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タリバンの復権

2021年8月18日  田中 宇 

米軍撤退後のアフガニスタンで8月15日、米欧から敵視されてきた武装民族組織であるタリバンが首都カブールを陥落し、2001年の911事件後に侵攻してきた米軍に政権を奪われて以来、20年ぶりに政権の座に返り咲いた。早期のカブール陥落を予測していなかった米国や同盟諸国は、大混乱の中でカブール空港から要員らを撤退させ、ベトナム戦争末期1975年のサイゴン陥落を越える惨事のうちに、失策続きの20年の米国主導のアフガン占領が終わった。 (President Biden Orders 7,000 US Troops To Protect Kabul Airport After Horrific Scenes

同日、米傀儡のアフガン政府を率いていたガニ大統領は国外に脱出し、傀儡政権は雲散霧消した。タリバンはカブールを無血開城した。外国勢の仲裁で傀儡政権とタリバンが交渉して連立政権を作る構想も消え、すべての権力がタリバンの手に入った。米欧勢が総撤退していくので傀儡政権は復活しない。中国やロシアやイランはタリバンの新政権を正式なアフガン政府として承認する方向だ。タリバンは今後長くアフガニスタンの与党になる。米欧は今後もタリバンを敵視しそうだから、アフガニスタンは非米的な中露イランの友好国になる。(EUはアフガン戦争の敗北を認めてタリバンとの和解を模索し始めた) (中露のものになるユーラシア

アフガニスタンは911後の米軍侵攻から最近まで、大ざっぱに見て、都市部や北部などが米欧軍に守られた傀儡政権の統治下だった半面、農村や山岳地帯が地元の諸部族と連携するタリバンの統治下だった。だが、7月初めに米軍がアフガン撤兵をほぼ終えた後、後ろ盾を失った傀儡政権の領域が縮小し、タリバンが伸張する流れが始まった。傀儡政府は兵力30万人の国軍を持っていたが、カネでつっているだけの傀儡軍なので士気は低く、兵力7万人といわれるタリバンの方が民族や部族の意識に支えられているだけに強かった。7月中にタリバンは、アフガニスタンと周辺諸国との国境検問所の多くを奪還し、8月に入ると地方都市を各地で奪還するようになった。7月28日にはタリバンの代表団が中国を訪問し、中国がタリバンの後ろ盾として本格的に登場した。 (タリバンの訪中

8月12-13日にはガズニ、カンダハル、ヘラートといった主要都市がタリバンの手に落ち、残っているのは首都カブールだけになった。しかしこの時点ではまだ、タリバンがカブールを包囲する状況があと30-90日ぐらい続き、その間に傀儡政権とタリバンとの和解連立交渉が展開するのでないかと米当局者も予測していた。ちょうど911事件から20週年の9月11日にタリバンがカブールを陥落させたら皮肉だ、などと8月12日に言われていた。 (It’s Going To Be Really Awkward If The Taliban Takes Kabul By September 11th

しかし、タリバンに包囲され出したカブールでは、これまでもひどかった傀儡政権の内部分裂がさらに一気に悪化し、国軍の司令官たちもガニ大統領の言うことを聞かない傾向を強めた。タリバンは何か月も前から、傀儡政権の内部分裂に便乗するかたちで政権内の要人や将軍たちのもとに個別に密使を派遣して寝返りを促していた。タリバンがカブールに迫った段階で、要人や将軍たちがガニ政権を見放す手はずになっていたようだ。 (Ghani blames ‘abrupt’ US exit for worsening security

タリバンは以前から、ガニが大統領を辞めない限り傀儡政権と和解しないと明言していた。タリバンがカブールに迫り、側近たちがガニの言うことを聞かなくなる中で、タリバンと傀儡政権を仲裁していた米国やUAEの筋からガニに対し、辞任してタリバンとの和解に道を開いてくれと圧力がかかった。引導を渡されたガニは、カブールが包囲され出して2日後の8月15日に国外脱出して事実上辞任した。ガニの逃亡によって傀儡政権や国軍は崩壊し、和解交渉の道も雲散霧消し、敵がいなくなったタリバンがカブールを無血開城して政権をとる流れになった。タリバンの復権は、ガニを追い出した米国の意思だったことになる。 (Pepe Escobar Warns Of Looming 'Saigon Moment' In Kabul

米政府の人々は、こんなに早くタリバンがカブールを陥落すると予測できなかったと言っている。米政府内からは、アフガン政府軍がもっと強いと思っていた、という声も出ている。しかしガニ政権や政府軍は米国の傀儡であり、米国は簡単に内部事情を把握できた。米諜報界が少し調べれば、タリバンがガニの側近たちをたらし込んで裏切りをやらせようとしていたことや、政府軍に全く戦うがないことを見抜けたはずだ。それなのにアフガン駐留の米諜報界は(意図的に)ろくに調べず(もしくは事態を把握していたのにバイデン政権の上層部に伝えず)、米国と同盟諸国がタリバンの圧勝を事前に察知できない状態を作った。米国がガニを追い出したことからも、予測不能説はインチキな演技と感じられる。 (All roads lead to the Battle for Kabul

