新型ウイルスとトランプ2020年2月27日 田中 宇アフガニスタンで、米国とタリバンの停戦がうまくいっている。トランプの米政府は、基本戦略である世界からの撤兵を進めようと昨夏、タリバンと交渉して停戦から米軍撤退につなげようしたが、当時はまだ米政界で軍産複合体の力が強く停戦合意できず、9月に米側が交渉を破棄した。その後、トランプは10-12月に自ら弾劾騒動を誘発して稚拙な弾劾決議を軍産傘下の民主党にやらせて自滅させ、トランプ陣営が容疑者のロシアゲートを軍産・諜報界が容疑者のスパイゲートに転換させ、世界撤兵に反対してきた軍産の力を弱めることに成功した。同時期にトランプはシリアから撤兵した。今年1月、トランプはイランのスレイマニを殺害してイランを激怒させて反米の方向に誘導し、イラクで駐留米軍撤退運動を引き起こし、イラクからの米軍撤退も時間の問題になった。 (Afghans Celebrate as US-Taliban Reduction of Violence Holds) (自分の弾劾騒動を起こして軍産を潰すトランプ) そして米国は1月から、アフガンでもタリバンとの停戦交渉を再開し、2月22日から1週間の停戦を開始した。01年のアフガン侵攻以来、本格的な停戦は初めてだ。1週間の停戦がうまくいくと、停戦はさらに延長され、米軍撤退につながっていく。停戦が合意されたとたん、昨年9月に行われたものの結果をめぐって紛糾し未決になっていたアフガン大統領選挙も、5か月ぶりに現職のガニ大統領の勝利で決着がついた。アフガニスタンは米軍侵攻から19年ぶりに、米軍撤退とその後の安定に向かって進み始めた。 (Is Donald Trump About to Make Peace with the Taliban?) (Afghanistan Confirms Ashraf Ghani Has Won Second Term as President) アフガンで停戦が発効している最中の2月24-25日に、トランプはインドを初めて訪問した。米国とインドは高関税をかけあって貿易戦争してきたが、貿易面での協定など新展開は何もなかった。トランプの目的は経済でなく、インドに対して「米国撤退後のアフガニスタンの再建に参加してほしい。米軍がうまく撤退できるよう協力よろしく」と頼みに行ったのだろう。 (Despite Trump's Visit, A U.S.-India Trade Deal Isn't Close) (ユーラシアの非米化) トランプは最近、昨年9月にインドのモディ首相が国連総会出席で訪米した時に開いたインド系米国人の大集会にわざわざ参加するなど、インドと仲良くする演技を派手にやっている。半面、インドの敵であるパキスタンや、その背後にいる中国に対しては冷淡だ。しかし実のところ、米国のタリバンとの和解やアフガン撤兵で得をするのはパキスタンと中国であり、インドではない。アフガニスタンで最大の軍事・政治勢力であるタリバンは、もともとパキスタンが創設した組織だ。米国がタリバンと和解するにはパキスタンとの連携が必須だ。トランプは表向き親インド・反パだが、実質はそうでもない。インドは、米国のアフガン撤退によって開いた国際政治力の空白を中国パキスタンが埋めて台頭と予測し、恐れている。トランプは、懸念するインドをなだめに行ったのだ。 (中国がアフガニスタンを安定させる) (トランプと露中がこっそり連携して印パの和解を仲裁) 米国の撤退後、アフガニスタンは中国、ロシア、パキスタン、中央アジア諸国、イランによって安定化がはかられる。主導役は中露だ。トランプのアフガン撤退は、イラクやシリアからの撤兵と並び、中露イランを強化する多極化・米覇権放棄策の一つである。インドは、トランプの要請通りにアフガン再建に協力する場合、中露など非米諸国と仲良くし、多極化の流れに乗らねばならない。トランプはインドに「米国より中露と仲良くしてやってくれ」と言いに行ったようなものだ。「インド太平洋」と銘打った、米国の中国包囲網は全くの見せかけである。 (Will China and India Collaborate or Feud Over Afghanistan?) (中東インド洋の覇権を失う米国) 米軍は今後、アフガン撤退と同時に、インド洋の公海警備の任務からも外れていくだろう。