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トランプの就任を何とか阻止したい・・・

2016年12月26日   田中 宇

 まず、今回書くことを要約的に。シリアの子供たちが政府軍に殺されかけているニセの映像を、エジプトで撮っていた男たちが、エジプト警察に逮捕された。シリアでは、テロ組織が記者を誘拐殺害して欧米マスコミの記者がシリアに入れない状況を作り、代わりにテロ組織の一味である地元活動家が欧米マスコミに歪曲的な情報を流し、政府軍=悪、反政府(テロ組織)=善の歪曲報道が流布してきた構図も知られるようになった。戦争報道は昔から、敵の「悪」を誇張する歪曲報道だが、911以来、米国を中心に歪曲が激化し、戦争以外の報道にも拡大されている。歪曲に気づく人が増えたものの、まだ大半の人が軽信者なので、欧米日のマスコミは、軍事から政治、経済まで、広範な歪曲を続けている。 (5 Arrested After Egyptian Police Bust Staged Photo Shoot Of "Wounded Aleppo Children") (Hard to Know What to Believe in the News from Aleppo

 要約続き。今年の米大統領選挙では、ドナルド・トランプを敵とする歪曲報道が展開された。歪曲報道を統制する軍産複合体に、トランプが楯突く姿勢を見せたからだ。トランプの当選後、軍産・マスコミ・民主党が結託し、何とかトランプの大統領就任を阻止しようと動いている。トランプ陣営が選挙不正をやったに違いないという主張を受け、いくつかの州で再開票が行われたが、結果は変わらなかった。12月19日の選挙人投票(間接選挙である米大統領選の一段階)で、トランプへの投票が義務づけられている選挙人の翻心させクリントンの得票を増やそうとする試みも行われたが失敗した。並行して、ロシアが偽ニュースの対米発信や民主党幹部のメール暴露によって不正にトランプを優勢にして勝たせたとする報告書を諜報機関CIAが出したが、その主張は根拠が薄い。 (Paul Craig Roberts Warns "As the Coup Against Trump Fails, the Threat Against His Life Rises"

 要約続き。米マスコミの歪曲報道を以前から指摘していたウェブ上のいくつかの草の根メディア(オルトメディア)は、今年の選挙でトランプを支持し、マスコミ軍産との戦いに参戦している。歪曲報道の「雄」ワシントンポストは、トランプ支持のオルトメディアを「偽ニュース」と呼んだが、オルト側は「マスコミこそ偽ニュースだ」とやり返した。ワシポスは訂正的な追記をせざるを得なくなった。かつてはイラク侵攻、最近ではトランプやプーチン、アサドを誇張中傷するマスコミの歪曲報道が暴露されるほど、オルト側でなくマスコミの方が偽ニュースであることが露呈している。米国の裁判所は最近初めて、ブッシュ元大統領らを被告にして、イラク侵攻が戦争犯罪にあたるかどうかを審議する裁判の開始を決めた。マスコミの歪曲報道の犯罪性が問われる時代が近づいている。要約ここまで。以下本文。 (偽ニュース攻撃で自滅する米マスコミ

▼トランプ就任阻止策は、あれもダメこれも失敗

 12月20日の英国インディペンデント紙によると、エジプトのポートサイド市の警察が最近、市内の取り壊し中のビルの敷地を、シリアの東アレッポの激戦地の廃墟に見せかけて、アレッポの子供たちが政府軍に殺されかけているニセの動画を撮影していた5人の男たちを逮捕した。子供たちは、血に見立てた赤い絵の具をかけた服を着せられ、アサドの政府軍の攻撃で殺されるので助けてほしいなどと呼びかける役だった。シリア内戦に関し、政府軍の戦争犯罪を糾弾する動画がユーチューブなどで多数発表され、捏造や無根拠なものも多いと指摘されてきただけに、エジプトでの逮捕が注目されている。 (Egyptian police arrest five people for using children to stage fake 'Aleppo' footage) (エジプトの警察のフェイスブックサイト) (5 Arrested After Egyptian Police Bust Staged Photo Shoot Of "Wounded Aleppo Children"

