トランプのポピュリズム経済戦略2016年12月17日 田中 宇
これは 「トランプの経済ナショナリズム」の続きです 経済学者のスティーブン・ムーアは、米国で最も権威ある右派(共和党系、レーガン主義)のシンクタンクであるヘリテージ財団の筆頭エコノミストだ。ヘリテージ財団は、今年の大統領選挙に際しムーアを、ドナルド・トランプを支援するため経済顧問として送り込んでいた。このことは、米国の右派エスタブリッシュメントが早くからトランプを支持していたことを示している。そのムーアが最近、驚くべき提案(予測)を発した。それは「トランプが率いる今後の共和党は、ポピュリズム(庶民重視)の『トランプ労働者党』になる」というものだ。 (Welcome to the party of Trump) (How Trump will double growth and jobs) トランプは、これまで20年ほどの米国の、金融主導、金持ち重視の政策を批判し、製造業の復活や雇用増重視の政策を打ち出し、これまでの政策によって失業して貧困層に転落していたラストベルト(五大湖周辺のすたれた製造業地域)の庶民層に支持を呼びかけ、公共事業などによる雇用の創設や、労働者が雇用を剥奪される原因になるNAFTAやTPP自由貿易圏に反対する庶民重視(ポピュリズム)の政策を掲げて大統領選に勝った。ラストベルトの多くの州は1984年のレーガン以来、共和党が勝てず、民主党の牙城になっていたのをトランプが奪還した。トランプが、選挙戦で掲げた政策をそのまま大統領として実行し、共和党がそれを党の長期政策として受け入れると、今後の共和党が「ポピュリズムのトランプ労働者党」になる。 (Reagan was great, but it's now Trump's turn Steve Moore) (米大統領選と濡れ衣戦争) 従来の共和党の主流は1980年からの「レーガンの保守主義」だ。レーガンが大統領になった時も、今回のトランプのように、共和党内の当時の主流派から反対されたが、その後の共和党はレーガン主義が主流となった。レーガン主義は、小さな政府(財政不拡大)、規制緩和、自由貿易重視、減税(低税率)、個人の自由重視、強い軍隊などを掲げてきた。このうち、規制緩和、減税、強い軍隊については、トランプも掲げている。だがトランプは、レーガン保守主義が持っていなかったポピュリズムの傾向(保守主義はポピュリズムを、個人の自由を制限する大衆扇動の道具とみなす傾向が強い)を持ち、ポピュリズムであるがゆえにトランプは、小さな政府の反対とみなされる公共投資拡大(1兆ドルのインフラ整備)や、貿易政策の保護主義的な傾向(中国などからの製品に高関税をかけるなど)を持っている。この点でトランプはレーガンが異なっており、レーガン主義を信奉する共和党主流派の多くがトランプを嫌ってきた。 (得体が知れないトランプ) この構図の中で、スティーブン・ムーアは非常に興味深い存在だ。ムーアは、レーガン政権の経済政策立案者の一人で、「サプライサイド経済学」をレーガンの経済政策を支える理論に使うことで、レーガンの経済政策を権威づけて強化した功労者だ。そんなレーガン主義の元祖のようなムーアが、「共和党がレーガン主義の党だった時代は終わりつつある」「これからの共和党は、レーガンの保守主義でなく、労働者を重視するトランプのポピュリズムの政党にならねばならない」と主張している。元祖レーガン主義のムーアがそう言うのだから、従わざるを得ないとWSJ紙が書いている。WSJはレーガン主義を信奉してきた新聞だ。ムーアは長くWSJの編集委員(社説決定委員)もつとめていた。ムーアの宣言は、共和党にとって大きな重みがある。 (Ronald and Donald) (Stephen Moore: Good Bye, Reagan GOP; Hello, Trump Populist Party) ムーアは「(小さな政府主義、民間活力を信奉するレーガン主義の)私自身、政府主導の大規模な公共事業には反対だ。公共工事などやってもうまくいくはずがない。だが、今年の選挙で共和党を勝たせた有権者(庶民)がそれを望んでいるのだから、公共事業をやらざるを得ない」「(大統領と議会多数派の両方を共和党が握った)今年の選挙の結果を長く維持したいと思うなら、共和党は、不本意であっても、トランプのポピュリズムを党是に掲げねばならない」と言っている。 (Welcome to the party of Trump) トランプは、外国に出て行った米国企業の生産拠点を米国内に戻しつつ、米政府がないがしろにしてきた国内インフラの整備を1兆ドルの公共投資によって進めれば、米国のGDPを毎年4%ずつ成長させられると言っている。