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米国自身を危うくする経済制裁策

2014年7月8日   田中 宇

 6月30日、米政府の司法省は、フランス最大手の金融機関で元国営のBNPパリバに対し、スーダンやキューバ、イランなど米国に金融制裁された国が制裁を迂回してドル資金を調達するのをこっそり支援したとして、史上最大級の90億ドルの罰金の支払いを命じた。罰金のほか、米ドルの決済を手がけることも1年間禁じられた。パリバは、迂回送金の際、米国の大銀行に協力してもらうと訴追されないと大手弁護士事務所から忠告され、米大手金融機関JPモルガンを通して送金した。今回は、パリバだけ訴追され、JPモルガンは取引の全容を知らなかったとして訴追されなかった。 (JPMorgan Said to Have Unwittingly Helped BNP's Transfers

 スーダンやキューバとの取引は、EUの法律では問題ないが、米国の法律だと違法になる。バリパがユーロで取り引きしていたら問題なかったが、ドルの国際決済はすべて米国のNY連銀に登録されるので、米当局に調べられ違法となった。米政府内では、司法省や財務省などが、縄張り争いもあって、テロ対策や金融制裁の絡みで、競って外国銀行の不正行為を暴き、できるだけ高い罰金を科すようにしている。功績を認められて昇進したい米政府幹部たちが、競って罰金をつり上げているとFTが指摘している。 (In banking capital punishment works better than torture

 フランスは、ウクライナ危機で米露関係が悪化した後も、ロシアのために水陸両用艇を建造して売る計画を進めている。米国は、仏が露に兵器を売るのをやめないのでバリパを制裁していやがらせしたという説が、米仏露で流布している。日本でも対米従属論者の間で、この話が「米国に楯突いて儲けようとするから法外な罰金を取られる」と意味づけされ、米国に楯突かず対米従属するのが良いという「教訓」を引き出すのに使われている。 (French-Russian mistral ship deal continuing as planned - Kremlin) (The US Bank That Made BNP's Epic Money-Laundering Possible Is...

 日本で広く流布する「教訓」はここまでだが、パリバの話はもっと先がある。米国がパリバを制裁したのは、ちょうどBRICSがドルを使わない国際決済の体制を強化している矢先だ。BRICSは、IMFと世銀に代わる国際基金を作り、各国が資金を出し合って備蓄し、金融危機対策や金融システム安定化のために使うことにした。この計画は7月15日のBRICSサミットで具現化する予定だ。同時にBRICSは近年、相互通貨で決済する協定を相互に結んでいるが、その協定網の中に、元ユーロ、元ポンドなどの協定として、一部EUが入っている。 (BRICS emerging nations close to launching bank; to start lending in 2016

 フランスやドイツ、英国は、先を争って自国に人民元の決済所を作り、ドルでなくユーロと人民元で中国との貿易を決済する態勢を拡大している。08年のリーマン危機以来、目立たず進んできた国際決済の非ドル化が、最近しだいに顕在化している。そうした中でバリパが、ユーロでなくドルを使ったばかりに米国の法律に抵触し、巨額の罰金を払わされた。フランス中央銀行のノワイエ総裁は、米政府がパリバに罰金を科すことがほぼ決定した6月初旬に「フランス企業は今後、国際取引でできるだけ(ドルでなく)ユーロを使うだろう。特に中国と欧州の貿易はユーロと元建てになる」と語っている。 (Bye $USD - China to start direct yuan trade with British pound) (France's Noyer Says BNP May Prompt Shift Away From Dollar

 米国に罰せられ、ドル決済を1年禁止されたバリパが、ドル以外の通貨の決済に専念せざるを得なくなるのは、対米従属の視点で見ると、犯罪者が懲役を命じられるようなもので、それで後悔・改悛しない奴、一日も早くドル決済の再開が認められることを渇望しない奴は「極悪」ということになる。しかしフランスは、最大手銀行のバリパがドルを扱えなくなったことをむしろ好機として、国を挙げて「非ドル化」「ユーロ化」を加速しようとしている。 (France hits out at dollar dominance in international transactions

 そもそも人類全体としては、スーダンやキューバ、イランを制裁しておく必要がない。内戦に悩むスーダンは、米欧や日本に脅威を与えていない。米政府がキューバを制裁し続けるのは、亡命キューバ人団体の政治圧力が強いからにすぎない。米国がイランにかけている核兵器開発の非難は濡れ衣だ。これらの諸国に対する米国の制裁は悪法だ。制裁の根拠となる善悪観が歪曲されている。「善悪」の観点からも、ドル以外のユーロなどで国際決済することが「正しい」ことになっている。米国の間違った善悪観に従わないとドルを使わせないというなら、ユーロの国際利用を増やしてドル利用を減らすしかないと、フランスは考え始めている。 (善悪が逆転するイラン核問題

 フランスのサパン財務相は7月6日、「ドル帝国と戦おうとしているのではない」と言いつつ「これまでわれわれは(エアバスなど)航空機を外国に売る際、ドル建てて売ってきたが、ドル建てで売る必要はない(ユーロで売るべきだ)。ユーロ建て決済を増やした方が、世界的なバランスの観点から良い」と述べた。7月7日にはユーロ圏の財務相が集まり、ユーロ建ての国際決済の増加策について話し合った。 (France Says Boosting Use of Euro Is Issue of `Global Balance'

 フランスの石油会社トタルの経営トップ(Christophe de Margerie)も7月6日「国際石油相場がドル建てになっているからといって、ドルで石油を買わねばならないわけではない」と述べ、ユーロ建ての石油決済を増やしていく方針を示した。 (CEO Of One Of The World's Largest Energy Majors "Sees No Reason For Petrodollar") (France Assures Push Against Petrodollar Is Not A "Fight Against dollar Imperialism"

 米国は、01年の911事件から08年のリーマン危機あたりまで、敵とみなした国を軍事力で攻撃・制裁していた。しかし軍事による支配はイラクでもアフガニスタンでも失敗し、米政府は財政難になり、軍事力行使を回避する傾向を強めた。軍事に頼れないので、米国は敵とみなした国々を、代わりに経済(金融)で制裁する策を拡大した。制裁の構造的なかなめとなるのが、すべてのドルの国際決済がNY連銀に登録される点だった。この制裁は、ドルが世界的な決済通貨であり続ける限りにおいて有効だ。世界各国が決済にドルを使わなくなると、米国による経済制裁は効力が減退し、米国の覇権が低下する。 (BNP Paribas's record fine highlights double-edged sword for US

 米国が、覇権(世界支配)の道具としてドル決済システムをめぐる金融制裁を使い始めたのは、イラク占領の失敗が顕在化するとともに、核武装する北朝鮮に対して軍事制裁(空爆)を使えない事態になった05年、中国傘下のマカオのデルタ銀行に北朝鮮政府企業の資金洗浄を手伝った疑い(濡れ衣の可能性が高いことが後で判明)をかけた時だった。デルタ銀行を監督していた中国政府は、ドル決済に依存したままだと米国に濡れ衣をかけられて攻撃(金融兵器、金融制裁)を仕掛けられることを体験し、これ以降、ドルでなく人民元で貿易を決済する体制作りに精を出す度合いを強めた。 (北朝鮮制裁・デルタ銀行問題の謎

 デルタ銀行問題と前後して進んだ中国の決済非ドル化は9年後の今夏、中国が参加するBRICSが、ドル覇権体制(ブレトンウッズ体制)の一部をなすIMFに代わる、ドルを使わない国際決済体制として「BRICS開発銀行」の設立を決めることで、一つの結実を迎える。同銀行の本拠地は、7月中旬のBRICSサミットで決まる見通しだが、中国の上海になる可能性が高いと報じられている。 (Shanghai leads race for Brics bank HQ) (Shanghai favorite to become BRICS bank HQ) (Broad consensus reached on new BRICS bank

 中国などBRICSが、既存のドル決済体制に「金融兵器」的な良くない面があるのでそれを回避したいだけの現実的姿勢なのか、もっと積極的にドル基軸体制を潰してBRICSなどの多極型の新通貨体制に転換したい戦闘的姿勢なのか、どちらかはっきりしない。儲けを重視するなら現実的姿勢で十分だが、今年2月に自国の影響圏であるウクライナウクライナを米国の誘導で反露的な政権に転覆させられ、米国からの金融制裁(金融兵器)に直面しているプーチンのロシアは、米国がBRICSを金融兵器で一カ国ずつ潰して無力化しようとするに違いないから、その前にドルの覇権を潰さねばならないと、中国などを説得しているはずだ。 (◆プーチンに押しかけられて多極化に動く中国) (The BRICs Are Morphing Into An Anti- dollar Alliance

 パリバ問題で巨額の金融制裁を科され、米国が自国の濡れ衣制裁に他国を巻き込むことに腹を立てているフランスは、ウクライナ危機を扇動されて金融制裁に直面したロシアと同じ目にあっている。フランスは、決済の非ドル化を進めるロシアやBRICSと同じ気持ちになっている。フランスとロシアの組み合わせは、08年秋のリーマン危機の直後、G7が持っている世界経済の最高決定機関の機能をG20に移す「ブレトンウッズ体制の作り直し」を提唱したのが、フランス(サルコジ)とロシア(メドベージェフ)だったことを思い出させる。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序・2

 今回のフランスのパリバ問題と似た構造を持っているのが、6月16日に米国の最高裁判所が判決を出した、02年に国債が債務不履行(デフォルト)したアルゼンチンの債務再編問題だ。02年のデフォルト後、アルゼンチン政府は同国国債の大口保有者群の93%との間で、7割の債権放棄(債権者は債権の3割だけ受け取る)の債務再編で合意した。しかし、米国のヘッジファンドなど残る7%分の債権者は、債務再編策への協力を拒否し、米国の裁判所に全額返済を求めて訴え、下級審で勝訴した。今回、米最高裁は、米ヘッジファンド勝訴の下級審判決を支持し、アルゼンチン政府の上訴を却下した。アルゼンチン政府は非協力債権者に全額支払いをしないまま、6月末からデフォルト状態に入り、7月末までに話がまとまらないと公式にデフォルトとなる。 (Argentina faces fresh default

 アルゼンチン政府は、国債が不履行になった場合、民間債権者が債務再編策に協力する義務があるのが国際的な慣行であり、裁判所の決定でくつがえせるものでないと主張してきた。しかし02年に不履行になった国債は、訴訟管轄地を米国(NY)と定めて発行されており、米国の最高裁が下した判決に従う義務がある。アルゼンチン政府が、国債発行の訴訟管轄地を米国でなく自国にしておけば、こんなことにならなかった。 (Argentina: will it or won't it default?

 フランスは、ドルで決済するから米国に金融制裁されるのであり、アルゼンチンは、米国(NY)で国債を発行するから国際慣行を無視した米国の判決に従わねばならなくなる。世界の金融の主導役であるドルやニューヨークを無視して、ユーロ圏なりBRICSなり、米国覇権から離れたところで貿易決済や債券発行をするなら、米国から金融兵器で攻撃されずにすむ。こうした道理が、昨今の非米化・多極化の流れを形作っている。

 EUも、破綻したギリシャ国債について、債権者の92%との間で、債権の7割帳消しで合意する債務再編策を結んでいる。米最高裁がアルゼンチン国債に関して下した判決が国際的な判例として認められると、ギリシャの債務再編策も崩壊し、ユーロが再び危機になる。これはEUにとって避けねばならない。米国が勝手に定める世界基準にEUが従わなくなる傾向が、この点でも強まる。 (Why eurozone should monitor US Supreme Court decision on Argentina

 アルゼンチンはBRICSの加盟国でないが、今回の判決が出そうな5月中旬、アルゼンチンをBRICSに入れようとする動きが、ロシア主導で展開された。インド、ブラジル、南アフリカは賛成したが、中国が反対したので、アルゼンチンの加盟はとりあえず見送られた。 (India, Brazil And South Africa Want Argentina To Join The BRICS Club) (Russia invites Argentina to BRICS summit, ratifies support in Malvinas case

 BRICSに加盟したら、アルゼンチンを国債問題から救済する件が、BRICS開発銀行の初仕事の一つになる。世界一の債権国になった中国は、アルゼンチンなど債務国の赤字問題を、自国の財産を消耗して解決する役割を押しつけられるのがいやなので、アルゼンチンのBRICS加盟に反対したのだろう。対照的にロシアは、アルゼンチンを加盟させることで、米国が勝手に世界的な規範(善悪)を決める覇権構造をBRICSが崩す動きを加速できると考えたのだろう。BRICSは両者の間をさまよっているが、米国は、勝手に規範を決める傾向を強めており、中国もその標的になっている。

 米国(米大企業群)の規範が、各国の規範を上塗りしてしまう体制は、TPPやTTIPで交渉中の米国中心の新貿易体制にも盛り込まれている。その点で、日本など他の先進諸国も、米国の要求に従い続けると、国権を剥奪されていく傾向が強まることになる。ウクライナ危機で米国がロシアを制裁し始めた時、日本政府はロシアに駐在する日本の銀行を全部撤退させた。日本はまだ、すべての国益を棄てても米国からにらまれるのを防ぎたい方針だ。しかし日本以外の世界では、米国に嫌がらせされた場合、国益を棄てず、米国の覇権体制から離脱する方を選び、BRICSなど非米的な多極型覇権への転換に賛成していく展開になっている。 (国権を剥奪するTPP

 BIS(国際決済銀行)によると、昨春の時点で、世界の為替取引の9割がドル建てだ。しかし、その大半は為替で儲けるための金融のみの取引であり、金融バブルが再崩壊すると、ドルの為替取引は急減する。2国間で行われるドル以外の通貨取引は、米国主導のBISに報告しないものも多いだろうから、実際の非ドル化がもっと進んでいる可能性もある。BISは先日、ドルの過剰発行(QE)がバブルを膨張させており危険だと警告した。表向き隆々としているドルは、潜在的に危機が拡大している。 (Concern as US uses dollar to extend its influence



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