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ロシアのシリア空爆の意味

2015年10月4日   田中 宇

 9月30日、アサド政権の要請を受けてシリアに進駐したロシア軍が、シリア国内のISIS(イスラム国)や、アルヌスラ戦線などアルカイダ系の反アサド武装勢力の拠点を次々に空爆し始めた。露空軍は、その後の3日間でシリアの60箇所を空爆、そのうち50箇所がISISの拠点で、残りはアルカイダ系勢力の拠点だった。露政府によると露軍は、シリアにおけるISISの中心地であるラッカにあるISISの軍司令部をバンカーバスターで破壊し、近くの武器庫も攻撃して大爆発させた。 (Russia Begins Airstrikes Against ISIS in Syria) (Russian military intervention in the Syrian Civil War - Wikipedia

 昨年夏にISISが台頭して以来、米軍はずっとISISの拠点を空爆し続けてきた。だが「世界最強」のはずの米軍が1年半も空爆し続けても、ISISは力が衰えず、シリア政府軍を押しのけて、シリアでしだいに多くの領土を支配するようになっていた。米国などのマスコミは、なぜISISが強いのかを説明するのに苦慮してきた。イラクやイラン、シリア、ロシアといった、露イラン同盟の側は、米軍はISISを攻撃するふりをして支援していると指摘してきたが、そうした見方は米欧マスコミで無視されてきた。 (露呈するISISのインチキさ) (Lavrov: US knows ISIS positions, refuses to bomb) (わざとイスラム国に負ける米軍

 しかし今回、露軍がISISを空爆し始めると、わずか3日でISISが崩れ始めた。ISISの幹部や兵士たちは、家族をシリアから、まだ露軍の空爆を受けていないイラクに避難させている。ロシアによると、すでに600人のISISの戦士が、シリアの戦場を離れ、古巣の欧州へと逃避(帰還)しているという。露軍が3日でやれることを、米軍は1年半かけてもできなかった。これは米軍が無能だからでなく、ISISと戦うふりをして支援していたからに違いない。 (Russia Claims ISIS Now On The Ropes As Fighters Desert After 60 Airstrikes In 72 Hours) (ISIS Militants Moving Families to Iraq Amid Russian Airstrikes in Syria

 これまでシリア政府軍の戦闘機もISISなどの拠点を空爆してきたが、有効な空爆ができていなかった。シリアは1956年からロシア(ソ連)の同盟国だったので、シリア空軍もロシアの戦闘機を使っている。だが、戦闘機は同じでも、シリア軍は、標的に関する情報や夜間飛行の装備が十分でなかった。シリア軍機は昼間に、標的の近くを何度も飛び、目視で標的を定めてから空爆していたので、ISISなど敵方に逃げる時間を与えてしまっていた。だが露軍機は夜間、標的にまっすぐ飛んできていきなり空爆するので、確実な空爆ができる。 (Russian Airstrikes Defend Strategic Assad Regime Stronghold on Syria's Coast) (Russia's role in the Syrian Civil War - Wikipedia

 露政府のプーチン側近は、空爆を今後3-4カ月続けることになりそうだと述べている。まだ空爆が始まったばかりで、ISISがどの程度の被害を受けたかについても、ロシアやシリア政府の一方的な発表しかないが、断片的な情報からでも、露軍がかなり有効な攻撃をISISに与えていることが見てとれる。 (Russia Says Syria Air Raids To Last "3-4 Months" As Moscow Releases New Videos Of Strikes

 ISISを攻撃するふりをして支援していた米軍と異なり、露軍がかなり効率的にISISを撃破していることは、シリアと同様、国土の一部をISISに占領されているイラクの政府が、露軍の動きを見て、イラクでもISISへの空爆を挙行してほしいとロシアに依頼したり、イラクの宗教指導者システニ師が、今こそISISを倒そうと唐突に国民に呼びかけ始めたことからもうかがえる。システニはこれまで、米国だけでなく同じシーア派のイランが自国に介入することにも反対しており、外国からの介入に懐疑的な人だ。その彼が、露軍の動きに呼応して国民にISISとの戦いを呼びかけた意味は大きい。 (Leading Iraqi cleric urges wider war against Islamic State) (Baghdad says would welcome Russia strikes in Iraq) (Iran Has Controlled Iraq For Years. Now It May Be Pushed Out

