アルジャジーラがなくなる日2014年3月24日 田中 宇3月5日に開かれたペルシャ湾岸アラブ6カ国(湾岸協力機構、GCC)のサミット(非公開)の席上、サウジアラビアがカタールに対し、衛星テレビ局アルジャジーラを廃局するよう求めた。アルジャジーラは、カタール政府が所有するテレビ局で、中東全域に向けて放送しており、サウジ王政の独裁を批判したり、サウジが支援していたエジプトのムバラク政権を倒すことを扇動するような内容の報道をしてきた。 (Saudi Arabia v. Qatar) (Saudi Arabia Tells Qatar to Close Al-Jazeera) また同日、GCCの6カ国のうちサウジ、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンの3カ国が、カタールから自国の大使を召還し、カタールに対する非難を劇的に強めた。サウジはカタールに対し、カタール政府と米国ブルッキングス研究所が共同で運営しているブルッキングス・ドーハセンターなど、サウジ批判や「アラブの春」を扇動する内容の調査報告書を出してきた2つのカタール政府系研究所の閉鎖も求めている。 (Saudi demands Qatar 'shut down Al-Jazeera') アルジャジーラは1996年の開局で、当初からサウジ王政批判を展開してきた。サウジ側は、以前からジャジーラやカタール政府に対して不満を表明してきたが、ジャージラを廃局しろと公然と要求したのは今回が初めてだ。サウジは国家的な「子分」であるUAEとバーレーンを率いてカタールを非難し、これまで何とか6カ国で結束してきたGCCが分裂・解体することも辞さない構えだ。これはサウジの戦略の大転換といえる。 (Recalling GCC Ambassadors from Doha: A Background and Future Predictions) サウジはカタール非難を強めた理由について、カタールが以前、リビアのカダフィ政権に頼んで、まだ皇太子だった時代のサウジのアブドラ国王を暗殺しようとしたことが発覚したからだと言っている。暗殺未遂は一見、重要な事件だが、GCCの結束はそれ以上に大事だ。GCCは、イランがイスラム革命によって反米国になり、反米的なイスラム主義運動をアラブ諸国に輸出する試みを開始した後の1981年に、湾岸の親米的なアラブ諸国が結束してイランに対抗するために作られた。昨年後半以来、イランは米国から核兵器開発の濡れ衣を解かれ始め、中東をはじめとする途上諸国間で影響力が拡大し、台頭している。いまほどGCCの結束が必要なときはない。それなのにサウジは逆に、GCCの結束を壊すカタール非難を公然と開始した。 (Saudi Arabia `has evidence of Qatari meddling') 実のところGCCは、すでにイランに対抗できる組織でなくなっている。GCC6カ国のうち、カタールとオマーンが、ここ1-2カ月の間に、イランとの親密性を強めており、GCCはイラン敵視で結束することができなくなった。GCCは、サウジとその傀儡(UAE、バーレーン)、親イランの傾向を強めるカタールとオマーン、以前から独自の道を歩んでいるクウェートの3種類の勢力に分裂している。GCCは機能不全に陥っている。 (The shifting sands of Middle Eastern alliances) (Disputes over Iran shakes [P]GCC foundation: MP) 3月5日、サウジがカタール敵視を公然化したのを皮切りに、カタールやオマーンが相次いでイランに接近する動きを加速した。3月13日にはイランのロハニ大統領がオマーンを訪問し、イランの天然ガスをオマーンに輸出する協約を結んだ。オマーンの君主(スルタン)は昨夏、ロハニが大統領に就任した直後、ロハニ政権が迎える初の外国元首としてイランを訪問し、米国とイランの関係修復を仲裁することなどを話した。オマーン君主の努力もあり、その後米欧はイランを許す傾向になった。ロハニのオマーン訪問は、米欧との橋渡しをしてくれたオマーンに対する返礼として行われている。ロハニはオマーン君主に対し、次はサウジとの関係改善を仲裁してほしいと要請したのでないかと報じられている。 (Iran's Hassan Rouhani seals gas deal during visit to Oman) 3月14日には、カタールの外務次官がイランを訪問し、両国間で政治的な結束を強めることを決めた。カタールは以前から、ムスリム同胞団やガザのハマス、アルカイダ系の諸勢力など、武装勢力やテロリストを含むスンニ派のイスラム主義運動を支援してきた。一方イランは、レバノンのヒズボラやイラクのマフディ軍など、武装したシーア派のイスラム主義運動を支援してきた。両者はレバノンやシリア、イラクなどで対立する勢力を支援していた。イランとカタールが政治的な結束を強めることは、中東全域の武装勢力の敵味方関係に大きな変更をもたらす。 (Iran, Qatar Convene Joint Political Committee to Boost Ties) (Iran, Qatar Seek to Strengthen Bilateral Ties) カタールは、シリア内戦で反アサドの勢力を支援することをやめる方針を打ち出した。シリア内戦では、イランがアサド政権を、カタールとサウジが反アサドの武装勢力(アルカイダなど)を支援し、この敵対構造の中で内戦が続いていた。カタールはイランとの結束を強めるにあたり、シリアへの介入をやめることにした。 (Breaking News: Doha Ending All Their Commitments to the Rebels) カタールだけでなくサウジも3月3日の閣議で、シリアの反アサド勢力に対する支援をやめることを決定した。サウジはもともと親アサドだったが、米国がアサド敵視を強めたので、対米従属策とカタールに対抗するという2つの意味で、サウジも後から反アサド勢力を支援し始めた。米国が昨夏の空爆騒動の失敗以後、シリアの安定化をロシアに任せ、シリアへの関与を弱め、カタールがイランと関係改善するためにシリア反政府勢力への支援をやめていく中で、サウジもシリア反政府勢力にテコ入れする理由を失った。 (Saudi calls on all foreign fighters to leave Syria) 前回の記事にも書いたが、米国は3月18日、米国にあるシリアの大使館と領事館にいる米国人以外の全要員に対して国外退去を命じ、事実上、シリアと国交を断絶した。シリアの反政府勢力がカタールやサウジの支援を失い、ロシアやイランの協力でアサド政権の延命がほぼ確実になったところで、米国がシリアとの関係を切った。こうしたシリアの動きは、ロシアとイランに漁夫の利を与えている。 (Another Escalation: US Freezes Diplomatic Relations With Syria, Orders Non-US Personnel To Leave Country) (露クリミア併合の意味) カタールは、イランが支援するパレスチナ人の組織であるイスラム聖戦団と、カタールが支援してきたムスリム同胞団傘下のパレスチナ人の組織であるハマスを敵対から結束に転換させ、ハマスをイラン傘下に引き戻す仲裁もしている。ガザのハマスは、約百年前にエジプトに発祥し、その後アラブ各国に作られたムスリム同胞団(スンニ派イスラム主義)のパレスチナでの組織だ。ハマスはスンニ派の組織だが、ムバラク政権下のエジプトでムスリム同胞団が弱かったこともあり、ハマスはイランに支援されていた。2011年2月に同胞団が米国に黙認されてエジプトの政権をとり、もともと同胞団を敵視していたサウジが、米国の動きに同調し、同胞団がイランと関係改善しないことを条件に同胞団政権に接近した。同時期にシリアで内戦が激化し、イランがアサド政権を強く支持した半面、シリアの同胞団が反アサドだったこともあり、同胞団の一部であるハマスも、イランとの関係を切った。 (サウジとイスラエルの米国離れで起きたエジプト政変) ところがその後、米国の中東覇権が低下したことを受け、同胞団を信用できないサウジは、昨年7月にエジプトの軍部にクーデターを起こさせた。同胞団を支援してきたカタールが親イランに転じると同時に、サウジとエジプト軍政、UAEはさる3月7日、同胞団をテロ組織に認定した。同胞団の傘下にいたハマスは頼る先を失い、金欠で構成員(ガザ公務員)に給料を払えなくなった。このためハマスはカタールの仲裁を受け、再びイランの傘下に入った。 (Rift with Egypt forcing Hamas to turn to Iran once again) ペルシャ湾岸のアラブ諸国の中でも、イラクはGCCに入っていない。カタールが親イランに転じたことは、米軍撤退後、再びシーアとスンニの内戦に陥りそうになっているイラクの情勢にも変化を与えそうだ。イラクは国民の多数派であるシーア派がマリキ政権を作り、イランと親しくしている。国民の3割を占めるスンニ派は、これまでサウジやカタールに支援され、今年に入って反政府決起を強めていた。しかしカタールが親イランに転じたためイラクのスンニ派を支援しなくなりそうで、残るサウジは悪者にされかねない。 (Saudi Arabia and Qatar in 'war on Iraq': Maliki) (Are We Witnessing the Break Up of Iraq?) イラクは米軍撤退後、産油量が急増し、唯一の積出港であるバスラにおける障害が減ったため、30年ぶり(イランイラク戦争以来)の大産油量である日産360万バレルに達している。イラクの石油埋蔵量は世界第5位で、この調子で産油量が増えると、いずれ親しい大産油国であるイランと組み、OPEC内で、これまで世界の石油市場を支配してきたサウジに対抗するようになりかねない。それを防ぐには、サウジがイラクのスンニ派(アルカイダ系)への支援を続け、イラクの内戦や不安定を長引かせる必要がある。しかし、米国が中東から撤退する中でサウジがテロ支援をやめないと、国際的にサウジに対する批判が強まりかねない。 (Iraq's Oil Output Surges to Highest Level in Over 30 Years) エネルギー面から見ても、カタールが親イランに転じることの意味は大きい。カタールは世界第3位の天然ガスの埋蔵量を持つ。第2位はイラン、第1位はロシアである。イランとカタールの結束は、世界第2位と第3位の天然ガス大国の結束でもある。そして奇しくもこの結束は、米欧がウクライナ危機で対ロシア制裁を強め、ロシアが米国に報復するため、同様に制裁されているイランに接近するそぶりを見せる中で起きている(そもそもカタールとイランの接近も、米国の中東覇権衰退を受けたものだ)。 (Russia warns West it may change its stance on Iran) ロシアのプーチンは07年に、イランとカタールを誘って「ガスカルテル」を作ったが、今のところたいした成果を上げていない。しかしその後7年経った今、3大国のガスカルテルが、米国の稚拙な世界戦略のおかげで強化されそうな流れになっている。 (エネルギー覇権を強めるロシア) (エネルギー覇権を広げるロシア) イランは、パキスタンを経由してインドまで伸びるパイプラインを作り、天然ガスをパキスタンとインドに輸出しようとしている。パイプラインはイラン国内で完成しているが、パキスタンでは米国から反対されて工事が進んでいない。パキスタンやインドの政界では反米感情が高まっており、米国の反対を押し切ってパイプラインを作ろうとする動きが強まっている。その矢先、サウジが介入し、パキスタンに対し、15億ドルを寄付するからパイプライン建設をやめてくれと持ちかけている。米国の影響力が弱まる中で、イランとサウジのエネルギー外交対決が激化している。 (Saudi grant kills Iran-Pakistan pipeline) 資金面ではイランよりサウジがずっと優勢だが、地域紛争の面では逆だ。サウジのカタール批判に同調したバーレーンは、君主がスンニ派だが国民の多数派がシーア派で、サウジの後ろ盾がなくなると君主が市民運動に転覆され、イラン系のシーア派政権になってしまう。サウジ自身、大油田地帯の東部の多数派住民がシーア派で、バーレーンが政権転覆されるとサウジも分裂する。サウジは、今のようにイランと敵対し続けてリスクを増やすか、イランと和解して共存共栄をめざすかという分岐点に近づいている。これまでは米国がイランを敵視していたので、イランとの和解がサウジの選択肢の中になかったが、米国の中東支配が弱まる今後は選択肢が増える。 イランとサウジが結束できるテーマもある。それはパレスチナ和平・イスラエル非難である。イスラエルのネタニヤフ政権は、国内や米国の右派の和平妨害策を振り切って、何とかパレスチナ和平を進めようとしている。仲裁役の(本心は反イスラエルらしい)米国は、右派が受け入れられないエルサレム分割を、近く発表しそうな「パレスチナ枠組み合意」の中に入れている。 (The Obama Peace Plan Includes Permanently Dividing The City Of Jerusalem) (Israelis: Peace with Arab world more important than recognition as Jewish state) 右派が席巻するイスラエル外務省は、これまでで最も激しい無期限ストライキに入り、世界中のイスラエル大使館が閉鎖され、ネタニヤフは外交ができなくなっている。右派は、毎週のように「神殿の丘」でパレスチナ人を怒らせる侵入行為もやっている。右派が全力で妨害策をやっていることから考えて、枠組み合意が締結できるかどうか、交渉は大詰めを迎えている。 (Foreign Ministry goes on strike, all Israel's embassies and consulates abroad to close) 国連の人権理事会では、アラブ諸国が、西岸地域の入植地の建設をやめないイスラエルを非難する5つの決議を提案し、外務省がストライキでイスラエルが外交的な対策を打てないまま、可決されそうになっている。この決議は、拘束力がないものの、イスラエルを非難する人々が作った文言が直接盛り込まれる初めての決議として注目される。こんな時に外交停止のストライキをやるイスラエル右派は、やはり「親イスラエルのふりをした反イスラエル」だ。イスラエルが国際的に非難されるほど、イランはイスラエル非難を強め、サウジも同調せざるを得ず、この問題でイランとサウジが共闘できる度合いが強まる。 (UN body to vote on settlement-boycott resolution) ウクライナ問題で米国がロシアを反米の方向に押しやっていることは、イランを有利にしている。ロシアは、米国が制裁してくるなら、イラン問題で態度を変えざるを得ないと言っている。ロシアが態度を変えるとしたら、イランへの支持を強める反米欧の方向しかない。イランは、制裁なんか怖くないよとロシアに声援を送っている。米議会は、イランの原子力開発だけでなく弾道ミサイル開発まで制裁対象にしようとしており、あくまでイランを敵視し続ける姿勢だ。