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トランプのドル潰し

2019年8月10日   田中 宇

トランプは米大統領就任以来、いくつもの分野で覇権放棄と多極化を展開してきた。米国の覇権運営権を握ってきた諜報界を頂点とする軍産複合体を、ロシアゲートの濡れ衣晴らしを返す刀として活用した「スパイゲート」の捜査で無力化した。イラン核協定を離脱して、中東の覇権を露中やEUに押しつけた。アフガニスタンやシリアを露中イランの傘下に入れた。北朝鮮敵視策を過激に展開して対北政策の主導権を軍産から奪った後、一転して北に宥和して米朝首脳会談を繰り返し、南北和解や北問題の解決につなげ、朝鮮半島を中国の覇権下に押し込み、在韓・在日米軍の撤退に道を開いた。EUやカナダ豪州インド日韓など親米諸国が不公正貿易をしていると非難し、米国の同盟体制を貿易面から破壊した。などなど、多方面の覇権放棄と多極化策をひとわたり展開したトランプは最近、米覇権の本丸、金融面の覇権の大黒柱であるドルの基軸通貨性を壊す動きを強めている。トランプは、米連銀(FRB)に無理やり利下げをさせてドルの信用失墜を引き起こすとともに、中国を怒らせてドル潰しをやれとけしかけている。 (スパイゲートで軍産を潰すトランプ) (貿易世界大戦) (米国の覇権を抑止し始める中露

米金融界にはトランプ以前から、ドルの基軸性を自滅させようとする隠れ多極主義的な動きがあった。08年に、リーマンブラザーズが不必要に倒産に追い込まれて金融危機が悪化させられた。その後は、リーマン危機で崩壊・凍結状態になった債券金融システムを救済するためと称して、最後は破綻する「出口がない」政策であるQE(通貨を大量発行して債券を買い支える策)が行われた。米金融界では、ドルの基軸通貨性の永続を望む米覇権主義の勢力(主流派、常識派)と、ドルの基軸通貨性を自滅させようとする隠れ多極主義の勢力(非主流派、非常識派)が暗闘している。 ("Today’s Monstrous Attack On World Order Is A Creation Of The Fed's Own Making") (ドルを破壊するトランプたち

ドルを自滅させるQEを積極的に拡大したバーナンキ連銀元議長は隠れ多極主義だったようだが、2014年にバーナンキのあとを継いだイエレン前議長は、逆にドル覇権の延命を画策した。イエレンは、QEを日欧中銀に肩代わりさせ、米連銀自身はドルの基軸性を守るためQEとゼロ金利策を離脱し、利上げと債券放出(QEの逆回し。QT)を開始した。中央銀行の任務は、危機の際に金融システムを守ることだが、QEは中央銀行に、危機の際に不良債権と化す巨額の債券を抱え込ませ、中央銀行として役立たずにさせてしまう。危機の際に利下げできなくなるゼロ金利策も同様だ。QEは数年以上続けてはならない政策だ。イエレンはQEを5年でやめて日欧に肩代わりさせた。 (万策尽き始めた中央銀行

日欧はその後ずっとゼロ金利だ。米国だけ金利を引き上げることで、日欧など世界の資金が米国に集まり続け、米国の債券が売れ続ける状況も作れた。ゼロ金利策は、利ざやで利益を出してきた銀行界を潰してしまう。日本の中小銀行はひどい経営難だ。対照的に、米連銀は自分たちだけ金利を引き上げることで、米国の銀行界に利ざやを出させてきた。 (Japan’s Banks Pinched by Zero-Yield Experiment) (【ゆうちょなど日本の大銀行の破綻を懸念する記事!】"There's No Escape": One Japanese Bank Owns Over Half A Trillion Dollars In US Bonds

トランプが指名して18年に就任した現議長のパウエルも、利上げとQTを維持しようとしたが、トランプに猛反対されるとともに、トランプが起こした米中貿易戦争やNAFTA潰しなどによる世界不況の拡大を受け、7月31日に11年ぶりの短期金利の利下げを余儀なくされた。トランプは連銀がやっているQTにも反対しており、QTの終了も前倒しされることになった。 (The "National Emergency Loophole": How Trump Will Intervene In The Market To Crush The Dollar) (The Fed - Factors Affecting Reserve Balances

中央銀行の利下げや利上げは、うまくやれば良い効果を生むが、うまくやらないと悪影響が大きくなる。米連銀は昨年末に利上げしたあと、7ヶ月後の今回利下げに転じたが、昨年末も今回も、トランプと連銀が対立して混乱する中での金利変動だったため、良い効果をもたらさず、悪い結果になった。前回も今回も、トランプに圧力をかけられているパウエル議長は、記者会見でどっちつかずな矛盾の多い発言を発して市場が動揺し、株価が暴落した。この暴落は「パウエル・タントラム」(パウエルのせいで市場が起こした癇癪)と呼ばれた。トランプはうまくやれないパウエルに批判のツイートを浴びせかけ、混乱に拍車をかけた。こうした混乱は、ドルに対する国際信用を低下させ、ドルの基軸性の喪失に拍車をかけている。 (トランプは金融バブルを維持できるか) (US Futures Rebound From Post-Powell Tantrum As Dollar Juggernaut Continues) (Peter Schiff: "Either [Powell] Is Lying, Or He's A Complete Idiot"