 シリアでの空爆開始と同時期に、ロシアは、イラク、イラン、シリアの政府を誘って、イラクの首都バグダッドに、イラクでのISISの動きに関する情報を収集するセンターを設置した。この動きは、シリアでの攻撃が一段落したら、イラクでもISISを掃討するロシア主導の軍事行動が予定されていることを意味している。シリアでもイラクでも、露軍の空軍支援を受けつつ、イランやシリア、シーア派民兵(ヒズボラ、サドル派)の地上軍がISISを攻撃する露イラン協調の作戦がとられている。全体として、早ければ数カ月以内に、シリアとイラクの両方で、ISISを退治するメドがつきそうだ。 (Russian media say Moscow is coordinating anti-Isis fight) (Russia, Syria and Iran are working together in Baghdad to co-ordinate Shia militias fighting ISIS) (Assad allies, including Iranians, prepare ground attack in Syria: sources

 ロシアの軍事進出は、ISISが退治され、シリアとイラクが露イランの傘下で安定していくという、全く新しい中東の政治体制を生み出そうとしている。(このような展開は、オバマがイラクと核協約を結ぶことになった時から予測されていたが) (シリア内戦を仲裁する露イラン

 今回もう一つ特筆すべきは、シリアのクルド軍(YPG)が、ロシアの軍事進出を歓迎していることだ。シリアとイラクのクルド軍は、これまで米国から支援されてきた。英米流の中東の分断支配の戦略からすると、少数派であるクルド人を強化し、多数派であるアラブ人(スンニ、シーア、アラウィ)と対抗させることに意味があった。ISISとクルド人は仇敵どうしだが、米国(米軍)はその両方を支援していた。だが今春以降、シリアのクルド軍(YPG)が、ISISと戦って勝つ傾向が強まり、トルコとシリアの国境地帯が、ISISの支配下から解放されてクルド人の手に戻り、米国の同盟国であるトルコが、クルド敵視の傾向を強めた。米国はトルコのクルド弾圧を黙認したため、クルド人は米国に頼れなくなった。そこに出てきたのがロシアで、当然ながらクルド人は、ISISと本気で戦う露軍を大歓迎した。 (U.S. Kurdish allies welcome Russian airstrikes in Syria) (クルドの独立、トルコの窮地

 これまでクルド人は、親分である米国(米軍)が、自分たちだけでなく、仇敵のISISも支援しているので、その点がジレンマだった。しかし今回、この矛盾状態が極限までいったところで、シリアの崩壊を防ぐためにロシアが入ってきて矛盾を打破し、シリアのアサド政権に国家存続と引き替えにクルド人の自治を認めさせた(これはもともとイランの案)。クルド人は、ロシアのおかげでISISを退治でき、自分らの自治(ひょっとすると国家)まで認められる。露軍がシリア北部に入ってきたので、トルコ軍がクルド人を攻撃するためにシリアに侵攻してくる懸念がなくなった。これもクルド人にとってありがたい。ロシアにとっても、実は大して強くないISISを潰すだけで、米国の中東覇権のかなりの部分をちょうだいできるお得な話になっている。米国は、クルド人に離反され、イラクとシリアへの支配も失うという、一方的に損する役回りだ。 (The Largest US Foreign Policy Blunder Since Vietnam Is Complete: Iran Readies Massive Syrian Ground Invasion) (イランがシリア内戦を終わらせる

 米欧日のマスコミは、ロシアを意図的に悪者として描くことに執心している。しかし現実を見ると、米英仏のシリアでの空爆が、シリア政府の許可も受けず、国連安保理の決議も経ていない国際法上「違法」なものであるのに対し、ロシアの空爆は、シリア政府の正式な要請を受けて行われている「合法」なものだ。シリアへの軍事進出に関し、ロシアだけが合法で、米欧は違法だ。 (Kremlin: Only Russia to take part in operation against Islamic State on legal grounds) (US-Funded NGO in Syria Uses Old Photo to Claim Civilian Death in Russian Airstrikes

 ある国で、他の国が空爆を行うには、その国の政府が空爆を要請するか、国連安保理が空爆を決議した場合にのみ、合法だ。米英は一方的にシリア政府を極悪だといっている(その大きな根拠となっている「シリア政府軍が12年に化学兵器で国民を殺した」という主張は間違いであり、意図的な濡れ衣だ)が、その非難は国連決議を経ていない。国連では「誰がシリアで化学兵器をまいたか特定し、その者を処罰する」ことを決めただけだ。化学兵器をまいたのはシリア政府軍でなく、アルヌスラがトルコの諜報機関から材料をもらって作った化学兵器をまいた可能性が強い。米英は、シリアに濡れ衣をかけて勝手に空爆している。完全に国際法違反だ。米英は03年にイラクに対して同じ罪を犯し、その後はイランにも核兵器開発の濡れ衣をかけている。それなのに、米英の違法性を指摘する者は「極左」「陰謀論者」といわれる。善悪を粉飾するマスコ'ミの極悪さに気づく人は、少しずつしか増えない。 (無実のシリアを空爆する) (シリアに化学兵器の濡れ衣をかけて侵攻する?

