混乱と転換が激しくなる世界2017年4月22日 田中 宇来週、4月23-29日には、世界的に3つの大事件が起こるかもしれない。一つは4月23日、フランス大統領選挙の一回目の投票。4人の主要候補がいるこの投票で、事前のマスコミ予想の通り、極右のマリーヌ・ルペンと、中道左派のエマニュエル・マクロンが1、2位の得票をした場合、5月7日の決選投票で、極右政権を嫌う左右中道派の票を集めてマクロンが勝ち、ルペンは落選するというのが権威筋の分析だ。この場合、フランスは従来通りのエリート支配が維持され、ユーロ離脱やEUとの関係悪化が防げる。だが、一回戦で極右のルペンと、極左のジャンリュック・メランションが1、2位を占めた場合、決選投票でどちらが勝ってもエリート支配が崩れ、ユーロ離脱や、仏とEU(独仏)の関係悪化が起こり、EUは一気に崩壊に近づく。 (Why Marine Le Pen is the choice of ‘unhappy France’) (Analyst Who Predicted Trump's Rise Bets On Le Pen Victory) 来週おこりうる2つ目の大事件は、北朝鮮が4月25日に核実験(もしくはミサイル発射)を挙行するかもしれないことだ。中国政府がそのように指摘している。衛星写真解析によると、北の北部にある豊渓里の核実験場で、実験準備とおぼしき活動が再開されている。4月25日は、北朝鮮軍の創設85周年の記念日で、祝賀行事の一つとして核実験する可能性がある。韓国では5月9日に大統領選挙があり、選挙に影響を及ぼす意味でも、北が25日に何かやるかもしれない。米国と組んで北の核実験を抑止する姿勢を強めている中国は、北が核実験した場合、制裁措置として、北への原油を止めることを検討している。北は原油の9割を中国からの輸入に頼っている。 (North Korea’s Punggye-ri Nuclear Test Site: Back to Work We Go) (April 25 Is "Highest Probability" Day For North Korean Nuclear Test China Warns) 来週の3つ目のあり得る大事件は、4月28日までに米国政府の暫定予算が連邦議会を通過できない場合、29日から米政府の一部が閉鎖されることだ。米議会は、以前から上下院とも2大政党の議席数が拮抗しており、意見が対立して政府予算を組めず、窮余の策として数か月分の暫定予算を組み続けて何とか回している。暫定予算すら2大政党で合意できない場合、政府の予算が切れ、2党が再び合意して暫定予算を組むまで、軍など最低限必要な部門以外の政府機能が停止する。近年は2013年10月に2週間停止した。 (White House is ‘gearing up’ for a government shutdown fight) (米国債利払い停止危機再び) 4月29日はトランプ政権の就任百日目にあたる。トランプは、政府閉鎖も辞さない強い態度で、議会が民主党を中心に強く反対している、メキシコ国境の壁の建設費や違法入国取り締まり官増員の予算計上や、オバマケアの制度改定、軍事費の増額などを通したい。与党の共和党でも、小さな政府主義者(茶会派)の反対が強い。茶会派は、強制的な政府縮小策として政府閉鎖をむしろ歓迎している。トランプと議会が対立したまま、政府閉鎖に突入する可能性がかなり高まっている。トランプ政権は、すでに米政府の閉鎖を準備する動きを開始している。 (Trump Administration Begins Quiet Preparations For Government Shutdown) (Five hurdles to avoiding a government shutdown) ▼ルペンはトランプと似ている。英EU離脱以来の覇権逆流 フランスでは、投票日3日前の4月20日にパリで、イスラム過激派のIS支持者が警察官を銃殺するテロ事件があり、イスラム過激派の温床になっている中東からの移民に厳しい政策をとるべきだと以前から主張していたルペンが優勢になっている。トランプ米大統領は、すでに最も優勢なルペンが、銃撃によってさらに優勢になると語っている。銃撃事件直後の世論調査(Odaxa)では、ルペンの支持率が22%から23%へと1%しか上がっておらず、24・5%のマクロンより劣勢とされている(極左メランションと中道右派のフィヨンはいずれも19%)。 (Trump: Paris attack will 'probably help' Le Pen in France) (rench Election Latest Polls: Marine Le Pen Gaining Support After Paris Shooting) だが、仏有権者の55%は、マスコミがルペンに不利な報道をしていると考えている。4人の主要候補のうち、中道左派のマクロンと、中道右派のフィヨンはエリート系で、極右のルペンと極左のメランションは反エリート系だ。エリート(エスタブリッシュメント)の一角として洗脳機能を担うマスコミや世論調査機関が、実際よりルペンに不利、マクロンに有利な報道や世論調査結果を出しても不思議でない。有権者の4割は、誰に投票するか決めておらず、これらの票の動きで結果は大きく変わる。 (THE majority of French people think the media is against Front National leader Marine Le Pen, according to a new poll) (Le Pen loses ground to Macron in French election race: poll) こうした状況は、昨年の米国の大統領選挙の時と同じだ。