米覇権衰退を見据える中東2008年10月28日 田中 宇ブッシュ政権の任期の終わりが近づき、米国とイラクの間で、米軍イラク占領の「終わり方」をめぐる交渉の時期が来ている。米国は2003年のイラク侵攻時、侵攻に反対する勢力が強かった国連を無視して侵攻したが、その後まもなく国連から、イラクを占領するお墨付き(統治権委任)をもらった。その期間は5年間で、今年末に期限が来る。米政府は、来年以降もイラクに軍事駐留できるよう、今年に入って、来年以降のイラク駐留に関する軍事地位協定(SOFA)の条件をイラク側と交渉し始めた。 米政府は今年、金融危機による経済的威信の減退、核疑惑を理由にしたイラン制裁に対する国際的信任の失墜、北朝鮮に対する意味のない譲歩策の連続、グルジアなどをめぐる対立でロシアを怒らせて世界の反米諸国の結束を強めてしまったことなど、経済・外交の両面で、いわゆるソフトパワー(覇権)を失っていった。そうした中、軍事地位協定をめぐる米政府との交渉において、イラク側はしだいに強気に出るようになった。 今年3月の最初の合意案では、米軍は無期限にイラク駐留できることになっていたが、7月には、イラクのマリキ首相が、撤退期限を明確にせよと米側に迫った。米政府は当初、マリキの要求を突っぱねていたが、8月下旬にイラクを訪問したライス国務長官は、初めて「2011年に撤退する」という期限を明らかにした。(関連記事) 10月13日に決まった米イラク地位協定の最終案では、イラク政府の要求に基づき、非番の米軍兵士が基地の外で犯罪行為を行った場合、イラク当局が米兵を裁けるようにする条項も盛り込んだ。米国はこれまで、他国に駐留する米兵が犯罪を行っても、現地の国の当局が米兵を裁くことを認める地位協定の策定を、世界中で一度も認めておらず、イラクが初めての例となる。これは、国際社会における米国の政治的な影響力の急落を象徴している。(日本の沖縄でも、非番の米兵が犯罪を犯し、沖縄県警が逮捕した場合、米軍は、軍内で裁くと言って引き渡しを求める) 10月13日に地位協定の最終案がまとまり、イラク議会が批准すれば成立する状況になった。しかしその後、米大統領選挙で民主党のオバマ候補が勝つ可能性が強まり、イラク政界の対応がさらに厳しくなった。 オバマが大統領になったら、すでに敗北が決定的になっているイラクから早期に撤退し、まだ占領成功の可能性が比較的大きいアフガニスタンに注力すべく、米軍をイラクからアフガンに転戦させると予測されている。次の政権になって米軍がイラクからアフガンに転戦するのであれば、イラク政府は、占領される条件を、今の政権の間に急いで決める必要はない。来年、次期米政権と再交渉して決めた方が有利になる。(関連記事) そこでイラク政府は、最終合意案が決まった後になって、米側が拒絶することを見越して「地位協定の期限を3年間に限定してほしい」と言い出した。米政府が「これ以上譲歩できない」と突っぱねると、イラク側は「それなら破談だ」と言って、マリキは署名を拒否し、議会は批准を拒否する姿勢を見せている。(関連記事) イラク政府は、国連に頼んで、今年末で切れる予定の、イラク統治権の対米委任を半年ほど延長してもらい、その間に米新政権と再交渉する腹づもりだ。ロシア政府は、イラクのこのやり方を支持し、国連がイラク統治権委託の対米委託を延長することに反対しないとイラク政府に約束したという。(関連記事その1、その2) 米国は、もともと国連も国際法も無視してイラクに侵攻した。だから、いまさら国連からの委任や地位協定などの合法性が確保されなくても、米軍は平気でイラクを占領し続けられるとの見方もある。だが、今の米国は覇権を失いつつあり、覇権の絶頂にいた03年のイラク侵攻時とは違う。イラク占領を合法化できないことで米国が受ける悪影響は、しだいに大きくなっている。(関連記事) イラクでは、米国の影響力が低下するのと反比例して、イランの影響力が拡大している。