海賊の脅威があるインド洋を航行する日本など同盟諸国の商船は、これまで米軍に守ってもらえたが、今後はしだいにそれがなくなる。だから日本は自衛隊の艦船をインド洋・中東に派遣せねばならなくなった。自衛隊の派兵は「米軍と一緒に戦争する」ためでなく逆に「米軍が撤退した後の航路の安全確保」のためである。中国や韓国も航路防衛のためにインド洋に海軍を出しており、日本はこの面で中韓との協力が不可欠だ。中国はすでに安保面で日本の「仮想敵」でなく反対の「友好国」である。米国のアフガン撤兵は世界の覇権構造を転換している。 (Japan orders Self Defense Forces to guard ships in Middle East) (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本) 1月23日に中国政府が新型コロナウイルスの蔓延を止めるために武漢と湖北省を封鎖し、国内に非常事態を敷いた後の2月2日、トランプはポンペオ国務長官を中国に隣接するカザフスタンに派遣し、カザフ政府に「中国とつき合うのをやめて米国と仲良くしよう」と持ちかけたり、中国で弾圧の対象にされているイスラム教徒の聖職者集団と会談して「米国は中国と違って信教の自由を尊重するよ」と表明したりして、中国に対する「嫌がらせ外交」を展開した。ポンペオはその後、最近中国との経済関係を拡大している東欧やウクライナにも行って「中国とつき合うな」と言っている。 (Secretary of State Mike Pompeo Warns Kazakhstan of China's Influence) (Pompeo: China does not benefit Ukrainian people) フィリピンのドゥテルテ大統領が2月中旬、米国との安保協定(VFA、駐留米軍に治外法権を付与)を破棄し、米国と縁切りしたのも、トランプ政権がミンダナオでの麻薬取り締まりを人権侵害だと攻撃してドゥテルテ側近のフィリピンの上院議員(Ronald Dela Rosa、元警察長官)の米入国を拒否したことが直接の理由であり、トランプがフィリピンを米国側から中国側に追いやったことになる。米比間のVFAが実際に失効するの半年後だが、米政府はフィリピン側に対して遺留工作をやろうとしていない。米国は、これまで米国にとって中国沖の「不沈空母」の一つだったフィリピンが中国の属国に転じるのを黙認・歓迎する「隠れ多極主義」の姿勢をとっている。 (Ending Philippines-US military pact will affect South China Sea disputes: analysts) (Duterte’s gambit: Why Americans should thank the hot-headed leader of the Philippines) 2月21日に開かれたミュンヘン安保会議では、米国の代表者たちが「(欧米にとって)中国が最大の脅威だ」と宣言している。米国はEU諸国に対して「中国ファーウェイの5G技術を使うな」とも言い続けている。また国防総省は「中国と戦うための新兵器の開発が必要だ」と表明している。トランプ政権は、中国敵視の姿勢を強めているが、その一方でアフガン撤兵など、中国が覇権拡大しやすいような動きを加速している。トランプがこのような姿勢をとるのは、中国を怒らせ、中国が米国に対抗する覇権拡大の試みを強めるよう仕向けるためだろう。 (The Door Is Open for the Crucial Trump-Putin-Xi Summit) (No Weapon Left Behind - The American Hybrid War On China) 中国は、いずれ新型ウイルスの巨大な危機から立ち直った後、以前より米国に配慮することなく、覇権拡大を進めることになる。ウイルス危機は習近平政権もしくは中国共産党の独裁体制を転覆するのでないかといった見方もあるが、それは間違いだ。今回のような巨大な危機は有事体制をもたらし、現職の権力者を優勢にする。習近平も安倍もいろいろ批判されているが、政権転覆にはならない。