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いずれ和解するサウジとイラン

2014年5月20日   田中 宇

 5月13日、サウジアラビアのファイサル外相が、イランのザリフ外相にサウジを訪問してくれるよう招待状を送ったと発表した。サウジは1978年のイスラム革命でイランが反米反サウジ的な国になって以来イランを敵視してきただけに、今回の招待は画期的と報じられている。 (Saudi Arabia extends historic invitation to Iran

 イラン側はすでに昨秋、サウジなどペルシャ湾岸のアラブ諸国(GCC)と和解したいと表明している。米国がイランとの核問題(米国などがイランに核兵器開発の濡れ衣をかけてきた問題)を、武力でなく交渉で解決する姿勢を見せ、イランと国際社会(米欧露中)の間で半年間の暫定協約が結ばれるのと並行して、イランがアラブ側に和解を提案した。しかしこの時サウジ王政は「イランは重要な国だ。仲良くしていきたい」といった和解的な表明をしただけで、外相の相互訪問など具体的な和解策に踏み切らなかった。 (中東政治の大転換

 GCCの中でも、歴史的にイランとの関係が比較的強いカタールやオマーンは、イランとの協調関係を強めている。だが、GCC盟主のサウジはイランと和解せず、今年3月のGCCサミットでは、イランと和解したカタールを非難する決議をサウジ主導で可決した。サウジや、傘下のUAEなどは、カタールに駐在する自国大使を召還し、サウジ批判を放送する衛星テレビ・アルジャジーラに閉局を迫った。サウジは、それから2カ月も経たないうちにイランとの和解に応じる姿勢を見せたことになる。 (アルジャジーラがなくなる日) (Saudi Arabia moves to ease regional tensions with Iran

 米欧の分析者たちは、サウジがイランと和解に転じた理由について、シリア内戦が終結に向かっていることを挙げている。2011年からのシリア内戦で、サウジは反政府勢力を支援し、イランに支持されたアサド政権を倒そうとしたが、アサドの政府軍に勝てなかった。政府軍は反政府勢力が支配していた地方都市を次々に陥落し、アサドは来月の選挙で3選されそうだ。ロシアやイランは、もうアサドの政権が転覆されることはないと勝利宣言している。サウジは、シリア内戦終結後の中東政治における不利を避ける目的で、イランとの和解を目指していると指摘されている。 (Saudi bid to Iran, admission of defeat) (Is this the beginning of the end for Syrian rebels?

 私自身の分析は、上記と異なる。シリア内戦での失敗は、サウジがイラン敵視をやめる一因だが、最大の要因でない。最大の要因は、米国がイランの台頭を誘発する形で、イランに対する核兵器開発の濡れ衣を解いていることだ。サウジの外相がイラン外相に招待状を送ったと表明した日は、ちょうど米国からヘーゲル防衛長官がサウジを訪問し、GCC諸国の防衛相を集めてイランに対抗する戦略を話し合う安全保障会議が開かれるタイミングだった。ヘーゲルはこの日、サウジなどGCC諸国に「団結してイランの脅威と対決しよう」と呼びかけた。だがサウジは「米国自身が、イランと対決する意志などないくせに」と皮肉るかのように、イランに和解を提案した。 (Unite against Iran: Hagel tells Arabs

 サウジは以前から、米国がイランを隠然と強化する敵対解除策をやるたびに、米国を直接非難するのでなく、米国に協力しない方向の行動をとることで、米国への批判を間接的に表明している。たとえば昨年10月、米国がイランと和解する姿勢を打ち出し、イランのロハニ大統領が国連総会で演説して英雄視された時、サウジは米国のために2年間立候補活動をやって獲得した国連安保理の非常任理事国への就任を辞退する決定を下した。 (◆米国を見限ったサウジアラビア

