミットが作られて米英中心のG7に替わる世界経済政策の決定機関になったと言われた。だが実際はその後、米連銀など米日欧の中銀群によるQEが始まり、QEの資金が金融市場に注入されて、まるで株や債券が蘇生したかのような状況が8年続き、ドルや米覇権は延命してきた。今回もまた、米連銀がQEをやめたふりして続けることで、肩すかし状態になるのかもしれない。G7は対露制裁機関として延命している。 (ドル崩壊とBRIC) (G20は世界政府になる

とはいえ米連銀の勘定は9兆ドルに膨らんでおり、QEが今後もずっと続く可能性は低い。むしろ米中枢(の隠れ多極主義者たち)は、多極化に向けた残務整理のためにQEをしばらく残すことにしたのかもしれない。たとえば、これから米政府はロシアと結束する中国を、ロシア同様の制裁対象国にしていきそうだが、その報復に中国は手持ちの世界最大残高の米国債を売り払ってドル離れしていく。その間、QEが続いていた方が米国債が値崩れ(金利高騰)せず、中国の実入りが大きくなる。ロックフェラーなど隠れ多極主義者たちは親中国だ。中国が手持ちの米国債の多くを売ってドルが崩壊してもかまわないようになってから、QEが終わりになってドルが崩壊する、とか。そんな簡単なものではなさそうだが。 (Russia's Invasion Of Ukraine Will Benefit China



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