その挙げ句、タリバンがカブールに入ってくると、米国と同盟諸国の要員たちが慌ててカブール空港に殺到して大惨事になる「サイゴン陥落劇」が再演され、米国の世界戦略の稚拙さを世界に知らしめた。タリバンを復権させた今回の流れは失笑ものであり「米国の失策」と呼ぶにはあまりに稚拙だ。わざとやっていると思われる稚拙さで、未必の故意的、あるいは隠れ多極主義的だ。そもそも、サイゴン陥落などベトナム戦争も未必の故意的に稚拙だった。 (U.S. Allies, World Leaders Blast Biden Over Afghanistan Debacle, Question U.S. Resolve

バイデン自身は大事なことを知らされていない(認知症が疑われているし)。側近たちの中に、諜報界からの情報をねじ曲げて大失策につなげている奴らがいる。ブッシュ政権ではタカ派のネオコンがその役目を果たした。バイデン政権内にもネオリベラルのタカ派が多い。バイデンは8月15日にカブールが陥落することを事前に知らされずにキャンプデービッドの別荘で夏休みをとっていた。8月16日にようやく首都の大統領府に戻って記者発表したと思ったら、すぐまた別荘に戻ってしまった。 (Biden "Relaxes" On Vacation While 'Saigon Moment' Looms In Afghanistan) (バイデンの認知症

昨年トランプ前大統領がタリバンと和解して米軍をアフガニスタンから撤退させようとして以来、タリバンは政権奪還への道を用意周到に進んできた。米諜報界はその流れをわざと見ないようにしていたが、アフガニスタンの新たな後見役となる中国やロシアには流れが見えていたようだ。中国は、タリバンと米傀儡政府との交渉を「仲裁」するのでなく「交渉するなら場所を提供する」と提案してきた。仲裁役になってしまうと、どちらか一方に肩入れできなくなり、今回のように傀儡政府が雲散霧消してタリバンが圧勝してしまうと立場の修正が難しくなる。中国とロシアはカブール陥落前日の8月14日に、タリバンが傀儡政府を追い出して政権をとったらタリバンをアフガニスタンの正式な政権と認める用意があると発表した。これは機敏な対応だった。カブール陥落は外交的に、米国の信用を落とし、中国やロシアの信用を引き上げた。多極化が進んでいる。 (China 'Ready' To Recognize Taliban If Afghan Government Ousted

非米的な中露が成功しているのと対照的に、いまだに米国との連携にこだわっているインドはかなり間抜けだ。インドの新聞は8月初めに、中国がタリバンを擁立するなら、インドはガニ政権を擁立して対抗すべきだと主張する社説を出している。勇ましく主張した直後は良かったが、それから2週間も経たないうちに、インドよ、早くガニ政権を擁立してみろや、と嘲笑される恥ずかしい展開になっている。世界的に、米国と一緒にいることが間抜けな戦略になりつつある(日本は「意図的に間抜けであり続ける戦略」なので問題ない。日米豪印のクワッドはすでに「負け組」になっている)。 (China’s role in Afghanistan) (US Empire Finds a Friend in India

多民族国家であるアフガニスタンの内政的な対立図は、人口の4割を占める最大民族であるパシュトン人を代表するタリバンと、その他の諸民族の連合体(旧北部同盟)との対立だった。911以前は、パキスタンとその後見役である米国がタリバンを支援し、ロシアやイランや中央アジア諸国やインドが北部同盟を支援してアフガン内戦が続いていた。米国は1997年ごろから「人権問題」を口実にタリバン敵視を始めた。911後、米国がタリバンを本格敵視し、米国に邪険にされたパキスタンが中国の傘下に鞍替えした。タリバンを蹴散らしてアフガン占領を開始した米国(米欧)は、北部同盟の諸勢力を傘下に入れつつカブールに傀儡政府を作った。中露イランは傍観者になっていたが、ここ数年、米国のアフガン占領が失敗色を強め、いずれタリバンが政権を奪回する見通しになるとともに、中露イランがタリバンに接近した。米欧やインドは、タリバンを敵視し続けた。 (タリバンの復活

今回、米欧が撤退して影響力を失い、タリバンが政権をとった。今後のアフガニスタンに影響力を行使する中露イランはタリバン支持だ。北部同盟の諸勢力は弱体化したままになる。アフガニスタンは内部対立・内戦の均衡が崩れ、1988年のソ連軍撤退以来33年ぶりに内戦が下火になっていき、安定していく。これはパックス・シニカ(中国の覇権体制)でもある。 (中国がアフガニスタンを安定させる) (ユーラシアの非米化