 サウジの外相は、イランに招待状を送ったと発表したが、イラン外務省は翌日、招待状など届いていないと表明している。サウジが実際に招待状を送ったかどうかよりも、米国の戦略を揶揄する意味を込めて招待状を送ったと表明したことに意味がありそうだ。 (`No invitation from KSA for Zarif visit'

 和解的であれ、敵対的であれ、中東の地域大国どうしであるイランとサウジは、ライバル関係にある。サウジは、以前からパキスタンを経済支援しているが、同時にパキスタンはイランとパイプラインをつないで天然ガスを輸入する友好関係になろうとしている。サウジはそれを嫌がり、もっと経済支援するからイランとパイプラインをつなぐなとパキスタンに圧力をかけている。こうした影響力の競争は今後も続くだろう。 (Saudi grant kills Iran-Pakistan pipeline

 しかし同時にいえるのは、米国の覇権低下によって、米国の覇権に強く依存する国策をとってきたサウジが劣勢になり、米国と対立してきたイランが優位になっていることだ。米国はサウジが世界の産油国の主導役であることを認める代わりに、サウジは石油の国際決済がドルだけで行われるドル基軸制を守り、イスラエルに牛耳られる米政界が望むイラン制裁に協力するのが、これまでの米サウジの同盟関係だった。米国の覇権低下は、この同盟関係を失わせる。 (◆米国依存脱却で揺れるサウジアラビア

 米欧露中(P5+1)とイランは昨年末、イランが核開発を自粛する代わりに米欧がイラン制裁を一部解除する半年間の暫定的な和解合意を結んだ。今年7月20日までに、暫定合意を確定的な和解合意として締結し直す必要がある。それが当面の最大の注目点だが、米国はイランに対し、これまでの合意になかったウラン濃縮用遠心分離器の総台数の劇的な減少を求めるかもしれず、そうなるとイランは間違いなくこれを拒絶し、交渉決裂になると予測されている。 (US "Political" Breakout Demand Could Derail Iran Nuclear Talks) (Likud minister Steinitz slams Kerry's remarks on Iran as 'unacceptable'

 しかし、もし米国が新たな条件を出して交渉を頓挫させ、イラン核問題を未解決のままに置いたとしても、米欧以外の諸国が制裁を迂回や無視してイランとの関係を強化する昨年からの流れは変わりそうもない。2月以来のウクライナ危機で、ロシアは米国の世界支配を無視・妨害する姿勢を強めている。ロシアはバーター取引などでイランとの貿易を拡大している。中国は、イランへの武器輸出を増やしたい構えだ。 (White House concerned about Russia's oil for goods deal with Iran) (China aims to boost military relations with Iran

 サウジがイランを招待すると発表した直後の5月19日には、クウェートの首長(元首)が6月1日に初めてイランを訪問することが報じられた。クウェートはもともと英国、アラブの大産油国で人口も多く潜在力があるイラクを封じ込めるため、イラクの唯一の石油積出港があるユーフラテス河口地域をおさめていたサバハ家に建国させた英傀儡国だ。その特殊な歴史ゆえ、クウェートはGCC加盟国だがサウジ主導の経済統合から距離を置き、独自の国家戦略を採っている。クウェートは3月からイランとの和解希望を表明していた。 (Kuwaiti monarch to visit Iran next month) (Kuwait urges Iran ties to fight extremism

 世界有数の石油と天然ガスの産出国であるイランは、まだ米欧に制裁されている状態なのに、すでに制裁を完全解除されたかのように非常に強気だ。イランは最近、中国企業CNPCに発注していた南アザデガン油田の開発契約をキャンセルした。同油田は以前、米欧企業が開発を受注していたが、2010年からの米欧による経済制裁を受けて米欧勢が撤退し、代わりに中国企業が助け船を出して安値で受注した。しかし今回、制裁が解除・無効化されていきそうな中で、イランは、条件が悪く開発技術もまだ米欧勢に劣る中国勢との契約を破棄し、もっと好条件を出しそうな欧州勢などと新たな契約先との交渉に入っている。 (Iran Cancels $2.5 Billion Contract With Chinese Oil Company