オバマ政権がイランとの和解をめざしても、議会に阻止されて進めない。 (Iranian Ambassador calls Russia not to pay attention to Western sanctions) (Designed to Fail Negotiations with Iran Become More Difficult) 対照的にEUは、外相のアシュトンが初めてイランを訪問するなど、イランに対して協調的な傾向を強めている。イランに対する米欧間の姿勢の差が拡大している。同様の姿勢の差はロシアに対しても起きている。米国だけがイランやロシアへの敵視に突っ走り、世界がついていかない事態が予測される。日本もイランとの貿易を拡大する方向で、日本政府が日イラン貿易の与信枠として4億5千万ドルをイラン中央銀行に預けた。日本はロシアに対しても寛容で、米国の敵視策から離脱気味だ。 (EU's Ashton visits Iran for first time; nuclear issue on agenda) (In Tokyo, Iran's envoy Zarif lures oil business) 国際的にイランが優勢になるほど、サウジはイランを敵視できず、和解せざるを得なくなる。すでにサウジ王室は昨年秋、それまでの対米従属策をやめる検討をしていることを公然と表明している。サウジが昨夏、エジプトの軍部をそそのかし、米国が支持した同胞団政権を倒すクーデターをやらせた時点で、サウジの米国軽視が始まっていた。米国に同調する必要がないなら、サウジはこれまでと正反対の、イランやロシアと組んで石油やガスの支配権を維持する世界戦略に転換することも可能だ。サウジが従来のようなエネルギーの世界的盟主であり続けたいなら、そうした転換をするしかない。サウジがその気になれば、ドルの基軸通貨性を支えてきた、ドルだけが石油の国際決済通貨である不文律を壊し、ドル崩壊を誘発することもできる。 (米国を見限ったサウジアラビア) アルジャジーラは、エジプトやチュニジア、リビア、シリアなどで次々と政権転覆の運動が起きた「アラブの春」を扇動した勢力だ。サウジがジャジーラの廃局を求めたことは、アラブの春の時代が終わりつつあることを示している。ジャジーラは表向き、米国の覇権に追随せず、むしろ反米的な色彩を持つ報道をしてきたが、実のところカタールは、米国のネオコンとのつながりも深く、それゆえにジャジーラは、ネオコンが好んで発していたサウジ王室に対する非難や中傷を全面的に引き継いでいた。ジャジーラはネオコンの別働隊だったともいえる。ジャジーラは、BBCのアラビア語放送が終了した後を引き継いで始まっている。その意味では、英国MI6流の巧妙なプロパガンダの伝統を受け継ぐ存在とも考えられる。 (Al Jazeera From Wikipedia) ネオコンやイスラエル右派は表向き、米国やイスラエルの覇権の永続化を標榜しつつ、過激な策をやり、実態的に米国とイスラエルの力を浪費させ、米覇権とイスラエル国家を破綻に追いやっている。多くの人は、それを意図的な策略と思わないだろうが、長く詳細に中東と米政界の情勢を見てきた私は、意図的なものだとしか思えないと感じている。サウジ王政を大事にした方が中東における米覇権の永続化につながるのに、ネオコンやイスラエル右派はサウジ敵視を続け、結果的にサウジの米国離れを引き起こしている。 米国務省から持ちかけられてアルジャジーラを作ったカタールの君主は、ネオコンの米覇権自滅策に意図的に乗ったのでなく、同胞団などイスラム主義の政治運動を支援していたので、その運動の一環として、またイスラム主義運動を嫌うサウジへの反発として、ジャジーラを作ったのだろう。カタールと米右派の策動は、エジプトの政権を同胞団にすげ替えるところまで行ったが、そのころには米覇権の衰退という、米右派が希求する隠れた目的が具現化し、米国から離反したサウジがエジプトをクーデターに誘導し、いまやジャジーラに閉局を命じるまでに至っている。 カタール君主は最近、ロンドンに拠点を置くテレビ局や、新聞社、レバノンに拠点を置くネット上のニュースメディアなどを網羅して、アルジャジーラに代わる新たなメディア網を作り、それを「アラブの春後」にあたる今後の時代の新たなカタールのイメージ戦略の中心に据えようしているという。 (Breaking News: Doha Ending All Their Commitments to the Rebels) この新メディア網は時間をかけて拡大していく予定で、アルジャジーラを廃局して新メディアを作るのでなく、両者は並行して存在するという。しかし、カタールが親イランに傾き、米国の中東覇権が衰退していくにつれ、米右派の別働隊的なジャジーラの歴史的役割も終わっていく。いずれ「アルジャジーラがなくなる日」が来るころには、中東やもっと広範な世界の国際政治の秩序が、今よりさらに変わっていることだろう。
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