トランプも再選される。 (米民主党の自滅でトランプ再選へ) ▼ウイルス危機の犯人は軍産?、違うか? 米中関係の現状と今後を考える場合、重要なのは「米国(軍産)が、今回のウイルス危機を起こしたのかどうか」という点だ。中国政府のこれまでの説明どおり、ウイルスが野生のコウモリから他の野生の哺乳類に自然界で感染し、その哺乳類が武漢の野生動物市場で売られる過程でヒトに感染し、ヒトからヒトに感染拡大していった、という話が事実なら、ウイルス問題は米中関係と直接に関係ない。中国が困っているのを見て、トランプ政権がちょうどいい機会だと考えて中国に嫌がらせ外交を展開し、中国を怒らせているという話になる。この場合、トランプはたまたま発生したウイルス危機を奇貨として中国に嫌がらせし続けている。 (武漢コロナウイルスの周辺) ウイルスが、武漢のウイルス研究所などの実験室からの漏洩だったとしても、その漏洩の過程で軍産(米諜報界)が全く関与しておらず、中国側だけの研究所の職員の過失でウイルスが漏洩した場合も同様だ。しかし、同じ研究室からの漏洩でも、米諜報界のスパイにさせられてしまった研究者(中国の研究者の多くは米国への留学経験があり、そこでCIAなどに脅されたりほだされたりしてスパイになる可能性がある)が研究所内にいて、その者が何らかの方法で動物実験中のウイルスの漏洩を引き起こした場合は、軍産が今回の巨大なウイルス危機の犯人になる。中国共産党の上層部が、今回の危機を米国に引き起こされたことを把握しているなら、これは米中のある種の戦争になる。 (悲観論が正しい武漢ウイルス危機の今後) 1月23日に武漢を閉鎖した直後、習近平はウイルスとの戦いを抗日戦争にたとえ、それ以来、事実上の有事体制を組んでいる。今回のウイルスが野生動物による自然現象だったとしても「これは戦争だ」と言って有事体制を組むことは不思議でない。しかし、中国の人口の3分の1を封鎖して感染拡大を強硬に抑えようとした中共上層部の初動の異様さを見ると、これが米諜報界による攻撃・破壊活動だと考える選択肢が出てくる。米国からの攻撃でなかったら、中共は、これほど劇的で大規模な封鎖戦略をとらなかったのでないか、と考えられないだろうか。封鎖戦略は、封鎖された地域(家庭内、病院内など)での感染拡大を煽ってしまうという大きなマイナス面があり、中共はこのマイナス面も当初からわかっていたはずだ。それでも劇的な大規模封鎖を挙行したのは、米国からの攻撃だとわかったからでないか。 (ウイルス戦争で4億人を封鎖する中国) こうした推論は根拠がないので「陰謀論」と罵られても仕方がない。今回のウイルスは、感染力はものすごいが発症時の重篤性が意外と低い。中共が劇的な大規模封鎖策をとった理由は、ウイルスの感染力がすごかったからであり、米国からの攻撃だったからでない、と考えることもできる。しかし、今回のウイルス危機はタイミング的に、世界の覇権が米国から中国に移りつつある時に発生している。先の2度の世界大戦がそうだったように、覇権の移転時には、覇権移転を推進しようとする側と阻止しようとする側の暗闘が高じて、大規模な戦争・世界大戦が誘発されやすい。今は米国と中露の両方が多数の核兵器を持っており、世界大戦をやれない。それで、世界大戦の代わりに今回のウイルス攻撃を、軍産が中国に仕掛けたのでないか、といった歴史的な推論が成り立つ。 今回のウイルス危機は、中国を痛めつけるだけでなく、世界の実体経済を大不況に陥れる。米日欧の中銀群がいくらQEで資金注入しても、一昨日から起きているような株価の世界的な暴落が止められなくなる。米国中心の巨大な金融バブルが、前倒しで崩壊していく。崩壊は、米国覇権を金融面から消失させていく。中国経済も破綻するが、中国はまだ新興市場であり、実体経済の成長余力がある。金融バブルを意図的に潰す策も、習近平の就任時からやっている。ウイルス危機は、米覇権を崩壊させる。 軍産の目標は、米覇権の維持である。軍産が中国でのウイルス漏洩を誘発したのなら、ウイルスは米国のバブルと覇権の崩壊を引き起こすので、米覇権の維持という軍産の目標に反している。軍産犯人説は、やはり間違いか?。いやいやそうでない。911以降の軍産の内部には、軍産っぽいことを過激にやって失敗・覇権消失につなげてしまう「軍産のふりをした反軍産」のネオコンがいる。