 マスコミやフリーランスのカメラや記者は、シリア内戦の現場に入りにくい。入るとテロ組織に誘拐殺害される。テロ組織は、誘拐殺害によって、記者やカメラマンが入ってこれないようにしている。その上で、戦場での人道支援活動を行なっている現地の活動家が、マスコミに現場の状況を報告し、マスコミはその報告を「事実」として報じる。実のところ、現地活動家の多くはテロ組織の一員で、政府軍やロシアがいかに悪くて戦争犯罪をやっているかを誇張捏造して伝えてくる。空爆で倒壊した建物の瓦礫に埋まった市民を救助する「白ヘルメット」が、そうした勢力の一つとして有名になっている。マスコミの多くは、反アサド反ロシアが社の姿勢なので、誇張捏造はむしろ好都合だ。 (After Aleppo: We Need a New Syria Policy by Ron Paul) (Aleppo children burned alive, civilians executed by Assad's forces -reports) (There's More Propaganda Than News Coming Out of Aleppo

 米西戦争や「南京大虐殺」以来、戦争報道は、敵方の悪事を捏造誇張するのが役目だ。ジャーナリズムで最も権威あるピュリッツァー賞は、米西戦争の歪曲報道で儲けた新聞経営者ジョセフ・ピュリッツァーの遺産をもとに運営されている(世界で最も権威あるコロンビア大のジャーナリズム学科も)。歪曲誇張を最もうまく書けた記者が、最も優秀とみなされる(ジャーナリズム万歳)。第二次大戦後のニュンベルグ裁判や東京裁判は、戦時中に連合国のマスコミの優秀な記者たちが腕をふるって書いた歪曲誇張の戦争報道の内容のほとんどを「事実」とみなして戦争犯罪を裁いている。勝てば官軍、負ければ賊軍なのだから当然だ(軽信する方が愚鈍だ)。戦争報道以外の分野でも、権力機構がその事象を政治的に使いたければ大きく報じられるし、その逆なら短信またはボツになる。 (The CIA, Washington Post, And Russia: What You're Not Being Told

 戦争報道=歪曲報道のメカニズムを乱用すると、マスコミの信頼性が落ちるので、権力機構は、ここぞという時しか国家的な歪曲報道体制を敷かない。だが米国では、01年の911テロ事件以後、強力な歪曲報道体制が敷かれ、その中で03年の開戦大義捏造のイラク侵攻が挙行された。911自体が自作自演的だが、米政府はそれを口実に「テロ組織から戦争を仕掛けられた」と宣言して有事体制に転換した。戦争をつかさどる軍産複合体の権限が大幅に強まった。911は軍産による自作自演的な政権奪取策=クーデターだった。 (The Striking Audacity of the Coup-in-Process – Paul Craig Roberts

 米国の軍産支配は今日まで続き、オバマは軍産との戦いに苦戦した。当初は外交軍事面だけだった歪曲報道が、08年のリーマン危機以降、経済分野に広がった。景気回復が喧伝されたが、当然ながら米国民は好景気を実感できていない。雇用統計やGDP、株価も歪曲的になった。対米従属の欧州や日本でも歪曲体制が強化されている。 (ひどくなる経済粉飾) (Top Ex-White House Economist Admits 94% Of All New Jobs Under Obama Were Part-Time

 911から15年、軍産主導の歪曲体制の失策続きの行き詰まりや人々の不満が拡大してきたところで、NATO不要論、対露協調などを打ち出して軍産に楯突くトランプが大統領選に出馬して勝った。軍産の手先であるマスコミは、選挙戦中からトランプを酷評した。世論調査も歪曲されたが、これはトランプ支持者を頑張らせる逆効果となった。トランプは(米上層部のロックフェラーなど親軍産のふりをした反軍産勢力に支援され)、軍産の支配体制を壊し、軍産を蘇生できぬよう潰すために大統領になったと推測できる。 (Russophobia and Sinophobia

 11月9日のトランプ当選後、軍産との戦いが始まっている。軍産は、負けた民主党、傘下のマスコミと結託し、何とかしてトランプを大統領にさせない自国の「政権転覆」をやろうとしている。選挙後まず、トランプ陣営が選挙不正をしたとの主張に基づき、ウィスコンシンなどいくつかの州で再開票が行われたが、選挙結果はどの州でも変わらなかった。むしろ選挙開票の正確さが示された。 (Trump rejects claims Russian hackers helped him win presidency

