潰されそうで潰れないトランプ2017年5月18日 田中 宇米トランプ大統領は、相変わらず、マスコミや議会、外交諜報界、民主党系勢力など、米エスタブリッシュメント(=軍産複合体)と、その軽信的な傀儡たち(=リベラル派)に攻撃され続けている。トランプは5月9日、オバマ時代からFBI長官を続けているジェームス・コミーを突然解任した。FBIは、ロシアが昨秋の米大統領選にひそかに介入してトランプを勝たせたのでないか、トランプはロシアの協力者でないか、という疑惑(ロシアスキャンダル)を捜査しており、トランプのコミー解任は捜査妨害だとマスコミ軍産が非難している。 (Comey Ouster Threatens to Backfire on Troubled White House) (It Was Inevitable That Trump Would Fire James Comey) このスキャンダルでは、すでにトランプの安保担当補佐官だったマイケル・フリンが2月中旬に辞任に追い込まれている。フリンは辞任後もFBIの捜査を受けているが、トランプが解任前のコミーに対し、フリンに対する捜査を打ち切るよう要請していたとするメモを、コミーが書き残していたことが解任後に判明した(誰かがリークしてマスコミに書かせた)。トランプの「捜査妨害」の非難がますます強まり、民主党の議員が議会演説で、トランプを弾劾すべきだとする主張を、初めて公式に出した。 (Democrats Are Split Over Impeachment) (Here’s the only way Democrats can impeach Trump) (Trump Faces Deepest Crisis of Presidency With Comey Memo) だが、トランプに対する弾劾要求の話が盛り上がり出した5月17日、米国の株価やドルが急落し、市場のリスク感が強まって米国債や金地金の相場が急上昇した。米財界の大御所GEのウェルチ元会長がCNBCテレビに登場し「トランプが弾劾されたら、金融市場は暴落するぞ('blow the market away')」との警告を発し「トランプは、やり方が下手なだけで、政策そのものは良い(辞めさせない方がいい)」と擁護した。JPモルガンや野村といった金融筋が、相次いで「トランプ弾劾の可能性は非常に低い(だから株を売るな)」と言い出した。共和党の軍産系議員の筆頭で、日ごろトランプ批判に精を出しているマケイン上院議員が、金融界に頼まれたのか「トランプの弾劾は(現時点ではまだ)良いやり方でない」と、めずらしくトランプ擁護論を発し、トランプ弾劾の可能性を大きく低下させた。 (Jack Welch: Impeachment of Trump would 'blow the market away') (JPMorgan: "A Trump Impeachment Is Very, Very Unlikely") (McCain: Talk of impeaching Trump not ‘rational’) 米国の金融界や財界は、トランプの続投を望んでいる。その理由は、トランプが、米国内産業の保護や、金融やエネルギーの大胆な規制緩和、気前の良い法人減税、米国より世界の経済発展を優先する覇権戦略の縮小(=自由貿易反対)などを進め、財界や金融界が喜ぶ政策を続けているからだ。米国(や世界)の株価が最高値を更新し続けている一因は、このトランプ効果にある。トランプの経済政策は、米議会の超党派の軍産勢力にはばまれ、なかなか実現しない。トランプは、財界や金融界に対する気前の良い(腐敗的、近視眼的な)政策を「贈賄」として使い、経済界がトランプを支持してトランプ敵視の軍産に対抗するよう仕向けている。 (Dow has worst day in 8 months as Trump drama rattles market) (Here's How Markets Are Reacting to the Trump-Comey Turmoil) (経済でエスタブに迎合しつつ安保で軍産敵視を続ける) トランプのこのやり方は成功している。表層的な「清廉さ」ばかりを重視し、軍産支配をやめない限り濡れ衣戦争による世界の殺戮が終わらないという深層の覇権状況に気づかない人々はトランプを嫌うが、実のところ、そうした人々の支持不支持に関係なく、権力闘争は進行している。しかもブルームバーグ通信の定点観測記事によると、昨秋の選挙でトランプを勝たせた米国ラストベルトのトランプ支持者たちは、就任後のトランプに失望せず支持を続けている。