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インチキが席巻する金融システム

2019年11月11日   田中 宇

米日欧の中央銀行が、債券市場などに資金を注入して延命させる実質的なQEを再開し、米連銀(FRB)などの利下げ傾向も確定しつつあるので、米国中心の世界的な金融バブルの膨張が持続している。これを受け、株価が上昇して米国や日本で最高値を更新した。バブル資金に維持されてジャンク債の金利も落ち着いている。ドルの為替も高い。ドルの究極のライバルである金地金の相場も、金融界がQEの資金を使って先物売りしているらしく、引き下げられ、伸び悩んでいる。金相場が1オンス1350ドルまで下がる「元の木阿弥」説も出てきた(読んでみると根拠はいかがわしいが)。QEのおかげでドルの金融システムが延命している。 (Bond Yields Signal the Low in Gold and Silver is Getting Closer) (Bank of Japan hints it is willing to cut interest rates further

中銀群による資金注入の増加がなかったら、咋年末や今年9月に起きたような銀行間の信用崩壊、債券バブル崩壊による金利急騰など、金融システムの危機が今年も11月から年末にかけて起きていたかもしれない。だが、資金注入増がバブルを維持している限り、危機は起こらない。資金注入増は、年末に起きそうな金融危機を回避するための予防策と考えられる。 (Blain: If Yields Rise Any Higher, The Melt-Up Will Quickly Reverse

世界の金融システムは崩壊が先送りされているものの、これまで長くQEなど不健全な延命策を続けてきたため、システムはかなり脆弱になっている。中銀群は盛大な延命策をやれなくなっている。欧州中銀(ECB)のQE再開は、内部やドイツから猛反対され小規模な再開にとどまっている。日銀のQEは、マスコミや専門家に黙っていてもらいつつ、半ば隠れて続けられている。米連銀のQEは、QEと呼ばせない(QEでないと強弁する)インチキな形で再開されている。中銀群は、バブル延命の資金注入をやりにくくなっている。 (隠れ金融危機の悪化

08年のリーマン危機による金融システムのバブル崩壊後、システムを運営する米日欧の中銀群と金融界は、バブルを再生・延命するQEなど金融緩和をやったが、それらの策の目的は「バブル延命のため」と発表されず、デフレ対策・景気対策など「別の説明」をする偽装工作が採られた。QEは中銀を肥大化する不健全な策なのにそれも隠され、権威あるマスコミや専門家はその方針に積極的に従い、不健全を指摘する専門家は黙らされるか無視され、専門家以外からの指摘は素人の与太話扱いされた。この構図自体がインチキのかたまりだったが、インチキな構図を作ってバブル延命を始めたので、その後、インチキの構図が肥大化していく「インチキのバブル化」が起きている。 (最期までQEを続ける日本

▼金融システムはインチキの百花繚乱

最近、世界経済の減速や不況入りが喧伝されているが、これもインチキが入っている。景気の動向を示す失業率やGDPなどの経済指標は、米日などにおいて、以前から政府当局によって粉飾されてきた。経済指標を粉飾し続ければ、不況を好況に見せかけられる。これ自体がインチキだが、最近の動きはインチキの上に別のインチキを重ねる流れになっている。なぜ当局はここにきて粉飾をゆるめて世界不況を喧伝し始めたのか。その理由はおそらく、従来のバブル維持策の中心だったQEが中央銀行の造幣機能に悪い負担をかけるので限界があり、かわりに政府の財政赤字を増やす策をやりたいからだろう。経済がひどい不況になったと言えば、政府は景気対策として財政赤字を急増できる。 (ひどくなる経済粉飾

米連銀は、QEがバブル維持のための不健全な策だということを隠すインチキをやってきたが、不健全なのでQEが限界に近づくと、別のバブル維持策をインチキな理由をつけてやらねばならなくなっている。そのため、これまで不況を好況に見せかけてきたインチキを転換し、不況であることを認めた上で「不況だから政府の財政出動が必要だ」という新たなインチキを始めようとしている。インチキの百花繚乱になっている。 (Will MMT Trigger The Collapse Of "Money"?

この分野の新たなインチキはまだある。米政府はすでに08年のリーマン危機後に、いちど金融救済策として財政赤字の急増をやっている。当時は共和党ブッシュ政権の時代で、財政赤字の拡大をきらう共和党の「小さな政府主義者」たちからの反対が強くなり、金融救済としての財政赤字拡大は1年あまりで終わり、「無から有を産める」と言われた中央銀行のQEに取って代わられた。今また共和党政権なのに、不健全な財政赤字の拡大が金融救済策として通るのか。今すぐは通らないだろうが、今後もっと不況色が強く出るようになったら財政赤字を拡大によって金融バブルの延命ができるようにする新たな「(インチキな新興宗教みたいな)呪文」が「MMT(現代貨幣理論)」と「緑の債券」の組み合わせである。米連銀や英中銀が最近、MMTと緑の債券による財政出動を提案し始めている。 (全ての不良債権を背負って倒れゆく米政府

