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終わらない米国の財政騒動

2013年1月6日   田中 宇

 米国の「財政の崖」をめぐる騒動は、元旦から2日にかけて米議会の上下院が相次いで財政に関する法案を可決して「崖」の発生を回避した。しかし、問題が解決されたわけではない。米政界が自らに課した2兆ドルの財政赤字削減の目標うち、実施が決まった分は、給与税(企業が給与から天引きする税金)の減税措置が終わったことによる増税分など7千億ドル分にすぎない。 (President Obama's paradoxical presentation on the `fiscal cliff' deal

 米政府財政の赤字削減計画は、増税などによる収入増と、軍事費や福祉の削減による支出減の2部門から成っているが、このうち正月に決まったのは収入部門だけだ。支出減については、主に軍事費削減を主張する民主党と、主に福祉削減を主張する共和党が対立したまま、未決になっている。 (Congress Postpones `Automatic' Defense Budget Cuts

 ふつうに考えると、2兆ドルのうち7千億ドルしか赤字削減できなかったのだから、残る1兆3千億ドル分について、一昨年夏に米議会が自縛として決めた一律的な増税と支出削減の規定(米政界で"sequester"「差し押さえ」と呼ばれているもの)が発効し「財政の崖」が発生するはずだ。だが米議会下院は「差し押さえ」の実行を2カ月延期する法案を可決するという「ずる」をやって、崖の発生をとりあえず止めた。「崖」の危機は、2カ月後の2月末に再びやってくる。 (White House, Congress reach deal to postpone fiscal cliff

 次回の財政騒動には「財政赤字上限」という新たな問題がつけ加わる。米国では第一次大戦以来、政府の累積財政赤字額に上限が設けられており、政府は上限を超えた国債発行ができない。1990年代などの例外期をのぞき、米政府の赤字は増え続けている。上限に達するたびに大統領府(ホワイトハウス)の要請で議会が上限額を引き上げる法律を可決してきたが、小さな政府を求める共和党内には赤字上限引き上げへの反対が強い。 (Backlash pushes Republicans to seek cuts

 2011年夏には、ブッシュ政権以来の金融救済と軍事費増などにより、米政府の赤字が当時の上限(14兆ドル強)に達した。上限引き上げを求める民主党オバマ政権と、財政の健全化を求めて(赤字急増の構造を作ったのが共和党ブッシュ政権だったにもかかわらず)上限引き上げ拒否する共和党が鋭く対立し、S&Pが米国債を格下げする騒ぎとなった。 (米国債の格下げ

 結局、赤字上限は16兆ドル4千億ドルに引き上げられたが、この新たな上限も、昨年12月31日に達してしまった。米政府は元旦から、国債の新規発行ができなくなり、代わりに「へそくり」「埋蔵金」的に政府会計の各所に取り置いてある余力資金(公務員年金の運用方法の一時的変更などで捻出)の合計2000億ドルを使って、今後2カ月ほど政府を運営していく予定だ(11年夏も同様のやり方で乗り切った)。「財政の崖」と「赤字上限の引き上げ」の2つの問題が、ちょうど2月末から3月初めの時期に重なって起きることになる。 (Debt ceiling is the next fiscal cliff

 この重複は、偶然の結果でなく意図的なものだという見方がある。米政界では大統領も共和党も民主党も、自国の財政赤字の急増を止めねばならないという危機感で一致している。だが、軍事費重視の共和党と福祉重視の民主党の齟齬は深く、ここ数年、何度交渉しても溝が埋まらない。時間がかかっているうちに、赤字が急増している。大統領府も議会も、元旦だとか3月1日だとかいった締め切りを設け、自らを追い込んで交渉を成立させ、赤字の大削減を実行するしかないと考え「財政の崖」再来と「赤字上限引き上げ」のタイミングを、意図的に合致させているという見方だ。 (Analysis: In era of gridlock, Congress "created a monster") (Problems With The Pending Fiscal Cliff Deal

 共和党は以前から、赤字上限を1兆ドル引き上げるなら、同時に政府支出を1兆ドル減らさねばならないと主張している。共和党は2月末にかけての財政議論の再燃時に、再びこの論法を出してくるだろう。 (Enjoy the fiscal cliff debate? Just wait for the debt ceiling

 共和党が赤字上限の引き上げを拒否し続けると、11年夏に懸念されたように、米国債が発行できないまま米政府の資金が切れ、国債の利払いができなくって債務不履行(デフォルト)に陥る可能性が増す。現時点で、米国債デフォルトの可能性が20%だという指摘がある。今後3月にかけて、この可能性が増していくことになる。中国の格付け機関「大公」は昨年末、米政界の財政議論がまとまらないのを見て、米国債の格付けを「安定」から「ネガティブ」に引き下げた。 (Analyst: Chances of U.S. Default Now 20%) (MERRY CHRISTMAS: Chinese Credit Ratings Agency Dagong Puts The US On Negative Watch