米軍が撤退した後のイラクは、完全にイランの影響下に入る。イラク政界は、すでに米国よりイランの顔色をうかがうようになっている。米国に見捨てられたクルド人は怒っている。(関連記事) ▼転戦先のアフガンでも失敗に向かう米国 米のゲイツ国防長官は、すでに9月の段階で「イラクでの戦争は終盤に入った」「今後数カ月間の米政府の決定が、中東地域と米国の今後数年間の安定にとって、非常に重要である」「イラク戦争の始まり方に関しては、いろいろ非難する声もあるが、いま大事なことは、有終の美を飾ることだ」と述べている。(関連記事) ゲイツが言うところの「今後数カ月間の米政府の決定」のうち、イラク駐留の今後の条件交渉に関しては、次期政権に繰り越されることになった。その一方で、アフガニスタンに対する米軍の増派計画は、次期政権の戦略を先取りする形で、すでに開始されている。米軍は来年、タリバンの拠点であるアフガン南部のヘルマンド州に9千人を派兵する計画を打ち出した。(関連記事) アフガン増派は、マケインもオバマも主張しているが、これは米大統領候補が選挙に勝つために必要な「軍産複合体に対する媚び売り」である。イラクもアフガンも撤退すると主張する候補より、敗北必至のイラクから勝てるかもしれないアフガンに転戦すると言う候補の方が、軍事産業にとってはありがたい。米国のマスコミは、有事を扇動する機関として、第二次大戦以来、軍産複合体の影響下にある。軍産複合体の支持を得られない候補者は、マスコミから叩かれ、当選できない。「イラクでもイランでもアフガンでも戦う」と言うマケインは、ブッシュ同様に下手な戦争をやりすぎて自滅する可能性大で、軍産複合体の窮地を拡大するので敬遠されたこともあり、米マスコミは多くがオバマ支持を表明した。 (米国の新聞は、ブッシュ政権の自滅的な好戦政策に乗って有事扇動の誇張報道をやりすぎて信頼を失い、不況の影響もあって、部数を減らし続けている。ニューヨークタイムスの社債格付けはジャンク格に下落するなど、大手新聞の多くは潰れそうだ。ブッシュ政権の過剰な戦略は「ジャーナリズム」が詐欺的な知識産業の側面があることを暴露した点で良かったといえる。ジャーナリズムの悪しき本質など見たくない、騙され続けたい人が、まだ世界的に多いが)(関連記事その1、その2) 次の米政権はアフガン増派を展開するだろうが、それが成功する確率は非常に低い。米軍は、ゲリラ(タリバン)掃討の際に空爆を使いすぎ、誤爆が多い。アフガンの村人たちは米軍(NATO軍)を支持しなくなり、占領は成功に向かわない。これまでヘルマンド州には5千人の英軍がおり、タリバンと戦闘せず交渉しつつ、何とか治安を維持してきた。しかし今後、9千人の米軍が配備されると、同州における英軍の主導権は米軍に奪われ、タリバンや地元村人との対立が強まり、最終的にはおそらく米英軍の敗北に至る。アフガン占領政策の全般で、交渉重視の英と、戦闘重視の米との亀裂は深まっている。(関連記事その1、その2) 米軍は、地元民をアフガン政府軍として訓練し、タリバンと戦わせることを計画しているが、米傭兵会社ブラックウォーターから45日間の軍事訓練を受けた直後のアフガン新兵が、次々とタリバンに寝返る現象が起きている。イラク政府軍を作るつもりでイラク人を訓練したのに、訓練後に反米ゲリラのマフディ軍に寝返る者が多かったイラクでの失策を、米国はアフガンで懲りずに繰り返している。国防総省の中枢は、大間抜けか、故意に失敗する戦略を持っているか、どちらかである。(関連記事) 今のNATO軍の主力であるEU諸国やカナダは増派を尻込みしており、アフガン人の支持を増やすタリバンに勝てない。英国は9月以来、以前からタリバンを支援していたサウジアラビアに仲裁を頼み、オマル師などタリバン幹部と、欧米傀儡であるカルザイの現アフガン政権とで新たな連立政権を組ませる政治謀略によってアフガンを安定化し、成功裏にNATOが撤退できる状況を作ろうとしている。