軍産マスコミ権威筋は「タリバンはテロ組織だ。タリバンが政権をとったので、今後のアフガニスタンは混乱が続き、中東全域でISアルカイダのテロがひどくなる」などと喧伝している。私から見ると、この話はテロ戦争や人権外交の意図的なプロパガンダであり、ウソである。タリバンはテロ組織でない。タリバンの人々はほとんど外国(イスラム世界の外側)に行かず、外国でテロ行為をしたことがない。アフガン国内に駐留する米軍など米欧勢力との戦闘で自爆テロなどの手法を使うことはあったが、それは外国勢力の支配をやめさせるための民族自決の闘いの一つといえる。タリバンは911事件と関係ない。 (Joint Chiefs Inform Senators Terror Threat From Afghanistan "Moved Up"

軍産マスコミ・米欧勢がタリバンをテロ組織と呼ぶのは、911前にタリバンがオサマ・ビンラディンなどアルカイダの人々をアフガニスタンにかくまっていたからだ。タリバンがアルカイダの人々を客人としてもてなしていたのは事実だが、それは、タリバンを支援していたサウジアラビアやパキスタンの軍事諜報界から頼まれたからだ。サウジやパキスタンの軍事諜報界は、米諜報界の「子分」である。アルカイダは、もともと米諜報界がアフガン駐留ソ連軍と戦うイスラム主義ゲリラとして養成したアラブ人の勢力である。 (アフガニスタン紀行 3:禁断の音楽

1990年代後半、米諜報界が冷戦体制に代わる世界的な長期の低強度戦争として、アラブ人などのイスラム主義者を扇動・隠密支援して世界各地でテロを続けさせるテロ戦争体制を考案した。その具現化として、米諜報界が自作自演の911事件を起こしてアルカイダが犯人だと騒ぎ、(米諜報界の子分筋に依頼されて)アルカイダをかくまった「罪」でタリバンにテロ組織の濡れ衣を着せ、この濡れ衣を口実として米軍がアフガニスタンに侵攻して20年も占領した。タリバン敵視も、アフガン占領も、すべて濡れ衣に基づいている。とんでもない人道上の罪、人権侵害である。タリバンは、ほとんど悪くない。世界最大の極悪のテロ組織は、米国の諜報界や、その傘下の軍産マスコミ権威筋、そしてそれを軽信してしまう人々で構成されている。 (仕組まれた9・11 【4】アフガニスタンとアメリカ

このように911以来のテロ戦争体制は、米国(諜報界イスラエル軍産)がISやアルカイダといったテロリストを涵養支援してテロをやらせ、タリバンやサダムフセインやイランやアサドにテロリストの濡れ衣を着せて敵視・侵攻し恒久戦争体制を作るものだった。その真犯人の米国が撤退していくのだから、今後のアフガニスタンや中東はテロや戦争が減って安定する。もし今後のアフガン中東で、テロが増えたりISカイダの活動が活発化したら、それはタリバンやイランのせいではなく、米イスラエルの軍産・諜報界が、中露覇権への妨害や多極化遅延策として、最後っ屁的なテロ支援活動をやるからだ。これを見て軍産の一部であるマスコミやネット大企業は「タリバンが復権したので中東でテロが増えた」と喧伝するだろうが、マスコミやネット大企業こそ詐欺常習のテロ支援組織である。 (U.N. says Afghan war has entered 'deadlier and more destructive phase') (With Taliban at the gates of Kabul, Al Qaeda and ISIS also set for comeback

米国にとって911以来の20年間のアフガン占領は、自国の覇権や国際信用を無駄に低下させる結果に終わった。911前、クリントン政権の米国は、中央アジアの石油ガスをアフガン経由でインド洋まで運び出して米企業を儲けさすために、配下のパキスタン軍の諜報機関に、パキスタン在住のアフガン難民の若者を集めて軍事訓練させ、アフガニスタンを平定できるタリバンを作らせた。タリバンは当初、米国のユーラシア覇権拡大の道具だった。当時、米パキスタンタリバン連合を前に、ロシアやイランは弱い敵だった(中国はまだ国内経済に専念していた)。あれから20年、いまやタリバンは、一帯一路など中露イランのユーラシア覇権拡大のためにアフガニスタンを安定させている。米国はアフガニスタンだけでなくイラクやシリアなど中東全域で撤退しつつあり、ユーラシアの覇権を失っていく。米軍はサウジやイラクなどでも撤兵の過程にあり、いずれパキスタンやトルコからも出ていくだろう。アフガン戦争は米国覇権崩壊の長い過程だった。 (米覇権衰退を見据える中東



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