他の記事を読む

トランプの新・悪の枢軸

2017年9月24日   田中 宇

「悪の枢軸」を覚えているだろうか。ブッシュ政権が、01年に起きた911テロ事件の報復として、世界中の「悪い」諸国の政権を転覆する国家戦略を立て、まず最も悪い3か国としてイラク、イラン、北朝鮮を指定して「悪の枢軸」と命名した。ブッシュ大統領は、02年1月の年頭教書演説でこの名称を初めて使い、02年9月の国連総会の演説でとくにフセイン政権のイラクを極悪として名指しし、03年3月にイラクに侵攻して政権転覆した。イランは、次のオバマ政権になって米国と核協定を結び、いったん許されたが、トランプは核協定を破棄したがっている。北朝鮮は、米国による政権転覆の脅威に対抗するため、核ミサイルを開発した。今に続く米国の強硬姿勢と、世界的な紛争の原点となっているのが「悪の枢軸」だ。 (イラン核問題:繰り返される不正義

 トランプ大統領は9月19日、国連総会の演説で、その「悪の枢軸」と良く似た方針を打ち出した。すでに政権転覆されているイラクを除外し、代わりに南米の破綻寸前の国であるベネズエラを入れた。北朝鮮、イラン、ベネズエラが、トランプの「新・悪の枢軸」だ(トランプ自身は、この3か国をくくる名称を何もつけていない)。ブッシュが02年の国連総会演説で、半年後のイラク侵攻を示唆したのと同様、トランプは先日の国連総会演説とその前後の表明で、北朝鮮への軍事攻撃や、イラン核協定の破棄・破壊を示唆している。歴史が、繰り返すものであるなら、米軍は、イラクに侵攻したように、今後、北朝鮮を攻撃・侵攻しうるという結論になる。 (Trump's full speech to the UN General Assembly

 とはいえ、「極悪」な政権を米国が指定して潰すという「悪の枢軸」の戦略に対する世界の評価は、ブッシュの時と現在で、大きく違ってしまっている。ブッシュの時は、ブレア政権の英国を筆頭に、同盟諸国の多くが、悪の枢軸を倒す米国の戦略に賛同した。米国の好戦策に対する批判も世界的に強かったが、それよりも、覇権国である米国が決めたことに従おうとする同盟諸国の姿勢の方が強かった。 (Trump's UN speech is Bush's 'axis of evil' on steroids

 米国によるイラクやアフガニスタンの占領が成功していたら、悪の枢軸戦略は、良いものとして維持されただろう。だが、占領はイラクでもアフガンでも失敗し、イラクは米国でなく、米国の敵であるイランの傘下に入った(国民の多数がイランと同じシーア派なのだから、イラクを民主化したらイランと結託するのは事前にわかっていたが、おかまいなしにイラクの侵攻・強制民主化が挙行された)。イラク侵攻の大義となった「イラクの大量破壊兵器保有」がウソだったことも事後に確定し、米国の国際信用を引き下げた。悪の枢軸、好戦的な強制民主化、政権転覆といった米国の策は、世界的に、悪いものとされるに至った。 (諜報戦争の闇

 米国の好戦策は、世界的に見ると「悪いこと」になったが、米国のマスコミやエリート層(エスタブリッシュメント)、軍産複合体にとっては、依然として、自分たちの利権や世界支配の構造を維持するための「やりたいこと」であり「良いこと」だ。エスタブ軍産マスコミの米国支配を崩すことを目標として大統領になったトランプは、悪の枢軸と並ぶ、米国(エスタブ軍産)の基本戦略である「ロシア敵視」を壊すためにロシアと和解しようとしたが、軍産の猛反対にあい、濡れ衣のロシアスキャンダルまで起こされ、対露和解を断念せざるを得なくなった。 (潰されそうで潰れないトランプ

 対露和解など、軍産エスタブの支配を正攻法で打ち破る策を絶たれた後、トランプがやり出したのが、悪の枢軸を再び持ち出すことだった。ブッシュの悪の枢軸が、米国の覇権を象徴するものだったのと対照的に、トランプの悪の枢軸は、米国が覇権を失いつつあることの象徴であり、米国の覇権喪失を加速させる仕掛けになっている。トランプの米国は、北朝鮮を先制攻撃しない。3か国は、中露によって問題解決される。 (北朝鮮問題の変質

 トランプの新たな悪の枢軸は、悪の枢軸の戦略がすっかり威信を失い、悪い政策とされている中で発せられている。そのため、世界のほとんどの国は、トランプの戦略についていくことをいやがっている。トランプが北朝鮮を先制攻撃すると示唆し続けていることに、明確に賛成している国は一つもない。中露や韓国、EUは、北への先制攻撃に反対している。対米従属一本槍の日本は、表向き米国支持を表明しているが、裏では中露の非軍事的なやり方に賛意を表明している。 (Trump's North Korea threat leaves Asia struggling to explain) (プーチンが北朝鮮問題を解決する