(関連記事その1、その2) しかし米国は「タリバンは信頼できない。許せない」という過激戦略を貫き、欧州のやり方は生ぬるいと言って、欧米協調でやってきたアフガン駐留NATO軍の枠を飛び出し、米軍だけで勝手にやることを決めた。アフガン駐留米軍は9月から、NATOの指揮下から出て、国防総省の米中央軍司令部の管轄下に指揮権が移動した。(関連記事その1、その2) 欧米軍にとってアフガニスタンへの補給路であるパキスタンは、早ければ来年2月には国家破産する。パキスタン政府はIMFから支援融資を受ける交渉をしているが、成功しそうもない。IMFは米国の支配下にある。米政府は、タリバンの隠れ家であるアフガン国境沿いのパキスタン辺境地域に米軍を進軍させろと要求したがパキスタン政府に断られたので「パキスタン軍は、米軍の味方ではない」と言い出し、IMFは「融資がほしければ、軍事費を30%切り詰めろ」とパキスタン政府に無理な要求をしている。米政府は、パキスタン国民をタリバン支持に転換させたいかのようである。次の政権になっても、米国の軍事戦略は好転しそうもない。(関連記事その1、その2) ▼自立した文明圏として蘇生する機会を得る中東 ブッシュ政権の軍事世界戦略は「テロ戦争」と「悪の枢軸」だったが、このうち悪の枢軸は、次の政権には引き継がれそうもない。米国は悪の枢軸のうち、すでにイラクを政権転覆した。北朝鮮に対してはテロ支援国家リストから除外するなどの譲歩を繰り返し、今後の米国が北朝鮮の政権転覆を画策する可能性は非常に低い。そしてブッシュ政権は、イランに対しても譲歩を模索しており、大統領選挙後の11月中旬に、米政府はイランに30年ぶりに外交代表部(大使館の格の低いもの)を置く発表をするつもりだと報じられている。(関連記事) 次の米政権は「テロ戦争」だけを推進し、イラクから撤退してアフガン駐留を強化する展開になりそうだが、その際、アフガンの西隣にあるイランが米国の戦略を支援してくれた方が良い。そのためには米政府がイラン制裁を解除し、イランとの関係を改善した方が良いという主張が、すでに米政界内から出ている。(関連記事) 米国がイラクから撤退し、イランとの関係も改善した場合、中東における米国の影響力は急速に減退する。これまで米国は、軍事力によって中東の人々を震え上がらせ、恫喝して支配してきた。中東の人々は、反米感情を募らせ、イランやヒズボラ、ハマス、イスラム同胞団、マフディ軍などの反米イスラム主義勢力を支持しながらも、世界最強の米国にはかなわないと諦観してきた。ところが米国がイラク占領で自滅して撤退し、核兵器開発疑惑の濡れ衣をかけて軍事侵攻しようとしていたイランに対しても何もしないまま許すとなると、中東の人々は米国は弱くなったとみなし、反米的な言動が顕在化する。 中東では、オスマントルコ崩壊以来100年の、欧米に対する怨念が噴出し、欧米の影響力をすべて排除し、イスラエルも潰してしまえという気運が高まる。イスラム主義諸勢力の権威が高まる半面、エジプト、サウジアラビア、クウェート、ヨルダンといった親米(傀儡)政権の正当性への疑いが強まる。中東イスラム世界の人々は、100年の諦観を打破して「イスラム復興」を実現し、自立した文明圏として蘇生する機会を手にする。 欧米日では、この状態を「中東がテロリストの独裁になる」と嫌悪する人が多いだろうが、それは支配する側のプロパガンダ漬けになっている自分たちの状態に気づかない人々の間違った観念であり、無視して良い。ヒズボラやハマス、イスラム同胞団は、テロ組織ではなく、米欧イスラエルの支配に抵抗するために武装したイスラム政党である。(関連記事) ▼中東和平を急ぐサウジとエジプト このような状況の中、エジプトやサウジアラビアといった親米政権は、延命のため、米国の中東覇権が崩壊する前に、欧米が主導してきた従来の中東の政治体制を今後も温存できる新状況を作ろうとしている。