 911後の国際政治は、善悪の歪曲だらけだ。ほとんどの人が善悪歪曲に対して麻痺している。「そんなことより、シリアで米露戦争が起きるんじゃないの?。善悪論より米露戦争の可能性を書け」という人が多そうだ。それに対する私の答えは「米軍がシリアで露軍と戦闘になる可能性は非常に低い」というものだ。ウクライナに米軍はいない(数百人の軍事顧問のみ)が、シリアは米軍機が飛び回っている。米露が交戦するとしたら、ウクライナよりシリアだ。米軍(CIAと言われているが最近CIAは弱い。CIAの名を借りた米軍)は、アルカイダ系の武装勢力をシリアで訓練・支援してきたが、露軍は今回、その中のいくつか(Al Izza Brigadeなど)の拠点を空爆した。米国側は、この件でロシアを非難している。今後戦闘が起きるとしたら、米軍傘下のシリアのアルカイダを守ろうとする米軍と、それを攻撃する露軍との間になる。 (Russian warplanes strike insurgents in Syria's Idlib province

 しかし問題は、米軍が支援しているのがアルカイダだという点だ。アルカイダは米国の「敵」だ。アルカイダを支援するのは、米国法と国際法の両方で違法だ。米軍(CIA)は「アサドを倒すためにやむを得ない」といって、彼らをこっそり支援してきた。ロシアは、米軍がシリアで違法にアルカイダを支援しているので「こんな奴ら支援すんなよ」といいながら空爆して潰そうとしている。それに対して米軍が「何すんだよ」と露軍に殴りかかったら、この喧嘩は最初から米国が悪い。米国は、ロシアを正式に非難できず、戦争を起こせない。 (Danger of US-Russia conflict in Syria, not serious: Commentator

 何度も書いているが、そもそもロシアにシリア進出してISISを退治してくれと要請したのはオバマだ。オバマは米中枢での軍産複合体との政争に勝つため、ロシアを引っぱり込んだ。アサドを支援するロシアを許さないと行っていた米政府は、ロシアがシリアに進出したとたん、とりあえずアサドが辞めなくても良いと言い出した。 (Multinational Deal May Allow Assad to Stay

 露軍のシリア空爆開始の前日、国防総省で対露戦略を練っていた次官補代理(Evelyn Farkas)が辞任した。露軍のシリア進出は、オバマの戦略勝ち、軍産の負けである。オバマが軍産を抑えている限り、米露は戦争せず、米国の戦略が次々と失敗し、イスラエルやサウジや日本の窮地が深まり、露中イランなどが優勢になり、米国が覇権を失って多極化が進む傾向が続く。 (Pentagon's Top Cabalists Resigning; Exceptionalist Unipolar World is Dead) (イランとオバマとプーチンの勝利

 露軍がシリアで空爆を開始する2日前の9月28日、プーチンが国連総会で演説し「かつて(米露が協力して)ナチスと戦ったように、テロ組織(ISIS)と戦う国際戦線を今こそ作ろう。アサド敵視をやめてシリアを安定させないと、欧州への難民の流れも止められない」と呼びかけた。 (Vladimir Putin's speech to the 70th session of the UN General Assembly - Full Transcript

 ロシアは同時に、9月30日に開かれる国連安保理で、アサド政権への敵視を解除した上でISISと戦う国際軍を創設する提案を行うことを模索し、9月28日に安保理の予備会議を開いた。だがそこで、米国がロシア提案に反対(拒否権発動)する意志を表明したため、ロシアは安保理への提案を見送り、代わりに、まずロシア単独でシリアでの空爆を開始することに決めた。ロシアは、すでにシリア政府から空爆の依頼を受けているので、国連決議を経なくても、合法的に空爆を開始できた。 (US blocks UN SC draft statement for settlement of MidEast conflicts - Churkin) (ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?

