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金地金の激戦

2018年1月28日   田中 宇

 昨年末以来、国際的な金地金相場が、しだいに激戦状態になっている。地金の価値を引き上げたい勢力と、上昇を防ぎたい勢力の戦いが熾烈化している。これまで上昇を抑止する勢力の方が強く、ドル安や地政学要因などで金相場がいったん上がっても、じきにそれは抑止され、逆に中銀群のQE継続表明など、金相場が下がる要因があると、それに乗じて金相場が大幅に下がる流れがつついてきた。だが昨年末から、上昇させたい勢力のちからが増大し、その結果、金相場は前より下がりにくくなり、上昇抑止勢力が力づくで引き下げようとしても少ししか下がらず、ドルの覇権衰退が感じられ始めるなか、上昇傾向になっている。 (1か月のドル建て金相場チャート) (株高債券高・バブル膨張の中で進むドル基軸システムの崩壊

 2週間前の記事「金地金の多極型上昇が始まった??」を書いた時点で、私は地金の上昇傾向についてあまり自信がなかった。だがそれから2週間ウォッチして、上昇傾向がしだいに確実さやパワーを増していると感じている。 (金地金の多極型上昇が始まった??

 以前から書いているように、古来の世界通貨である金地金は、戦後の基軸通貨であるドル(=米国覇権)の、究極のライバルだ。リーマン危機とその後のQEによる(いずれ破綻せざるを得ない)延命策によって、ドルの基軸システムが潜在的に揺らぐほど、金に対する需要が増え、金相場の上昇圧力が強まった。しかし、金の世界市場として機能している米英の金相場は、わざと現物と先物を混合してあり、地金の現物を全く持っていなくても、ジャンク債を大量発行して作った巨額のドルを使って先物売りすることで、金相場を引き下げられる仕掛けだ。ドルと米覇権を守りたい勢力(米日欧中銀、米金融界、軍産、日本官僚機構など)は、先物を使って簡単に金の価値を引き下げ、ドルが危機になってもライバルの金が出てこれないようにしてきた。 (暴かれる金相場の不正操作) (通貨戦争としての金の暴落

 リーマン危機の08年秋に1オンス800ドル以下だった金相場は、11年夏に1900ドルまで急騰したが、その後は米連銀がQEを強化していったのと同期して、金相場は下落や横ばいな趨勢に転じた。14年末に米連銀からQEを肩代わりして続けている日銀も、QEの目的の一つは金相場の上昇抑止であると考えられる。従来、日銀のQEが陰って円高になると、金の国際相場(ドル建て)が上がる連動性があった。「蛮刀」的な古くさい価値である地金は、ドル(とドルシステムの周縁部を形成するジャンク債)が持つレバレッジの最新金融兵器に攻撃されると、毎回ヘナヘナと急落させられ、そのたびに軍産傘下の経済マスコミに「金は時代遅れだ」とする記事が出た。 (10年間の金相場) (金地金の反撃

▼金相場を詳細に見ると金融世界大戦が起きているのがわかる

 だが、そんな状況は昨年末から変わっている(以下、ドル建て金相場の話)。まず昨年12月の約1か月間、金相場が反騰し、その前の3か月間の下落分をすべて取り戻した。1月に入り、日欧中銀のQE縮小の話を受けてドル安(ドルの信用不安)が加速し、金相場がさらなる急騰をしそうなところに、下落側勢力が4回にわたり、ちからづくで相場を下げようとする猛烈なプログラム先物売りの攻勢をかけた。1月17日、23日、25日、26日の4回で、いずれも、上昇勢力のプログラム買いと、下落勢力のプログラム売りがぶつかり合い、毎分5-20ドルの値幅で相場が激しく上下し、食べ物の「おもち」を引き伸ばした時のような「もちもち状態」の相場が展開した。「1分足」や「5分足」の詳細チャートでないと見えてこない、オタク(日ばかり商い強欲投資家)的世界だが、これこそが地政学的な「金融世界大戦」の現場である。 (1分足まで表示できる金相場チャート) (1月25日のもちもち状態

 以前なら、この「もちもち合戦」で下落側が勝ち、その後に下落傾向が強まって大幅急落になった。だが今回は、もちもち合戦が引き分け的な価格で終わったり、下落側がいったん勝っても再度上昇したりして、4回のもちもち合戦を経た9日間で、相場が約10ドル上がっている(1340から1350ドルへ)。この間、ドル安が進んだこと考えると、もちもち合戦がなかったら相場は50ドル以上あがっていたはずで、上昇抑止の効果はあった。だが下落勢力は、以前のような急落を引き起こせなかった。1月25日の合戦は、ムニューシンのドル安容認発言を打ち消したトランプのドル高発言の直後に起きている。翌1月26日の合戦は、為替市場でドル安が進行した時間帯にかぶせて行われており、下落側が、ドル安に連動した金相場上昇を食い止めるために行われた感じだ。1月12日には、上昇側が1335ドルの上値を突破する際に仕掛けた買い手からのもちもち合戦も行われており、上下両方の勢力がちからづくで相場を動かそうとしている。 (1月26日のもちもち状態) (Dollar Surges After Trump Says "Mnuchin Was Misinterpreted, Dollar Will Get Stronger"