 欧州諸国は、ウクライナ危機で米国に引きずられ、ロシアの天然ガスへの依存を低めねばならない。それを見たイランは「条件が合えば、欧州に天然ガスを売ってやっても良い」と豪語している。イランからトルコを通って欧州に天然ガスを送るパイプラインは、対イラン制裁開始前にかなり建設が進んでいる。イランはロシアと同様、中国など東アジア諸国と欧州を両にらみで石油ガスを売れる地理的な強みを持っている。 (`Iran ready to export gas to Europe'

 4月下旬には、米国旗をつけた、米財界人らが共同所有する旅客機がテヘランの空港に駐機しているのが目撃されている。経済制裁が緩和される中で、米国の財界人たちがイランとの貿易再開の準備をしていることがうかがえる。 (Iran Gets an Unlikely Visitor, an American Plane, but No One Seems to Know Why) (Plane Spotted in Iran Is Registered to Utah Bank

 米国が、自国にとって脅威でないイランに核兵器保有の濡れ衣をかけて敵視制裁している理由は、イランが脅威であるイスラエルの右派政治勢力(AIPACなど)が米議会に大きな影響力を持っているからだ。米議会は引き続きイスラエル右派に牛耳られているが、大統領府(オバマ政権)は最近、米国が仲裁した中東和平交渉が失敗した理由をイスラエルのせいにしたり、イスラエルが米政財界をスパイしていることを暴露するなど、米国を牛耳るイスラエルに批判的な態度をとるようになっている。 (Israel's Aggressive Spying in the U.S. Mostly Hushed Up) (US officials: Even if Israel doesn't like it, Palestinians will get state) (Report: US Intelligence Officials Say 'Israel Crossed the Line'

 オバマ政権は昨年から、イスラエルの若者が米国に入国ビザを申請した場合に拒否する率を16%から32%に高めている。訪米するイスラエル人の中にスパイ(モサド要員)が多いので、疑わしい若者を入国させない方針をとっている。米国は表向きイスラエルを最重要の同盟国と言っているが、実際のところイスラエルへの不信や警戒を強めている。 (Report: US Intelligence Officials Say 'Israel Crossed the Line'

 オバマ政権は、イスラエルの拘束から逃れてイランとの核交渉を妥結しようとするが、イスラエルに牛耳られ続ける米議会は、それを妨害してイラン敵視と制裁を続けようとする。米国はこの分裂と決定不能の結果、自国のイラン敵視策を改めない一方で、欧州や中露、日韓などがイランと協調関係を再強化していくのを黙認する傾向を強めている。サウジやクウェートなどがイランと和解せざるを得なくなっているのも、この流れの中にある。 (Iran Role Resurges With Nuclear Talks, Saudi Overture

 皮肉なことに、イスラエル自身、オバマ政権がイランの台頭を黙認し、米国の影響力が低下するのを受けて、イランを敵視し続けることが困難になっている。イスラエルは昨年から、米国に頼れないならサウジなどアラブ諸国との関係を強め、イスラエル・サウジ連合がイランと対決する構図を作ろうと動いている。4月中旬には、イスラエルのリーバーマン外相が、イランとの敵対戦略を協議するため、サウジやクウェートの高官と秘密裏に会っていることを公表した(サウジ側は否定)。 (Saudi Arabia denies Lieberman's claim of secret diplomacy

 しかし、こうしたイスラエルの努力も、今回サウジとクウェートが相次いでイランと和解する態度を表明したことで、失敗の可能性が高まっている。中東では、かつてイスラエルと仲が良かったトルコも、今では反イスラエル・親イランの側だ。米国の後ろ盾を失いつつあり、サウジとの結託も失敗したイスラエルが自滅を免れるには、露中あたりに仲裁してもらってイランとの敵対を解消していくしかない。イスラエルがイラン敵視をやめるなら、その前に米国のイラン敵視策が雲散霧消するだろう。 (Report: Israel eyes anti-Iran security pact with gulf states