 トランプは、イラン核協約を破棄すべきだと述べているが、これに賛成しているのはイスラエルだけだ。中露やEUなどその他の諸国は、イラン核協定を守るべきだと言い続けている。ロシアは、シリア内戦を通じてイランとの協力関係を強めており、トランプがイランを敵視するほど、ロシアとイランの結束が強まる傾向になっている。ベネズエラに関しても、米国が経済制裁を強化した分、中露とくに中国が経済支援を強めている。米国の制裁によって、ベネズエラは石油をドル建てて売りにくくなったため、人民元建てで石油を売ることにした。ベネズエラは経済的に中国の傘下に入り、米国が制裁しても効果が薄くなっている。 (De-Dollarization Spikes - Venezuela Stops Accepting Dollars For Oil Payments

 トランプの悪の枢軸を構成する北朝鮮、イラン、ベネズエラのいずれもが、米国に敵視されるほど、中露が3か国の問題を解決する役目を果たすようになり、いずれ最終的に米国が3か国に対する敵視をやめるころには、3か国(やその他の世界)に対する米国の影響力は大きく低下し、その分、中露の影響力が拡大しているだろう。トランプの悪の枢軸は、多極化を推進するものになっている。 (US most isolated country at UN over JCPOA: Iran president) (北朝鮮の脅威を煽って自らを後退させる米国

▼正攻法で軍産に勝てないので裏技のネオコン戦略に転じたトランプ、外されたバノン

 米マスコミは、軍産の一部としてトランプを敵視しているので、トランプが発した新たな悪の枢軸を、あまり評価していない。だが同時に、悪の枢軸の戦略が持つ構造は、軍産マスコミが以前から好んでいたものだ。そのためマスコミは、トランプの悪の枢軸戦略を、揶揄しつつも受け入れており、反対したり潰したりできなくなっている。トランプは、この点を突いて、悪の枢軸の戦略を取り入れたと推測できる。 (President Trump at U.N.: Here are the 3 nations in Trump's new 'Axis of Evil'

 トランプは昨年の選挙戦で、NATOを時代遅れと言い、日韓など同盟国の安保タダ乗りを批判し、軍産エスタブが続けてきた軍事による覇権策に反対する姿勢をみせた。これは、米国の右派の市民運動に支持され、トランプ当選の一因となった。米国第一主義など、トランプの戦略の多くの部分を練ったスティーブ・バノンは、右派の運動家の一人だ。大統領就任後、バノンが練った、正攻法で軍産と戦う策はうまくいかず、トランプは苦戦した。その結果、トランプは、正攻法をやめて、軍産よりもっと過激に好戦策をやることで、米国の信用低下や孤立化を引き起こす策に転じる傾向を強め、8月下旬にバノンが首席戦略官を辞任して大統領府を去った。 (バノン辞任と米国内紛の激化) (トランプの苦戦

 トランプとバノンは、米国の覇権を喪失・自滅させるという目標において一致している。だが、そこに至るための戦略は、正攻法のままのバノンと、過激好戦策に転じたトランプとの間で食い違うようになった。バノンの辞任は、それが原因だったと考えられる。バノンは、辞任後もトランプから頻繁に相談を受けると語っているが、その後、アラバマ州での上院補選でトランプとバノンが別々の候補を支援して対立が表面化したと指摘されている。バノンはトランプの新悪の枢軸に批判的だとも言われている。 (Steve Bannon to travel to Alabama to campaign against Trump-endorsed candidate) (TRUMP U.N. SPEECH WOULDN’T MAKE STEVE BANNON HAPPY

 トランプとバノンの関係は悪化しているようだ(演技かもしれないが)。だがトランプは、今回の国連演説の前半部分で、米国第一主義について説明しており、バノンが作ったこの方針を捨てていないことを示した。トランプは演説で「国連総会に出席している各国指導者たちは、当然のこととして、自国の利益を第一に考えているだろうが、同様に私自身も、米国の利益を第一に考え、世界の中で米国が過分な負担を背負わされることを認めない」と述べている。これは、覇権放棄の姿勢である。 (Trump Returns U.S. to Realpolitik in World Affairs

 トランプは、国連演説の前半で覇権放棄を語った後、後半で北朝鮮、イラン、ベネズエラを順番に名指しで非難し、命名こそしていないが、新たな悪の枢軸戦略を展開している。トランプの戦略は、覇権放棄と悪の枢軸が同居している。ブッシュ時代の悪の枢軸は「悪に国々を政権転覆して強制的に民主化し、良い国にするのが、覇権国である米国に(神から)課された任務である」という、選民思想的な覇権の理念を基盤にしていた。そのことを考えると、トランプの戦略は、矛盾したものになる。 (Donald Trump's America First doctrine will destroy the United Nations

