史上最大の金融破綻になる2020年3月11日 田中 宇
この記事は「株から社債の崩壊に拡大する」の続きです。 3月9日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた世界経済の混乱に拍車がかかった。株や債券など金融市場の悪化ぶりはおおむね3月8日の前回記事で予測した通りになった。株の暴落が拡大しただけでなく、社債や銀行間融資(レポ)の市場の悪化に発展した。危機になっている株や社債からの資金を逃避先である米国債は史上最高値の状態で、10年もの米国債の金利が0.5%を割るなど異様な事態になった。 (Collapse of oil prices and bond yields is worse than ‘the chaos of 2007-2009’) (What Can The Fed Do? Print & Buy, Buy, Buy... Stocks) 米国では、短期金利がゼロになる前に、長期金利がゼロになりそうだ。米国の短期金利はまだ1%で、おそらく米連銀は3-4月中に利下げしてこれをゼロにするのだろうが、利下げは全く効果がない。利下げは経済が少し悪くなる時に効くもので、今のようにいきなり経済が全停止する事態には効かない。前回の記事に書いたように、今の危機への対策は、米連銀など中央銀行群が潰れるまでQEを再拡大して株や債券を買い支え続けるしかない。 (Financial Conditions Getting More Stressed) (The Fed Hit The Panic Button and It's Making Things Worse) 3月10日には世界的に株価が大幅に反騰した。米国債金利も再上昇し、恐怖心による株から米国債への資金逃避がややおさまった。だが、事態の改善は一時的なものだ。金融システムの根幹にあるべき「相互信用」が消えているからだ。危機は悪化しつつまだまだ続く。銀行間融資のレポ市場や債券市場は、怖くて誰も出したがらなくなり、少し前までの金余り状態が消失し、一転して強烈な資金難に陥っている。レポ市場では、大手銀行が中小銀行を信用せず資金を貸さなくなり、そのままだと中小銀行が破綻しかねないので、米連銀(FRB)が日々の資金供給額を2日連続で急増した。ジャンク債の金利も上昇傾向だ。ウイルス危機は欧米で拡大する一方なので、米国経済はこれから急な減速が露呈していく。今週末か来週に暴落が再発しそうだ。 (Funding Freeze Getting Worse: Dealers Demand Record $216BN In Liquidity From Fed Repo) ("There Is No Liquidity" - Market Paralyzed As FRA/OIS Explodes) 米国中心の国際金融システムが健全な状態であるなら、ウイルス危機による実体経済の世界不況が起きても金融が決定的に破綻することはないだろう。だが今の国際金融システムは史上最大のバブル膨張の状態であり、金融の救済役である中銀群は弾切れであり、金融システム全体がとても脆弱になっている。長期化が必至なウイルス危機が金融バブルを崩壊させ、リーマン危機や百年前の大恐慌をしのぐ人類史上最大の金融破綻と経済危機になることが予測される。 (Major Liquidity Crisis Likely As Covid-19 Spreads) (Fed Increases Short-Term Funding to Keep Lending Markets Stable) 日本では「東京五輪が行われれば経済効果があるので株価が再上昇する」といった考え方があるが、全く馬鹿げている。日本のこれまでの株価上昇の理由の99%は日銀のステルスQEによる買い支えだ。五輪の株高効果はマスコミ=詐欺屋の騙し文句である。問題は、陳腐でくだらない五輪などの話でなく、日本の当局が、円高と米国バブル救済の両方を満たす策として、公的年金基金や郵貯銀行などに、米国の(これから暴落が加速する)社債のたぐいを大量購入させようとしていることだ。日本の年金は自滅させられる。日本人は大馬鹿だ。自業自得だ。 (Yen surge sparks talk of ‘stealth’ intervention) 3月9日以降の動きで最も興味深いのは、サウジアラビアが原油を大幅に安売りして世界に売りまくり、原油相場を30%暴落させたことだ。サウジはOPECを代表して数日前までロシアと話し合い、ウイルス危機による世界的な原油需要の急減への対策としてロシアとOPCEで産油量を減らし、原油価格の下落を防ごうとしていた。ロシアは、ライバルである米国のシェール石油産業(ジャンク債を大量発行して赤字を埋めているため今後の債券危機でやばくなる)を潰したいので減産に賛成せず、露サウジ交渉は結局破談した。サウジは対米従属なので減産して米シェール産業を助けてあげたかったのだという(間違った)筋書きで報じられている。 (Black Monday... Part Two) サウジはロシアとの交渉決裂後、大方の予想に反して突然の大規模な増産に踏み切り、しかも売り先に対して大幅な値引きをやったので原油相場が暴落した。マスコミによると、サウジが原油を値引き大量販売したのは、言うことを聞かないロシアを制裁するためだという。ロシアは政府の財政収入を原油の輸出に依存しているため、原油相場の大幅安値が続くと財政難に陥ると言われている。