「トランプの支持率が低下し続けている」という報道は、昨秋選挙前の「ヒラリーの支持率が上がり続けている」という報道と同趣旨の、相変わらずの歪曲に見える。 (How Trump's Rust Belt Voters Have Changed Since the Election) (米大統領選挙の異様さ) おそらく今後も、トランプが辞めさせられる懸念が高まるたびに株価が下がる。トランプは、選挙戦中こそ「金融はひどいバブルだ。近いうちに崩壊する」と(事実を)放言していたが、就任後は、金融界を味方につけるため、中央銀行と金融界によるバブル膨張策を、手放しで容認している。すでに米日欧の中央銀行は、資金を大増刷してバブルな金融市場を買い支えるQEによるシステム延命策を、限界近くまでやっており、もうQEをやめていかねばならない時期に入っている。 (JPMorgan Tells Banks to Partner Up as U.S. Deposit Drain Looms) (The End of Quantitative Easing – Perhaps Now It Will Be Inflationary?) QEの総額が減り、米国中心の国際金融システムが崩壊すると、それはリーマンショックをはるかにしのぐ危機になり、米国の覇権体制が瓦解し、軍産も決定的に力を失う。トランプを辞めさせたら、金融危機の引き金を引くことになりかねない。軍産がどんなにトランプを敵視しても、それはトランプを辞めさせるまでにはならない。その意味で、すでにトランプは勝っている。再選を果たしても不思議でない。 (The Coming Central Bank Crisis) (A Problem Emerges: Central Banks Injected A Record $1 Trillion In 2017... It's Not Enough) (If The Fed Sells Treasuries... Who Will Be Buying? Answer: "Other" (Seriously)!) ▼トランプを敵視するほど民主党や軍産が不利になる構図が仕掛けられている トランプが、軍産傀儡、金融界傀儡、小さな政府主義(茶会派)などのせめぎ合いで構成される共和党内の大方の支持を得られていれば、その支持が消極的であっても、政権を維持できる。米議会は上下院とも共和党が多数派だ。大統領弾劾の提案は多数派の政党からしか出せないし、大統領が明らかに違法なことをしたという動かぬ証拠と、上院の3分の2以上、下院の過半数の賛成が必要だ。議会の少数派である民主党がいくら騒いでも弾劾は進まない。 (Trump's war with Comey intensifies) (With Trump's Scandals, There's Still No There There) 米国史上、弾劾で辞めさせられた大統領は皆無だ。クリントンは不倫絡みの偽証と捜査妨害の罪で弾劾されたが議会が可決しなかった。ニクソンは、ウォーターゲート事件で捜査妨害や職権乱用の罪で弾劾される前に自ら辞めた。彼らに比べ、トランプは「違法なこと」に関する明確な証拠が、まだ政敵たちから全く出されておらず、法的に無罪の領域にいる。トランプが弾劾されるとしたら、現時点で考えられる「罪」は、ロシア昨秋の米選挙に隠然と介入し、トランプがロシアのために働くことをロシアに約束した上で当選させてもらった筋書きになる。だが、トランプの政敵は、世界最強の諜報組織を持つにもかかわらず、ロシアが米国の選挙に介入した証拠を全く出せていないし、トランプがロシアのために働くと約束したという証拠も全く出せていない。 (Donald Trump Isn't in Real Trouble—Yet) (軍産に勝てないが粘り腰のトランプ) もともと「トランプはロシアのスパイだ」という主張は、トランプが昨年の選挙戦で「ロシアと敵対し続ける米国の政策は無益で無意味だ。大統領に当選したら、テロ対策などでロシアと協調する」と宣言したことに呼応して、クリントン陣営がトランプを攻撃し、自分らを有利にするために発した、無根拠な選挙用の宣伝文句だった。だが、トランプが勝った直後から、クリントンを勝たせようとして失敗した軍産やマスコミは、この無根拠な宣伝文句を、そのまま流用して「トランプの罪」としてでっち上げた。トランプ政権が続く限り、軍産マスコミがトランプを「ロシアのスパイ」として延々と「断罪」し続けるシナリオが、トランプの当選直後から指摘されていた。 (Why Was Comey Fired?) トランプ就任後の事態の展開は、このシナリオ通りに進んでいる。だが、もともと無根拠な選挙用の宣伝文句を流用した貧弱なシナリオなので、トランプの政敵たちは、説得力のある証拠を何も示せないままでいる。これは、大量破壊兵器がないと知りつつ「ある」と強弁して侵攻して失敗した03年のイラク戦争と同様、いずれシナリオの貧弱さが災いし、民主党やマスコミ軍産の側にとって不利な事態が深まる。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) トランプ政権の腐敗は、女婿で大側近のクシュナーが不動産投資の失敗に関して中国共産党傘下の金融機関から贈賄的な資金供与を受けた疑いなど、ビジネス絡みのことの方が大きい。だが、軍産マスコミはそちらをあまり指摘せず、冤罪や濡れ衣でしかないロシアのスパイ疑惑だけを一本槍として突き進んでいる。貧弱な大量破壊兵器の開戦大義を使ったイラク侵攻が、ネオコン(=隠れ多極主義者)による意図的な失策だった疑いが強いのと同様、ロシアのスパイ疑惑に偏重したトランプ叩きも、隠れ多極主義勢力による、意図的な失策であると疑われる。トランプは、マスコミ軍産から断罪中傷され、ひどい目に遭わされ続けるが敗北せず、00年の次回選挙で再選される可能性すらかなり高い。民主党は、党全体を結束させてトランプに勝てる新たな指導者を生み出せないでいる。 (Conflict Accusations Swirl As Kushners Set To Receive $400mm From Chinese Firm On Real Estate Deal) (Kushner urging Chinese to pick US for immigration, investment) トランプは、軍産と激突する当初の戦略を、就任1か月後から引っ込め始め、共和党内の軍産系勢力を宥和する策に転じた。弾劾回避や政権運営の円滑化をめざしたのだろう(4月にシリアにトマホークミサイルを無意味に撃ち込んだのも、同様な軍産宥和策だった。クリントンも90年代末に軍産から弾劾された時、トマホークをスーダンやアフガニスタンに無意味に撃ち込んだ)。その流れの中で、ロシアとの関係改善を主導していた安保担当補佐官だったフリンを、2月中旬に解任した。 (フリン辞任めぐるトランプの深謀) (軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃) マスコミはフリンが、駐米ロシア大使と電話で米政府の対露制裁解除の可能性について話したことを非難したが、この行為は違法性がなく、その後のFBIの捜査もフリンの違法行為を見つけられなかった。トランプ陣営ロシアスパイ説は、最初から濡れ衣なのだから、違法行為が見つからなくて当然だった。トランプは、FBI長官だったコミーに「違法行為がないなら捜査をやめた方が良い」と述べたが、これはトランプによる命令でなく、捜査はその後も続いた。だが、その後のコミー解任後、マスコミは「トランプは、コミーに対し、捜査の終結を強要した」と意図的に誤報し「やはりトランプはロシアのスパイなのだ」という趣旨を流布した。 (Senate Hearing Summary: Everything You Thought You Knew About Russia/Comey Just Got Destroyed) トランプがなぜ今のタイミングで突然にコミーを解任したのか、真の理由はまだよくわからない。コミーを解任すると、マスコミや民主党からの攻撃が強まるのが必至だったが、トランプはあえてコミーを解任した。これを愚策と片付ける傾向が強いが、私にはむしろ、喧嘩を通じて交渉するやり方を好むトランプが、軍産に攻撃されても負けないぐらいに強くなってきた現時点で、意図的に戦端を切ったのでないかと思える。トランプは、就任前にすでにロシアスパイ疑惑を塗りつけられていたので、捜査妨害と言われぬよう、オバマ政権のFBI長官だったコミーを留任させざるを得なかった。政治力を蓄えたトランプが、コミーを解任するのは自然な動きだ。トランプはまだ「革命」をやめていない。 (Trump's War against the DC Establishment Isn't Going Away) (Trump fires FBI Director Comey, setting off U.S. political storm) ▼米国自身内部の濡れ衣戦争を面白がって見ているプーチン 5月10日には、トランプがロシア外相のラブロフを大統領府に招待し、シリア問題などについて話し合っている。