前回の記事に書いたように、トランプは、これまでの米国が覇権維持策の一環として、米企業が生産拠点を海外に移すことを隠然奨励してきたのをやめて、経済の利得を米国に戻すことで、4%の経済成長を成し遂げようとしている。 (トランプの経済ナショナリズム) 粉飾しても2%成長がやっとな従来の状況からすると、4%成長は大ボラ吹きに見えるが、これまでの覇権維持策と異なり、覇権を取り崩しての成長なら、不可能でない。トランプは、ポピュリストかつナショナリスト的な経済成長策を成功させることで、自分の再選と、共和党の与党維持を実現しようとしている。ムーアが支持するトランプの戦略は、このようなものだ。ムーアが言うとおり、共和党が政権党の座に長くとどまろうとするなら、トランプのポピュリズムを主流に据える必要がある。共和党は、ムーアの主張に従うだろう。 (How Trump will double growth and jobs) ポピュリズム、庶民重視というと、企業への課税を増やしてそのカネを国民にばらまいて人気をとる策になりがちだが、トランプのポピュリズムは、前回の記事に書いたように、覇権の経済負担をやめて、そのカネで企業と国民の両方の所得を増やそうとしている。トランプは企業重視でもある。企業重視だが、企業が政府よりも大きな力を持つ「企業覇権体制」を構築するTPPを敵視して潰してしまった。トランプは、ナショナリズム重視(米国第一主義)なので、企業は政府より下位になければならない(従属する相手が米政府だろうが米企業だろうが大差ないので、日本はTPPを対米従属の強化策として強く推進した)。 (大企業覇権としてのTPP) ▼トランプは金利上昇を止めるため連銀イエレンをたらしこむ? 従来の共和党主流派のレーガン主義者たちは、小さな政府を信奉し、財政赤字の拡大を好まない。彼らと折り合いをつけるため、トランプは財政赤字を増やさず、企業が生産拠点を外国から米国に戻した分の法人税率を、従来の35%から6%台に大幅減免する代わりに、その企業にインフラ事業への投資を義務づけ、それらの民間からの投資金によって1兆ドルのインフラ事業をやろうとしている。加えてトランプは、財政赤字を増やさずに5兆ドルの減税を同時にやろうとしている。しかし、本当にそれらがうまく行くかどうかはわからない。 (Rand Paul meets with Steve Mnuchin to discuss monetary policy) もし財政赤字が急増すると、長期金利が上昇し、インフレもひどくなる。金利が上がると、企業の資金調達のコストが増え、経済や雇用が成長しにくくなる。米政府の国債利払い額が増えて財政の足を引っ張る。金利やインフレの上昇は、トランプの経済戦略の成功を困難にする。オバマ政権は静かにどんどん財政赤字を増やしている。11月の赤字額は史上最大だ。それらの赤字はすべてトランプに引き継がれる。 (US Budget Deficit Doubles As November Spending Hits All Time Monthly High) (Freddie Mac Issues Warning As Mortgage Rates Soar) 11月8日のトランプの当選以来、米国債の長期金利が上昇し続けている。長期金利の上昇を受けて、米連銀は、短期金利の利上げがやりやすくなり、今年は1回だけだった利上げを、来年は3回か4回やると言い出している。トランプのインフラ投資策で財政赤字が増えそうだから、というのが長期金利の上昇理由であるとされる。しかし、金利上昇の理由はこれだけでない。トランプが米国の覇権を放棄しようとしている反動で、米国やサウジアラビアなど、これまで巨額の米国債を買ってくれていた対米貿易黒字諸国が、米国債を手放す傾向を強め、米国債が売れなくなって金利が上がっている。基準指標である10年もの米国債の金利は、トランプ当選前の1・8%台から、2・6%まで上がっている。いずれ3%を超え、危険水域に入っていく。 (Rates Are Rising Because Of China, Not Inflation) これまで、米国は中国からの輸入製品や、サウジなど産油国からの輸入石油を旺盛に消費し、世界の消費主導役になることで、世界経済の成長に貢献する覇権国の役割を果たしてきた。中国やサウジなどは、米国に輸出して得た巨額資金で米国債を買い支え、これが米国債の金利を低く保ってきた。だがトランプは、中国などからの輸入品でなく米国製品の売れ行きを高め、米国内のシェール油田などの石油開発を規制緩和によって奨励し、サウジなどからの石油輸入を減らすことで、米国の経済成長の加速や雇用増を実現しようとしている。中国は人民元の対米為替の異様な低下を穴埋めするため、サウジは石油輸出収入の減少を穴埋めするため、米国債を買いから売りに転じており、これが米国債金利の上昇を招いている。 (Donald Trump may Make Inflation Great Again) 今後、トランプが覇権放棄的な経済ナショナリズム策を推進するほど、中国やサウジは米国債を買わなくなり、米国債金利の上昇とインフレの悪化が進む。先日、中国は米国債の最大の保有国でなくなり、その座を日本に譲った。金利上昇は、為替市場におけるドル高の傾向につながる。米国は今後、金利高とドル高が悩みの種になる。金利高は企業の資金調達コストを引き上げるし、ドル高は企業の輸出競争力を阻害する。金利高とドル高は、トランプが解決せねばならない大きな経済問題になる。 (China cedes status as largest US creditor to Japan) 08年のリーマン危機以来、米国債(やジャンク債)の金利上昇を防ぐための策として、米連銀(FRB)は、ドルを大量発行して債券を買い支えるQE(量的緩和策)を行なった。QEは、中央銀行の(不良)債権を不健全に急増させ、米連銀がQEをやりすぎると人類の基軸通貨であるドルが危険になるので、米連銀は14年秋にQEをやめて、日欧の中央銀行にQEを肩代わりさせた。だが、それから2年たち、日欧とも中央銀行の不健全さがひどくなり、QEを縮小する時期に入っている。欧州中銀は先日、来春からQEを縮小すると発表した。日欧のQE縮小は、世界的な債券の下落(金利の上昇)を引き起こす。トランプの覇権放棄と1兆ドルのインフラ整備策(財政出動)だけでなく、日欧中銀のQE縮小も、米国(と世界)の金利高に拍車をかけている。 (行き詰る米日欧の金融政策) このような中、トランプが金利高を緩和しようと思ったら、何をすれば良いか。答えは明白だ。米連銀のイエレン議長に圧力をかけ、14年以来のQE停止と短期金利の利上げの傾向に終止符を打ち、利上げ姿勢をやめてQEを再開させれば良い。今のところ連銀は、14年来の姿勢を変えたがらず、日欧にQEを肩代わりさせたまま、自分だけ短期金利を少しずつ上げていこうとしている。だがトランプ当選以来の長期金利の危険な上昇傾向の中で、連銀の利上げは、長期金利の危険な上昇に拍車をかけ、悪影響が大きくなっている。日欧のQEがもう限界なのだから、まだ余力がある米連銀自身がQEを再開するしかない。そうすれば長期金利が上がりにくくなり、トランプの経済成長策にもプラスだ。 (China Dumps Treasuries: Foreign Central Banks Liquidate A Record $403 Billion In US Paper) (How Donald Trump and the Fed might go to war) (公共投資を増やして実体経済が拡大する中でQEをやると、インフレが扇動されるかもしれない。公共投資を増やしても経済が成長しないとインフレになる。だがその一方で、賃金からのインフレにはなりにくい。雇用統計の粉飾を引き剥がした下にある米国の実態は、完全雇用から程遠い大量失業状態なので、雇用が逼迫し賃金が上がってインフレになる心配はない。トランプは雇用をめぐる規制、つまり労働者保護政策を緩和=企業による従業員搾取を看過する方針で、この要素も賃金上昇に歯止めをかける) (雇用統計の粉飾) (ひどくなる経済粉飾) (Trump's dilemma: slower job growth or rising rates and inflation?) トランプは選挙戦中に、イエレンを嫌う発言を発している。イエレンは、来年末の任期終了とともに辞めさせられることを恐れている。トランプは「利上げをやめてQEを再開してくれるなら続投させてやるよ」ともちかけることで、連銀にQEを再開させ、金利上昇に歯止めをかけられる。もちろん、連銀のQE再開は、米国の金融バブルをひどくさせ、QEを再開しても2-3年後にはそれ以上続けると危ない事態になり、QE縮小が金融危機の再来を招く。 (QEの限界で再出するドル崩壊予測) このシナリオだと、トランプ政権は1期目に経済政策が成功して2020年に再選されるが、2期目の途中でQEが行き詰まって金融危機が起こり、米国覇権の瓦解につながる。この通りになるかわからないが、短期的に、トランプとイエレンが談合し、イエレンはトランプのポピュリズム・ナショナリズム的な経済政策に協力することで延命する可能性が高い。金融危機が早く起きると、トランプは批判される傾向が増し、英雄になったレーガンの再来でなく、蹴落とされたニクソンの再来になる。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ)
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