韓国は米国の制止を乗り越えて北に列車を走らせるか2018年9月2日 田中 宇今年6月の史上初の米朝首脳会談で、トランプは金正恩に対し、核廃絶と引き換えに米国や韓国と和解し、米韓や中国が北にインフラ整備などの巨額投資を行う新体制に事態を持っていこうと呼びかけた。トランプは、米朝が和解して北朝鮮が経済発展する宣伝動画まで作って正恩に見せた。正恩は大喜びで提案に乗った。それより前の4月末に行われた南北首脳会談では、韓国の文在寅が金正恩に、南北の鉄道や道路をつなげて相互乗り入れする計画や、経済支援策などの提案書がつまったUSBメモリを手渡した。米朝と南北の首脳会談で、南北の直通列車の運転や、その他の和解的な経済支援が進んでいくかに見えた。 (北朝鮮に甘くなったトランプ) 韓国大統領の文在寅は、9月末までに北朝鮮を訪問して3度目の南北首脳会談を行う予定で、すでに韓国の事務レベルの代表団が訪朝している。この会談で文は、南北をつなぐ列車の運行を年内に開始することを決めたい。文在寅は対日解放記念日の8月15日、南北鉄道の相互乗り入れによって中露日など東アジアの鉄道網の一体化を進めることを国際提案した。韓国は北と相談し、9月の南北首脳会談後、ソウルから平壌を通って中国国境の新義州まで、朝鮮戦争後初めての直通列車を走らせる計画を始めている。韓国から鉄道技術者が訪朝し、南北間の直通列車を運行するにあたっての技術面の問題解決を進めている。正式な運転開始の前に、試運転を行う予定になっている。 (South Korean leader calls for train route to North Korea by end of year) 南北間の直通列車は、00年に金大中政権の太陽政策の一つとして南北で合意され、7年かけて鉄道結節の工事と政治交渉が行われ、07年5月に「日本海」沿いの東海岸で初めての直通列車を運行した。だがそのあと南北関係が悪化し、直通列車はこの時の1本だけで終わっている。今回、直通列車の運行が計画されている西海岸でも、線路の結節工事はすでに行われており、技術的な問題はあまりない。6月の米朝首脳会談以来の外交の流れからみて、南北直通列車は運行できそうな感じだった。 (South Korea longs for a train to Europe — but U.S. sanctions on North Korea block the way) (North Korea-South Korea Railway) ところが8月30日、在韓米軍司令部は、韓国政府が、北朝鮮と合同で南北直通列車の試運転をやりたいので賛成してほしいと申し入れたのに対し、南北に直通列車を走らせることは、国連安保理が北朝鮮制裁決議で禁止している「北を支援する行為」にあたる「制裁破り」に該当するので、北が核廃棄を完了するまで実施してはならない、との返答を発表した。韓国政府は「列車の運行は、北を支援する行為にあたらない」」と反論しているが、米国は否定したままだ。 (Report: U.N. Command disapproves inter-Korean railway inspection) (Train project linking North and South Korea stopped in its tracks by US) 在韓米軍の決定は、トランプ政権の決定だ。冒頭に書いたように、トランプは6月の首脳会談で正恩に見せる宣伝ビデオまで作って「(韓国や中国から投資金をもらって)北朝鮮のインフラ整備などを進めたら良いじゃないか」とけしかけた。直通列車の運行は、韓国が支援する北のインフラ整備の第一弾だ。それが今になって、直通列車の運行はダメだと言い出している。 (US forbids South Korea sending a train through North Korea until Kim denuclearises) 米国側の理屈は、米朝会談で北は核廃絶すると約束したのだから、直通列車(や、経済支援の受領や、朝鮮戦争の終結宣言など)はその約束を果たしてからにしろ、という「先に廃絶」論だ。対照的に北側は、直通列車や経済支援や朝鮮戦争終結などを進めてくれないと核廃絶しないといって「先に支援」を主張している。この「順番の問題」が米朝和解の進展を頓挫させている。6月の米朝首脳会談は、この問題について明確なことを決めなかった。 (S. Korean envoy to travel to North for pre-summit talks) トランプの政敵たちは、順番を決めなかったのは外交の素人のくせに突っ走ったトランプの過失であり、米朝や南北の和解はすでに失敗したも同然だと言っている。だが、順番が難問なのは90年代からで、トランプが知らなかったはずがない。トランプは、順番を決めないことで正恩との会談をとりあえず成功させ、史上初の「一時的な米朝関係の和解」を実現した。これは恒久和解でないが、米朝の和解状態があるので、文在寅の韓国は、北との和解を以前より大胆に進められるようになっている。 