このとき、イスラエルが米国に教えたISISに関する「最高機密」の諜報を、トランプが勝手にラブロフに教えてしまったとする報道があとで出てきて、これがまた軍産マスコミ民主党による新たなトランプ叩きになっている。問題の諜報は、イスラエルの諜報機関のスパイが、シリアのIS支配地にIS支持者のふりをして潜入し、ノートパソコンの中に爆弾を仕込み、それを飛行機内に誰かの手荷物として送り込んで爆破させるテロの手法をISから教えてもらったものだ。この諜報は最高機密で、英国カナダなど米国にとって最重要な同盟国であるアングロサクソン5か国の諜報機関にすら教えていないものなのに、トランプはそれを「敵」であるロシアに教えてしまった、というのがマスコミの批判内容だ。 (Trump's Leakers Have Only Made Things Worse) (Israel Provided Intelligence Trump Shared With Russia, Officials Say) 問題となっている「ISがノートパソコンに爆弾を仕込み、それを機内に持ち込んで爆破させる」テロの手法は、以前からよく知られている。このテロの手法が出てきたので、今年に入って米政府は、中東から米国に飛ぶ飛行機の機内にノートパソコンを持ち込むことを禁止した。米政府は、EU諸国に対しても、同様の禁止をするよう求めてきたが、EUは米国側の主張に対して疑いを持ち、ノートパソコン禁止を渋っている。「敵」のロシアと異なり、EU諸国は米国の「同盟国」なのだから、イスラエルが米国に教えてくれた諜報が説得力のあるすごいものであるなら、その諜報を開示してEUを説得すれば良いのに、そのような流れになっていない。 (EU Remains Skeptical of Laptop Flight Ban) ロシアのプーチン大統領は、ラブロフがトランプに機密を教えていないと記者会見で説明し、米議会が望むなら、ラブロフとトランプの会談の議事録を出すと表明した。プーチンは、自身が米国の軍産から極悪の濡れ衣を延々とかけられてきただけに、米国の上層部で軍産がトランプにロシアスパイの濡れ衣をかけて延々と内紛しているのを、面白がって見ているという。 (Putin Ready To Give Congress Transcript Of Trump-Lavrov Conversation To Prove No Secrets Were Revealed) 今の時期に軍産がトランプを潰そうとする攻撃を強めている理由は、トランプが来週の中東訪問で、イスラエルとパレスチナの首脳どうしを会談させて、中東和平交渉を強引に再開しようとしているからかもしれない。クリントンは、中東和平交渉のオスロ合意を推進し、一時は和平を受け入れたイスラエルが和平拒絶に転じた後、シオニストのモニカ・ルインスキとの不倫事件の絡みで、98年に弾劾されている。ニクソンの弾劾が進められたのは、73年の第4次中東戦争の前後だった。 (よみがえる中東和平) (Buchanan On Comey & The Saturday Night Massacre) エルサレムポストによると、トランプの大統領府は、5月22-23日のイスラエル訪問時にトランプがネタニヤフとアッバスを会談させる予定などないと言っている。この報道通り、何も起こらないかもしれない。だがそれなら、トランプの依頼を受けてイスラム諸国の首脳たちをリヤドに集めてトランプとの大サミットを開くサウジ国王は、無意味な動きをしていることになる。トランプは、重要な行動を予定外でやる。敵対的な諜報界やマスコミに対抗するには、ごく一部の側近しか事前に知らない予定外の行動で、重要政策をやっていくしかない。エルサレムポストも「トランプが予定外の行動をしない限り、イスラエル訪問時には何も起こらない」と書いている。 (TOP US OFFICIAL TO POST: NO PLANS TO HOLD NETANYAHU-ABBAS PEACE SUMMIT DURING TRUMP TRIP) (Trump’s Saudi summit offers a historic opportunity for region)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |