ウイルス戦争で4億人を封鎖する中国2020年2月10日 田中 宇2月10日、中国政府が武漢コロナウイルスの蔓延を防ぐため延長していた旧正月の休暇の延長期間が終わり、中国各地の一部の工場や企業の活動が再開された。だが、再開は一部だけにとどまり、中国の経済活動のほとんどは依然として停止している。先週末の段階で、中国経済の80%、中国から世界への輸出の90%が止まっていた。大企業のひとつアリババは、今週いっぱい16日まで従業員の休暇と操業停止を延長した。中国政府は「ウイルスの拡大は山を越えたが、まだ感染再燃の恐れがあるので慎重に経済を再開していく」と表明している。これから徐々に再開するという見通しだ。 (China seeks to restart economy despite coronavirus outbreak) (武漢コロナウイルスと世界不況) しかし実際にはここ数日、市民に無期限の外出禁止(自宅検疫)を義務づけ、地域を封鎖する新たな大都市や省が相次いでいる。成都、広州、重慶、南京、杭州、ハルビンなどだ。先週末の時点で、40の大都市と3つの省が全住民に自宅検疫を義務づけている。中国の人口の3分の1を占める4億人が自宅検疫を続けている。それ以外の中国もおそらく全域が住民に何らかの行動規制を強いている。無数の中小都市や農村が、検問所を作って外部者の入域を禁じ、内部の住民もできるだけ外に行かせない検疫体制を組んでいる。 (Inside Wuhan: Daily life in China's coronavirus quarantine zone) (Chinese villages build barricades to keep coronavirus at bay) 自宅検疫の拡大からは「感染拡大が山を越え、徐々に経済を再開する」という当局発表とは逆の動きが感じられる。つまり「まだ感染が拡大しており山を越えておらず、経済を再開できる状況にない」ということだ。「中国経済は2月10日から慎重に再開された」という公式論は、中国への国際非難の増加や株価下落を防ぐための歪曲話かもしれない。来週初めの2月17日になっても経済再開が加速しない場合、事態の改善が歪曲話である可能性が強まる。 (Angry Chinese Ambassador Slams US Senator For "Absolutely Crazy" Theory Coronavirus Is Biological Weapon) (Coronavirus: Pressure grows to re-open factories) 4億人の自宅検疫体制を「感染拡大」でなく「感染拡大を先制する予防策」と考えることもできる。だが、この巨大な封鎖体制は、中国の党と人々が最重視する「経済活動(金儲け)」や「教育」を著しく阻害する。中国全土の学校のほとんどは閉まったままだ。現時点で予定されている最速の学校再開は3月1日だ。「一応やっておこう」的な予防策でこんなことをするとは思えない。やはり今回のウイルスはかなり危険なものであり、湖北省以外の場所でも感染がまだ拡大していると推察するのが妥当だ。 (Exiled Chinese Billionaire Claims 1.5 Million Infected With Coronavirus, 50,000 Dead) (As China returns to work, it is hardly business as usual) 習近平は2月5日ごろの中共中央の会議で、今回のウイルスとの戦いには「1937年の精神」が必要だと言っている。1937年は日中戦争が始まった年であり、習近平が言いたかったのは、まだ山賊だった中国共産党軍が巨大な日本と死にものぐるいで戦おうとした時の「抗日戦争の精神」である。安倍の日本は中国に対して「いい子」を貫き、日中間の定期旅客機は飛び続けているし、安倍は日本のマスコミやウヨクに中国批判を言わせない傾向だ。だから習近平は、反日的な「日本と戦った時の精神」でなく「1937年の精神」言ったのだろう。習近平は「ウイルスとの戦いは、党と国家の運命がかかっている大変な戦争なのだ」と言った。中共は今回のウイルスを「国家安全に対する重大な脅威」と考えており、それで「戦争」つまり有事体制を組むことにした。有事体制の一つが、4億人に対する自宅検疫の強制だった。 (Coronavirus is the Black Swan that might finally sink the markets) (China's Xi Declares 'People's War' on Coronavirus) 「今回のウイルスはそんな危険なものではない。習近平は、自分の独裁を強化するために戦争だと言っているんだ」という説がある。それは間違いだ。トウ小平以来、中共の政治正統性は経済成長にある。今回のウイルス問題で中国が経済成長できなくなると、中共と習近平独裁体制の正統性が失われる。中京は、経済を犠牲にして4億人に自宅検疫を強要している。このウイルスはやはり中国の国家安全の脅威になる危険なものなのだ。戦時に自国軍の犠牲を小さく見せる有事プロパガンダをやるように、中共は感染者や死者の総数、致死率を実際よりずっと少なく発表している疑いがある。 (Optimism Fades As Virus Deaths Jump To 724; 190K Under Observation; Drop In New Cases Reverses Higher) 中共の今回の「戦争」の敵は新型ウイルスだ。治療薬は存在しない。検査薬も、医療従事者も足りない。武漢では医療従事者の3割が院内で感染し、どんどん発症している。ウイルスとの戦いが長引くほど、ウイルスに勝てなくなっていく。治療薬がないことは、敵と戦う武器がないことを意味する。感染者や発症者は、隔離しておくしかない。本来なら1人ずつ個室に隔離しておくべきだが、収容施設が足りない。仕方がないので、新しく作った病院には仕切りもない。発症者どうしが密集して寝ている。ウイルス感染で発症して治癒すると、体内に抗体ができて再発を防ぐが、今回のウイルスは十分な抗体が作られず、いちど発症して治癒しても、再び感染し発症する可能性があると、北京のウイルス専門家が発表した。しかも、ウイルスは人から人に感染していくうちに変異して別のウイルスになりうる。発症者が大部屋に集められている病院では、治癒しても再発してしまう恐れがある。一度入ったら二度と出られない「死の収容所」と化しているとの指摘がある。 (Scientists Warn: You Can Contract The Coronavirus More Than Once) (Doctor Warns Up To 30% Of Medical Staff Working In Wuhan Hospital Now Infected With nCoV) これはとんでもない人権侵害だと非難されているが、事態は平時でなく戦時だ。病院が足りないので発症者を自宅に置いておくと同居人や近隣の人々が大量に発症しかねない。発症者が出た町の全体を隔離し、住民の外出を禁じないと、町全体、国全体が発症してしまう。治療薬はないし医療従事者も足りない。ウイルス感染した国民は「敵」を内包している。病院とは名ばかりの「死の収容所」を作って隔離しておくしかない。武漢や他の都市では、中共がホテルを接収して発症者を閉じ込める仮病院=収容所にしている。そこには看護師も少数しかいない。この惨事を外部に伝えようとした市民ジャーナリストが捕まってこれらの収容所に隔離されたと中国敵視の活動家が指摘している。事実上の死刑である。戦時だから売国奴は死んでもらう。 (The Dystopian Horror Of Life Under Quarantine In China) (Chengdu On Lockdonw As Coronavirus Deaths Hit 813, Surpassing Total From 2003 SARS Outbreak) 習近平は1月23日に武漢の周辺を完全閉鎖した時点で、武漢が全滅しても国家を救うためにやむをえないと考えて見捨てたのだろう。武漢の患者救済を優先していたら、外部と武漢との交通の遮断が遅れ、感染が中国全土や全世界にもっと急速に広がっていただろう。中共のこうした強硬な戦法は、中共が抗日戦争に勝った「勝者」で、中共が強い独裁体制だからやれている。その戦争で「無条件降伏」し、その後75年間骨抜きの日本で同様のウイルス事件(たとえば武蔵村山の感染症研究所からのエボラウイルスの漏洩)が起きたら、強硬で急速な隔離政策をとれず、75年ぶりに今度こそ本当の「1億総玉砕」になりうる。 (武漢コロナウイルスの周辺) これらの現状を総合して考えると、新型ウイルスの猛威はまだ中国で続いている。中国以外の諸国での発症は総数がかなり少なく、それを見るとウイルスの脅威は大したことないと思えるが、それと対照的に、中国の巨大な封鎖を見ると、かなりの脅威に違いないと思えてくる。こんご最も早く状況が改善しても、中国各地の大都市の封鎖が緩和され、経済の再開が始まったと実感できるのが2月下旬から3月上旬、そのあと4-6月にかけて再開が進み、悪影響が終わるのは秋になる。現時点で、中国の都市封鎖は終わるめどが発表されていない。今年の世界経済がマイナス成長になる可能性が増している。 (Sen. Tom Cotton: China is not close to having control over coronavirus situation) (Here Are The 2 Trillion Reasons Why Stock Markets Are Soaring In The Face Of A Global Pandemic) 米国では以前から中国敵視だった共和党のトム・コットン上院議員が、新型ウイルス感染の被害は中共の発表よりはるかに大きいはずだとか、まだウイルス問題の解決のメドが立っていないはずだとか、ウイルスは武漢の野生動物市場からでなくウイルス研究所から漏洩したのでないかと言っている。民主党や軍産系マスコミは、コットンの主張を陰謀論扱いしている。だが私から見ると、コットンの指摘の多くは合理的だ。 (Chinese diplomat pushes back against coronavirus 'rumors' from GOP senator) (Don’t Listen To Sen. Tom Cotton About Coronavirus)
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