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世界中がゼロ金利に

2019年9月8日   田中 宇

少し前まで、実際の景気は悪いのに「景気は良い」「中国は経済難だが、米国や日本は好景気だ」と誇張して報じていた米日などのマスコミが最近「世界不況が近づいている」「経済が急速に悪化している」と喧伝している。たしかに世界的に経済が悪化しているが、これまでも世界・米日とも景気は良くなかった。これまで景気が悪いのに「良い」と言って「偽ニュース」をさかんに流していたマスコミが、ここにきて急に景気の悪さを正直に認め始めたのはなぜなのか。 (28 Signs Of Economic Doom As Pivotal Month Of September Begins

改心した?。まさか。経済以外の分野では、まだ悪質な歪曲報道・偽ニュースだらけだ。リーマン危機以来の経済の歪曲報道で見えたのは「マスコミや専門家は、景気の良さ・悪さに関して半永久的に人々にウソを信じ込ませられる」ということだ。こんな便利な機能を、エスタブ金融界(やトランプ)が簡単に手放すはずがない。今起きているのは偽ニュースの放棄でなく、論調の再調整だ。 (The Real Reasons Why The Media Is Suddenly Admitting To The Recession Threat) (Strongest Economy Ever? Just Ignore The Negative Revisions

理由として指摘されていることの一つは「トランプ(反軍産)を敵視するマスコミ(軍産傘下)が、来秋のトランプの大統領再選を妨害するため、景気の悪化をトランプのせいにする報道を展開し始めた」ということ。もう一つは逆に「トランプ側が、再選に必要な株の高値を維持するため、米連銀に大幅利下げやQE再開を強要しようとして、マスコミに圧力をかけて景気の悪化を喧伝させている」ということだ。マスコミは前者のつもりで、トランプは後者のつもりで景気悪化の情報を流布している可能性もある。米民主党内で守旧派(軍産エスタブ・中道派)と党の主導権を争っている左派(サンダース、ウォーレン、ガッバード、AOCら)も、不景気の方が軍産エスタブ敵視の左翼ポピュリズムを醸成して支持を拡大できるので好都合だ。 (Fed Lines Up Another Quarter-Point Rate Cut) (Why Central Bankers May Be Hurting, Rather Than Helping, Lenders

トランプの圧力を受け、米連銀(FRB)は9月18日の政策決定会合(FOMC)で、7月末に次いで2度目の利下げ(短期金利の引き下げ)をやりそうだ。景気悪化の喧伝は、トランプの思惑を実現させている。米連銀は、2015年から続けてきた資産圧縮(QEで買い込んだ債券を放出していくQT)も、8月に入ってやめるかもしれない感じになっている。それまで毎週減り続けてきた連銀の総資産額が、8月以降、増えたり減ったりの曖昧モードになっている。連銀は、トランプが求める「金利の大幅下落(マイナス化)とQE再開」まで踏み切っていないものの、従来の利上げ姿勢をやめて小幅な利下げを繰り返し、QTをやめて曖昧モードに転換するところまではきている。 (Fed - Factors Affecting Reserve Balances) (China Finds It Can Live Without the U.S.

7月末の前回利下げ後、利下げ幅の小ささに対する失望などから株価など金融相場が急落して混乱し「パウエル・タントラム」(パウエル連銀議長の失策に対して市場がかんしゃく=タントラムを起こした)と呼ばれた。9月もFOMCの後、9月末にかけて株価が急落するタントラムが再発するかもしれない。トランプとしては、パウエルに「お前が利下げやQE再開に消極的だから株価が暴落した。早くやれ」と加圧できるので、大きめのタントラム・金融混乱が起きてくれた方が好都合だ。それに加えて世界経済の悪化が喧伝され続けると、連銀の利下げとQE再開の傾向が本格化しうる。 (トランプのドル潰し) (Will the US follow Germany and Japan below zero?

預金と融資の利ざやで生きてきた銀行界(本業部門)は、利ざやが減って経営難になるゼロ金利やQEに反対だ。だから従来、米銀行界は連銀の利上げとQTに賛成してきた。だが金融が混乱(バブルが一時崩壊)して株や債券が大幅下落すると、銀行の資産の減少・不良債権増加になるのでそれも困る。これから起きそうな金融混乱が大きいほど、安定再生・バブル維持が重要になり、銀行界もゼロ金利やQE再開に反対しなくなる。 (Powell Doesn't Change His Tune... And Rabobank Sees Fed Cutting To Zero

米国の債券市場では、短期金利が長期金利より高い金利逆転(逆向きの金利曲線)がひどくなっている。連銀のこれまでの利上げ傾向によって短期金利が高い半面、債券金融システムのバブル醸成機能が自転を続けて長期金利の低下が続いてきたためだ。バブル化が進んだ金融システムの規模は実体経済よりはるかに大きいので、よく言われる「金利逆転は(実体経済の)不況が近い兆候」という側面は少ない。今後、連銀の短期金利の利下げと、QE再開による長期金利の低下の両方が進むので、金利曲線の逆向きは解消されない。 ("The End Is Unforeseeable" - Negative Interest Rates Threaten The Entire Financial System