 再開票を要求したのは、2大政党以外の小政党の一つ「緑の党」のジル・スタイン党首で、再開票のための資金として一週間で500万ドルドルを集めた。スタインは、今年の大統領選挙に出馬したが、自分の選挙に際して集めた資金は350万ドルしかなかった。それよりはるかに多い額を再開票のために集められたのは、ジョージ・ソロスもしくはその他の民主党系・反トランプの大金持ちが、第3政党のスタインにカネを渡して再開票を要求させたからと推測されている。 (`Money for recount not coming from Green Party supporters'

 米大統領選挙は間接選挙制で、11月8日の一般選挙で各州が「選挙人」を選出し、12月19日に各州で選挙人が集まって投票し、それを集計して大統領を決める。選挙人は誰に投票するか宣誓しているが、宣誓違反の投票をしても有効だ。民主党の活動家たちは、トランプに入れることを義務づけられている選挙人に接触して翻心させようと説得したが、ほとんど成功しなかった。 (Harvard Professor Admits His Efforts To Turn Electoral College Against Trump Have Failed Miserably

▼トランプ敵視の自滅策をやらされているCIA

 これらと並行して出てきたのが「ロシアがインターネットを使って米大統領選に不正な影響を与える作戦を展開した結果、トランプが勝った。この選挙はロシアの介入によって不正なものになったので無効だ」というCIAなどからの主張だ。「ロシアが偽ニュースサイトを使って米国の世論を不正に扇動した」とか「ロシアが、民主党事務局の電子メールの束を盗み出(ハック)し、トランプを優勢にするためにウィキリークスに公表させた」といった主張は、選挙戦中からマスコミやクリントン陣営から繰り返し出ており、CIAはそれを蒸し返した。 (Greenwald: 'We Should be Extremely Skeptical' Of CIA Report, 'They're Wrong All The Time'

 米テレビ局(NBCとABC)は「米諜報界によると、プーチン大統領自身が、ハッキングなど、米選挙に影響を与えようとする作戦を指揮した」と報じた。だが、こうした報道はすべて匿名の情報源のみに依拠しており、信憑性に欠けている。 (ABC POSTS FAKE NEWS STORY ON PUTIN) (Trump: "If Russia Was Hacking, Why Did White House Only Complain After Hillary Lost?") (Almost Half of U.S. Voters Not Sure Russia’s Behind Election-Related Hacks

 ウクライナのサーバーを攻撃したロシアのハッカーが使ったソフトウェアが、米民主党サーバーへの攻撃でも使われていたので、ロシアが犯人に違いないという説も出たが、同様のソフトウェアはロシアと無関係なハッカーも使っており、根拠が薄い。 (Why I Still Don't Buy the Russian Hacking Story) (The Real Saboteurs of a Trump Foreign Policy) (The Leak That Came in From the Cold Justin Raimondo

 英国の外交官(Craig Murray)は、米民主党のサーバーをハックしてメールの束を盗んだのは、ロシアでなく米政府の信号諜報機関(NSA)の要員であり、自分はその要員と直接会って聞いたと証言している。こうした証言も確定的でないが、一般的にプロの犯行である場合、サーバーへの不正侵入者を確定するのは困難で、確たる証拠がない限り、ロシアが犯人だという主張は、犯罪捜査の分野でなく、トランプを蹴落とそうとする政治分野の主張でしかない。 (A Spy Coup in America?) (The Hacking Evidence Against Russia Is Extremely Weak

 トランプは間もなく大統領に就任し、CIAなど諜報界はトランプの命令を聞かねばならなくなる。トランプを敵視することはCIAにとって自滅でしかない。それでもCIAが根拠の薄く政治臭が強いトランプ敵視の報告書を出したのは、現職の権力上層部、特にオバマ大統領が命じたからだろう。FBIは当初、CIAの報告書に賛同しない姿勢を示したが、途中から賛同姿勢に転換した。これも上からの圧力だ。 (FBI Reverses Course, Endorses CIA Allegations on Russia Hacking

