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株高債券高・バブル膨張の中で進むドル基軸システムの崩壊

2018年1月27日   田中 宇

 今年の年初来、世界の金融市場で異様な現象が加速している。その現象とは、株高、債券高と、ドル安が同時に起きていることだ。米ドルは、2016年末(トランプ大統領就任の直前)をピークに、ユーロや人民元、英ポンドなどの主要通貨に対する為替相場が下落する傾向だが、その昨年来のドル全面安(トランプドル安)の展開が、昨年末から加速している。これまで上昇傾向が抑えられていた円ドル為替も、これまでQE(造幣による債券買い支え)によって円安圧力を作り続けていた日銀が、年初にQEを減らす姿勢をとったため、急に円高ドル安が進行している。 (Trump hasn't made the dollar great again, and he apparently likes it that way) (Dollar hits four-month low vs. yen, remains on defensive

 ドル安は、通常なら、株安と債券安(金利上昇)につながる。ドル安は、世界最大の消費国である米国が輸入する商品の価格を引き上げ、米国の消費減、日本や中国、欧州の対米輸出不振となり、株安の要因だ。ドル安の傾向が長引くほど、米国以外の投資家は、米国のドル建て債券を買いたがらなくなる。米国は世界最大の債券市場で、米国外の投資家が米国の債券を買うには、ユーロや円をドルに替えて債券を買う必要がある。ドル安傾向だと、債券を売ってユーロや円に戻す時、為替で損をしてしまう。特に今のように、米国に対する信用の低下でドル安が起きていると、ドル建て債券が敬遠される。昨年末から日本や中国が10年もの米国債を買わなくなり、金利が上がっている。米国が世界から資金を集めて回す金融覇権国である点を考えると、ドル高を維持することが望ましい。 (Treasurys Tumble, Futures Slide On Report China "To Slow Or Halt" Treasury Purchases) (Japanese Purchases Of US Treasurys Tumble

 トランプ政権は、選挙対策と覇権放棄策が混じった姿勢として、米国から世界への輸出を増やすためにドル安が望ましいと考える傾向があるが、金融市場の規模は百兆ドルで、GDPの総額で20兆ドル程度である輸出入など実体経済の規模よりも大きい。しかも、実のところ、米国はすでに消費覇権国の座からずり落ち始めている。一昨年あたりから、米国の小売店運営会社がどんどん潰れている。今年も小売業は不振が拡大するだろう。米国経済の70%は消費で成り立っているが、それが不振続きだ。米国や日本の株高は、消費増や好景気によるものでなく、中央銀行群が展開してきたQEと、米金融界のバブル膨張によって維持されている。 ("Retail Apocalypse" 2018: Nine West Plans Bankruptcy Filing

 QEは、08年のリーマン危機後の、死に体の世界の債券市場(米国が大半)を延命させてきた唯一最大の仕掛けだが、中央銀行の危険資産(ジャンク債、国債など)を急増する不健全な政策なので、数年しか続けられない。米連銀は09-14年にQEをやって限界に達し、その後は日欧中銀が肩代わりしたが、それも今年から、日欧ともにQEを縮小する傾向だ。QEは、株高、債券高、ドル高を維持する策だった。今年から日欧の中銀がQEを減らし始め、その影響で昨年末からドル安が加速している。そこまでは理屈通りだ。だが、昨年末以来、日欧のQE縮小を反映してドル安が加速しているのに、株価や債券相場は、平然と史上最高値を更新し続けている。これが現在の国際金融における最大の謎である。 (Breaking Into A New Era? What Will The Federal Reserve Do?) (Unwinding QE Might Hurt the Economy

▼QE縮小を、金融界に怪しい債券発行を増やさせて穴埋めするトランプ

 先に、私なりの謎解きを書いておく。中銀群がQEを減らした分の資金の穴埋めは、トランプが米金融界の規制を緩和して金融バブルの膨張を扇動することによる資金拡大で行われているのでないか、というのが私の推論だ。リーマン危機は、複雑な仕掛けによって実際の担保力を曖昧にしたかたちでの債券(サブプライム住宅ローン債券が有名)の発行増加など、債券バブルが膨張した挙句に崩壊した(担保割れの現実が露呈し債券が不履行)ことで起きたが、今またサブプライム型の怪しい債券の発行が急増している。一般の投資家でなく、金融界が発行した怪しい債券を金融界が買い、ジャンク債の金利が史上最低の5%近くにはりつき、その起債の資金が株式に回って株も最高値を更新している。リーマン危機後、規制されてきたこの手の怪しい債券が、昨年から再び増加している。これは、QEに頼らないバブル膨張の仕掛けだ。

 米国の金融バブルは、すでにリーマン危機前を超える巨大な規模になっている。最も危険であるジャンク債(今5・1%)と、最も安全とされる米国債(今2・6%)との金利差を「リスクプレミアム(リスクの対価)」と言い、金利差が小さいほど、人々がリスクを甘く見ている、つまりバブル膨張が進んでいることを示す。今の金利差は、リーマン危機前と同じ水準になっている。米国債の、長期と短期の金利差(イールドカーブ)も、史上最低の水準だ。こちらの金利差も、小さいほどバブルが膨張していることを示す。米金融は、すでにあちこちでバブル膨張の警報が鳴り、黄色や赤の警告信号が出ている。 (Davos Bank CEOs Are Worried Markets Are Complacent Like 2006