 今春、米国が仲裁した中東和平交渉が失敗した後、イスラエルは、自国の外交的な立場を強化することなど無視して、パレスチナ人の土地を急いで奪うことを最優先にやっている。パレスチナ側は、自分らを強化するため、西岸のファタハ(左派世俗主義)とガザのハマス(イスラム主義)が数年ぶりに連立政権を組むことを決め、イスラエルに、連立政権との再交渉を求めている。米国は連立政権を容認し、米国の勧めでイスラエルの交渉担当のリブニ元外相がパレスチナのアッバース議長と英国で会談したが、イスラエルのネタニヤフ首相は「会談はリブニが勝手にやったものだ」と切り捨て、パレスチナ側との交渉拒否を続けている。 (Netanyahu: Livni did not represent Israel in meeting with Abbas

 イスラエルは、米国の覇権が残っていてイスラエルが世界から制裁されないうちに、パレスチナ人に与えられるはずの東エルサレムやヨルダン川西岸の土地からパレスチナ人を追い出し、できるだけ多く実質的にイスラエル側に編入しようしている。入植住宅の建設加速のほか、東エルサレムでは古代遺跡の発掘も土地奪取のために使われている。 (With Peace Talks Off, Netanyahu Looks at Unilateral Moves) (Israeli settlers in occupied Palestinian West Bank may increase by 50% by 2019, says far-right Housing Minister Uri Ariel

 イスラエルの考古学者は最近、東エルサレムのパレスチナ人の街区内で、古代のイスラエル王国を建国したダビデ王が征服したエルサレム要塞の遺跡を発見したと発表した。遺跡がダビデ王の時代の要塞跡だと考えられる根拠はとぼしく、欧州などの関係者は、イスラエルが東エルサレムをパレスチナ人から奪うためのでっち上げでないかと疑っている。同遺跡の発掘は、ユダヤ人入植者の団体が資金を出している。イスラエルはこれまでも東エルサレム周辺で、根拠のとぼしい古代遺跡の発掘をいくつか行っている。「死海古文書」を含め、イスラエルは自国に都合の良いように考古学をねじ曲げてきた疑いがある。 (Is this the lost citadel of the King David who beheaded Goliath? Or is it just another attempt to extend Jewish control in East Jerusalem?

 パレスチナ国家建設や中東和平交渉は、第二次大戦直後に米英が作った枠組みだ。米英覇権が低下すると、パレスチナ国家の建設をイスラエルに強要する勢力はいなくなる。次世代の覇権勢力であるBRICSが、イスラエルにどんな枠組みを求めてくるか不明だ。この覇権移行期の未決定な状態が続く間に、イスラエルは、自国に隣接する西岸や東エルサレムからパレスチナ人を追い出し、現場の状況を自国に都合の良いように変えてしまうつもりだろう。中露やアラブは、米英よりも現実重視(あるべきだ論軽視)なので、イスラエルが現場の状況を変えてしまえば、元に戻せと強く言われることはないとイスラエルは考えているのだろう。 (中東和平の終わり

 このほか中東では最近、トルコ政府が数十年続けてきたクルド人敵視をやめて「クルド」の名を冠した政党の設立を認める画期的な動きを開始した。連動して、トルコからの分離独立を希求してきたクルド人の政党PKKが、もう分離独立を希求しないと表明した。これらは、7月の選挙で首相から大統領に鞍替えを目指す「プーチン方式」をやろうとしているトルコのエルドアン首相が、クルド人を味方につけて選挙に勝とうとする戦略の表れだ。トルコは、キプロス島でのギリシャとの和解も近く進むかもしれない。トルコのことは改めて書きたい。 (New Party Name Breaks `Kurdistan' Taboo in Turkey) (Senior PKK Leader Says Group No Longer Seeks a Kurdish State) (Turkish Cypriot: Cyprus accord possible in 2014



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