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イランを再受容した国際社会

2013年9月25日   田中 宇

 9月24日、ニューヨークの国連本部で行われている国連総会で、米国のオバマ大統領と、イランのロハニ大統領が別々に演説した。オバマの演説は、シリア、イラン、パレスチナと、中東問題に終始した。シリア空爆案は必要だったが自分は以前からシリア内戦の外交解決を望んでいたと言ったり、イラク戦争を何とか終わらせた自政権の功績を示唆したり、閉める閉めると言いつつ閉鎖できないグァンタナモ収容所についての言及、批判が急増する無人戦闘機によるイスラム諸国での空爆に対する弁解など、中東やテロ戦争に関する話が続いた半面、東アジアの話はまったく出てこなかった。 (Full text of Obama's UN General Assembly speech) (Obama tells UN that diplomatic path must be tested with Iran

 対照的にロハニの演説は米国批判が多かったが、米国やイスラエルを名指しで糾弾することはなかった。ロハニは、イランは核兵器を開発しておらず「イランの脅威」は米欧が作ったプロパガンダだと述べた。ロハニは、中東の諸問題を外交で解決することに協力したいと述べた。オバマも同様に演説で、イラン核問題を外交で解決したいと述べた。 (The full text of Iranian President Hassan Rohani's address to the UNGA) (Rohani blasts U.S. sanctions, says 'peace is within reach'

 今回の国連総会で注目されていたのは、ロハニが演説で核開発(平和利用)の一部放棄を表明して核問題の解決を目指すのでないかということと、ロハニとオバマが国連本部の廊下で(計画的に)ばったり会い、画期的な立ち話をするのでないかということだった。これらは、いずれも実現しなかった。米国では、オバマに「ロハニと会え」と求める誓願に11万人が署名したが無駄だった。 (Handshake With Iran Might Say Much More) (Optimists to fore before Iran-US encounter

 しかし、オバマとロハニの握手や立ち話の有無が焦点となり、騒動になっている間に、それよりもっと重要な展開が、国連本部内で静かに起きていた。オバマはロハニと会わないが、代わりにケリー国務長官が、イランのザリフ外相と会談することになった。米イラン外相会談は、つい2週間前まで、想像を絶することだった。EU、英国、ドイツ、イタリア、オランダなどの外相が、ザリフと相次いで会談した。 (Iran: now the difficult bit begins) (Iran's foreign minister Mohammad-Javad Zarif to join negotiations

 国連総会の傍らで、米英仏独露中によるイラン核問題の外相会議(P5+1。最近はE3+3とも呼ぶ)が開かれ、イランのザリフも参加した。P5+1は、これまで進展の見通しがなかったため、事務レベル級で開かれてきた。外相会談はめずらしい(初めてかも)。外相会議が開かれ、イラン外相も出てきたことは、イラン核問題が進展する見通しが増したことを示している。イラン核問題は、米欧がイランに核兵器開発の濡れ衣をかけてきた問題だ。イランの外相が出席を了承したことは、濡れ衣が解かれる見通しをイランが持ったことを意味している。 (EU says Iran, 6 key nations to hold nuclear talks

 オバマがロハニと会う会わないでもめているうちに、フランスのオランド大統領は、横取り的にロハニと会った。オランドはロハニに、シリア内戦の調停会議に協力してほしいと要請し、ロハニは了承した。オランドは、イランに核の平和利用があることを認め、イラン核問題を平和理に解決したいと表明した。オランドは、つい2週間前、オバマが国連調査を待たずにシリアを空爆しようとするのをいち早く支持する好戦性を見せたばかりだが、今度は逆に、オバマを差し置いてイランにすり寄り、外交こそ解決策だと言っている。フランス人は面の皮が厚い。 (Iranian, French presidents meet at UN

 フランスは昔から、政権が左右どちらの時でも、外交的に抜け目なく動いて漁夫の利を得ることに非常に熱心だ。抜け目のなさはロシアに似ている。英米は覇権国なので、自分たちが立てた戦略を貫く必要がある。特に英国は、18−19世紀に今に続く外交システムを自ら作っただけに、信用を壊す言動に対して慎重だ。しかし仏露は、英米が作った世界システムの中で諸大国の配役をもらう受動的な立場なので、米英に便乗したり裏をかいたりして漁夫の利を狙う傾向が強い。

 ロハニは、IMFのラガルド専務理事とも会談した。これまで30年あまり米英主導の国際社会から排除されていたイランはIMFから金を借りられなかったが、今回IMFは久々にイランと融資の打ち合わせをすることになった。シリア空爆騒動が外交解決に大転換したことの発展型として、ロハニが国連総会に出てきたことを機に、イランは約30年ぶりに突如、国際社会に受け入れられている。 (IMF chief Lagarde, Iran's Rouhani meet at U.N., discuss economy