 だがトランプ政権は、今後もバブル膨張を放置するだけでなく扇動するだろう。彼は以前から「オバマが作った(リーマン危機の再来を防ぐための)金融の規制をすべて撤廃すべきだ」と言っている。トランプは、株価上昇を自分の手柄だと、何度も宣言している。トランプはダボス会議で「ヒラリーが大統領になっていたら株は半値になっていた。自分が大統領だから株価が最高値なのだ」と言っている。株価の高値維持は、トランプの最大の優先事項の一つ、ということだ。 (Trump says the stock market would have been down 50% had Clinton won

 トランプは金融界の強欲組と組み、怪しい債券をバンバン発行させ、WSJやFTに「景気が良いので株はまだ上がる」と書かせ、バブル膨張を加速して株高債券高を続ける気だ。昨年末以来、ジャンク債の発行高が昨年同期の3倍になっている。株高債券高とドル安の両方が加速する、異様な事態がもっと拡大する。分析者たちの中に、バブル膨張の危険を指摘する人が出てくるが、それらの警告者たちは「裸の王様」の寓話で、王様は裸だと叫んでしまう人と同様、まわりの「常識的な人々」「同業者」たちから白い目で見られ、コラムニストを外されたりして沈黙させられる。常識と非常識が倒錯している。オーウェルの1984的だ。 (Appetite for junk bonds sparks exposure warnings) (Junk bond sales triple as investor optimism soars

 あらゆる金融バブルは崩壊に至る。今後、リーマン前の何倍かに膨れ上がっていくバブルは、いずれ、リーマン危機の何倍かのひどい金融危機・債券システムの再崩壊をもたらす。中央銀行群はすでにQEを目一杯やって余力がなく、次のバブル崩壊を救済できない。その点でも次の崩壊はひどいものになる。米国が90年代以降拡張した債券システムは、ドルの基軸通貨システムの外縁部(底上げ部分)を担ってきた。次のバブル崩壊で債券がシステムごと潰れると、それはドルの力の大幅な低下、米国覇権の大黒柱であるドル基軸通貨体制の崩壊になる。米国の覇権体制が終わる。 (Davos Bank CEOs Are Worried Markets Are Complacent Like 2006) (Deutsche: The Fed Now Appears Powerless To Stop This "Unprecedented Bubble"

 トランプは、そうした今後のバブル崩壊・米覇権喪失の展開を自覚している。トランプは、いずれ巨大なバブルが崩壊し、米国の覇権が弱体化していくと、16年の大統領選挙の時期に述べていた。トランプは覇権喪失の流れを自覚しているだけでなく、大統領就任後、覇権喪失を加速する策をとっている。トランプは、米国の中東覇権を崩してロシアに委譲し、朝鮮半島を中国の傘下に追いやり、独仏の米国離れを煽って欧州を対米自立させている。トランプは、TPPやNAFTAの離脱など、米国中心の世界貿易体制も破壊している。国際政治と貿易(実体経済)の分野で、トランプは「覇権放棄屋」「覇権解体屋」「世界を多極化する人(多極主義者)」である。ならば、国際金融や通貨の面でも、トランプが、覇権解体屋であると考えるのが自然だ。トランプが株高の維持にこだわって米国の金融バブルを異様に膨張させ、最後にはドルシステムの自滅にまで至らせようとしているのは、覇権解体屋としての意図的な戦略である。 (世界と日本を変えるトランプ) (トランプワールドの1年

▼対米自立しても大丈夫な中国や欧州から順番にドル安を容認する。日本はドル安に抵抗する

 米国の単独覇権体制やドル基軸制を守りたい軍産エスタブ金融界の一部であるマスコミは、よくトランプを「裸の王様」の間抜けな王様にたとえるが、私が上記で展開した「裸の王様」をたとえた物語において、間抜けな王様は、ドルの基軸体制もしくは米単独覇権体制と、それを守りたい軍産エスタブ・マスコミの側である。トランプは、間抜けな王様に透明な着物を着せた悪徳側近の役回りだ。マスコミは「王様の新しい着物」を誉めそやすが、私の物語において、褒めそやされているのは「米国覇権の象徴としての株高・債券高」である。物語内での「王様万歳」の掛け声は「ドル万歳」「株高万歳」「米覇権万歳」「債券金融システム万歳」である。2014年に日銀が米連銀のQEを肩代わりした時の記事で、日銀の黒田総裁を、誰かが「王様は裸だ!」と叫び、人々が一瞬ひるんだ直後に「王様の新しい着物は素晴らしい。王様万歳」と叫ぶ「忠臣クロダ」にたとえたことを思い出す。 (陰謀論者になったグリーンスパン