 最近の記事に書いたが、ドルの基軸体制が衰退した後、世界の通貨体制はおそらく多極型に転換する。ドル、ユーロ、元、円などを加重平均したIMFのSDRや、中国ロシアなどBRICSの5か国の加重平均した共通通貨などが取り沙汰されているが、人民元の影響力が増すことが確実だ。中国は、人民元のちからを増大させるため、元を、金地金との連動を重視した通貨にしている。元建ての金地金は近年、1オンス8500元を意識した、長い目で見ると横ばい状態になっている(短期的には乱高下続きだが)。 (金地金の多極型上昇が始まった??) (人民元建ての2年間の金相場チャート

 人民元は昨年末以来、対ドル為替が上昇している。金相場の上昇が抑止されたままだと、元建ての金相場が下落していき、中国(や、お仲間のロシアの)当局にとって、地金が安すぎる状態になる。これは、中露など多極側の勢力が、金相場の上昇を加勢することにつながる。ジャンク債の金利が低いままで、金の下落勢力の資金源が豊富である限り、金相場には大きな下落圧力が残る。だが、ドル安元高の傾向が続くことは、中国勢による金相場の上昇圧力の増大につながる。金相場は、しだいに下落しにくくなっている。 (人民元、金地金と多極化) (金本位制の基軸通貨をめざす中国

 加えて、トランプの「米国第一主義」は「米国が第一、世界(米覇権の強化)は二の次」という戦略であり、トランプは金相場の上昇抑止を必要と考えていない。金の抑止は、米金融界(米覇権勢力)が勝手にやっていることだ。トランプは隠れ多極主義であり、金を上昇させたい勢力の別働隊である。これも、金地金が優勢な点だ。覇権が多極型に転換するほど金相場が上昇する。米国覇権が強いほど金相場の上昇が抑止される。

 日銀や日本政府(官僚機構)は、米単独覇権の恒久化を望んでいる。QEを減額しつつも、円安ドル高に加えて金相場の上昇抑止を維持したい。日本政府は、為替を1ドル110円台に戻し、金相場も1オンス1330ドル以下に戻したい。だが、トランプと習近平が裏で組んで米覇権解体・多極型転換の雪崩を起こそうとしている中で、日本の恒久対米従属の夢は、しだいに維持が難しくなっている。

 これまで金の価格をドル建てだけで分析してきたが、ドルが弱体化していく今後は、金の価値を測るのに、ドルだけでなく、SDRや人民元建てで見ていく複眼的な視点が必要になる。 (SDR建ての金相場のチャート

 金地金の投資家、特に金先物投資をしている人に警告しておきたいのは、いずれ金相場は上昇していくが、その前に米覇権側が最後の力をふりしぼり、100ドル単位での大きな急落を何度も引き起こそうとするかもしれない、という点だ。ジャンク債の金利が低い限り、しつこい先物売りのもちもち合戦を引き起こす巨額資金を簡単に作れる。もちもちな下落が画策されても、今のところ「横ばい」ですんでいるが、今後もっと大きな資金で引き下げを画策する可能性がある。米国の分析者は「1オンス1500ドルぐらいに上がるまで用心しろ」と警告している。 (Is This The Long-Awaited Gold Break-Out – Or Just Another Paper Market Head Fake?) (まだ続く金融バブルの延命

 最後に、いまさら感が強くなっているが、ビットコイン(など民間仮想通貨)について。前にも書いたが、ビットコインは、米金融界が、金地金と共食いさせるためのエージェントとして価値を急騰させ、金融兵器に仕立てた(以前のビットコインは反権力・反覇権の革命家だったが、金融界が乗っ取ってゾンビ化した)。だが、金地金が上昇してドル側との戦いが激化した昨年末以来、ビットコインの相場は下落傾向が続いている。その一因は、中国など金地金擁護側を中心に、各国政府がビットコインなど民間仮想通貨の取引への規制を強めたからだ。東京の仮想通貨取引所であるコインチェックでの仮想通貨NEMの巨額盗難事件が起こり、民間仮想通貨に対する信頼失墜が一気に強まった。 (ビットコインと金地金の戦い) (米覇権延命と多極化の両極で戦う暗号通貨

 米金融界は、金地金の台頭に負けぬよう、ドルを加勢するのが精一杯で、ビットコインに資金を追加注入して金地金と共食いさせる作戦まで手が回らなくなっているのかもしれない。いま展開しているドルと地金の激戦で、ドルが勝って金相場の上昇を完全に抑止する完勝状態に戻れない限り、ビットコインの大幅な再上昇は望めない感じだ。そして、すでに述べたように、ドル弱体化の中で、ドルが金地金に再び完勝できる可能性は、しだいに下がっている。 (ドルとビットコインの為替相場



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