まだ続き危険が増す日本の対米従属2012年12月26日 田中 宇安倍新首相は、政権をとるにあたり、自民党の高村副総裁を中国に派遣するなど、中国や韓国との関係改善につとめる姿勢を見せている。安倍は、中国が敵対行為とみなしている尖閣諸島への港湾施設の建設と公務員の常駐を選挙公約に掲げるなど、選挙で勝つまでの間、中国との対決を恐れない態度を醸し出し、一線を越える勇ましさによって、優柔不断を非難される民主党を選挙で破り、政権を樹立した。しかし、実際に政権を作る段になると中国との対決姿勢を消し、代わりに野田政権と同じ、中国との仲直り(戦略的互恵関係)をめざす姿勢をとり始めた。 (一線を越えて危うくなる日本) 対米従属(日米同盟強化)の観点で見ると、中国と対立姿勢をとりつつも、戦闘や国交断絶、相互経済制裁など本格的な対決に至らない「弱火の対立」の状態を維持するのが望ましい。米国は中国包囲網(アジア重視)の戦略を採っているが、この戦略はイメージ先行だ。米軍はオーストラリアやフィリピンといった中国を包囲する地域の国々での存在感(プレゼンス)を強めているが、これは数百人から2千人といった、あまり多くない人数の海兵隊などの要員を、常駐でなく巡回(ローテーション)の立ち寄り先の一つに加えたものだ。 (US military to boost Philippines presence) 米軍は、今年米政府が敵対を解いたミャンマーとの軍事交流も始める見通しだ。中国に隣接するミャンマーの軍隊が米軍と交流することは、米国の中国包囲網戦略の一環と見なせる。しかし、中国勢は依然として経済主導でミャンマーに深く関与している。中国政府は、米国がミャンマーの元軍事政権に接近することを容認しており、ミャンマーに関して全く米国を批判していない。 (US to open military ties soon with Myanmar: official) 米中は、米国がミャンマー敵対をやめる前の09年10月、ミャンマー問題で実務者協議をしている。米国は、中国の同意を得た上で、対ミャンマー戦略を敵対から協調に転換した感じだ。ここでも、中国包囲網はイメージ先行で、実態は包囲になっていない。米国の中国包囲網戦略は、現実的に中国を不利にせず、逆に、中国政界で人民解放軍など対米強硬派の意見を通りやすくして、中国の軍事拡大を扇動している。 (アウンサン・スーチー釈放の意味) 中国包囲網が米国のイメージ戦略にすぎない以上、石原慎太郎が望んでいるような、日本が尖閣問題をつかって本気で中国と対決を強める方向に進むと、日本の対中姿勢が米国の対中姿勢よりも強くなり、日米間の対中姿勢が乖離してしまう。日本が中国と敵対し、日中が相互に経済制裁したとしても、米国が日本に連動してくれて中国との経済関係を断絶することはない。むしろ、日本企業が中国市場から出ていった穴を米国企業が埋めて儲けを増やそうとするだけだ。 米企業はWTOなどで、中国に制裁関税をかけたりしているが、これも部分的にすぎず、米国の大企業はどこも中国での利益拡大に非常に熱心だ。最近では、米国が中国をWTO提訴するほど、中国も米国の補助金などを非難してWTOに提訴し、中国が米国に気兼ねせず、米国と対等の政治力を持ってしまう多極型世界の実現を早めている。 (Trade War Escalates: China Threatens US Over Renewable Energy) 日本の対中姿勢の選択肢の中で、石原(日中対決)の対極にいるのが、小沢鳩山の東アジア共同体(日中)路線だ。この路線も、日本が対米従属を脱して対中協調(または対中従属)に転換する道なので、対米従属を阻害する。小沢一郎が企図した鳩山政権の初期、日本は中国と戦略的な関係を結び、日中協調でEUの国家統合的な東アジア共同体(ASEAN+3)を重視する路線を進もうとした。その後、対米従属派の官僚機構やマスコミの反撃によって小沢鳩山路線は失敗し、民主党政権は官僚傀儡系議員が強くなった。 安倍新首相も、中国と戦略的互恵関係を強化したいと表明している。野田前政権も、一方で尖閣諸島の土地国有化に踏み切って中国を激怒させる半面で、中国との戦略的互恵関係を強化したいと言い続けていた。安倍と野田に共通しているのは、日中関係を改善したいといいつつ、尖閣諸島問題で中国が怒ることをやって「日本は中国と関係改善したいのに、中国が身勝手に怒って改善させてくれない」と言える状況を作ることだ。 この状態は、中国包囲網を喧伝しつつ中国と本格対立しない米国の路線と、同程度の対中関係を維持できるので、対米従属を維持したい官僚機構にとって都合がよい。官僚機構の一部であるマスコミは「尖閣は日本の領土だから、土地国有化も港湾建造も要員常駐も日本の自由なのに、中国が理不尽に怒っている」と書き、日本政府に中国を怒らせる意図があったことを隠している。 日中の戦略的互恵関係は、06年に前回の安倍政権の時、米国からの圧力を受けた安倍が就任早々に中国を訪問して結んだものだ。当時はブッシュ政権の米国が、中東の戦争を重視するあまり中国に対して協調的で、中国が対日協調を望んでいたため、米国は小泉政権に「中国と協調しろ」と圧力をかけたが小泉が拒否した。そのため米国は、小泉の次に首相になる安倍に「首相になったらまず中国と仲良くしろ」と圧力をかけ、安倍は訪中して中国と戦略的互恵関係を結んだ。 (安倍訪中と北朝鮮の核実験) (日本の孤立戦略のゆくえ) 今は米国の戦略が当時と異なり、中国の台頭に懸念を持つアジア諸国に米国がつけ込み「対中包囲網を強化するから、貴国は何をしてくれる?」と、日本や東南アジア諸国に、TPPに象徴される、経済面などでの譲歩を求めている。