 米国債は今のところ、米連銀がドルを大量発行して国債やジャンク債を買い支えているため、国債価格が下がらずにすんでいる。ジャンク債の平均は最高値を更新し、利回りが史上初めて6%を割る好調さだ。利回りは1年前の8・7%から大幅に下がっている。だがこれは、連銀の債券買い支え(QE3)によるもので、一般の投資家がジャンク債を好んだ結果でない。 (`Junk' Bond Yields Break Through 6% Barrier

 先日、連銀理事会で「QE3を今年末までに終わらせるべきだ」という意見が出たという議事録が発表されたため、米国債が急落した。QE3の終わりが米国債の終わりになるという懸念が市場に存在している。米政界が財政緊縮議論をまとめられないことは、こうした懸念に拍車をかけている。 (Fed split about when to halt QE3

 財政緊縮を実現するには共和党の同意が不可欠だが、共和党は、党内に「小さな政府主義者」と「軍産複合体」が混在している。前者は全般的な支出削減をやりたいのに対し、後者は軍事費の削減を強く拒否しているので、2派が同意できる点が「軍事費以外の政府支出を切り詰めろ」になる。加えて共和党には金持ちが多いので「金持ちへの増税はだめだ」も加わり、共和党の要求は「中産階級や貧困層を助ける福祉や教育の費用を切り詰めろ」となる。 (Why Economists Are United in Their Dislike of the Fiscal Cliff Deal

 共和党は資本家の党でもあるが、資本家が望む経済成長を続けるには、教育の向上や中産階級を守る政策の維持が重要だ。金持ちから税金をとって大衆のために使うのが、金持ちの儲けを維持するために必要だ。いまの共和党の要求はこれと逆で、景気が悪いときに大衆への配分を削減し、消費を陰らせ、経済を悪化させる要因を作っている。

 ここ数年、米政界内の対立により、米政府の財政は混乱を続けている。米政府の予算年度は10月からで、夏に議会で翌年度の予算を編成するのが正式な手続きだ。だがここ数年は、議会の対立が解けず、予算がまとまらないまま新年度を迎えるので、毎年、数カ月ごとの暫定予算でつないでいく綱渡り状態が続いている。現在の米政府の暫定予算は3月27日までだ。米政府は、いつ予算がなくなってもおかしくないリスクを抱えている。そこに、財政緊縮策が定まらないことや、財政赤字が上限に達することによる混乱が加わる。 (3 more fiscal cliffs loom

 現実を見ると、オバマが共和党の反対を押し切って自分のやりたいようにやるのはかなり難しい。オバマは金持ちに対する増税を選挙公約にして、ブッシュ時代の金持ち減税措置を元旦に終わらせるまでこぎ着けたが、ここまで来るのに「金持ち」の下限収入額を倍増させ、増税幅を縮小するとともに、主要議員の給料を引き上げる「お土産」をつけ、中産階級以下の給与増税まで飲まねばならなかった。貧富格差が急拡大する米国で、金持ちが増税になるのは20年ぶりだ。3%ほどの金持ち増税を実現するために、米国債のデフォルトまで持ち出される大騒ぎが必要だった。 (Details of Tax Law Changes Spelled Out

 これから3月にかけて米政界で軍事費の削減議論が盛り上がるだろうが、目標となっている10年で5000億ドルの軍事費削減が実現したとしても、それは米国の軍事費を07年の水準に戻すにすぎない。米軍事費は毎年大幅に増え続けているため、減額でなく増加幅の一時的な縮小になるにすぎない。 (`Fiscal Cliff' Still Leaves Pentagon Sitting Pretty

 冷戦後、米政府の財政赤字を大幅に削ったのは90年代のクリントン政権だったが、当時は米国の債券金融システムが急拡大し始めたときで、金融の儲けの急拡大を受けて米政府は収入を増やし、政府財政はなかば自然に黒字化した。当時は冷戦終結で軍産複合体の力が減退し、大金持ちが戦争でなく債券取引で儲ける風潮が広がり、予算全体のパイが増える中で、比較的容易に軍事費の割合を削減できた(それでもクリントンはモニカ・ルインスキとの不倫暴露のスキャンダル攻撃を受けた)。

 右肩上がりだった90年代の財政再建時と対照的に、現在の財政赤字削減は非常に難しい。軍産複合体は911事件で復権した。クリントン時代に急拡大した債券金融はバブルと化し、リーマンショックの大崩壊を生み、その後の金融界はドルと米国債の覇権を食いつぶしながら何とか延命している。90年代と正反対の悪い環境の中で、米国が財政再建するのはほとんど無理だ。

 財政の崖が元旦に回避されたことを受け、金融市場は大幅上昇した。しかしすでに見たように、実際のところ財政問題は解決でなく2カ月の延期で、しかも次回は、赤字上限問題と抱き合わせで、米国債のデフォルトを人質にとって再来する。そんな悪い状況を、市場は全く無視している。金融市場(と金融マスコミ)を動かしているのは市民の投資家でなく、金融バブルの再崩壊を防ぐため連銀にドルを刷らせてその金を株や債券に流し込んでいる米金融界だと考えれば、この現象も納得がいく。



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