中国の一帯一路と中東2017年7月2日 田中 宇中国が5月に北京で「一帯一路国際会議」を開催して以来、習近平政権の国際戦略の柱となった、中国とユーラシア大陸の各地をつなぐ交通・産業インフラの整備計画である「一帯一路」に関する批判記事や宣伝記事が多く見られるようになっている。一帯一路は、6本の陸上交通路からなる「一帯」(シルクロード経済ベルト)と、南シナ海からインド洋を通ってスエズ運河・地中海まで(マルコポーロが帰途にたどった福建省泉州からベニスまで)の海上交通路の「一路」(21世紀海上シルクロード)という、2つの国際インフラ整備計画を合わせている。陸6本、海1本の合計7本の交通路に沿って、高速道路、高速鉄道、パイプライン、港湾、工業団地、発電所などを建設する計画だ。 (Belt and Road Initiative - Wikipedia) (CPEC Will Take Pakistan To A Place It Doesn't Want To Be) 「一帯」の6本の建設計画は、もともと90年代に中国国内の辺境地域の産業振興策、辺境貿易策として始まった。新疆ウイグル自治区や雲南省などで、国境に向かう交通路や産業基盤を建設し、新疆と中央アジア諸国やパキスタン、雲南とラオスやミャンマーとの貿易をさかんにする計画だったが、それらの多くは、国境の向こう側の相手諸国の交通路や経済基盤の悪さや政治の不安定さから、あまり成功しなかった。その後、中国は、国内に新幹線網や大規模な港湾設備を作るなど、インフラ整備の技能が格段に向上した。中国勢は、外国でも鉄道や港湾、発電所などの建設を受注するようになり、世界有数のインフラ建設技能を持つに至った。この技能を生かし、かつての辺境振興策を格上げし、中国の豊富な資金力を使って、国境の向こう側の諸国のインフラ整備まで中国の主導で投融資して進めようとするのが一帯一路の計画だ。 (Can Pakistan Afford CPEC?) 以前の中国の辺境貿易振興策があまり成功しなかったように、今回の一帯一路も、国境の向こう側の諸国の政治経済の状況が悪い中で進めても、せっかく作った設備も閑古鳥が鳴くばかりで使われないおそれがある。一帯一路は、中国が相手諸国に建設費を融資・投資してインフラ整備する構想で、作ったインフラが使われない場合、相手国は利益(税収)につながらず、中国から借りた資金の返済に追われるばかりになりかねない。米国やインドなどの中国敵視のメディアは「一帯一路は、中国が周辺国を借金漬けにして支配する覇権戦略だ」と批判している。 (CPEC: Pakistan prostrating before Chinese imperialist designs, Pak scholar says in Kolkata) 一帯一路の7本のルートのうち、最近、中国が最も急いで建設を進めようとしているのが、新疆ウイグル自治区からパキスタンのインド洋・ペルシャ湾近くのグワダル港までをつなぐ「中国パキスタン経済回廊」(CPEC、中パ回廊)だ。グワダル港は、中国が資金を出して01年から港湾整備を進めているが、そこから中国までの交通インフラが貧弱なままであるため、今は閑古鳥が鳴いている。中国側の入り口である新疆のカシュガル市の郊外にも、パキスタンとの貿易のための工業団地の広大な用地や倉庫群が用意されているが、これらもがら空きだ。しかし今後、高速道路の建設と既存鉄道の高速化、パイプラインの敷設などが一帯一路で実現すると、事態が変わりうる。 (Gwadar port: ‘history-making milestones’) (アメリカを出し抜く中国外交) グワダル港は、ペルシャ湾の入り口であるホルムズ海峡のすぐ外側にある。中パ回廊ができると、中国はサウジアラビアなどペルシャ湾岸諸国からの石油ガスの輸入経路を大きく短縮できる。グワダルはまた、イランから陸路で100キロしか離れていない。中パ回廊をイランまで延伸すれば、中国は、イランから石油ガスをパイプラインだけで輸入できるようになり、中国の製品を陸路でイランに輸出できるようになる。イランは、核兵器開発の濡れ衣を解かれ、米国以外の諸国との関係が正常化されつつあり、これから経済成長を強めそうだ。中国は、中パ回廊を使い、イランの経済成長に便乗して儲けることができる。利得のおこぼれは、イランとの関係を改善しているパキスタンにもいく。 (Pakistan Caught In The Middle As China’s OBOR Becomes Saudi-Iranian-Indian Battleground) 中パ回廊を批判する記事は、パキスタンのテロリストの多さや治安の悪さを問題にしている。グワダルはパキスタンのバルチスタン州にあり、この州に住むバルチ人は、パキスタンからの分離独立を掲げて武装し、中パ回廊の建設に携わる中国人スタッフを誘拐・殺害したりしている。バルチ人はイラン側にも住んでおり、イランからの分離独立を掲げている。皇太子が代わって過激なイラン敵視策を強めるサウジアラビアが、イランのバルチ人の分離独立の内戦行動を支援するのでないかとも言われている。そうなると、事態は中パ回廊どころでなくなる。 (China-Pakistan Economic Corridor takes form amid serious security concern) (How CPEC Security Will Test the ‘All-Weather Friendship’ of China and Pakistan) しかし、サウジの権力者となったムハンマド新皇太子は、強硬なイラン敵視策を持つ一方で、中国がサウジとイランの両方と仲良くすることに対しては文句を言わない。ムハンマドは、一帯一路の諸事業への巨額な投資を習近平に約束しており、両者は仲が良い。サウジは中国から無人戦闘機の製造技術を売ってもらうなど、軍事面の関係も強い。サウジは、中国を困らせ一帯一路を妨害することになるバルチ人支援を、多分やらない。 (サウジの新事態はトランプの中東和平策) (イランを共通の敵としてアラブとイスラエルを和解させる) 中パ回廊は、サウジから中国への石油輸出の効率を上げ、サウジと中国の経済関係を強化するので、サウジにとっても利得になる。イランとサウジが対立を強めても、中国やロシアは、イランとサウジの両方と良い関係を維持できる状態にある。米国はこの10年以上、従属する諸国に対し、イランとつき合うなと圧力をかけてきたが、対米自立している中国やロシアは、米国の圧力を無視してきた。 (ロシアとOPECの結託) 金持ちなサウジは従来、米国から頼まれて、これまで対米従属してきた貧乏なパキスタンに多額の経済支援をしてきた。その代わりサウジは、パキスタン軍を傭兵として使い、イエメンとの戦争に従軍させるなど酷使してきた。ムハンマドが皇太子になり、パキスタン酷使の傾向に拍車がかかると予測されているが、中国が一帯一路とともにパキスタンを傘下に入れる傾向が強まると、パキスタンはサウジの傀儡でなくなり、サウジの無体な要求を聞かなくなる。 (Soft coup in Saudi Arabia) (パキスタンの興亡) 私が見るところ、習近平が、一帯一路のいくつものルートのうち中パ回廊の建設を急いでいる理由は、この回廊が中国とイランをつなぐもので、イランがロシアと協力してシリア内戦を終わらせ、イラクでもISを退治し、イランからイラク、シリア、レバノンまで続く「イラン圏」を構築しつつあるからだ。米国は、米軍をシリア南部に侵入させたりして邪魔しているが、イランをシリアから追い出すことはできない。イランはおそらく今後ずっと、この広大な「シーア派の三日月地帯」を自国の影響圏として持ち続ける。 (CPEC ‘fastest, most effective’ among Chinese projects) 米国は、この地域に延々と軍事介入して不安定化したが、イランは今後、この地域を安定化し、経済発展を実現しようとするだろう。そうすれば影響圏を維持しやすいし、自国の利得になるからだ。そうなると必要になるのが、内戦後の復興と発展を実現するための投資と物資だ。それを用意できる最大の勢力が中国だ。イランは今後しばらく米国に敵視され続けるだろうから、欧州や日本は大っぴらにイランと組めない。だが中国は、米国の覇権が崩れて多極化した方が自国のためでもあるので、大っぴらにイランと組める。一帯一路によって、中国とイラン圏とのつながりが強化され、貿易や投資が増えると、イラン圏の復興と発展が成功する可能性が強まる。イランと中国の両方にとって、経済と国際政治(覇権構造)の両面で得になる。 (China's Growing Influence On Middle East Shouldn't Be Lost On An Impulsive Trump Administration) ▼ロシアの中東覇権には中国の経済進出が必要。そのための一帯一路。 こうした展開は、ロシアにとっても非常に都合が良い。ロシアは、シリアに軍事進出し、イランと一緒にアサドを支援して内戦を終わらせた功労者だ。シリア内戦を終わらせ、米国がISアルカイダを涵養して無茶苦茶にした中東を安定化したことにより、中東におけるロシアの影響力(覇権)や信用度がぐんと上がった。ロシアは、中東の国際政治の後見役になりつつある。ロシアとしては今後、戦争で破壊された中東を復興し、発展させたい。だがロシア自身は、石油ガス輸出以外の経済の得意技がない。そこでロシアは、多極型世界における盟友である中国を引っ張りだし、中国に投資や貿易をやってもらい、中東の復興や安定化を進めたい。だからロシアにとって、中国の一帯一路が重要になる。 (内戦後のシリアを策定するロシア) (パキスタンを中露の方に押しやる米国) 冷戦時代、インドとパキスタンの対立の中で、米国がパキスタンを支援していたことに加え、インドが社会主義的な傾向を持つ国だったため、ロシア(ソ連)はインドと親しかった。だが、そうした伝統を破って昨年、ロシアはパキスタンに急接近し、初の合同軍事演習をやったりした。ロシアがパキスタンに接近したのは、中国がパキスタンを回廊にしてイランなど中東との関係強化をやることにしたからだろう。一帯一路は、中東や旧ソ連諸国での中国の影響力を拡大し、その分ロシアの影響力が下がるからロシアにとってマイナスだという見方があるが、その見方は覇権運営の観点が欠けており浅薄だ。中国とロシアは、覇を奪い合うのでなく、ロシアが軍事安保面、中国が経済面を担当するかたちで覇を共同運営している。 (Russia to Have Marginal Role in One Belt, One Road) (Russia to join China-Paki Economic Corridor) イランの西隣にトルコがある。トルコはNATOに加盟する欧米の同盟国だったが、シリア内戦で負け組に入ってしまったのを挽回しようともがくうちに欧米との対立が悪化し、中露やイランに接近する傾向となり、いずれNATOを離脱しそうだ。トルコは、カタール問題で米サウジとの敵対をいとわず、イランと組んでカタールを応援している。米国ではネオコンが、トルコをNATOから追い出せと騒いでいる。中露はトルコを取り込む必要がある。ロシアは最新鋭の対空迎撃ミサイルS400をトルコに売ることにした。中国は、一帯一路のルートの中にトルコを入れている。ここでも中露が役割分担して覇権運営している。 (Turkey: NATO's Odd One Out) (It's Time for NATO to Call Turkey's Bluff) (NATO Policy in Syria Prompts Turkey to Reach S-400 Deal With Russia) 911以来、パキスタンでは過激なイスラム主義者がどんどん強くなり、ISアルカイダが跋扈してテロや銃撃が増え、政治経済が不安定になって国家的な破綻に瀕するようになっている。米軍はパキスタン政府に通知せず勝手に過激派を無人戦闘機で空爆(しばしば誤爆)し、事態を悪化させている。しかし、もし今後、イランとロシア、中国が協力して中東を安定化・復興することに成功すれば、過激派の影響力が中東全体で低下していき、パキスタンでも過激派が下火になる。パキスタンが中国の傘下に入って中パ回廊が機能し、中東が安定化していくと、パキスタン自身の安定化につながる。 (Islamabad slams US drone attacks in Pakistan) (アフガニスタンのサムライ) 中国が一帯一路でパキスタンを傘下に入れる傾向を強めるのと同期するかのように、米国の議会では、パキスタンを同盟国とみなすことをやめて、軍事支援を停止し、テロ支援国家に認定して敵視すべきだという提案が出ている。パキスタンは、米国から敵視されると、ますます中国の傘下に入る。