▼トランプの戦略の下地を作ったのはオバマ。2人はひそかな同志。

 オバマは、ロシアがハッキングによって米選挙をねじ曲げたことを徹底究明して断罪すると宣言している。オバマは最近になって「9月にプーチンと会った際、ハッキングをやめてくれと言ったら、その後ハックされなくなったので、犯人はロシアだ」とも言っている。トランプが勝った後で就任阻止が目的であるかのように大騒ぎするぐらいなら、9月から公式な捜査をしておけばいいのに、それはやっていない。オバマの発言もいい加減な感じだ。 (Obama targets Russia after US election hack claims) (Obama: Election Hacks Stopped in September After I Told Putin to `Cut It Out'

 私は、これはもしかすると、オバマとトランプが組んで、軍産の大事な部門の一つであるCIAなど諜報界を無力化・換骨奪胎・潰そうとしているのでないかと考えている。オバマがトランプを敵視(する演技を)し、CIAやFBIに、濡れ衣・不正なトランプ敵視策を強化しろとハッパをかけつつ、任期末で辞任すると、そのあと大統領になるトランプは、CIAやFBIの不正や不忠を指摘して潰しやすい。「CIAはトランプ潰しのクーデターを展開している」と書かれているが、私から見ると、CIAはトランプに潰されるために、トランプに喧嘩を売らされている。トランプは喜々としてCIAに売られた喧嘩を買い、就任したら潰してやるからなと反撃している。 (Paul Craig Roberts Warns "A CIA-led Coup Against American Democracy Is Unfolding Before Our Eyes") (Why They Hate Rex Tillerson

 以前にも書いたが、オバマもトランプと同様、世界を延々と不安定にして軍事主導の米単独覇権体制を維持しようとする軍産複合体を無力化する策略をやっていた。オバマとトランプは表向き敵視しあっているが、オバマの政策の実質的な後継者はクリントンでなくトランプだ。 (軍産複合体と闘うオバマ) (Trump calls Obama 'a very good man' after historic White House meeting) (Trump adviser: Trump will denounce Russian hacking if there's 'incontrovertible' proof

 オバマの時代は、トランプの時代(今後)より軍産の支配が強かった(ブッシュの時代はもっと強かった)ので、表向き軍産を支持するふりをしつつ、軍産好みの策を過剰にやって失敗させて軍産を無力化する策をとっていた(もともとこの策をやったのはブッシュ政権だ。もっと前にはベトナム戦争時のニクソンとか)。今起きているシリア内戦終結をロシアにやらせたのはオバマだ。オバマは、13年夏にシリアで化学兵器が使われた危機の際、シリア内戦への米軍介入のタイミングを意図的に外して故意に失敗し、ロシアに頼まざるを得ない状況を作った。オバマは、シリアをロシアに任せる(与える)一方で、その後もロシアを敵視し続け、ロシアが米国に頼らず、中国やイランなど反米諸国と組んでシリア問題を解決するよう仕向けた。オバマは覇権の多極化を推進し、米単独覇権体制を崩した。 (シリア空爆策の崩壊) (シリアをロシアに任せる米国

 このオバマによる「下準備」があったので、トランプは「シリアのことはロシアに任せるのが早いし、テロリスト退治はロシアと協力してやるのが良い。ロシア敵視は愚策だ」と言いやすく、その主張が広範な米国民の支持を得ている。米史上最も若い元大統領の一人になる55歳のオバマは、大統領を辞めた後もワシントンDCに事務所を持ち、民主党の草の根的な政治活動を続け、トランプと対抗する姿勢をとっている。オバマは、今後も軍産の味方・トランプの敵のようなふりをして、逆の効果をあげようとするかもしれない。 (Obama preps for post-presidency feud with Trump) (Liberals yearning for Obama to keep up Trump battle) (Obama’s going to try to create “unrest” and “disunity” during Trump’s presidency