その上でトランプは今回、直通列車の運行開始に反対した。これは、韓国が米国の制止を乗り越えて北と和解するよう、トランプが韓国をけしかけているように見える。トランプは正恩との会談以来、米朝の和解状態を維持しており、米国が北を敵視しているから韓国が北に和解を提案しても無視されていた従来の状況を、韓国のために壊してやっている。あとは文在寅の韓国が、在韓米軍なしでやっていく決断をできるかどうかだ。 (Will Trump Ramp Up the Korea Crisis Again?) 在韓米軍は、韓国の国家的安全を握っている。韓国政府は在韓米軍にダメだと言われたことを進められない、というのが従来の常識だ。だが今は、すでに「従来」と違う状況にある。史上初の米朝首脳会談の実施が3月に決まって以来、南北の敵対関係が急速に解消している。韓国が国家安全を在韓米軍に握られていたのは、南北が強い敵対関係にあっていつ北が攻めてくるかわからず、その時に在韓米軍が守ってくれないと韓国は国家ごと破滅する運命にあったからだ。米朝首脳会談後の、南北が和解している状況がずっと続くなら、韓国は、在韓米軍がいなくても大丈夫になる。 (“All Take, No Give” Won’t Work with North Korea) 南北の和解を維持するなら、韓国は、いま進めている南北間の列車運行の構想を実現せねばならない。もし韓国政府が、在韓米軍の言いつけに従って南北の列車運行の計画を中止したら、それは南北の和解の頓挫、南北対立の再発を意味し、韓国が国家の運命を在韓米軍に握られていた米朝首脳会談前の(日本みたいな)対米隷属の状況に戻ることになる。韓国が言いつけを守らないと、在韓米軍は怒って撤退してしまうかもしれない。実のところ、韓国の軍事費は北朝鮮の5倍あり、韓国軍だけで北を抑止できる。だが韓国の支配層は従来(日本の支配層と同様に)米軍がいないとダメだと国民に思い込ませてきた。韓国が、従来の隷属を離脱するなら今がチャンスだ。文在寅は、対米自立をやりたい人だ。 (北朝鮮危機の解決のカギは韓国に) ▼対米自立の臨界点に近づく韓国を試すトランプ 以下、歴史を振り返ることで説明してみる。従来の韓国は、米国に反対されると南北和解を進められなかった。米国を牛耳ってきた軍産複合体は、世界支配の一環として、北を永久に敵視し、北が核兵器開発してくるように仕向け、南北と米朝の和解を永遠に実現せず、韓国を永久に対米従属下に置こうとしてきた。米国が北を敵視している限り、韓国だけが北に和解を提案しても、北は乗れない。韓国と和解して兵器を撤去したとたんに米国が先制攻撃してくるかもしれないからだ。文在寅が政策顧問をやっていた廬武鉉政権は、米国の反対を押し切って北に和平を提案したが、北はろくに乗って来なかった。昨年、文在寅が五輪の共催など北に和解の提案をしたが、トランプがまだ北を敵視していたので、文は北から無視され続けた。 (東アジアの新時代) 米国は軍産の一枚岩の支配でない。冷戦後の米国の歴代政権は、軍産支配からの離脱を模索し、朝鮮問題の解決をいろいろ試みるも成功せず、軍産支配が継続してきた。トランプが正恩との会談であいまいなままにした「和解への順番問題」は、90年代のクリントン政権以来の難題だ。クリントンは、北の核廃絶と軽水炉建設をバーターする「枠組み合意」を進めたが、順番問題で頓挫した。その次のブッシュ政権は、軍産がクーデターとして起こした911後、軍産に支配されながらも、北を中国の傘下に押し込め、中国に北問題を解決させる「6か国協議」を進めた。だが、米国が北を敵視して先制攻撃も辞さないと言い続ける限り、北は核兵器に固執し、中国を含むあらゆる外国からの和平の提案や圧力を拒否・回避し続けた。6か国協議も失敗した。その次のオバマは賢かったので、うまくいかないとわかっている北の問題に手を出さなかった。 (北朝鮮に核保有を許す米中) その次のトランプは当初、北を中国に押しつけるブッシュ式を進めようとしたが、北が全く乗ってこないのでやめた。その後、独自の戦略をやり出した。トランプは、北を先制攻撃すると息巻いて緊張を意図的に高め、北に危機感を抱かせ、核兵器開発を進めさせた。北は、昨年11月に核兵器の完成を宣言した。本当に完成したのかどうか不明だが、これ以降「核保有国は軍事で潰せない」という国際政治の不文律が隠然と適用されることになった。中国ロシア韓国は、昨年9月の「プーチン提案」以来、北の核保有を黙認したまま、周辺諸国が北を経済支援し、北を極東の国際関係の仲間に入れていく構想を持っているが、11月の北の核保有宣言後、米国にとっても、それしか解決策がなくなった。 (プーチンが北朝鮮問題を解決する) (北朝鮮を中韓露に任せるトランプ) 核保有宣言から2か月後の今年元旦の演説で北の金正恩が、平昌五輪に参加すると宣言した。これを機に南北対話が始まり、北が韓国経由でトランプに首脳会談を提案してトランプが了承し、6月の米朝会談となった。