それは、イスラム世界の反欧米感情を煽っているパレスチナ問題や、イスラエルによるゴラン高原の占領を、中東和平交渉によって解決し、イスラエルとイスラム諸国との関係を改善し、中東を安定化しようとするものだ。 エジプトは、パレスチナ社会で対立しているハマス(反米イスラム主義)とファタハ(親米の元社会主義)を和解させ、同時にイスラエルとの和解交渉も進めようと、カイロなどで交渉会議を連続的に開いている。 ファタハのアッバス大統領は、任期が来年1月9日で切れる。本来なら、任期切れの前に選挙を行わねばならないが、いま選挙ををしたら、ファタハ惨敗・ハマス勝利の可能性が大きく、欧米やエジプトなども選挙を望んでいない。アッバスは、口実を作って任期を延長するだろうが、政治的な正当性は失われる。パレスチナ政界で正当性のある組織は議会だけになるが、パレスチナ議会の多数派は、反米・反ファタハのハマスであり、アッバスは06年にガザをハマスに奪われた後、対抗措置としてパレスチナ議会を解散させたままになっている。エジプトは、アッバスの正当性を維持するため、アッバスとハマスを和解させて連立政権を組ませる交渉を仲裁している。(関連記事) またサウジとエジプトは、米国から敵視されてきたシリアを、国際社会に復帰させるための段取りも仲介している。シリアは、隣国レバノンのハリリ首相が05年に暗殺された事件の犯人扱いされてきた。この犯人扱いは根拠が薄いが、欧米はシリアを制裁することで、レバノンに対するシリアの支配をやめさせようとする意図があった。レバノンはもともとキリスト教徒が政権をとっており、フランスが地中海東岸を支配するために作った国だったが、1960年代以来の内戦の末、レバノンはシリアの影響下に移転した。(関連記事) シリアは1946年の独立以来、レバノンを別の国とみなしておらず、両国間には国交がなかった。サウジなどは、シリアがレバノンを「外国」とみなして国交を樹立する見返りに、欧米はシリア制裁をやめるという和解案を進めた。シリアとレバノンは10月中旬に国交を樹立し、この前後から、仏英などが相次いでシリアのアサド大統領や外相らを自国に呼んで歓待するようになった。(関連記事) レバノンで最も武力が強いシーア派組織ヒズボラ(反米勢力)は、06年夏にイスラエルの侵攻を跳ね返したことで、レバノン政界で政治的な権威を増し、レバノン政府の重要決定に対して拒否権を持っている。ヒズボラは、シリアから支援を受けているが、シリアがレバノンと国交を結んだ後も、シリアとヒズボラの親密な関係に変化はなく、シリアは何も譲歩せず、欧州から許される利得を手にした。(関連記事その1、その2) ▼イスラエル連立政権作り失敗で和平の崩壊 パレスチナ問題をめぐっては、サウジアラビアが最近、イスラエルが西岸の占領地を放棄して第三次中東戦争前の国境まで退却し、西岸とガザにパレスチナ国家ができたら、見返りにアラブ諸国はイスラエルと和解して国交を正常化するという、02年から提案し続けてきた和平案を、改めてイスラエル側に提示した。イスラエルのペレス大統領は、今回初めてサウジ提案を高く評価する姿勢を表明した。(関連記事) イスラエルでは9月、オルメルト首相が「東エルサレムとゴラン高原を含むすべての占領地から撤退せねばならない」と初めて明確に表明し、与党カディマがアラブ側との和解を希望していることを強く印象づけた。(関連記事その1、その2) これで、オルメルト辞任後のイスラエルに安定した政権ができれば、パレスチナ和平や、イスラエルとシリアとの和解が一気に進んだかもしれない。ところが現実には、イスラエルでは10月26日、次期首相になるはずだったリブニ外相が、連立政権作りの交渉に失敗し、来年2月ごろ解散総選挙に臨むことになり、イスラエルはこの先数カ月、政権が確定せず不安定さが続き(辞めるはずだったオルメルト首相が、選挙後まで続投する)、パレスチナやシリアとの和解交渉も進められなくなった。