最近のインドのモディ首相の訪米を前に、トランプ大統領はパキスタンのカシミールの過激派の指導者(Syed Salahuddin)を、突然に国際テロリストのリストに入れた。これはモディを喜ばすための策と報じられているが、それよりもむしろパキスタンを米国から遠ざけて中国に近づける策に見える。米議会やトランプのパキスタン敵視案は、隠れ多極主義的な「中国強化案」である。 (Pakistan must pay for supporting terrorism, says US Congressman) (Pakistan pivots to China amid fresh concerns over U.S. ties with India) もし米国が本当にパキスタンを敵視し始めると、米軍はアフガニスタンでの駐留を続けにくくなる。パキスタンは、米国や同盟諸国の軍隊にとって、アフガン駐留軍に物資を運ぶ重要な地上ルートだった。アフガン政府は米国の傀儡で、政府軍の仇敵はタリバンだが、タリバンはパキスタン国内の勢力から支援を受けている。米国がパキスタンを敵視すると、パキスタンは静かにタリバンへの支援を強め、タリバンはいずれ米傀儡のアフガン政府を倒して政権を奪還する。その流れの中で、米軍や同盟諸国の軍隊は撤退するだろう。米軍が撤退し、タリバンが政権をとると、アフガン内戦は終結する。ロシアやイランはすでに、アフガンの政権はタリバン主導でかまわないと考えている。中露イランとパキスタンでタリバンを容認し、アフガンを安定化していける。米軍がいる限り、アフガンは内戦が続く。米軍がいなくなると、内戦はしだいに終結に向かう。 (Pak-Afghanistan agree on China-led mechanisms for crisis management) (An Afghan Settlement Will Require America to Work with Russia, Iran and Pakistan) ここまで、インドのことをほとんど書いていなかった。中パ回廊は、インドが領有権を主張しているがパキスタンが実効支配しているギルギット・バルチスタン州を通っている。中国が、同州をパキスタン領とみなして中パ回廊の開発計画に入れているため、インドは中パ回廊と一帯一路の計画全体に反対している。中国は、今年5月に北京で開いた一帯一路会議に際してインドにも参加を呼びかけたが、インド政府は会議に誰も派遣せず欠席した。中国が中パ回廊の開発を急いでいるため、中印関係が悪化している。一帯一路は、中パ回廊だけでなく、海のシルクロードの計画でも、スリランカやミャンマー沖の島など、インドを取り囲むように軍事利用できる中国の港湾施設を点々と作っているため、インドが脅威を感じている。 (Can Pakistan Afford CPEC?) (India’s opposition can affect China-Pakistan Economic Corridor in short run: Chinese media) 中国が主導する上海協力機構(中国とロシアと中央アジア5か国などでつくる安保組織)は、6月の年次総会で、インドとパキスタンを同時にオブザーバーから正会員へと昇格させた。印パを同時加盟させるシナリオは、上海機構が何年も前から決めていたことだった。同時加盟のシナリオからうかがえるのは、中国が上海機構の枠組みを使い、印パの和解の仲裁を模索していたことだ。だが今回中国は、インドとの関係が悪化すると知りながら、中パ回廊の計画実現を急いでいる。中国は、印パの和解仲裁よりも、中パ回廊によるイラン圏など中東の安定化への貢献を優先したことになる。今後、中印関係はしばらく悪いままだろう。だが、中国がパキスタンの後ろ盾になる傾向を強めたことで、インドはパキスタンと戦争しにくくなった。和解は遠のいたが、戦争も起こりにくくなっている。 (India, Pakistan become full members of SCO) (Shanghai Cooperation Organization, Belt And Road Initiative And CPEC)
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