だがその一方で、前回も今回も、株価の暴落は短期間で終わっている。それは、トランプが自分の大統領再選のために、株価の高値維持を最重視しているからだ。トランプは、株価の暴落につながるドルの基軸性の喪失を謀略的に追求すると同時に、自分の再選につながる株価の高値維持も追求するという、矛盾する2つの目標を追っている。これは無茶なように見えるが、権力者であるトランプが2つを同時にやることで、米当局は金融界のバブル膨張を無理に扇動し、バブル崩壊の前倒しにつながる。時期的には、ちょうどトランプが株高を維持して再選を果たした後に、よりひどい金融バブルの崩壊が起こり、ドルの基軸性の喪失が実現する流れになりうる。米金融界では、リーマン危機前に横行した、事実上無担保の債券発行の拡大や、良い債券と悪い債券を束にすることで悪い債券を良く見せて発行する詐欺的な手法が再び横行し、いずれ確実に破綻する悪性の金融バブルがどんどん膨らんでいる。 (Wall Street’s Answer to Risks in Loan Market: Bundle Lower-Rated Loans) (ドルを犠牲にしつつ株価を上げる

今回の米国の利下げは、米連銀がこれまでのドル基軸の延命のための利上げやQTをしてきた状態から、金融バブル維持のための利下げやQE再開へと転換していく始まりになるという予測が出ている。この転換は、トランプの意向に沿っている。パウエルや連銀の主流派は、ドルの基軸性を維持するために利上げ傾向とQTを維持したい。金利を下げてしまうと、金融危機になった時の救済策である利下げの「弾」がなくなってしまう。すでに今回、トランプが連銀が無理やり利下げさせたので、米当局(トランプと連銀)に対する不信感が拡大し、夏休み明けの9月ぐらいに信用不安が拡大して株の暴落などバブル崩壊が再来する可能性がある。そうなると、連銀は追加の利下げやQTの終了に踏み切らざるを得ない。 (Trump administration has few tools to weaken the dollar

利下げやQT終了は、債券や株の市場への資金流入を増やすのでドルや金融界の延命策になる。だが同時に利下げやQT終了は、連銀がこれからのバブル崩壊時に使える「弾」を減らすので、米連銀に対する市場からの信用を低下させ、最終的なドルの基軸性の喪失につながる。表面的・金融的な相場の動向でなく、深奥的・地政学的なドルの基軸性の動向を観察している(マスコミや権威筋の対極にいる)在野の分析者の間からは、連銀がこれから短期間でゼロ金利とQE再開に向かうという予測が出ている。トランプは、連銀がゼロ金利やQEを再開すべきだと考えており、トランプからの圧力も、連銀をゼロ金利とQEに向かわせる。 (ドル延命のため世界経済を潰す米国) (The Fed, QE, & Why Rates Are Going To Zero

2015年以来、対米従属の日欧中銀が、ドルを守る米連銀に協力して、日欧だけが不健全なゼロ金利とQEを続け、米連銀は利上げやQTによって再健全化を目指してきた。だが今、この体制は終わりに近づいている。連銀に利上げやQTをやめさせたいトランプの意向のほか、どんどん膨張する世界的な金融バブルを維持するため、日欧中銀だけの努力では足りなくなり、米連銀も利下げやQE再開が必要になっている。IMFは先日、これまで不健全とされてきたQEを世界中の中央銀行がやらざるを得なくなっていると表明した。FT紙は、すでに史上最低の水準にある長期米国債の金利がさらに下がってゼロ金利に近づくと予測する記事を出している。米連銀が利下げした直後、インドやタイ、NZなどの中央銀行が相次いで利下げした。世界的な金利低下・ゼロ金利化が始まった観がある。 (Acting IMF chief backs monetary easing by central banks) (Betting man Kyle Bass wagers Fed policy will turn Japanese) (3 Central Bank Shocks Unleash Overnight Yield Crash, With Yuan On Verge Of Collapse

世界中がゼロ金利化すると、世界的なバブル膨張が加速する。金利曲線の平坦化や逆転が長期化する。金利逆転は従来「不況の前触れ」と言われていたが、もはや金利水準は、実体経済から切り離された金融バブルの中の話になっており、金利曲線の状態は好不況やインフレと関係なくなっている。ゼロ金利化は、政府がいくら財政赤字を増やしても国債利払いが増えず、倒産しそうな企業も低金利でジャンク債を発行できるので倒産せず延命し、倒産が減るので株価も下がりにくく、不況の実感も少ないという短期的な利点がある。(半面、短期的な欠点は、年金など利息収入に頼ってきた機構が危機に陥り、銀行の利ざやがなくなって銀行界が斜陽産業になることだ。これから銀行が世界的に業界ごと潰れていくことを見越して、フェイスブックの仮想通貨リブラなど、銀行に頼らない決済機構が出現している) (Gold's Surge Is A Message: Central Banks Are Out Of Control, Not Inflation) (フェイスブックの通貨リブラ:ドル崩壊への道筋の解禁

ゼロ金利は、成長鈍化した先進諸国の経済政策として魅力的に見えるが、実はとても危険な策だ。膨張したバブルはいずれ何らかの信用不安を引き金に金融崩壊し、バブルが大きいほど崩壊も大きくなる。中央銀行はQEとゼロ金利によって危機対策の「弾」を失っており崩壊を止められず、バブル崩壊は金融システムを丸ごと潰してしまう。信用不安が広がると、株や債券など「紙切れ」系の資産が価値を失い「原始的」「野蛮」な金地金ぐらいしか資産価値の拠り所がなくなってしまい「金融の先祖返り」が起きる。それを見越してか近年、世界的に中央銀行自身が金地金を買いあさっている(日銀などを除く)。ゼロ金利やQEへの反対論が広がらないよう、金融界やマスコミは何年も前から、ゼロ金利やQEの危なさを指摘しない「プロパガンダ状態」にあり、きたるべき巨大なバブル崩壊も、ほとんど警告が発せられないまま具現化していく。 (Peter Schiff: We Have Global Currency Weakness; They're All Losing Value Against Gold) (米金融覇権の粉飾と限界

QEは中央銀行が発行したお金を使って債券を買い支え、債券金融システムを延命する策だが、これと似た政策で米民主党の左派が最近提唱しているのが、政府が国債を大量発行して、その財政資金で貧困対策や社会保障、インフラ整備などを行い、国民の消費増加と経済成長を引き起こそうとする、MMT(現代貨幣理論)などの政策だ。財政赤字をいくら増やしてもゼロ金利が続く限り政府の利払いが増えないし、国債はQEをしている中央銀行に買ってもらえるので、財政赤字をどんどん増やして人々に金をばらまくのが良いという考え方だ。もちろん、これは永久に続くものでなく、いずれ信用不安が起きると国債金利も高騰し、政府が債務不履行に陥って終わる。MMTなど「財政の大盤振る舞い策」はむしろ、米政府の財政破綻を前倒ししようとする、トランプの隠れた盟友である米民主党左派の覇権放棄策に見える。 (How AOC Set A "Death Trap" For The World's Most Powerful Central Bank And Set The Stage For MMT) (Elizabeth Warren Warns An "Economic Crash" Is Coming, And Only She Has The 'Fix'

米連銀がQEと利下げの傾向に入ると、その後3ー4年は金融バブルが延命するが、その前に米連銀がQEと利下げの傾向に入るきっかけとなる小さな金融危機が起きそうだ。現時点でまだ米連銀は、トランプの圧力でとりあえず1回限りの利下げをしただけで、今後も利下げすると言っていない。これが、明確な利下げ傾向に転換するには、これから年末ぐらいにかけての時期に小さな金融危機が起きる必要がある。すでに債券市場のリスクが過去最大になっていると指摘されている。 (Ray Dalio: There Is As Little As One Year Of Fed Stimulus Left In The Bottle) (Nomura: We Are Headed For A Second "Lehman-Like Shock" Selloff

米連銀の利下げには、世界経済の不況化も関係している。米中貿易戦争や、中国政府が元ドル為替を、これまでの下限だった1ドル7元を超えて元安にし始めたことについて分析が必要だが、これは今後に回す。中国とロシアの反米的な結束が強まり、中露が2国間や他の非米諸国などとの貿易を、ドルでなく人民元など各国通貨で決済するようになっていることも、ドルの基軸性の低下に拍車をかけている。トランプが、イランなど敵視する諸国への制裁措置としてドルの使用を禁じる策を拡大するほど、中露とEUなどが結束して世界的な貿易体制の非ドル化を進めてしまい、ドルの基軸性の低下に拍車がかかる。トランプが米中貿易戦争を長引かせるのは、覇権放棄策・多極化の一貫と考えられる。 (Russia significantly reduces use of dollar in trade with India, China: Report

ドルの基軸性が低下するほど、金地金に対する需要や重視が強まる。米連銀が利下げを発表した直後、金相場が高騰し、それまでの1オンス1420ドル前後の水準から、1500ドル越えの水準へと上昇した。金地金を買っているのは、現物を持っている投資家でなく(彼らは益出しのため売っている)、金のETFなど「地金関連の紙切れ」に投資してきた機関投資家などだという。彼らは、これまで金相場を引き下げて儲けてきた人々だ。これからトランプがドルの基軸性を傷つけていくほど、金地金の価値が増していく傾向が続く。ただし、米連銀がQEを再開したりすると、その資金の一部で金相場を再び引き下げようとするかもしれない。 (金相場抑圧の終わり) (Who Are The Gold Buyers That Pushed The Price Over $1,400?



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