 最終的に、裸の王様(=ドルシステム、米覇権体制)はバブル崩壊する。だがそれまでの間、異様なバブル膨張が続き、マスコミはそれを良いことと報じ続ける。人々が、マスコミの経済報道への不信感を募らせる。イラク戦争以来、国際政治報道に対する人々の不信感が世界的に拡大したが、経済報道についてはまだ人々のほぼ全員が鵜呑みにして軽信している。金融バブルをめぐる「裸の王様」状態が長引くほど、経済報道のインチキな事態が露呈する。トランプは、仇敵であるマスコミを弱体化できる。 (マスコミを無力化するトランプ

 いずれ次のバブル崩壊が起きると、黒幕のトランプはマスコミによって悪者にされる。その事態は、いつ起きるのか。経済的に分析すると「いつ起きても不思議でない」ぐらいにしか言えないが、政治的に分析すると「トランプは、2021年の自分の大統領再選後までバブルを持たせたい」と言える。再選前にバブル崩壊してしまう場合でも、もし米国社会の共和党支持者と民主党支持者が十分に分裂しており、民主党から強い候補が出てこなければ、トランプが再選される。現時点で、共和党支持者のトランプ支持は減っておらず増える傾向で、しかも民主党に強い候補がまだ現れていない。バブルが巨大になるほど、崩壊時の被害が甚大で、トランプが望む米国覇権の不可逆的な崩壊が起こりやすくなる。トランプは、できるだけバブルを膨張させようとする。異様なバブル膨張は、2021年まで、あと3年続くかもしれない。 (まだ続く金融バブルの延命) (Peter Schiff: "We're Near The Endgame... And Trump's Gonna Be The Fall Guy"

 次のバブルが崩壊する前に、米連銀はバブルを延命する3つのカード(もしくはバブル膨張の速度調整装置)を使える。(1)過去のQEで買い込んだ債券の放出(勘定縮小)を減速ないし停止する、(2)短期金利の利上げ傾向を間引くかやめる、(3)QEを再開する、の3点だ。2月1日から、米連銀の議長が、トランプの言うことを聞かない傾向があった民主党系のイエレンから、トランプの言うことを聞く共和党系のパウエルに代わる。トランプは、3つのカードを切りたいときに切れ、速度調整できるようになる。米連銀の3枚のカードと、米金融界の怪しい債券発行の拡大という2種類の延命策を組み合わせて、今後のバブル膨張が展開する。現時点で、(1)の勘定縮小は、月額100億ドルの予定なのに、昨年10月に開始してからの4か月の月額平均が34億ドルで、すでに減速している。 (The Fed - Factors Affecting Reserve Balances) (The QE Unwind May Not Be Occurring As Planned

 米国のドル安姿勢に対し、人民元やユーロ(付随して英ポンド)は、比較的速い速度で、自国通貨の対ドル為替の上昇を容認している。対照的に、日本円は、対ドル為替の上昇に抵抗する傾向がある。日本の場合、対米従属な日本政府と忠臣クロダが、日本国債を日銀がQEで買い占めてしまい、国内で買えるものがなくなった国内金融界が米国の国債や社債、株式を買わざるを得ない状況に追い込むやり方で、日本が米国の金融覇権(ドルシステム)を守る政策をとってきた。この政策は、日本政府が責任を持って1ドル110-115円に為替を固定することが必要だった。為替が円高ドル安に大きく振れると、日銀に無理やりドル建て資産を買わされた日本国内の金融機関が大損し、金融破綻しかねない。 (Central banks will revert to QE very quickly in the next downturn

 だから、日銀のQE縮小を受けて1月23日から円高ドル安が加速し、ダボス会議で米国のムニューシン財務長官がドル安容認の発言をしてドル安に拍車をかけたのを見て、日本側は驚愕したはずだ。うまくいくかどうかわからないが、日本政府はドル安円高を何としても減速・逆転したい。 (Trump Team at Davos Backs Weaker Dollar, Sharpens Trade War Talk

 欧州や中国には、日本のような為替の自縛が少ない。中国はしだいに対米輸出よりも、一帯一路の沿道諸国との非ドル建て(人民元建て)貿易を重視するようになっており、ドルと人民元の為替が最重要でなくなりつつある。欧州も、日本に比べると対米自立を早くから意識している。欧州中央銀行は、昨夏からQE縮小の予定を発表し、ドル安ユーロ高を容認してきた。対米自立する国が増えるほど、ドル安が世界的に容認され、ドルの基軸性が低下していく。 (Ron Paul: "What Has QE Wrought?"

 1月23日からの円高ドル安傾向は、この日に日本が米国抜きの貿易圏であるTPP11の創設交渉をまとめ、TPP11が3月に調印・発足することが決まり、日本がいよいよ経済面から対米自立していきそうな感じが始まった同日に起きている。今回の円高ドル安は、日本をめぐる地政学的な国際転換として起きている。日本は、国際的に敗戦以来の大転換期に入った。日本のマスコミや国民のほとんどは、このことにぜんぜん気づいていない。この点については、あらためて書きたい。トランプのおかげで分析せねばならない奥深い覇権転換的なことが急増し、全く追いつけない状態だ。 (TPP Trans-Pacific trade deal to go ahead without US



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