この米国のイメージ先行の中国包囲網戦略に合わせるため、安倍の姿勢も「対中協調」から「弱火の対中対立」に転換した。選挙が終わってみると、対米従属を最重視する点で安倍の姿勢は一貫している。 今回の選挙で、小沢一郎と異なる方向から官僚機構を潰すことを目論む勢力として橋下徹らが台頭した。橋下は、東京の官僚組織が持つ権力を地方に分散することで官僚独裁の解体をめざす地方分権の流れをくみ、右翼の石原と合体して政権をとろうとした。だが、日本が自前の国際戦略で打って出て英米に引っかけられて真珠湾攻撃で日米戦争を起こし、すべてを国際利権を失ったため、その後の戦後の日本人は、自国が「右」方向に独自路線を進むことを恐れている。その日本の「保守性」ゆえに、石原と組んだ橋下の戦略は失敗した。 (第二次大戦時、ドイツが米英の挑発に乗ってこないため、米英は、ドイツより国際政治に無知な日本を引っかける戦略に転じ、日本はまんまと罠にはまり、米当局が事前に察知しながら放置した、911テロ事件的な、真珠湾攻撃を起こした。ドイツの最大の間違いは、ヒットラーを政権につかせたことでなく、日本と組んだことだった。911と真珠湾の違いは、911後のテロ戦争が米国にとって大失敗で米英覇権を崩壊させているのに対し、真珠湾後の第二次大戦は米国にとって大成功で、その後の冷戦と合わせ、米英覇権体制の樹立につながった。米英覇権体制は、真珠湾で始まり911で終わりゆくとも言える。) (Pearl Harbor: Hawaii Was Surprised; FDR Was Not) 今回の選挙で民主党の敗北は事前に決まっていたので、負けたのは橋下、勝ったのは官僚機構である。対米従属が維持されるので、マスコミは安倍の選挙後の転換を批判しない。政治家は政権をとることが命なので、批判されなければ、政権をとるために選挙前は一線を越えた右翼のように振る舞い、選挙後に野田前政権と同じ路線に転換しても、悪いことでない。安倍もいずれ、野田政権と同様、優柔不断と批判され不人気に陥るかもしれないが、それまで短くとも1年ぐらいは持つだろう。その間、官僚機構は延命する。 日本の対米従属と官僚独裁からの離脱は、小沢鳩山の中道(左)からの試みも、橋下石原の右からの試みも(今のところ)失敗した。日本が自力で対米従属と官僚独裁から離脱するのは無理かもしれない。日本が自力で離脱できないでいるうちに、米国が金融財政面から再崩壊して覇権を消失し、日本は他力本願的な経路で対米従属をやめていく道の方がありそうだ。 とはいえ金融財政面でも、安倍の日本政府は、日銀に米連銀と同様の通貨の過剰発行(量的緩和)をやらせ、米国より先に自国が破滅する道を選んでいる。米国は、大晦日までにオバマ政権と共和党が財政緊縮の政策で合意できないと、元旦から増税と政府支出減が合わさった「財政の崖」が発生する。米議員から、もう合意は無理だという声が出ている。債券格付け機関は、米国債を格下げするかもしれないと言っている。財政の崖は世界的に喧伝されすぎており、実のところそれほどの悪影響でないとの見方もある。だが、連銀の量的緩和でぐらついている米金融市場に打撃を与えることは間違いない。 (Fitch warns fiscal cliff could cost U.S. its AAA rating) (World aghast at fiscal cliff mess) 安倍政権が日銀に円の過剰発行を急拡大させる前に、財政の崖を機に米金融市場が再崩壊すれば、まだ日本はそれほどの自滅をせずに過ごせるかもしれない。だが、財政の崖の悪影響が大したことなく過ぎ、来年半ばの参院選まで「景気回復」のために全力で日銀に緩和策をやらせるとなると、米国より先に日本、ドルより先に円が崩壊していく可能性が増す。害悪が、円高と「デフレ(実は無害な価格破壊)」から、円安とインフレへと転換する。日本は製造業の力が落ちているので、円安は、輸出競争力の強化でなく、輸入価格の上昇となって日本人の生活を襲う。 (China dispute hits Japanese exports) 米金融市場の崩壊は、日米だけでなく世界経済全体を打撃する。だが、中国などBRICSやEUは、米経済の崩壊と同時に人民元やユーロなど、以前から構築してきたドル以外の通貨での決済体制に移行し、世界の経済体制を米単独覇権から多極型に転換させていくだろう。米覇権の崩壊は、日本や英国をますます弱くし、中国やロシア、EUを強くする。この大転換が来年中に起きるとは限らないが、2020年までには起きるだろう。覇権動向は10年単位で見るべきだ。 日本が崩壊を回避するには、日銀に量的緩和拡大の圧力をかけるのをやめ、白川総裁に自由にやらせ、白川を留任させることだ。白川は「量的緩和して市中の資金を増やしても、企業が先行きに懸念を持っており投資を控えている以上、増えた資金は経済を回さず、景気回復につながらない。政府は、日銀に圧力をかける前に、企業が投資を増やしたくなる政策をやってほしい」という趣旨の主張をしてきたが、この考え方が日本でも米国でも正しい。 (Monetary policy moves to forefront in Japan) 米連銀は、リーマンショックで痛んだままの米金融界を救済するために量的緩和を拡大している。日本の金融界は、米金融界のように痛んでいないので、日本国内的には量的緩和が必要ない。それなのに安倍政権が「景気対策」という間違った口実で量的緩和を急拡大しようとするのは、対米従属以外の何物でもない。中国との対立より量的緩和の方が、日本にとって危険だ。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |