暴動が増えそうな米国2014年8月28日 田中 宇2008年に米国史上初めてアフリカ系(黒人)のオバマが大統領になり、米国が抱える黒人差別の問題が解消されると予測されてきた。しかし、米中西部ミズーリ州セントルイス郊外の、黒人が7割近くを占めるファーガソン市で起きた暴動は、そんな予測を吹き飛ばすものとなっている。 (The black anger of the Obama era) ファーガソンでは8月9日、白人警察官が、非武装の黒人青年マイケル・ブラウンに銃弾6発を撃ち込んで射殺する事件が起きた。経緯について諸説あるが、道の真ん中を歩いていた青年に、警官が、歩道を歩くように言って押し問答になった挙げ句に射殺したと言われている。警察を非難する地域住民が抗議行動や暴動を起こし、それを鎮圧しようとする重武装の警察や州兵による攻撃が続いている。ファーガソンや、その他の全米の多くの黒人多数派の地域では、警察官の大半が白人で、白人警官が黒人住民を過剰に威嚇したりいやがらせする傾向があり、黒人の怒りがつのっている。 (Fatal police shooting in Missouri sparks protests) 警察は釈明として、射殺されたブラウンがコンビニ強盗の容疑者だったと主張し、コンビニの監視カメラの映像を公開したが、これは逆効果で、濡れ衣だと考える地元住民の怒りが増し、抗議行動が激化した。地元ミズーリ州の知事は、警察だけで対応できないと考えて州兵(国家警備隊)を派遣したが、これも地元民の怒りをかって逆効果になった。 (National Guard Sent To Ferguson After Night Of "Molotov Cocktails, Shootings, Looting And Vandalism ") ファーガソン住民が警察と対立する様子は全米に中継されたが、それを見た米国のメディアや左右両翼の市民活動家は、警察が一般的なイメージを超えて重武装している状況を問題にするようになった。米国では1980年代からの「麻薬戦争」や、01年からの「テロ戦争」を機(口実)に、警察を軍隊並みに重武装化する「1033プログラム」と呼ばれる軍産複合体好みの政策が続けられ、90年代からの約25年間で43億ドルの連邦予算が使われている。 (Pentagon fueled Ferguson Confrontation) 軍隊さながらの重武装した警察の部隊が、抗議行動や暴動を起こした黒人の群衆を威嚇する「戦争」的な光景が米国内に出現し「ファーガソンはファルージャ(米軍が攻撃し続けたイラクのスンニ派拠点)だ」「いやガザだ」と言われる事態になっている。オバマ政権の政策で米軍が中東から撤退しようとする中で、ファーガソンのような暴動の事態が全米各地に広がるほど、警察の重武装の必要性が認知され、米軍をわざわざ海外に派兵しなくても、米国内の事態で軍需産業が儲けられるようになる。 (Ferguson: Ten Days That Shook the Country) (Making a Fallujah of Ferguson) 市民運動の概算によると、米国では毎年、警察官が市民を射殺する事案が500-1000件起きている。その多くは、不必要な殺害だったと指摘されている。米当局は「テロ防止(テロ戦争)」の観点から、警察官の不必要な射殺を大目に見る傾向がある。テロ戦争は「戦争」なのだから、殺す相手(市民)の人権を重視する必要は低いというわけだ。 (Ferguson: No Justice in the American Police State) ファーガソンでの殺害が起きる数日前、オハイオ州の小売店ウォルマートで、玩具売場のモデルガンを買おうと店内を持ち歩いていた黒人男性を見て、店員が勘違いして警察に通報し、駆けつけた警察官に問答無用で射殺される事件が起きた。遺族が店内の監視ビデオの映像を見せるよう求めたが、検察は拒否した。またニューヨーク市では、7月17日に警察官が黒人男性を拘束時に絞殺してしまった事件をめぐり、8月に入って数千人規模の市民の抗議行動が起きた。 (U.S. Police Have Killed Over 5,000 Civilians Since 9/11) (Family of man killed by cops at Wal-Mart demands video) (New Yorkers protest police brutality) ファーガソンを含め、白人の警察官が黒人を射殺する事件が多い。これらは黒人に対する人種差別問題の側面があるが、事件の意味はそれだけでない。中産階級が失業して貧困層に転落し、米国の中産階級が消滅しつつあること、大金持ちだけますます豊かになって貧富格差が急拡大していることなど、貧困や格差、経済政策の問題が、もう一つの重要な背景として存在する。 (Why The Fed Can't, And Won't, Let The Stock Market Crash) ファーガソン市内の失業率は、00年の5%から12年の13%へと増加した。働いている人々の所得も同時期に3割減った。市民に占める貧困層の割合は10%前後から20%以上に増加した。