トランプも覇権放棄のやり方としてネオコン戦略を採っている。今のネオコンは、具体的な人物・勢力を指すのでなく、ネオコン的な近視眼的な過激策をわざとやる勢力全体を指している。イラク戦争以来、米国の軍産は、ネオコンというウイルスに感染してゾンビ化している。 (好戦策のふりした覇権放棄戦略) 武漢で研究所からのウイルス漏洩を引き起こしたのがネオコン的な軍産・米諜報界であるなら、中国を痛めつけるだけでなく、最終的に世界的な金融崩壊を引き起こして米国覇権を消失させることを十分に把握した上で、巨大なウイルス危機を引き起こすことが十分にあり得る。ネオコンっぽいシナリオは、いずれ犯人が米国側であることがわかるように仕組まれていたりする。イラクの大量破壊兵器、イランの核兵器開発疑惑やスレイマニ殺害、シリアの化学兵器使用をめぐるOPCWのインチキ報告書などが先例だ。今回のウイルス危機がどうなるか注目だ。 (イランを強化するトランプのスレイマニ殺害) ▼日本政府の無策の原因は米国の覇権放棄 米国の覇権放棄は、今回のウイルス危機に対する日本政府の対応にも表出している。戦後の日本は国家の「安全保障」に関する重要な政策や意思決定をすべて「お上」である米国に委ねる強度な対米従属策をとってきた。だが冷戦後、米国は日本(などあらゆる同盟諸国)に頼られることを嫌う傾向を強め、トランプ政権になってからそれが加速した。そんな中で、世界各国の安全保障の重大事である今回のウイルス危機が起きた。この危機が、以前の対米従属の体制下で起きていたら、米政府が日本のウイルス対策の基本方針も裏で作ってくれて、日本の政府や官僚はそれに沿って動くだけの「小役人」で十分だった。横浜のクルーズ船は米国の船会社なのだから、米政府が指揮して対策してくれたはずだ。 (対米従属と冷戦構造が崩れる日本周辺) しかし、今のトランプの米政府は同盟諸国に非常に冷淡に接する覇権放棄策を採っているので、日本に対して何も指導せず、クルーズ船の対策でも船会社が米国なのに動かず、日本政府のやり方が全くダメだとわかってから、批判したり、米国人を帰国させたりする他人行儀な策に終始した。国家安全の重大事に際し、米国(お上)が主導してくれることで政府内の結束を作る仕掛けになっていた日本では、米国が何もしてくれないので、無策なだけでなく政府内の結束すらとれず、ウイルス対策は見事に失敗し続けている。日本政府が動かないので、ウイルスへの具体的な対策の多くは都道府県に丸投げされている。クルーズ船から下船した感染者の搬送先や搬送手段を手配したのは、日本政府でなく神奈川県だった。 (政府のクルーズ船対応に神奈川県知事が苦言「国が仕切るのが筋」) (まだ続き危険が増す日本の対米従属) 有事の際に権力者の指導力への依存が強まるのはどこの国でも同じだが、日本の最高権力者(お上)は米国政府なので、今回のような有事に米国が動いてくれないと、日本政府は指導者不在のまま、完全な機能不全に陥ってしまう。安倍など歴代の首相は、日本の指導者でなく、米国の下につく「中間管理職=小役人」である。小役人国家である日本の特徴が露呈したのが今回の危機だ。 (Japan, U.S. hail security pact which Trump branded unfair) 今回のことを教訓に、もう米国は日本の指導役(お上)でないのだ、ということに日本の上層部が気づき、米国に頼らず日本国内で完結する権力構造や危機管理体制を作ることが必要だ。しかしまだ日本では上層部から国民までの多くが、米国の覇権喪失や、対米従属策の不能性に気づいていない。早く気づけば、これから改善していける。だが今のように、人々が「日本政府はダメだ」というばかりでなぜダメなのか考えない状態が続くと、日本は失敗を繰り返すばかりで改善できず、国や社会の力が浪費されていく。中国との国力逆転がひどくなり、アジアの地域覇権国である中国の属国になっていく。安倍が習近平の訪日を強く実現したがっているのは、その流れだ。 (Risks to the Japan-China 'Tactical Detente')
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |