米国債利払い停止危機再び2013年9月28日 田中 宇米国の連邦政府の財政年度は10月1日に始まる。本来、夏休み前までに、政府(大統領府)が決めた来年度予算を議会で決定していなければならない。しかし今の米議会は、上院で民主党が多数派、下院で共和党が多数派のねじれ状態で、予算案が議会で通らず、9月の年度末までに来年度予算が決まりそうもない状態だ。 (No clear path to ending U.S. debt limit, spending impasse) (Obama admin. starts preparations for shutdown) 米政界では、予算審議が政治駆け引きの道具に使われることが多く、これまでも年度末に次年度予算が決まっていないことが何度もあった。米議会はその場合、年度末が近づくと、2大政党が現実重視で歩み寄り、翌年度の最初の四半期分の暫定予算だけを決め、米政府の機能不全を避ける。その後、翌年初めに暫定予算の期末がくると、再び予算を駆け引きの道具にして議会で論争が再燃し、ぎりぎりの段階で、次の四半期分の暫定予算を決める。そのようなことが今年度も行われた。今日(9月28日)から2日後の9月30日、米政府の財政年度が終わる。今回はまだ、来年度の最初の3カ月間の暫定予算も決まっていない。 (Republicans shun shutdown but flirt with default) 米議会の共和党は、来年度予算の可決を、来年から始まる予定の新たな官制健康保険制度「オバマケア」を阻止することと絡めようとしている。小さな政府を好み、自由市場原理で、福祉や弱者救済を嫌う傾向が強い共和党では、健康保険制度の拡充に反対する声が強く、オバマケアに関する支出を来年度予算から外し、オバマケアの開始を延期するなら、3カ月分の暫定予算を通してやると言っている。共和党が多数派の下院ではこの線に沿って、オバマケア関連の支出を全削除した12月までの暫定予算を可決した。 (US Fiscal Battles And The Potential Market Impact Explained) 対照的に民主党は、オバマケアを予定通り開始することを目論んでいる。民主党が多数派の議会上院は9月27日、下院の法案を修正してオバマケアの支出を含んだかたちに変え、11月半ばまでの45日分の暫定予算として可決し、下院に差し戻した。9月30日までに上下院の間で妥協が成立するかが注目点だ。9月30日のぎりぎりで暫定予算が成立するしれないが、逆に、予算も決めずに来年度に突入することになるかもしれない。その場合、米連邦政府の80万人の公務員の給料遅配や自宅待機などが起こる。暫定予算が可決されても、しばらくたつと予算が切れ、また同じ議論の繰り返しになる。 (Impact of a government shutdown) 予算編成の危機を先送りできたとしても、その先にもっと大きな財政危機が待っている。「財政赤字総額の上限問題」である。米国は法律で政府の財政赤字の総額(米国債の発行総額)が決まっている。現在の上限額は16兆7千億ドルだ。米政府は、今年5月、この上限まで国債を発行してしまい、それ以来、新規の国債を発行できない状態だ。オバマ政権は、議会に赤字上限を引き上げるよう、以前から申し入れてきた。 (October 17th : The Day The U.S. May Run Out Of Cash) だが、下院の多数派を占める共和党が「小さな政府」を推進しようと「赤字上限を引き上げる額と同額の政府支出を削減しない限り、引き上げに応じない」と突っぱねており、米国債の新規発行ができないままになっている。仕方がないのでオバマ政権は、公的年金の支払いを遅らせ、その資金を政府支出にあてるなどの非常手段で、政府を運営し続けてきた。しかし、税収が意外に伸びなかったこともあり、非常手段が限界に来ており、10月17日には米政府の手持ち資金がほとんどなくなる(30億ドル程度になる)と、ルー財務長官が発表した。米議会の予算事務局は、10月22日から31日までの間に、米政府の資金が尽きると予測している。 (Americans toy with their fiscal sanity) 米政府の資金が尽きることは、予算が未編成のまま新年度に突入することと同様、公的年金や社会保障の遅配、公務員らに対する給料未払い、教育行政の遅滞、国立公園の閉鎖などが起こりうる。これらだけなら、米国民は困窮するものの、金融市場への影響はあまりない。しかし、米政府の資金が尽きることは、米政府が米国債の利払いや償還金ができなくなることも意味している。利払いや償還ができないと、米国債はデフォルト(債務不履行)となり、信用が急落し、債券金利が急騰する。 (A debt-ceiling ransom note takes shape) (Stocks slide with eyes on D.C.) いったんデフォルトすると、米国債に対するこれまでの絶大な信頼を回復するのは困難だ。米議会の共和党は、米政府の手持ち資金が逼迫した場合、他のあらゆる政府支出より先に米国債の利払いを行うとする法案を出した。これは以前のデフォルト危機の際にも法制化されたことがある。しかし今回、オバマ政権は「他の用途に使うべき資金を国債利払いにあててデフォルトを先送りするのは、デフォルトと同様の事態であると投資家が考えるので意味がない」と、共和党の提案を拒否した。 (Lew Issues Debt-Ceiling Warning) (Boehner insists no debt-ceiling deal without spending cuts) オバマ政権は、赤字上限の引き上げ問題で共和党と議論することを拒否している。米政府はすでに昨年から財政緊縮策に取り組んでおり、共和党が求める追加の財政緊縮に応じるのは無理だ。また共和党は、ここでも話をオバマケアと絡めており「オバマケアの開始を1年遅らせるなら、1年分の財政赤字に相当する赤字上限額の引き上げを了承する」とも言っている。オバマケアの施行は、オバマが非常に重視することなので、これも応じるわけにいかない。 (米歳出一律削減の危険) (Obama stands firm on refusal to negotiate over US debt ceiling) オバマは、米国の金融界や大企業の経営者に、共和党に圧力をかけて赤字上限を引き上げさせてくれと頼んでいる。赤字上限が引き上げられず、米国債がデフォルトして債券金利が高騰すると、米国経済や金融界が大打撃を受ける。共和党は金融界や資本家と親しい政党なので、財界からの圧力が効くはずだ。 (Obama Calls On CEOs To Help Avoid Debt Ceiling Battle With Republicans) しかし共和党内には、金融界や軍産複合体といった資本家系の勢力と別に、草の根のリバタリアンなど、肥大化し、権限を持ちすぎている連邦政府を嫌い、小さな政府を本気で推進したがっている勢力がいる。彼らは、あえて米国債をデフォルトさせた方が、米政府の安直な肥大化を可能にする財政赤字の拡大が不可能になり、強制的に小さな政府を作れるので好都合だと考えている。彼らは「米政府は、まだまだ隠れた貯金を持っており、簡単に財政破綻しない。デフォルトを恐れず過激にやるべきだ」と言っているが、これは隠れたデフォルト誘発策である。 (Republicans shun shutdown but flirt with default) (Americans toy with their fiscal sanity) 共和党は内紛がひどくなっている。9月27日に上院で来年度予算案を票決した際には、45人の共和党議員のうち25人が、民主党提出の予算案に賛成した。予算案に反対して来年度暫定予算を潰し、米国民を困窮させたのは共和党の責任だと有権者から言われるのを恐れた議員らが、民主党案支持に寝返った。オバマ政権は、このような共和党の分裂があるので、来年度予算や、赤字上限の問題で、共和党に勝てると思っているようだ。 (Senate defeats Cruz filibuster, passes bill that funds Obamacare) オバマ政権は、議会が赤字上限を引き上げる法律を改定できないなら、法律とは別に大統領令で赤字上限を引き上げることも検討しているという。しかし、法的な有効性は疑問だ。 (If all else fails, Obama will raise debt ceiling himself: analyst) すでに、米国債がデフォルトしたら保険金が支払われる保険であるCDSの価格(保険料)が、1週間で6倍にはね上がっている。これまで金融市場では「従来も何度か赤字上限問題で議会が紛糾したが、その都度なんとか乗り切ってきた。今回も政治家は緊張感をあおっているが、ぎりぎりで妥結するだろう」と考えてきたが、最近になって、もしかしてデフォルトするかも、という懸念が増している。今後の数週間、米国の政界と金融市場は、財政の問題で混乱しそうだ。 (Cost to Insure U.S. Government Debt Soars) (Analysis: Washington to Wall Street - Threat of default is real) (世界を変える米財政危機) (終わらない米国の財政騒動)
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