8月末に米国ワイオミング州の避暑地に米欧日の中央銀行幹部たちが集まった年次の「ジャクソンホール会議」で、中銀幹部たちは「金利とドル為替をもっと引き下げた方が良い」という認識で合意したと指摘されている。米国だけがQEやゼロ金利策をやっていると、ドルを保有する利得が減ってドルの基軸性が低下してしまうので、15年から日欧がQEとゼロ金利をやって米国はQTと利上げに転じたが、今や日欧のQEが限界に達している。そのため、米国がQEを再開し、米日欧の全体をQEとゼロ金利の状態にすることで、資金がドルから逃げずに超緩和策をやれるようにするのが中銀群の意図だ。世界中がゼロ金利なら、資金の逃げ場がなくなってドルの基軸性も落ちないとの考えだ。ゼロ金利を世界的に徹底させていく間、今のパンパンに膨れた金融バブルを維持できる。 (Is A Coordinated Dollar Devaluation Secretly In The Works?) (Blain: "Central Banks Are No Longer A Solution – They Have Become The Risk"

長期金利をゼロにすると、ジャンク債など社債の金利もかなり低いものになり(すでに実質ゼロ金利のジャンク債がある)、倒産しそうな企業でも低金利で起債できるので倒産が少ないままになり、表向きの景気悪化(倒産増加)を防げるし、株価も下がりにくい状態が続く。ゼロ金利なら、国債をいくら発行しても利払いの財政負担がゼロだ。無限に国債発行できる。しかし、そんな無限の大金持ち状態を続けていると、どこかの時点で債券の買い手がつかなくなる。投資家は、買った債券を売れないかもしれないことに気づくと、もう買わなくなる。いずれ、このような債券金融システムの崩壊が起きる。 (Corporate bond issuance sets new global record

世界中をゼロ金利にして資金逃避先をなくしてドルとバブルの崩壊を防ぐ策は、すべてを不健全化することで(見かけ上の)健全性を維持する策だ。警察官や裁判官を含む全人類に犯罪や汚職をやらせ、取り締まりをやる人がいない状態にすることで「犯罪のない世界」を実現したと言うのと似ている。とんでもない策だ。これは長く続かず、最終的にもっとひどい崩壊が起きる。だからジャクソンホール会議でも、英中銀総裁が「もうドルの基軸性崩壊は不可避なので、多極型の別の基軸通貨体制に移行するしかない」と提案したのだ。 (基軸通貨の多極化を提案した英中銀の意図) (ブレトンウッズ、一帯一路、金本位制

米欧日がゼロ金利とQEをやっても、中国など新興市場諸国はそこに入らない。中国は今のところ、自国の金融バブルを先制的に潰す作業を16年ごろから続けており「バブル崩壊は米国でなく中国がひどい」と米側のマスコミが喧伝できる状態だ。中国政府は先月から人民元の対ドル為替も引き下げており、「ドルが崩壊して人民元が生き残る」という多極化のシナリオとは正反対の状況にある。だが、世界的に実体経済の成長が今後も続くのは中国など新興諸国諸国だ。米欧日は、金融バブルが崩壊すると成長源がなくなってしまう。いずれ来る米欧日の金融崩壊後、世界経済の牽引役は中国など新興市場になる。このきたるべき「新・新世界秩序」を強化するため、トランプは中国に貿易戦争をふっかけることで、中国が率いる新興市場を米欧日から切り離し、米欧日が金融崩壊しても中国など新興市場が潰れない状態を作ろうとしている。 (中国の意図的なバブル崩壊) (世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる) (ドルを破壊するトランプたち

世界中をゼロ金利にすると資金逃避先がなくなると書いたが、金地金は資金逃避先として残る。だから、米連銀が金利低下・QE再開に向かうほど金相場の上昇力が強くなる。ドルを守りたい米国側は、再開したQEによって作られる資金で金先物を売り放ち、金相場を反落させたい。金地金の国際価格を管理する勢力は最近、従来の米英から中国に移った感じで、相場を下げようとする米国側よりも強い力で上昇を誘導している。先週末、それまで上昇が続いていた金相場が突然急反落しており、米国側の引き下げ力はまだ残っている。しかし全体として、貴金属市場が資金逃避先とみなされる傾向は世界的に強まっており、今後、米連銀の利下げ傾向の確定や、株価の急落、米中貿易戦争の激化(世界経済を米欧日と中国側に二分する多極化への動き)などがあると、そのたびに金相場が上がっていく。 (What The Historic Plunge In Yields Means For Bonds And Gold) (金相場抑圧の終わり

米国の石油の自給と、中東覇権放棄の機運を引き起こしている米国内のシェール石油の開発も、金融バブルに依存している。シェール石油の開発会社群の多くは赤字経営で、ジャンク債を発行して資金を作り、シェール石油の開発費にしている。シェール石油の油井の多くは寿命が数年しかなく、さいきん資金難に陥る中小のシェール石油会社が続出している。今後、米国がゼロ金利に近づき、ジャンク債を低利で発行できている間は、米国のシェール石油産業は延命でき、「シェール革命」や「米国の石油自給神話」も維持されている。 (まだ続くシェール石油のねずみ講

だが、いずれ金融バブルが崩壊してジャンク債の金利が高騰すると、シェール石油会社の連鎖倒産が起こり、神話が崩壊し、「革命」は「詐欺」に替わる。米国は再び中東から石油を輸入せねばならなくなるが、そのころには中東の覇権はロシアやイランに握られ、サウジアラビアも米国から縁を切られて非米化・親中国化しており、OPECは米国よりロシアの言うことを聞くようになっている。見事な覇権自滅へのシナリオだ。「シェール革命」も、実のところ「隠れ多極主義」の謀略だったようだ。 ("It's American Hegemony That's Being Backed Into A Corner" - The Dollar Is More At Risk Than The Yuan



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