イランと和解しそうなオバマ2014年10月27日 田中 宇米国で、オバマ大統領が議会の反対を無視してイランに対する経済制裁の解除を試みていると指摘されている。イラン制裁は米議会が決議したものなので、制裁解除には議会の決議が必要だと、米議会は主張している。しかし、オバマの大統領府(ホワイトハウス)は「イランに核兵器開発をやめさせるためには、核開発に関してイランが少し譲歩したら、米国側も部分的に少し制裁を解除し、イランが約束を守らなければ即座に解除した制裁を元に戻して再制裁する機動的な運用が必要だ。それには議会でなく大統領府が担当した方が良い」「最終的に議会に諮るが、イランと交渉する国際社会の組織(P5+1、米英仏露中独)は条約で作られたものでないので、P5+1がイランと和解する決定を下しても、その決定は議会の批准を必要としない」と言っている。イラン敵視が席巻する米議会は、大統領府の言い訳を詭弁だと非難している。 (Obama Sees an Iran Deal That Could Avoid Congress) 米国では11月4日に議会選挙(中間選挙)が行われ、これまでオバマの民主党が多数派を持っていた上院でも共和党が勝ち、共和党が上下両院の多数派になると予測されている。オバマは、中間選挙前に共和党やマスコミの反発をかいそうなイランとの和解を挙行するのを控えそうだ。一方、1月に召集される予定の共和党主導の新しい議会は、イランと和解するオバマを全力で阻止すると予測される。だから、オバマは中間選挙から議会招集までの間に、イランとの和解を挙行しそうだと予測されている。 米欧(P5+1)とイランは今年1月、イランが核開発を部分的に凍結する見返りに、米欧が対イラン制裁を部分的に解除する6カ月間の暫定合意を結び、今年7月にこの暫定合意が延長される際、延長期間が6カ月でなく4カ月だった。なぜ4カ月だったかというと、それは4カ月後が11月24日で、ちょうど中間選挙と米議会招集の間の期日になり、オバマが議会を無視した大統領令によってイランへの制裁を本格解除する時期として適切だからと推測されている(大統領府は6カ月延長を望んだが、イラン敵視の米議会や軍産イスラエルが反対し、4カ月の延長になった面もある)。 (Iran giveaway: Obama showing he'll take any nuke deal) イランが核兵器開発しているという米欧の主張は無根拠な濡れ衣だ。現在、米欧がイランを責めているのは「イランが核爆発と疑われる強度の爆発実験をしたことについてきちんと説明していない」という点だ。しかし、イランが強度の爆発実験をしたと米欧側が主張する根拠は薄く、しかも根拠はイスラエルが捏造したものであると指摘されている。イラン側は、捏造に基づく非難に応える必要はないという姿勢だ。この姿勢を見て米国が「イランが隠しているということは、やはり実験が核爆発だったのだ」と主張する悪循環になっている。米国自身、CIAなど諜報機関は08年の時点ですでに「イランは核兵器を開発していない」とする報告書をまとめたが、米政界の親イスラエル勢力は報告書を無視し、イランが核兵器開発していると主張し続けている。 (History of Key Document in IAEA Probe Suggests Israeli Forgery) イランが核兵器開発していないなら、米国はイラン敵視をやめた方が米国自身の国益になる。イランはアフガニスタンとイラクに接しており、米国は、苦戦するアフガンやイラクの占領の後始末にイランの協力を得られる。シーア派の盟主であるイランが国際社会に再受容され、スンニ派の盟主であるサウジアラビアと和解すれば、中東の構造的問題であるスンニとシーアの敵対を緩和してスンニ過激派の勢力を弱体化でき、米国の軍事外交の負担を減らせる。オバマが、イラン核問題を解決したいと考えるのは当然だ。 しかし、イランが「悪」から「善」に転換し、スンニとシーアの和解が進むと、米軍が中東から撤退する中で、中東の「悪」がイスラエルになってしまう。これはイスラエルにとって国家存亡の危機になる。だから、以前から盗聴などを駆使して米政界の弱みを握るイスラエルは「逆らったら再選はないぞ」と脅しを効かせてある米議員たちを動かし、中東からの軍事撤退で儲けや政治力を減らしたくない軍産複合体の協力も得て、米国がイランに核兵器開発の濡れ衣をかけ続けるよう仕向けている。 米国では議員だけでなく大統領も、再選を狙うならイスラエルと敵対するのは愚策だ。しかし今のオバマは、もう再選を経た最後の2年間であり、イスラエル(や軍産)の圧力を拒否しても失うものがない。