 オバマは9月28日、国連に来たプーチンと会談している。オバマがプーチン主導のシリア解決策に徹底的に反対なら、プーチンと会わなかったはずだ。オバマは、いずれ安保理のロシア提案への反対姿勢を取り下げるだろう。ロシアが単独でシリアに進出し、今後イランやアサド、イラクの支援を得ながらISISを合法的に順調に退治していくと、ロシアを評価する国際世論が強まり、時間が経つほど安保理でロシア主導の国際軍を編成できる可能性が強まる。 (Obama, Putin clash over vision for resolving Syrian crisis) (負けるためにやる露中イランとの新冷戦

 米国が手を貸さず、非米反米諸国だけで中東やその他の世界を安定させることができると世界に示すほど、多極化が進みやすくなる。非米反米諸国の指導者の多くは、口でこそ「米国覇権を崩そう」と叫ぶが、実のところ自信がない。米国が好戦的で非協力的な態度をとり続け、ロシアやイランや中国などが仕方なく米国抜きで協調して世界を安定させることができると、非米反米諸国は自信をつけ、多極型の世界体制を安定的に運用できるようになる。以前も書いたが、米国(オバマや、たぶん前ブッシュ政権も)は、意図的に好戦的で無茶苦茶な態度をとり、世界に試練を与えることで、多極化を加速してきた観がある。 (世界に試練を与える米国

 ロシアは10月中に、米国、イラン、サウジアラビア、トルコ、エジプトを集めてシリア問題の「コンタクトグループ」を作り、シリアとその周辺の問題を解決する一回目の会議を開く予定だ。露イランが、アサド敵視をやめたくないサウジとトルコをなだめ、米国は仕方がないと言い、エジプトが静かにアサドに味方する展開で、サウジ(GCC)とトルコにあきらめをつけさせるのが、露イランのもくろみだろう。こうした外交策がうまくいくと、イエメンやリビアの内戦に関しても似たような交渉形式をとり、解決を模索できる。 (Russia says contact group on Syria could meet in October

 難民の大量流入に悩む欧州は「アサドを容認してシリアが安定しなければ、難民危機を解決できない」と言ったプーチンの言葉を、そのとおりだと思ったに違いない。この1週間ほどの間に、ドイツを筆頭にいくつもの欧州諸国が、シリアに関するプーチンの提案に同意している。シリアでロシアと協調しつつウクライナでロシアと敵対するのは矛盾しているという主張も欧州のあちこちから出ている。シリア危機の解決は、いずれウクライナ危機の解決(ロシアに濡れ衣をかけて敵視する策の終わり)につながるだろう。 (Western Europe needs Russia to solve crisis in Syria: Merkel) (German Government Wants Sanctions on Russia Lifted) (Anti-Russian hysteria in Ukraine is running out of steam

 中国は、今回の露主導のシリアでの戦闘に参加しないことにした。しかし中国は先日の国連総会で、国連平和維持軍への参加拡大を表明し、新たに8千人の兵力枠を作り、南スーダン、マリ、ダルフール、コンゴなどのアフリカへの派兵を強めることにした。中国は同時に、アフリカの平和維持のために5年間で10億ドルを出資するとも発表している。これまで中国は、欧米から制裁されたロシアから石油ガスを買い、経済的に救うことで、プーチンを助けている。中国のこの役割がなければ、プーチンの大胆な動きはなかった。 (China to set up 8,000-strong peacekeeping force

 今後、ロシア主導の中東安定化策を皮切りに、BRICSや非米反米諸国による世界的な平和維持活動が拡大し、その分、米国主導の偽善的な好戦策が下火になっていくことが期待される。米国の好戦策に乗って自衛隊の海外派兵強化を決めた日本は、まず南スーダンで中国と「仲良く」平和維持活動を拡大する展開になりそうだ。 (China to set up $1b peace fund

 地政学分析が好きなペペ・エスコバルは、習近平とプーチンの両方が訪米しつつ、多極型の新世界秩序が形成されていくのを見て「ユーラシアのグレートゲーム(地政学対決)が、こんな楽しいイベントであるなんて、誰が想像しただろうか」と、茶目っ気を込めて書いている。二度の大戦時と異なり、世界大戦を起こさずに覇権の転換が実現している。これをもともと画策したのは露中の側でなく、オバマやチェイニーやネオコンといった、米国の隠れ多極主義の人々だ。露中は「たなぼた」の恩恵を受けている。対照的に、日本は自ら負け組みに入る道を無自覚に選んだ不運な馬鹿だ。今後、日本経済の崩壊が進むとともに、それが明白になっていく。 (Putin and Xi rock da house: Escobar) (多極化への捨て駒にされる日本) (出口なきQEで金融破綻に向かう日米) (行き詰る米日欧の金融政策

 ロシアのシリア進出は、国際政治に、前向きで深く広範な転換を与えていくことが予測される。今回は、その一端しか書かないうちに長くなってしまった。今後も、状況の展開を見ながら、このテーマについて書いていく。



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