(関連記事) リブニは、連立与党の成立に不可欠な宗教右派の政党「シャス」を取り込もうとして失敗した。シャスは以前から「中東和平によってエルサレムをユダヤ側とアラブ側に分割することは絶対に許さない」という方針を掲げており、中東和平を進めたいリブニと折り合いをつけることを拒否した。(関連記事) 総選挙では、中東和平を進めたい中道政党カディマのリブニと、中東和平を拒否する右派政党リクードのネタニヤフとの対戦となる。ネタニヤフは、入植地の拡大、イランへの空爆、シリアとの和平拒否なども掲げている。来年、ネタニヤフが勝ってリクード政権ができた場合、中東は和平から戦争の方に大きく戻る。(関連記事) イスラエルではすでに今夏あたりから、リクード支持の入植者たちが、西岸入植地の撤退に強く反対し、入植地を勝手に拡大し、近隣のパレスチナ人を襲撃したり、オリーブ畑を切ったりして、パレスチナ人の敵意を扇動する行為を激化している。(関連記事) イスラエル政府は、中東における米国の覇権崩壊が近いことを察知し、できるだけ急いでアラブ側との和平交渉をまとめ、エジプトやサウジと和解して、イスラエルを潰そうとするイスラム主義が中東を席巻することを防ぎ、国家存続をはかろうとしてきた。しかし入植者らリクード支持者は、国家存続を賭けた政府の和解策を潰すべく、入植地を拡大し、意図的にパレスチナ人を怒らせている。70年代以降、米国から移住してきた入植者組織の指導者の中には、イスラエルを愛するふりをして潰そうとする「隠れ反シオニスト(隠れ多極主義)」の「ニューヨーク資本家」の手先が混じっていると疑われる由縁である。(関連記事その1、その2) パレスチナ人の中には、西岸やガザというイスラエル占領地ではなく、イスラエル国内に住んでいる人々(アラブ系イスラエル人。中東戦争時に自宅を離れず住み続けた人々)もいる。イスラエル国民の1割強を占める彼らは、イスラエル社会で差別され続けてきたが、従来は黙って生活し、多数派であるユダヤ系との対立は少なかった。しかし、ここ数年のイスラム主義の勃興などを受け、アラブ系イスラエル人は自己主張を強め、そこにリクード右派による対立扇動策が加わって、10月初めには、アラブ系とユダヤ系が住むイスラエル北部の町アッコで対立が激化し、内乱状態になった。(関連記事) イスラエルのアラブ系は、ユダヤ系より出生率が高く、彼らの人口比は増える傾向だ。これまでは、イスラエル側が西岸とガザから撤退さえすれば、それでイスラエルとパレスチナは別々の国となって事態は安定すると考えられてきた。だが今後、イスラエル国内のアラブ系が不満を強め、「ユダヤ人だけのための国家」というイスラエルの国是を変えようとする政治運動を拡大していくと、イスラエルは崩壊の危険を内側にも抱えることになる。 ▼米イスラエルの相互盗聴 イスラエルは1980年代以来、米政界に大きな影響力を持ってきたが、その真相に対する暴露も始まっている。米国で最近、ジェームズ・バンフォード(James Bamford)というジャーナリストが書いた本(The Shadow Factory, the Ultra-Secret NSA from 9/11 to the Eavesdropping on America)に「イスラエル系の2つの企業が、AT&Tとベライゾンという米国の大手電話会社の通信を傍受(盗聴)する米政府機関NSA(国家安全保障局)の仕事を下請けし、その結果、イスラエルの諜報機関が自由に米国内の電話を盗聴できるようになった」という指摘が載っている。(関連記事) この本の内容に対し、シオニストからは「根拠がない」という批判が出ている。しかし、もしこの本の指摘が正しいとすると、イスラエルがなぜ米政界で強い影響力を持っているのか、明確に説明できるようになる。