ファーガソンだけでなく、全米の百大都市の近郊地域の全体で見ても、貧困率が20%以上の地域が、この12年間で倍増している。ファーガソンの人々の怒りは、全米の多くの中産階級市民の怒りの先駆けとなる「炭鉱のカナリア」だという指摘が出ている。 (Charting Poverty In Ferguson: Then And Now) 貧困増加の背景には08年のリーマンショック以後、実質的な雇用市場の縮小が続いていることがある。政府発表の失業率は下がったが、それは多くの失業者に求職活動をやめさせて「失業者」の数を減らしたり、米政府の政策で企業がフルタイムの従業員を減らして低賃金のパートタイムを増やした結果であり、現実の雇用機会は全米で減っている。 貧困の状況は全米的に、白人より黒人の方がずっとひどい。ここ何十年か、黒人層の失業率は、常に白人の2倍以上だった。最新の失業率(7月分)は白人が5・3%、黒人は11・4%だ。全米の平均として、白人世帯は黒人世帯より22倍も所得が多い。この問題は、人種問題であると同時に貧富格差の問題だ。 (Why So Much Anger In Ferguson? 10 Facts About The Massive Economic Gap Between White & Black America) 全米で中産階級が貧困層に転落する一方で、大企業や銀行の経営者など大金持ちは米当局による金融救済策でますます豊かになり、米国の多くの人々が貧富格差の急拡大に怒っている。政府の救済策の結果、米銀行界の収益は史上最高だ。そんな中で起きたファーガソンの事態は、米国市民の反乱の発祥地(グラウンドゼロ)になると指摘されている。911以来、こうした事態をあらかじめ予測するかのように、米政府は全米の警察を重武装化し、準備を整えてきた。 (Ferguson, Bundy Ranch, & 'Dancing The Night Away' With The Obamas) (U.S. Bank Profits Near Record Levels) 国際人権擁護団体のアムネスティ・インターナショナルは、ファーガソンの事態を重く見て、史上初めて米国に人権侵害を調査する部隊を派遣することにした。 (Amnesty International deploys within US for the first time as clashes continue in Ferguson) 暴動の増加予測にあわせるかのように、米議会は、市民の武装解除策として、米国民が防弾チョッキを購入するのを禁止する立法を検討している。防弾チョッキがなければ、銃を持つ警察隊に対して市民が大胆に振る舞うことが減り、市民の反政府暴動が抑制される。実際のところ、禁止されそうな防弾製品の多くは、子供を拳銃発砲の犯罪から守るための防弾性の通学用リュックサックなど、市民の反乱と関係ない製品だが、そうした実態は無視されている。 (Congress Proposes New Law Prohibiting Citizens from Buying Body Armor) 米政府の本土防衛省は最近「来年にかけて、全米で反政府暴動が増加する」と予測する報告書を作成し、メディアにリークしている。米国の外交戦略を立案してきたCFR系のズビグニュー・ブレジンスキーは、以前から「米国を含む世界中が政治的に覚醒し、反政府暴動が増え、米国の覇権が衰退していく」と言ってきた。ファーガソンは、彼の予測(画策)がいよいよ現実になる転機になるかもしれない。 (Homeland Security Predicts Rise of 'Anti-Government' Violence) 米当局が、米国内の治安を意図的に悪化させるような策を採るのは、最近始まったことではない。国際人権団体のヒューマンライツ・ウォッチ(HRW)は7月末、米捜査当局のFBIが01年の911事件以来、テロ取り締まりのための「おとり捜査」と称して、米国内のイスラム教徒のコミュニティにFBIの要員(スパイ、おとり)を潜り込ませ、その要員にコミュニティの内情を探らせるだけでなく、コミュニティの人々にテロをやることをけしかけ、誰かが何の気なしに「それは良い」などと言おうものなら、それを口実に発言者をテロリストとして逮捕したり、コミュニティを家宅捜索して弾圧することを繰り返してきたとする報告書を発表した。FBIは自作自演のテロ扇動をしてきたことになる。 (US: Terrorism Prosecutions Often An Illusion) (Report finds government agents `directly involved' in many U.S. terror plots) 報告書によると、FBIがおとり捜査と称してテロを扇動する策を頻発するようになったのは911以降のことだが、実のところFBIは911のずっと前から同様の策を続けてきた。1993年のNYの国際貿易センタービル爆破事件の爆弾は、エジプト人のFBI要員(おとり)エマド・サレムが仕掛けたものだった。サレムはFBIの上司からニセモノの爆弾を渡されたはずだったが、FBIは本物の爆弾を渡していた。 (政治の道具としてのテロ戦争) 1995年のオクラホマシティの連邦ビル爆破テロ事件も、FBIなど米当局による過剰なおとり捜査の末に本当の爆発が起きてしまった事件だ。01年の911自体、米当局がハイジャックによるテロの進行を意図的に防がなかったふしがある。これらの、何度も繰り返されてきた自作自演的なテロ事件のすべてが、FBIの捜査上のミスの結果であるとは思えない。FBIなど米当局は、米国の社会を自滅的に混乱させる動きをずっと続けてきた観がある。 (オクラホマ爆破事件と911(1)) (オクラホマ爆破事件と911(2)) (田中宇:911事件関係の記事) 08年のリーマンショック以来、米経済の実体的な悪化が進み、米国社会の混乱や劣化に拍車がかかっている。米国の勤労世帯の半分は貯金がほとんどない。彼らの6割は08年以降、所得が減っているか、横ばいだ。 (Why Retail Sales Are Faltering: Bottom 60% Of Households Have No Real Income Gains Since 2008) 米国の住宅価格は、統計上だけ上がる傾向で、実のところ下落を続けている。家主から不動産仲介業者への売却依頼価格は上昇しており、それだけ見ると住宅市況が好転しているように見える。しかし実際の売却価格は上がっていない。住宅市況の回復を演出したい不動産業界が、米当局の容認のもと、高すぎる依頼価格を適当に入れて、価格が上がっているかのように見せている。米住宅市況の好転は、雇用統計などと同様、幻影にすぎない。 (This house market is falling apart… Housing recovery is an illusion) マスコミは米国景気の回復を喧伝しているが、シアーズやウォーマートをはじめとする米国の小売業界は売り上げの減少に歯止めがかからない。景気回復は報道と当局発表の中だけの幻想だ。 (Sears may close more stores as it posts 9th consecutive quarterly loss) (Profit Down 62% For Another Major US Retailer) 米国では、自動車の売れ行きが良いように見える。しかしこれも、市民が自動車を買っているからでなく、米連銀などによるドルや債券の過剰発行(QE3)の結果、金あまりになった金融界が自動車を大量に買ってリースに回す案件が急増した結果だ。QE3でゼロ金利が続いているので、リースの稼働率・回転率が低くても金融界はかまわない。 (The Mystery Behind Strong Auto "Sales": Soaring Car Leases) かつて米国の自動車産業の中心地だったデトロイト市は、今や財政破綻し、市街地の3割ほどが無人地帯で犯罪の巣窟になり、治安維持のため無人の住宅街を壊して更地にせねばならなくなっている。デトロイト市民の半分は水道料金を滞納しており、財政難の市当局は、滞納者への水道供給を止めようとして、市民らから「水道は基本的人権の一部だから止めるな」と反対運動を起こされている。米国はもはや「第三世界」である。 (With Half Of City Residents Delinquent, Detroit Restarts Water Shut-Offs) 米国の株価は史上最高値を更新し続けているが、これも実体経済を反映していない。金あまりの米金融界は、大手企業に低利で融資し、企業はその金を本業の投資に回さず、株式市場で自社株を買い戻す。株式の総数が減り、株価が上昇している。景気や企業の本業の業績が回復しているのではない。いずれリーマン危機の再来で債券市場が悪化すると、株式市場に流入する資金も急減してバブルが崩壊する。 (Paul Craig Roberts Talks Money Printing, Stocks, War Against Dollar, Ukraine, Iraq) 米国は1960-70年代にも、ベトナム戦争の敗北や、財政赤字急増によるドルの弱体化、金ドル交換停止などで社会と経済が混乱し、反政府運動が多発し、同時に米国の覇権も揺らいだ。しかしその後、85年の金融自由化開始を経て、米国(米英)の覇権は債券金融システムという「打ち出の小槌」を得て、米英は金融覇権国として蘇生した。こうした経緯を見て「米国は蘇生力があるから大丈夫」と楽観視する人が多い。 しかし、いまの米国は、米国の金融覇権力の根幹にあった債券金融システムがリーマン危機以来きちんと回復せず、QE3などバブル膨張に頼って何とか金融システムを延命させているだけだ。また、70-80年代に経済的に米国と並ぶ存在になった日本やドイツが、G7などを通して米国の覇権維持を助ける役割を積極的に担ったのと対照的に、最近米国と並ぶ存在になりつつある中国などBRICS諸国は、下手くそで自滅的な911以降の米国の覇権運営に愛想を尽かし、世界のシステムを、BRICS中心の多極型の新秩序に移行させようとしている。 これらを考えると、今起きている米国の経済難、貧困化、格差増大、社会不安増は、米国の覇権衰退や多極化に拍車をかけるものになる可能性が高い。
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