 トランプは演説の後半で「米国は、世界のすべての圧政政権の犠牲者の味方をする」と述べている。これは、ブッシュの悪の枢軸の理念と重なる。だが米国は、覇権を放棄してしまうと、世界の抑圧された人々を具体的に支援できない。抑圧された人々の味方をするには、米国が覇権を維持し、悪い国々の政権を実際に転覆することが必要だ。軍産エスタブの理論化たちは、そう言ってトランプの矛盾を批判している。 (Donald Trump’s Foreign Policy Doctrine Makes No Sense

 トランプにとって、理論的な矛盾は大したことでない。トランプは、有権者である大衆がとらえる全体のイメージが、選挙に勝つために重要だと考えている。米国の大衆は新聞など読んでいない。エリートの内部での論議で評価されることを、トランプは軽視している(軍産支配に楯突く者は、うまく理論構築しても評価されないし)。 (Details, Details - The president discombobulates friend and foe

 しかも軍産マスコミは、トランプが好戦的な姿勢をとるだけで、批判をかなり低下させている。トランプが最初に「軍事解決」を好む好戦姿勢をとったのは、4月にシリアの空軍基地にミサイルを撃ち込んだ時で、このとき米マスコミは「トランプはようやく大統領になった」と絶賛した。ミサイル撃ち込みの理由は、シリア軍が化学兵器で市民を殺したという無根拠な濡れ衣だったのだが、マスコミはそんなのおかまいなしだった。近年の米国において、理論的な矛盾は、大したことでない。 (ミサイル発射は軍産に見せるトランプの演技かも

 ブッシュ政権で、悪の枢軸や世界強制民主化の戦略を練ったのは、共和党右派のユダヤ系を中心とする国際戦略の立案集団である「ネオコン」(新保守主義者)だった。彼らは、イスラエルが潰したいイラクとイランを悪の枢軸に入れ、米国覇権の維持拡大と、イスラエルの強化を実現したことになっている。だが実際には、ネオコンが立案したイラク侵攻やイラン敵視策の結果、中東での米国の支配力はむしろ低下し、イラクもシリアもイランの影響圏に入ってしまった。ネオコンはユダヤ系だが、実のところ親イスラエルでも米国覇権の信奉者でもなく、全く逆の、CFRあたりにひそむ隠れ多極主義者の代理勢力であり、米国の覇権を強化するふりをして弱体化させたのでないかと私は見ている。 (Pat Buchanan: "America Has No Divinely-Mandated Mission To Democratize Mankind"

 そしてトランプも、バノン流の正攻法な覇権放棄策が行き詰まるほど、ジョン・ボルトンなどネオコンの意見を聞くようになり、軍産に味方するふりして好戦策を過激にやって失敗させるネオコンの手法を身につけるようになった。その一つの到達点が、今回の悪の枢軸の国連演説である。 (Retired marine general fails to tame Trump

 トランプ今後、悪の枢軸戦略を繰り返し進めようとするだろう。トランプが北朝鮮を先制攻撃するぞと脅すほど、中露や韓国は北朝鮮を説得し、前回の記事に書いたプーチン案をやらせようとする。プーチン案がうまくいくと、北朝鮮問題は米国抜きで解決されていき、朝鮮半島は米国の覇権下から離脱して中露の側に転じる。トランプがイランを敵視するほど、イランは中露やEUに支えられて台頭を続け、米国抜きの中東の国際秩序が出現していく。ベネズエラがドルでなく人民元建てで石油を売り始めることは、ドルの基軸通貨性を支えてきた「ペトロダラー」のシステム(産油国がドル建てで石油を売り、売上代金で米国債を買い、米国の覇権維持を助ける)を崩していくことにつながる。 (The World Is Creeping Toward De-Dollarization) (Petrodollar end looming as China & allies dump it in oil trading

 米政府内で、人権問題や独裁を理由にした政権転覆など、悪の枢軸と人権外交の戦略を、軍事以外の外交面で担当してきたのは国務省だが、今夏、トランプはティラーソン国務長官に「もう米国は人権外交をやらない。国務省は人権外交をやめる」と宣言させた。それ以来、国務省内の軍産エスタブ系の勢力が、トランプやティラーソンに楯突く動きを見せている。 (Is The US State Department Waging "Open War" On The White House?) (State Dept Mulls Removing Democracy From Mission Statement

 エスタブ出身のティラーソンは、国務省内の軍産エスタブ系の勢力の弾圧に尽力したがらないので、トランプは最近、ティラーソンを辞めさせて、代わりにネオコンを演じている国連大使のニッキー・ヘイリーを国務長官にしたがっていると報じられている。ヘイリーはトランプの提案を断ったとされているが、いずれヘイリーが国務長官に転じ、過激にやりすぎるネオコン策によって、国務省内の軍産エスタブを潰す動きをやり出すかもしれない。トランプの米政府がネオコン的になるほど、同盟諸国は米国とつきあいにくくなり、米国の孤立化が進む。 (Is This It for Rex Tillerson?) (Nikki Haley denies rumors, says she doesn't want to be secretary of state



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