だからオバマは、イスラエルや議会を無視して、自分が大統領になる前からイランにかけられてきた核兵器開発の濡れ衣を解こうとしている。レーガンが政権(1981-89年)の後半に進めた冷戦終結(米ソ和解)など、歴代の米大統領は、2期目の後半に歴史に残ることをやる傾向がある。 先日、イスラエルからヤアロン国防相が訪米し、イランとの和解を阻止しようとオバマ政権の高官たちに面会を申し込んだ。しかしバイデン副大統領、ケリー国務長官、ライス大統領補佐官のいずれもが、面会を拒否した。これは前代未聞のことだ。両国の防衛関係を損なわぬよう、ヘーゲル国防長官はヤアロンに会い、ヤアロンはヘーゲルに、11月に予定されているP5+1とイランとの協議でイランに譲歩しないでほしいと要請した。ヤアロンは、パワー国連大使にも面会できたが、パワーからイスラエルの入植地拡大を非難する言葉を延々と聞かされただけだった。ネタニヤフ首相とオバマの関係も、いずれ大喧嘩になる険悪さだと指摘されている。 (US reportedly denies Ya'alon request to meet with Kerry, Biden) (Lapid: Israel-US relations in 'crisis') (U.S./Israel "Special Relationship" on Ice) オバマが、軍産イスラエルの圧力を拒否したり裏をかいたりして、イランに対する濡れ衣的敵対をやめようとする策を始めたのは、昨夏のシリア空爆騒動からのことだ。昨年8月、米国は軍産複合体の主導で、シリア政府軍が化学兵器で市民を多数殺害したとする濡れ衣をかけ、それを口実に米軍がシリアを空爆する案が出た。オバマはいったんこの案に乗った後、空爆の口実が濡れ衣であることが暴露されるよう仕向け、米議会が空爆を決議しようにも濡れ衣性が暴露されているので決議できい状態に陥らせた。 (中東政治の大転換) (プーチンが米国とイランを和解させる?) その返す刀でオバマは事態をロシアに丸投げし、ロシアの監視のもとでシリアのアサド政権が化学兵器を全廃したらアサド政権を許すシナリオを開始した(シリアは化学兵器を全廃したが、ISISの登場でうやむやにされている)。そしてオバマは、アサド政権の最大の後ろ盾であるイランにも、シリア安定化に対する協力を要請する道筋をつけ、昨年9月の国連総会に、就任したばかりのイランのロハニ大統領を招待した。イランの協力を得るには、まず核問題を解決する必要があるので、P5+1とイランとの交渉が進められ、軍産イスラエルの反対を押し切って今年1月、半年間の期限をつけた暫定合意が締結された。 (イランを再受容した国際社会) 暫定合意の期限が切れる7月より少し前の今年6月、ISIS(イスラム国)がイラク第2の都市モスルを陥落して登場し、事態の複雑さが増した。以前の記事に書いたように、ISISは米軍が創設に手を貸し、武器や戦略情報を供給している疑いが濃い。軍産イスラエルの立場から見るとISISは、オバマが米国とイランを和解させたとしても、その後の中東に米国が軍事関与し続けねばならない事態を作るための道具とみなすことができる。ISISは最近、新たにリビア東部でも「国家」を作り始めており、イスラム世界のあちこちの内戦地域が次々とISISに衣替えしていく懸念がある。こうした事態は、できるだけ大きな「敵」を必要とする軍産イスラエルにとって都合が良い。 (敵としてイスラム国を作って戦争する米国) (ISIS Allies Carving Out Territory in Eastern Libya) 最近、ISISと戦える勢力として、イラクやシリア、トルコ、イランに分散して住んでいるクルド人が、米欧から支持されて台頭・結束し、このイスラムの4カ国は国内分裂の懸念が出てきている。これも、中東イスラム諸国が潜在敵であるイスラエルにとって有利な事態だ。 (◆イスラム国はアルカイダのブランド再編) (Growing Kurdish Unity Helps West, Worries Turkey) 一方、オバマ政権の立場から見るとISISの登場は「ISISをやっつけるためにイランとその傘下のアサド政権(シリア)の協力が不可欠なので、イランとアサドを許すのがよい」とオバマが言える状況を作った(米政府は今のところまだ「アサドは許さない」と言っているが、いずれ変わりうる)。ケリー国務長官は9月末、ISIS対策を口実に、国連総会の場を利用してイランの外相と面談した。ISISの登場は、軍産イスラエルとオバマの両方にとって都合の良い新事態といえる。 (Concern over US concessions as Iran seeks to leverage ISIS issue in nuke talks) (U.S. asks old foe for help with ISIS) (Kerry, Iran FM Meet on ISIS, Nuclear Talks) P5+1とイランとの核交渉の再開が11月に予定される中で、ISISがイラクの首都バグダッドを陥落しそうだと報じられている。この事態は「米国の同盟国となったイラクの首都をISISに奪われるわけにいかない」という話から「バグダッドを守るには、同じシーア派主導の国としてイラクに強い影響力を持つイランに頑張ってもらうしかない。そのためには核交渉の進展が不可欠だ」という理屈につなげられるので、オバマにとって有利だ。 (Islamic State reportedly on Baghdad's outskirts after week of victories) 国連は「イラクの状況を改善するためにイランを許して協力してもらうべきだ」と言っている。イランは「核交渉が妥結するなら、ISISとの戦いにもっと協力しても良い」と言っている。米政府は先月、イラン核問題の解決案を久しぶりに公式提案した。ISIS台頭による危機を打開する口実で、オバマがイランを許すことにつながりそうな事態の動きになっている。 (U.N. Representative Urges Iran Involvement in Iraq Situation) (Middle East Updates / Iran: Willing to help with Islamic State - after nuclear talks progress) (US Plan: Iran Could Keep Centrifuges But Not Use Them) オバマ政権によるイランとの和解が実現するかどうか、まだわからない。何年も前から、米イランの和解が近いと感じられる状況が何度もあり、私は今回のような「和解しそうだ」という記事を何度も書いたが、和解はいまだに実現していない。イランが核兵器開発しているという主張が濡れ衣であることも、もはや世界の関係者の多くが認めている。それでも濡れ衣は傲然と続いている。米国の政界やマスコミを牛耳る軍産イスラエルは強い。濡れ衣なのに続いているイラン制裁は、金融バブルを拡大しているだけなのに崩壊しない米国の金融システムと似ている。これらはいずれも、米国の覇権構造の重要な部分だ。米国覇権は今、情報の捏造や歪曲によって支えられており、その意味で脆弱であるが、意外と長く延命している(覇権の分野では、事態の転換が数年ずれても大したことでないが)。 米軍は、ISISとの戦いを非常に長い「30年戦争」にしたがっている。しかしISISはそれほど強くない。米イランの和解が実現し、イランが戦いに本腰を入れると、ISISは短期間で掃討される可能性が増す。イランが本格的に出てきて、その分米国が引っ込むと、クルド人に対する重視も終わるだろう。国内にクルド人を抱えるイランは、4カ国に分散するクルド人を結束させたくない。クルド重視がなくなると、トルコもISIS掃討に参加しやすくなる。ISIS掃討がイラン主導になると、シリアのアサド政権も、現在の傍観者から反ISISの重要な勢力に変わる。 軍産イスラエルは、ISISが短期間で掃討されることを好まないので、全力で米イランの和解を阻止しようとする。オバマが今後1年ぐらいの間にイランと和解できるかどうかによって、中東の今後の歴史が変わってくる。オバマがイランとの和解を阻止されると、ISISとイラン核の両方の問題が、2017年からの米次期政権に持ち越され、事態は軍産イスラエルが好む「30年戦争」に近づく。 オバマは、イランと和解できたら、同時に昨夏のシリア騒動の繰り返しで、プーチンのロシアに中東へのさらなる関与を要請するかもしれない。ロシアに丸投げしてしまえば、あとから軍産イスラエルが事態を再歪曲して巻き返そうとしても難しい。オバマが軍産イスラエルと対抗するために国際政界で頼れるのはプーチンぐらいしかいない。オバマは隠れ多極主義者にならざるを得ない。 米露間にはウクライナ問題が横たわっているが、ウクライナの昨日の選挙で「隠れ親露派」と目されるポロシェンコ大統領の勢力が勝って権力を不動のものにしたので、今後のウクライナ情勢はプーチンが好む安定化に向かうと予測される。 (ウクライナを率いる隠れ親露派?) (Poroshenko claims landslide victory for pro-western parties in Ukraine elections)
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