この説明は一見なるほどだが、この説明は米国のシェール石油産業のことを忘れている。 (Saudis Instigate Oil-Price Clash With Russia) しかも近年のロシアは最大の石油輸出先が中国で、中国はロシアの石油ガスを超長期で一定価格で買っているので、石油価格が上下してもロシア政府は財政難にならない(中国はロシアの石油ガスを安定的に買い上げ、その見返りにロシアは中東や中央アジアなどを軍事外交を使って安定させ、中国が経済進出しやすいようにしている)。サウジの大増産による原油暴落の戦略は、ロシアへの制裁でなく、米国のシェール産業に対する制裁だ。 (The Great Oil War of 2020 Has Begun. Can Russia Win?) もともとサウジは、MbS皇太子が権力を持ち始める2014年秋、米国のシェール革命が本格化して「米国は石油輸出国になった。もうサウジは要らない」と言い出したことに反応し、原油を増産してて石油価格を引き下げて米シェール産業の赤字を急増させ経営破綻に追い込もうとする策略を開始した。それを反逆行為とみなした米国(軍産複合体)は、2015年3月にサウジとイエメンとの戦争を誘発し、サウジがイエメン戦争に勝つために米国の言いなりにならざるを得ないように仕向け、サウジはシェール産業潰しの策をやめざるを得なくなった。米国はその後トランプ政権になって、サウジを巻き込んでイラン敵視を強化する策をとり、MbSのサウジは不本意な対米従属を続けざるを得なかった。 (米シェール革命を潰すOPECサウジ) (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) MbSは、米国やトランプに対する従属を好んでやっていたわけでない(対米従属が心底好きな日本と違う)。米国の覇権が低下し世界が多極化するなか、サウジはできれば対米自立したいが、米国・軍産の策略に巻き込まれて動けなかった。昨年来、米国はシリアやアフガニスタン、イラクなど中東から撤兵する覇権放棄策を進め米国に代わってロシアや中国、イランの覇権が拡大し、サウジが強いられている対米従属は時代遅れで間違った策になった。MbSのサウジは、何かきっかけをとらえて国策を対米自立に転換する必要に迫られていた。そして、そのきっかけが、今回のウイルス危機による米国の金融破綻だった。サウジは、以前にやりかけて潰された「米国シェール産業を原油安によって破綻させる策」を再開した。 (まだ続くシェール石油のねずみ講) (米サウジ戦争としての原油安の長期化) MbSは、直裁的にやると敵を増やすのでロシアと組んで茶番劇をやった。サウジはまず、米傀儡のふりをして「OPECとサウジで協力して石油を減産しよう(それによって米シェール産業を救済しよう)」とロシアに要求・提案し、サウジとロシアは交渉する演技をした。反米的なロシアがサウジの減産要求を拒否する演技を行い、怒ったサウジが拒否したロシアを制裁するためと称して石油を安値増産し、原油相場を暴落させた。ロシアの財政は原油安に対して脆弱ということになっているが実はそうでなく、米国のシェール産業が最大の被害者になり、シェールなど米エネルギー産業が発行してきた社債・ジャンク債の金利が上昇し、社債が紙くずに近づいている。この状態が2-3か月も続けば、米シェール産業が次々と債務不履行になって破綻していき、社債市場全体へと破綻が連鎖する。米連銀など中銀群がQEを拡大して米国の社債を買い支えれば、破綻せず延命する。 (High-Yield Bonds Are Sinking as Bankruptcy Fears Hit the Oil Patch) (Here Are The Energy Bonds Getting Crushed This Morning) これまで約半世紀にわたり、米国の言いなりになって国際原油価格を動かしてきたサウジ主導のOPECは、すでに事実上消滅したと指摘されいてる。米国覇権の下請け機関だったOPEC、G7、NATOなどは、いずれも有名無実化が進んでいる。隠然と対米自立するサウジは、配下のUAEに命じてイランとの和解交渉を進めさせている。 (Russia Says It Can Weather $25 Oil For Up To 10 Years) (UAE offers regional road map to deal with Iran) 政府財政を原油の輸出に依存しているのはロシアだけでなく、サウジ自身も同じだ。今のような大幅な原油安が続くとサウジの財政難が懸念され、サウジ王政内で、MbSの米国・軍産に楯突く策に対する懸念が強まる。サウジの王室内には米国の軍産とつながった勢力が多数おり、有力な王族たちがMbSを追い落とす政権転覆策を画策しかねない。そのためMbSは、大増産による原油暴落を開始する直前に、有力な王族たちに濡れ衣をかけて次々と逮捕する強硬策を展開した。今回のサウジの原油の安値大増産は、対米従属への転換策であり、後に引けなくなったMbSは米シェール産業や米社債システムが潰れるまで増産を続けそうだ。対米自立したサウジは中露と結託し、イランと和解していく。 (Detained Saudi royals sought to block crown prince's accession: Report)
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