イスラエルは、政界や政府の要人たちの電話を盗聴して無数の機密情報を得ることで、米政府の戦略を先回りして阻止したり、イスラエルに不利になる動きを模索する政治家のスキャンダルをマスコミに流して辞任に追い込んだりして、米政府と政界を牛耳ることが可能だからである。 盗聴や通信傍受はスパイ活動の基本だが、逆に米国側がイスラエルの通信を傍受して機密情報を得ようとする動きもある。米軍は11月に、イスラエル国内に、1500マイル先までの地域でのミサイル発射や飛行機の離着陸を感知できる高性能レーダーを配備する。この配備は、イランがイスラエルにミサイルを発射するのを早期に察知してイスラエルを守ることが表向きの目的だ。(関連記事) しかし実際には、このレーダーは、遠くのイランでの軍事的な動向だけでなく、近くのイスラエル国内における軍の動きや通信も傍受できる。レーダーが受信した情報は、直接に米本土の国防総省に送られ、イスラエル側は米側に依頼した情報しか得られない。このレーダーによって米政府は、イスラエルの軍や政府の動向を、従来より詳細に把握できるようになる。イスラエルと米国は、無二の同盟関係のように言われているが、実際には、相互に相手の秘密を探り、相互に引っかけようとしている。(この状態は米英間でも同様だ) 米ブッシュ政権は、アラブとの和解を阻止してイスラエルを潰そうとするリクード右派をこっそり支援している観もある。イラク駐留米軍は10月26日、イラク国境からシリア側に越境して空爆を行った。米軍は、シリアを拠点にイラクに出入りするテロ組織を空爆したと言っているが、中東ウォッチャーたちはむしろ、シリア外相が英国を訪問するなど、EUがシリアを許し始めた矢先に、米国がシリアを空爆したタイミングに関心を持っている。(関連記事) シリアのアサド政権は、欧州との関係が改善したことを喜んでいるが、アサド大統領が最も欲しているのは、米国との関係改善だ(シリア当局は、米国の覇権が崩壊しつつあることに鈍感なようだ)。米政府は、アサドの気持ちを把握した上で、欧州がシリアに接近したタイミングに合わせて、米軍にシリア領内を空爆させた。アサドは、欧州と仲直りしても米国とは仲直りできないことを悟らざるを得ない。 ▼オバマ就任直後に国際的な大危機が起きる? 米国では、外交通で知られる民主党のバイデン副大統領候補が、最近の選挙演説の中で「オバマが大統領になったら、就任後半年以内に、国際的な危機が発生し、オバマは(1962年のキューバ危機に対処した)ジョン・ケネディのように、試練に立たされる」と発言した。バイデンは、この件をホワイトハウスからの情報として得たと言っている。(関連記事) 10月19日にNBCテレビに出演したパウエル元国務長官は「オバマ就任翌日の1月21日か22日に、危機が起きる。それがどんなものか、今はわからない」と、唐突に奇妙な発言をした。(関連記事その1、その2) これらの発言の後、米国防総省の顧問団(軍事産業系のDefense Business Board)の委員長も「次の大統領は就任から9カ月以内に、大きな国際危機に直面しそうだ。そのため次政権は、就任から30日以内に、国防総省の主要ポストの人事を決定する必要がある」と指摘している。(関連記事) この発言からは、米軍事産業が国防総省の人事を操ることにバイデンが協力したという推測も可能だが、そのような他意のある話でなく、実際に何か大事件が起きそうであるとしたら、オバマ就任直後に起きる国際危機とは、イスラエルによるイラン空爆など、イスラエルが絡んだ中東の戦争である可能性が高い。以前には「米大統領選挙後、イスラエルがイランを空爆する」という説を放つネオコンもいた。(911のような米本土における「やらせテロ」の再発だとしたら「国際的な危機」と言わないはず)(関連記事) 何が起きるのか。何も起きないのか。米国の中東覇権が衰退する中、不安定な情勢が拡大している。
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