MMTは、何回か紹介している。「財政赤字の大幅な増加はインフレを引き起こす」という従来の理論を、実際に日本などで財政赤字の大増加が起きてもインフレにならないので間違いだと断定し、財政赤字の大増を悪政でなくむしろ良い政策とみなして奨励する主張だ。米民主党の左派が「財政赤字を急増し、その巨額資金で貧困対策をやるべきだ」と主張するために昨年からMMTを持ち出して有名にした。私はMMTに懐疑的で、財政赤字の大増加は、最終的な赤字(国債)の返済を不可能にするので最終的な財政破綻にしかつながらないと考えている。 (人類の暗い未来への諸対策

財政赤字で作られた資金で景気が回復し、経済成長して税収増になって赤字が解消されていくので大丈夫だという反論があるが、米日欧での今後の財政赤字の増加は景気を回復させる実体経済への投資に回されるのでなく、バブルを延命するための金融システムへの穴埋めに使われるだけだ。以前の出費のための負債を穴埋めするだけで、新たな経済成長にならない。貧困対策にもならない。財政赤字で作った資金の使い道を、実体経済の成長テコ入れのインフラ整備や貧困対策に限定すれば良い、と言う人もいるだろうが、資金の使い道を限定したふりをして、実はバブル延命に使うといった新手のインチキを当局がやるのは簡単だ。英国などの中銀が最近、MMTによる財政出動の必要性を言い出していること自体、不健全なQEの代わりに、不健全な財政出動を政府にやらせたがっているのが見え見えだ。欧州中銀も、ドイツ政府に財政赤字を増やして欧州経済をテコ入れしないと恐慌になると脅している。 (European Commission Warns Of Dire Future Unless Germany Issues Much More Debt) (Fed Warns Climate Change Is A Major Threat To The Economy

「緑の債券」は、地球温暖化対策として二酸化炭素などの排出を減らす事業に使う資金を作る債券を政府や民間企業が発行し、それを財政出動やQEなどで購入する構想だ。米国では最近サンフランシスコ連銀が、米連銀として初めての地球温暖化に関する報告書を発表した。英中銀も、少し前に似たような報告書を出している。いずれも、巨額の温暖化対策をやらないと温暖化で世界経済が大打撃を受ける、といった内容だ。 (Why the Fed, Long Reticent, Has Started to Talk About Climate Change) (More 'Green New Deal Ideas' Emerge In The UK... Suitable For The Trash Can

地球温暖化人為説を「真実」として確定したことがまずインチキで、緑の債券の構想を実現すること自体が壮大な無駄遣いだが、実際にはMMTのところで書いたように、資金の投入先の多くがバブル延命用の穴埋めに横流しされるという重層的なインチキの構図になる。COP15でオバマの米国が温暖化対策の国際主導権を中国に委譲して以来、温暖化対策の国際的な援助や投資は、中国など非米諸国の経済テコ入れに使われるだけの構図になっており、温暖化対策の資金移動も「隠れ多極主義」の色彩を持ったインチキだ。 (まだ続く地球温暖化の歪曲) (新興諸国に乗っ取られた地球温暖化問題

人為説がインチキ、その対策としての従来の資金移動も多極主義のインチキ、新手の「緑の債券」は中銀群がインチキを横取りしてバブル延命に流用しようとする新規のインチキ、という多重で複雑な構造になっている。こんな事態になっている一因は、温暖化対策もバブル延命も多極化も、世界の覇権を運営する諜報界が手がける策なので、二重・三重のスパイや背乗り、偽ニュースの権威ある発信源(マスコミ)がうようよしている業界で起きていることだからだろう。 (ポスト真実の覇権暗闘) (田中宇史観:世界帝国から多極化へ

現実的には、米国政府がMMTや緑の債券を公式な政策に盛り込む可能性が低い。トランプは地球温暖化人為説をインチキだと看破して嫌悪している。トランプの米政府は先日、正式に温暖化対策パリ協定からの離脱を開始した。MMTも緑の債券も、民主党左派だけが提唱しており、共和党は否定的だ。トランプは、来年の大統領選で再選される可能性が高い。トランプ政権2期目の米政府は、MMTや緑の債券を政策にするのを拒否しそうだ。バブル延命を優先してトランプが豹変する可能性もあるが。MMTや緑の債券を米国がやらないなら、EUや英国だけでやることはない。EUを主導するドイツは財政赤字を増やしたくない。米連銀の傀儡である欧州中銀が、米覇権の傘をきてドイツを脅してQEを強行しているが、トランプの覇権放棄策によって米国の覇権が低下するほど、ドイツも米国の無理強いに従わなくなる。 (Central Banks Begin to Panic

▼株価延命のためIPOが切り捨てられている?