トランプは、北に過激な敵視策をやって核武装させ、対話しか問題解決の方法がない状態にすることで、軍産が米朝首脳会談に反対できないようにして、会談を実現した。トランプが順番問題に固執したら、会談は決裂もしくは開催不能だったはずだ。順番問題を決めない首脳会談により、北は核保有したまま米国と和解できることになった。北は大喜びだ。 (意外にしぶとい米朝和解) それ以来、米朝の緊張は大幅に低下した状態が続いている。順番の問題が出てきて実際の核廃棄が頓挫しているが、トランプは「北との関係は良い」と言い続けている。トランプに作ってもらった米朝和解の状態を利用して、韓国はどんどん北との和解策や経済支援策を進めている。韓国の背後には中国とロシアがいる。ブッシュがやろうとしてできなかった米国抜きの北問題の解決を、トランプが実現しかけている。 (A Big Mistake: South Korea’s Moon Jae-in Rushes to Unify Country) ここで出てくるのが、今回の南北列車運行に対する米国の反対だ。これは、南北の緊張緩和の動きに米国が反対していることになり、一見、トランプの戦略と矛盾している。ここでの私の見立ては「トランプが、韓国の対北外交戦略を、これまでより一段高いところに押し上げようとしているのでないか」というものだ。6月の米朝会談から現在までは、米国が北敵視をやめているので韓国が北との和解を進められる、という状態だ。もし今後、文在寅の韓国が、米国(米軍)の反対を押し切って南北列車運行を実施すると、それは、米国が北敵視を少しずつ再開しても南北の和解が壊れないという、歴史的に新たな状態に入ることになる。 (Korea, Fake News, and What’s Really Going On) 韓国政府が在韓米軍の制止に従わないと、米韓関係が悪化し、米国で「韓国が反抗的なのだから、米軍を韓国に駐留させておくべきでない。撤退すべき」という主張が噴出する一方、韓国では「北との和解が定着したら、在韓米軍は必要なくなる。撤退すべき」という主張が拡大する。韓国が米国の制止を振りきって運行を開始する南北直通列車は、南北和解だけでなく、韓国の対米自立を象徴するものになる。トランプは、正恩との首脳会談の後の記者会見で、韓国にいる米軍兵士たちが米国の故郷に帰れるようにしてやりたいと述べ、在韓米軍の撤退が自分の最終目標だと語った。文在寅が南北直通列車を走らせると、この最終目標が一気に近づく。 (Inside the Dispute Derailing Nuclear Talks With North Korea) だがしかし、文在寅の韓国は、在韓米軍の制止を振り切るのか??。従来の常識からすると、それはない。しかし、何度も書くが、米朝首脳会談後、朝鮮半島の常識は大きく変わっている。加えて、今回直通列車の運行を諦めると、それは韓国が対米従属から脱せない(日本並みの自立不能な劣った国でしかない)ことを示すものとなり、南北和解の流れが終わるおそれがある。韓国は、トランプに助けられ、対米従属から自立への臨界点に近づいている。列車運行を延期すると、韓国は対米従属に戻る「元のもくあみ」になる。それは、トランプにとっても悪い結末だ。 (Trump revisits wargames with South Korea as North Korea talks stall) トランプは、韓国が在韓米軍の制止を振り切れる臨界点に達したかどうかを見極めるために、今回の難問を投げかけてみたとも言える。トランプは韓国に難問を投げかけるに際し、米国上層部の軍産複合体に力を与えることをやっている。トランプは8月24日、その日に米国出発の予定だったポンペオ国務長官の訪朝を突然中止した。同時に、6月の米朝首脳会談以後初めて、北が十分に核廃棄を進めていないことを認める表明をした。この表明は、国防総省など軍産を勢いづけ、マティス国防長官が、米韓合同軍事演習の再開を示唆した。トランプは「北との関係はうまくいっている」「現状では、米韓軍事演習を再開する必要はない」と、従来どおりの対北和解的なことを言う一方で「必要になったら、米韓軍事演習をいつでもすぐに再開できる」と好戦論に沿った発言も併発した。トランプは、北に対する好戦論を少しずつ再発している感じだ。これも、対米自立の臨界点に近づいている韓国を試す意味がありそうだ。 (Trump: No Need to Resume US-South Korea Wargames) (Trump says he thinks U.S. is doing well with North Korea) もしかすると、韓国が南北直通列車の運行開始をあきらめて元のもくあみに戻りそうな場合、韓国の正式決定の直前に、トランプが在韓米軍の決定を上書きする形で、南北直通列車の運行に賛成する意見を突然言い出すかもしれない。そのようなどんでん返しもないまま直通列車が延期される場合、トランプの北朝鮮戦略は失敗色が強くなる。
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