 国連総会での外相会議を受け、10月にイラン核問題が解決していく可能性が増している。核問題の焦点の一つは、イランが医療用の同位体を製造するため、聖地コム近郊のフォルド核施設で20%の濃縮ウランを作っていることだったが、イランは最近、その濃縮ウランを原子炉燃料に転換、同位体製造用のテヘランの原子炉に装填し、しばらくはウラン濃縮が必要ない状態になった。そのためイランは、米欧が経済制裁を解除してイランの核平和利用権を認める見返りに、フォルドの濃縮施設を閉鎖する案を出すのでないかと報じられている。 (Report: Iran Would Shut Enrichment Plant for End to Sanctions) (Iran Reduces Enriched Uranium Stockpile

 イランの提案どおり、フォルド核施設の閉鎖と見返りに米国が制裁解除を了承するかどうか、まだわからない。米議会がこれまでに立法したイラン制裁法は、制裁の根拠に「人権侵害」など核問題以外の多くの要件も掲げており、核問題が解決しても米国がイラン制裁をやめない可能性が高い。 (On Iran Negotiations, US is Untrustworthy

 しかし、たとえ米国が制裁を解除しなくても、核問題が解決されると、イランを制裁し続ける大義が急減する。イランの人権問題は、サウジアラビアなど中東の親米諸国に比べてひどくない。核問題が解決されると、欧州やアジアの諸国がイラン制裁を解除しても米国が黙認せざるを得なくなり、イラン制裁は事実上解消される。 (EU court verdict on Iran sanctions angers US) (Washington prefers diplomacy with Iran

 イランには、唯一の発電用の原子炉としてブーシェフル(ブシェール)原発がある。70年代に建設を開始したものの、79年のイスラム革命後の制裁開始で建設が止まり、ロシアが98年に引き継いで建設を再開したが、01年の911事件後、米国のイラン敵視が強まり、ロシアは米国からの敵視を恐れ、ほとんど完成していたのに、イラン側に原発の管理を引き渡さなかった。だがロシアは、ロハニ国連演説前日の9月23日、原発の完成を宣言し、管理権をイランに移譲した。 (Russia Gives Iran Control of Bushehr Nuclear Plant

 これはタイミング的にみて、米国がイラン核問題の解決を不可逆的に受容したと、ロシアが判断したことを示している。米露はシリア問題で8月から頻繁に高官協議をしており、ロシアの判断は間違いがないだろう。「米国の傀儡」と発展途上諸国から呼ばれている天野之弥IAEA事務局長も、イラン核問題が解決しそうだと楽観視している。10月の進展が期待される。 (`Breakthrough expected' in Iran N-issue

 10月には、シリア内戦を調停するジュネーブ会議も開かれそうだ。シリア政府が化学兵器を放棄する代わりに国際社会に許されるロシア案は、米国の強硬姿勢ゆえに、シリアが国連に化学兵器のリストを提出するまでに、調印から1週間しか期間が与えられなかった。化学兵器禁止条約の規定は、調印からリスト提出まで1カ月であり、いかに米国がシリアに意地悪であるかがわかる。内戦のシリアが1週間でリストを出せないとの懸念も報じられた。しかしシリア政府は、1日前倒しの調印から6日目、9月23日にリストを提出した。しかもそれは、米政府の担当者を「完璧なリストだ」と驚かせる内容だった。 (US: Syria's Chemical Weapons List `Surprisingly Complete') (US: Syria Might Miss Kerry-Mandated Disclosure Date

 シリア政府は、内戦が拮抗状態で膠着しており、勝負がつかないので和平した方が良いと、反政府派に停戦を呼びかけている。反政府派は、仲間割れの傾向を強めている。オバマは国連演説で「引き続き穏健なシリア反政府派を支援していく」と表明したが、内戦の現場にいるのは過激派ばかりで、穏健派は空想の産物に近い。米政府は、イランがシリア和平会議に参加することを容認しており、10月に予定されているシリア和平会議は、アサド支持のロシアとイランの発言力が強くなりそうだ。 (Assad regime says conflict has reached stalemate, plans to call for ceasefire

 イランとシリアの問題が解決への軌道に乗ったら、次に問題になりそうなのが、イスラエルとパレスチナのことだ。シリア政府が化学兵器を廃棄することになった直後、イスラエルが核兵器だけでなく化学兵器も持っていることが国際的に問題になりだした。イスラエルは、化学兵器禁止条約に署名しているが批准しておらず、実体的に未加盟である。 (Syria chemical weapons plan renews talk of whether Israel also has them

 9月前半、シリアが化学兵器禁止条約に入っていないことが問題になったとき、米国などのマスコミは、化学兵器禁止条約の未加盟国はシリア、北朝鮮、エジプトなど5カ国と報道したが、その中にイスラエルが入っていなかった。米欧報道界がいかにイスラエル(右派)の影響下にあるかを示す話だ。 (Syrian FM: Syria will sign chemical ban, open storage sites