 CIAなど米政府の諜報界(17機関)は、歴代の米大統領に対して毎日、世界の戦争やテロの状態を誇張して報告(ブリーフィング)し続け、大統領を騙し(洗脳し)て濡れ衣戦争をやらせてきた。オバマは、騙されたふりをして失敗策をやって諜報界(軍産)の思い通りにならないようにしてきたが、トランプは単に諜報界のブリーフを聞かないという態度をとっている(週に一度聞いているらしい)。米大統領は、ブッシュ、オバマ、トランプと、20年がかりで軍産を少しずつ封じ込めている(その間に中東などで数百万人が無意味に殺された)。 (Why It Could Be Good for Trump to Skip Some Intelligence Briefings

 先日、トランプとプーチンが、同じ日に「核兵器を強化する」と表明した。双方とも、相手方と何か相談した結果とは言ってないが、2人は仲良しなので、意図的に同じタイミングで核軍拡を表明した可能性が高い。従来は、米国とロシアが敵対しつつ相互に核軍縮していく計画で、好戦的な米政界が軍縮に反対して計画が頓挫するシナリオだったが、今後は、米国とロシアが仲良く核軍拡するという、従来と正反対のシナリオが見えてきた。腕白な男の子2人が「お互いもっと強くなろうぜ」と仲良く言い合っている。米露が仲良しなら核兵器も要らなくなるのに、仲良く核軍拡だという滑稽さ。これは、冷戦型の国際組織だったG7(G8)で米露が仲良くしてしまう見通しと同様、既存の国際政治の枠組みを表向き維持しながら無効にしていく、面白い戦略だ。 (Trump Calls For Expansion Of US Nuclear Capability, Hours After Putin Urges Russia To Do The Same) (Putin and Trump call for stronger nuclear forces) ('Let it be an arms race': Trump

 中東やウクライナの問題に忙殺されたオバマは、中国との関係をあまり突っ込まなかったが、中東やウクライナは落ち着く点が見えてきている。トランプは、オバマがあまり手をつけなかった中国との関係を、敵対しつつ強化するという米国式(隠れ他局主義的)なやり方で進めるかもしれない。経済面で、米国が中国に厳しい態度をとるほど、中国は米国市場に依存せず、国内消費や他の新興市場との関係強化をやらざるを得なくなり、米国債購入からの離脱など、経済面の米国覇権体制を崩していく。 (トランプのポピュリズム経済戦略) (Billionaire investor Carl Icahn and Peter Navarro, a critic of trade with China, join the president-elect's economic team

▼CIAと米マスコミは同類

 CIAがトランプに対して自滅的な喧嘩を売らされて潰されていきそうなのと同様に、諜報界と並んで軍産複合体のもう一つの大事な部門である米国のマスコミも、トランプを支持するオルトメディア(草の根的なウェブメディア)との自滅的な戦いをやらされている。これについては以前の記事にも書いた。 (偽ニュース攻撃で自滅する米マスコミ) (マスコミを無力化するトランプ

「偽ニュース攻撃で自滅する米マスコミ」で紹介した「親ロシアなオルトメディアの偽ニュースが不正にトランプを勝たせた」という趣旨の記事を出したワシントンポストはその後、この記事について軌道修正するコメント(Editor’s Note)を追加している。この記事は、著名なオルトメディアを「ロシアのスパイ」と非難してリストアップしているウェブサイト「プロパオアネット」を引用するかたちで、オルトメディアを批判したが、ワシントンポストは社としてこのリストアップを支持するものでなく、プロパオアネットが勝手にリストアップしたものだと釈明が追加された。リストアップされた著名なオルトメディア群は多くの人々に愛読されており、それらを無根拠にロシアのスパイと断定非難するプロパオアネットの方がおかしい。天下のワシポスが何でこんな匿名の正体不明なインチキサイトを大々的に引用するのかという批判がワシポスに多数寄せられた末の軌道修正らしい。 (Russian propaganda effort helped spread ‘fake news’ during election, experts say) (Washington Post Appends Editor's Note to Russian Propaganda Story

 この件に関して「プロパオアネットはCIAに支援されたウクライナ極右との関係があるCIA系のウェブサイトで、以前からCIAとの関係が強いワシポスは、CIAから頼まれてプロパオアネットを大きく取り上げたのだ」という説明が、オルトメディアの分析者から出されている。ワシポスの記事は「偽ニュース」をめぐる米マスコミとオルトメディアの戦いの火付け役である。オルトメディアは、マスコミから売られた喧嘩を買い、マスコミこそ、イラクの大量破壊兵器保有のウソ、イラン核問題の濡れ衣、シリア内戦をめぐる善悪の歪曲、トランプに対する中傷など、無数の偽ニュースを流してきたじゃないかと言い返している。 (The CIA, Washington Post, and Russia: What You’re Not Being Told) (Misguided Support for PropOrNot Seems to Include Koch Brothers, CIA, Parts of Congress) (Amazon, ‘The Washington Post’ and That $600 MIllion CIA Contract