マスコミや世論調査は最後まで、エリート(軍産複合体)が好むクリントンが優勢だし有能で、反エリート・反軍産な姿勢を打ち出すトランプが劣勢で無能(差別主義者)だと言い続ける歪曲策をやっていた。昨年6月の英国のEU離脱を問う国民投票に際しても、エスタブ層が支援するEU残留が勝つと投票直前まで報じていた。これらの英米の動きと、今回の仏選挙は、国際情勢としてみると、ひと続きの同じ流れの中にある。ルペンが次期大統領になる可能性はかなりある。 (米大統領選挙の異様さ) (英国より国際金融システムが危機) フランスは近年、経済力や国際影響力の低下が続き、国内にあった産業が東欧など他のEU諸国に転出し、失業や賃金低下、中産階級の貧困層への転落が起きている。多くの人々が、経済不審や失業増加はEUの経済統合のせいだと考えるようになり、EU統合を推進してきたエリート層への不満増加と、ルペンやメランションへの支持拡大につながっている。EUの移民歓迎策のせいで、貧困層に転落した人々は移民と仕事の奪い合いとなり、イスラム過激派によるテロも増えた。移民への寛容策に反対するルペンの支持が増えている。 (Le Pen Rise Before French Election Fueled by Industrial Decline) (欧州極右の本質) こうした現象は、米英と同じだ。米国では、製造業が破綻して貧困層に転落したラストベルトの有権者が、エリートで自由貿易派のクリントンを見限り、製造業復権や移民規制を掲げたトランプを支持した。英国では、移民反対がEU離脱派の原動力だった。 (米大統領選と濡れ衣戦争) (英国が火をつけた「欧米の春」) シリアなど中東から欧州に大量の難民が流入して一昨年から起きている移民危機は、自然に起きたものでない。エルドアン政権のトルコは、国内にいるシリア難民を意図的にギリシャ東欧に流出させ、欧州の危機を醸成してきた。今回のパリの銃撃テロ事件も、選挙で既存のエリート層を敗北させ、EU統合やユーロに反対する極右極左を勝たせることで、EUを弱体化しようとするトルコ当局が、傘下のISに手を貸した可能性がある。トルコにとってEUは地政学的なライバルだ。これまでは、EUの方がずっと強く、米英イスラエルの策略で分断され混乱する中東イスラム世界を後背地とするトルコは弱かった。だが今後、覇権が多極化していくと、中東イスラム世界は米欧の覇権下から外れて安定し、長期的にトルコも今より強い存在になりうる。(他にジョージソロスも欧州の難民危機を煽ってきた。それは改めて書く) (テロと難民でEUを困らせるトルコ) (A nerve-racking test of France’s political class) (George Soros Created the European Refugee Crisis?) 半面、EUは、極右極左の台頭による分裂、欧州中央銀行の超緩和策の破綻によるユーロの崩壊、英国の離脱、米国のトランプによる覇権放棄、ロシアの台頭などを受け、以前のような欧米覇権として世界の中心に位置していた状態から転落しうる。ルペンが勝つと、EUの中核である独仏が分裂し、EUが弱くなり、相対的にトルコが有利になる。エルドアンは、3月15日のオランダ総選挙でも、トルコとオランダの外交対立を煽り、極右を優勢にしようとした(が、極右は負けた)。エルドアンは、自らの権力を強化する4月16日の国民投票を可決させた直後、EUがトルコ加盟の絶対の条件としていた死刑廃止をやめて死刑を復活することを決め、EU加盟への道との決別を事実上宣言している。 (欧州の自立と分裂) (欧米からロシアに寝返るトルコ) (Erdogan’s Referendum Victory Puts Turkey on Collision Course With Europe) 仏大統領選挙に外国から影響を与えようとしている人がもう一人いる。米国のオバマ前大統領だ。彼は4月20日、マクロンに電話を入れた。おそらく支持を表明したのだろう。だがオバマは、昨今の欧米各国の選挙における「死神」だ。オバマから支持される勢力(エリート層)は劣勢になる。彼は昨年、まだ大統領だった時に、英国のEU離脱投票で残留派を応援したが、内政干渉だと残留派からも非難された。米大統領選挙ではクリントンを支持して負けさせた。昨年末にはドイツを訪問してメルケルを応援したが、今秋の選挙に向けてメルケルは苦戦している。そして今回、オバマはマクロンを支持。オバマは各国のエスタブ層の選挙運動に加勢しているが、いずれも逆効果になっている。 (In "Apparent Sign Of Support" Obama Has Phone Call With Macron Days Ahead Of Election) (French intellectuals lament loss of influence as populism surges) フランスの有力な銀行家らは、選挙に勝ちそうなルペンに接近し、頼まれて当選後の国家戦略を練っている。ルペンは、当選した場合、公約に掲げた通りの政策をやっていくのか疑問がある。ユーロやシェンゲン体制(国境検問廃止)からの離脱は、議会や司法界、マスコミなどエリート層から多くの妨害策を受けそうだ。先に大統領になったトランプは、議会や裁判所に阻まれたり、側近に反逆されたという口実で、経済再建のためのインフラ整備事業や、自由貿易体制の放棄などの策が進んでいない。ルペンも同様になるかもしれない。 (Can France's Marine Le Pen Win the Presidential Election?) ただしトランプは、戦略が阻まれて右往左往することによって、米国の単独覇権の失墜を加速させることに成功している。ルペンも、EUを壊すことはできるだろう。メルケルやNATOがやっている対米従属やロシア敵視の策を潰す動きが拡大する。ルペンによるEU破壊は、単なる破壊でなく、長期的に見ると、EUが現実的な規模まで縮小し、より強い国家統合勢力として再生することに道を開く。ルペンが負けても、エリート層やEU統合に対する仏有権者の不満は残り、次の選挙に引き継がれていく。 (Win or lose, Le Pen could change the political landscape) ▼中国はがんばると朝鮮半島の覇権をもらえる 次の問題は、4月25日に核実験をしそうだといわれる北朝鮮だ。北朝鮮が核実験を挙行するかどうかを決めるカギは、米国が軍事で報復攻撃してくるかどうかであると喧伝されているが、それはおそらく間違いだ。米軍は、以前も今後も、北が核実験しても報復攻撃してこない。軍事的な報復合戦は、朝鮮戦争の再発となり、ソウルが破壊されてしまう。北が核実験するかどうかは、中国がどの程度の経済制裁をちらつかせて北に圧力をかけているかによる。 (South Korea On Heightened Alert As North Prepares For Major Army Event) (How to Structure a Deal With North Korea) 中国が本気で北を経済制裁する姿勢を示すと、北は核実験を延期する。中国は、北に対し、核実験を挙行したら経済制裁する姿勢を見せるだけでなく、核実験をやめると宣言したら北が喜ぶご褒美をあげることも提案しているはずだ。そうしないと、米朝関係が回復不能に悪くなり、長期的に良くない。このような中朝の駆け引きが展開しているので、トランプ政権は、空母を朝鮮の沖合に出したと、あとでバレるウソを言い、実は軍事攻撃などする気がないことを北に示してやっている。 (As Trump warned North Korea, his 'armada' was headed toward Australia) (China admits it is ‘seriously concerned’ noisy neighbour North Korea will spark nuclear war) トランプは4月20日、中国が努力してうまく北に圧力をかけているので満足していると語っている。この発言が誇張でなく、現実の中朝関係を示しているのなら、4月15日の核実験を見送った北は、4月25日のも見送るだろう。 (Trump Confident China Working `Very Hard' to Rein in North Korea) (トランプの見事な米中協調の北朝鮮抑止策) 北の世話を中国に押しつけるトランプの戦略は、成功すると、朝鮮半島の覇権を中国に譲渡することになる。韓国の地政学的な米国離れが進む。空母の派遣についてウソを言ったことも、韓国の対米不信感を煽っている。豪州で、米国の隠れ多極主義的な傾向を以前から指摘している研究者のヒュー・ホワイトは、米国が北を先制攻撃することはない(韓国が破壊されるので)と断定し、トランプの策が米韓や日米の同盟関係を壊していると批判的に書いている。対照的に、米国覇権低下と多極化を望む米国の研究者ダグ・バンドウは、トランプの策を称賛している。 (Trump is not serious about CNimp2 dealing with North Korea. BY Hugh White) (CNimp2 Time for a Better U.S.-China Grand Bargain on North Korea Doug Bandow) 3つ目の、米政府の閉鎖の問題については、長くなるので、4月28日までの間に改めて書く。来週起こりうる3つの問題は、いずれも、米国の覇権失墜と多極化を加速する。4月23日の仏選挙で、極右と極左のどちらかが大統領になることが決まると、それは現状のEUとユーロ、そしてNATOに象徴される欧米覇権体制がいったん解体していくことになる。決選投票がマクロンとルペンになり、5月7日決選投票でマクロンが当選すると、EUの崩壊は当面回避される。 (Is A Le Pen - Melenchon Second Round Possible: A Concerned Deutsche Bank Answers) (Worst nightmare for EU as French election could be between TWO candidates wanting Frexit) 4月25日に北朝鮮が核実験を挙行した場合、米国が北に軍事反撃できない・しないことが露呈し、中国に頼るしかないことが示される。北が核実験を見送った場合、中国が外交術でうまいこと北を抑止できたことが示され、これまた中国の影響力拡大を示すことになる。いずれも、東アジアにおける米覇権の衰退と中国覇権の台頭が示される。4月29日に米政府の一部機能が閉鎖に入ることは、トランプ登場によって米国の上層部が混乱していることを示し、世界が米国に頼れず、米国の信用失墜につながる。 (トランプの東アジア新秩序) (How Trump's First 100 Days Could End in a Government Shutdown)
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