 だがその後、シリアが化学兵器を廃棄するロシア案が具現化し始めるとともに、1983年の米CIAの報告書に、イスラエルがディモナの軍事施設(原子炉も併設)で化学兵器を開発していると書かれていることが問題視され出した。ロシアの外交官が、シリアだけでなくイスラエルも化学兵器禁止条約に正式加盟し、化学兵器を廃棄すべきだと主張するなど、イスラエル批判が国際的に出てきた。 (Israel also facing questions about chemical weapons

 化学兵器問題でシリアとイスラエルが抱き合わせにされるのと同時に、核兵器問題では、イランとイスラエルが抱き合わせにされる。イランの核兵器保有は濡れ衣だが、イスラエルのは本物だ。ロシア案が出てきてシリア問題に解決の道筋が見え、次はイラン問題の解決だという話になり出した9月中旬、イスラエルの核兵器保有が80発で、50発が弾道ミサイル用、30発が爆撃機搭載用だとする米軍諜報機関DIAの情報が、リークされ報じられた。イスラエルは190発分の核物質を持っているとも書かれており、この数は「イスラエルの核は200発」という既存の流布情報と符合する。 (Israel has 80 nuclear warheads, report says

 以前のように米国が圧倒的な覇権を持ったままシリアやイランと和解していくなら、イスラエルの問題と切り離した解決が可能だが、今回は、オバマがシリア空爆騒動で窮してロシアに頼り、シリア問題を解決するために、シリアに影響力を持つイランを許さざるを得なくなり、ロハニの国連総会出席を機に、イランが30年ぶりに国際社会に再受容される流れだ。米国は、ロシアやイランの主張を受け入れざるを得ず、シリアとイランだけでなく、同時にイスラエルの化学兵器と核兵器も廃棄されることになりそうだ。

 イスラエルは化学兵器と核兵器の廃棄を拒絶し続けるかといえば、そうでもない。米イスラエルの右派は、核兵器を奪われるぐらいなら、その前にテヘランに核ミサイルを撃ち込むべきだと言うだろう。だが、イスラエルで強くなっているネタニヤフ首相ら現実派に転向した勢力は、もしイランやシリア、パレスチナ、ヒズボラ、ハマスなど、自国周辺のイスラム過激派がイスラエルを攻撃せず、イスラム諸国と共存する体制が恒久的に確定するなら、それと交換に核兵器と化学兵器を廃棄しても良いと考えているはずだ。 (Israel is ignoring the neighborly hand extended by Iran

 イスラエルは狭い国だ。ヒズボラやハマス、シリアのアルカイダといった国境近傍のゲリラ勢力と戦う場合、大量破壊兵器は自国側にも放射能や毒物をまき散らすので使えず、抑止力にならない。イスラエル国家の存続にとって大事なのは大量破壊兵器でなく、覇権国である米国の後ろ盾だ。シリア空爆騒動を機に(奇貨として)、米国は急速に中東での覇権を失い(放棄し)つつある。米国がこの10年あまり中東の敵対関係を扇動しまくったので、イスラエルの周りは敵ばかりだ。現状のまま米国が覇権を低下させ続けると、イスラエルは大量破壊兵器の有無に関係なく、いずれ国家消滅につながる戦争に巻き込まれる。 (`Syria war will prompt attack on Israel'

 こうした状況を知っているので、ロシアは「シリアとイランの次はイスラエルだ」と言っている。オバマも先の国連演説で、シリアとイランとイスラエル(パレスチナ問題)を並列に扱っていた。米露とも「イスラエルがパレスチナ国家の創設に同意して協力するなら、イスラム世界とイスラエルの和解を仲裁する」という立場だ。

 イランのロハニ大統領は、国連総会出席の訪米団に、イラン議会に一人だけいるユダヤ人議員(Siamak Moreh Sedgh)を同行させた。イランには数万人のユダヤ人がおり、他のいくつかの少数派と同様、選挙結果に関わらず、議会に固定された議席を持っている。ユダヤ議員の同行は、イスラエルや在米ユダヤ人勢力との和解をめざすロハニの戦略と読める。ロハニは今回の国連演説で、イスラエルを名指ししなかった。 (Iran's only Jewish lawmaker says he's going to UN with Rohani

 イスラエルとパレスチナは和平交渉を続けている。右派の妨害を避けるため、交渉は完全非公開で、続いているかどうかもわからないが、最近イスラエルはパレスチナ政治犯の追加釈放を決めた。政治犯釈放は、和平締結の一つの条件であり、交渉が頓挫していないことを示している。10月にシリアとイランの問題がそれぞれ進展するなら、その先にパレスチナ和平の締結があるかもしれない。 (PA says Israel agreed to release another 250 prisoners

 シリア空爆騒動以来のイスラエルと米国の微妙な関係について、前々から書こうと思ってきたが、今回も書けず、直近のおもての情勢だけで大量に書いてしまった。オバマがなぜ急にイランとの和解策に転じたのかも分析し切れていない。これらはあらためて書きたい。

【続く】



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