「お前たちこそ偽ニュースだ」という相互罵倒は、米マスコミの信用を落とすものになっている。オルトメディアは新参だし草の根で権威を持たず、マスコミとの戦いで失うものが少ない。既存の権威に頼っているマスコミの方が、失うものが大きい。トランプをめぐる戦いでは、軍産、諜報界、マスコミ、エスタブリッシュメント(エリート層)といった反トランプ勢力の方が、戦うほど力量(権威や信用)を削がれ、弱くなっていく。 (The Washington Post teaches us how to make fake news go viral) (CounterPunch as Russian Propagandists: the Washington Post's Shallow Smear

 トランプの側近たちは、マスコミがトランプ敵視を続けるなら、大統領から国民への情報公開をマスコミ経由でなくネット上のストリーミングやSNS経由で直接に行う傾向を強めると言っている。マスコミがなくても情報摂取に困らないことを米国民が体得すると、マスコミは見捨てられ、弱体化に拍車がかかる。CIAやマスコミが潰れた方が米国と人類のためになり、トランプが言う米国第一主義に合致している。これらは「偶然の動き」でなく、仕組まれた部分がありそうだと私は勘ぐっている。 (Trump Should Skip Beltway Media) (The American People Must Hold The Mainstream Media To Account

▼オバマが残した覇権の空白を、トランプが多極化で埋める

 かつて米中和解によって中国の大国化に道を開いた(隠れ多極主義者の)ヘンリー・キッシンジャーは今年何回もトランプと会っており、最近「オバマが残した空白をトランプが前代未聞な形に埋めるという組み合わせによって、トランプは、世界に未曾有の衝撃を与え、外交政策において驚くべき業績を残しうる」と表明している。私から見ると、これは「オバマが残した覇権の空白を、トランプが多極化(露中などへの覇権分散)で埋めるという組み合わせで、世界が劇的に転換する」と読める。すでにロシアはこの方向で動きを加速し、ロシア敵視で多極化に抵抗する軍産CIAマスコミは、自滅的に力を失っている。まだ戦いは続いており、キッシンジャーは自分の表明を「必ずそうなるということでなく、特別な可能性にすぎない」とも言っている (Trump could accomplish `something remarkable' in foreign policy: Kissinger) (アレッポ陥落で始まった多極型シリア和平) (世界と日本を変えるトランプ

 12月12日、米国の裁判所が、03年のイラク侵攻の違法性について初めて審議することを決めた。在米イラク人が、ブッシュ元大統領やチェイニー副大統領らを相手に起こしたこの裁判(Saleh v. Bush)は、14年末の一審判決が、公務員が正当な職務として行った行為を裁くことを禁じた法律に基づいて訴えを門前払いした。だが二審の控訴裁判所は、原告の「イラク侵攻は正当な職務の範囲を逸脱している」という主張を認め、イラク侵攻が国際法と米国内法に違反した戦争犯罪であるかどうかを裁判所が審議することになった。米国の裁判所が自国の戦争の合法性を審議するのは史上初めてだ。 (George W. Bush on Trial? Saleh v. Bush in California Court on Charges of “Crimes of Aggression” Against Iraq) (US Court Considers Whether Iraq War Was Illegal for First Time

 イラク侵攻は、911以後の米国の軍産支配を象徴する戦争だ。トランプが当選し、軍産の支配力が急速に低下する中で、この裁判が門前払いにならず審議開始になったことは、偶然の一致でない。この裁判の開始は、キッシンジャーが指摘した、米国と世界の転換の一部である。キッシンジャーの指摘は、可能性から現実に変わりつつある。米マスコミの機能の根幹に位置する戦争加担の歪曲報道性も、いずれ抑止されていくだろう。



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