金融システム内では、MMTや緑の債券といった新手のインチキが出てくる一方で、少し前まで隆々としていたインチキがすたれていく動きも起きている。延命策のパワーが落ちているので、延命の対象から外される分野が出てきている。その一つはIPO(株の新規上場)だ。 (SoftBank Founder Calls His Judgment ‘Really Bad’ After $4.7 Billion WeWork Loss

ソフトバンクのベンチャー投資(VC)部門であるビジョンファンドが手がけていた「ウィワーク」(世界的な共用オフィスの運営会社)の上場計画が9月に破綻したことが象徴的だ。ウィワークは大赤字の経営のまま、常識的な試算を大幅に上回る企業価値を喧伝されつつ高値上場を狙ったが、投資家の多くがこの誇張に乗せられることを嫌がり、上場が見送られた。それを機に、最近すでに上場した他の欧米の「ハイテク企業」のいくつかについても、上場後も赤字続きで株価が下落していることが問題にされ「世界的にIPOのブームは終わった」と言われるようになった。 (IPO activity to remain subdued in Q4 amid 'sea change' on US tech listings 'bubble'

ウィワークの上場失敗後、孫正義のビジョンファンドに代表されるIPO目的のベンチャー資本家の手法を「インチキだ」と非難する論評が出回るようになった。ウィワークは、よく見れば古臭い賃貸オフィス業であるのに、それを新興宗教っぽい謎めいた経営手法で煙に巻き、斬新なハイテク企業であるかのようなイメージを定着させ、企業価値を実体の何倍にも見せかけて高値上場しようとした、それを演習したのが孫正義だと批判されている。 (Proof that the tech-unicorn IPO bubble is bursting

孫正義らベンチャー投資家は、新興の赤字企業に巨額を投入しつつイメージアップし、よく見ると「たいして斬新でない巨大な赤字企業」なのに人々がそれを「将来性に満ちた素晴らしいハイテク新興企業」と錯覚するように仕向け、IPOして大儲けしてきたと批判されている。孫正義自身、カリスマ性を身につけて投資の神様とあがめられ、投資金がどんどん集まって「ネズミ講状態」に拍車がかかっていた。 (WeWork’s Implosion Shows How SoftBank Is Breaking the World

ベンチャー資本家が、上場させようとする新興企業のイメージを粉飾的に誇張するのは以前からのことだが、近年はそれが特にひどくなっている。上場前の1年間にずっと赤字経営なのにIPOした企業の割合が、16年にはIPO全体の67%だったのが17年に76%になり、18年には81%へと増えている。今年も80%になりそうだ。上場前に赤字だった企業の多くが、上場後も赤字続きだ。IPOをめぐるインチキは年々ひどくなってきた。株を買う側も「ハイテク企業は赤字経営でも株価が上がるから良いんだ」と考えて投資してきた。インチキだったは、上場を演出する側(騙す側)だけでない。そんなインチキIPOのバブルが崩壊したのがウィワークの上場失敗だった。 (Unicorns: Only in Fairy Tales

何社かのIPOが失敗しても、QEなどバブル維持の資金がうまく回れば立ち直り、IPOが再び活況になりうる。だが同時に、IPOが増えすぎると、株式市場全体としての株式数の増加がシステム内の資金総量の増加を上回り、株価の高値を維持しにくくなるのも事実だ。これまで米国の株価上昇の最大要因は上場企業による社債発行による自社株買いだったが、最近は自社株買いが急速に減っている(4-6月期に前年同期比18%減)。景気の悪化により本業の利益が減り、自社株買いでなく本業の建て直しに金を使う必要がある。 (Goldman warns that buybacks are ‘plummeting,’ ending a big source of buying power for the market

自社株買いが減っているのにIPOが多いままだと、市場全体として株価を維持できない。孫正義の黒幕はゴールドマンサックスといわれる。JPモルガンも、多くのベンチャー投資家の背後にいる勢力だ。これらの米金融界の上層部が、株価の高値を維持するため、IPOバブルの崩壊を意図的に黙認ないし扇動している可能性がある。数あるインチキの中でも優先順位があり、IPOより株価全体の維持の方が重要なのだ。 (For The First Time Since The Crisis, Companies Spent More On Buybacks And Dividends Than They Earned...

私が書いていることの多くは、マスコミから見ると「フェイクニュース」「事実でない妄想」だ。しかし、読者の中には、マスコミこそ諜報界(軍産や金融界)が流すインチキな話を事実っぽく報じる「フェイクニュースのプロ」であることに感づいている人も多いだろう。QEから温暖化人為説までのインチキ話は、何年もインチキがばれずに続いている。今後もずっとばれそうもない感じもする。ばれないまま、金融バブルや米覇権体制が報じられもせずに崩壊していくのかもしれない。



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